もみじ小戦・第五話
「黒い鳥」完結編
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午前八時、大神は朝食を追えて、自室で待機していた。
既に準備は終わっている。
さすがに、いつものモギリ服ではなく準戦闘用の服を着ていた。
材質は通常の戦闘服と同じく、紅蘭の開発した特殊繊維である。
刺し、切りにはやや弱いが、対衝撃性能はかなり高い。
いくら模擬銃とペイント弾と言っても、それなりの威力はあるし、対戦中には何が起こるか解らない。
そのあたり、この服はかなり信頼性が高い。
さらに、紅蘭の言葉を借りれば、どんな汚れもすぐに落ちるのだそうである。
今回は重要な要素かも知れない。
命中したらどうなるのか、そも、何を以て終了とするのか、実は今回、明確なルールがない。
あやめがあえて何も付け加えなかったのだ。
大神の、隊長としての審査であるので、勝てればいいと言うことではないからだ。
つまり、マリアに認めてもらえるかどうかこそが重要なのである。
故に、どんな手を使っても、と言うことにならないのは不文律であると言っても良い。
「まずは、小手調べと行くか」
あっさり決着をつけても、つけられても困る。
大神は机の上に立ち上がって、天井に手を掛ける。
前に劇場内で魔物に襲われた経験から、通用口を作って置いたのだ。
すっと、天井裏に忍び込み、天井を元に戻しておく。
ここには、大神しか知らない抜け穴が多い。
正式な入り口は、隊員たちの部屋の近くにある非常階段の上に接地された梯子を使うものしかない。
だが、大神はそれ以外のルートをこのほかに五つは知っていた。
彼の名誉のために付け加えておくと、断じて隊員たちの部屋を覗こうとして調べたのではない。
「大神さん、お願いしますね」の一言から始まる彼の雑用の日々の、ささやかな報酬にして財産なのである。
* * * *
さて、マリアを除く花組メンバーたちは楽屋に集まっていた。
特に理由らしい理由があったわけではないが、サロンは通り道にも当たるわけであるし、控え室としては適当と言うことで、いつの間にか五人集まっていた。
「八時四十分・・・、あと二十分か・・・」
特に意味もなく、カンナがつぶやく。
要は落ち着かないのだ。
「どうなっちゃうのかあ、マリアとお兄ちゃん・・・」
「大丈夫ですわ・・・。いくら戦うと言っても、殺傷力のある武器ではありませんもの。大怪我をするとか言うことはありませんわ」
アイリスの疑問に直接答えているわけではない。
アイリスが言わんとしたのは、この戦いで、結果として大神がどこかに行ってしまうのではないかという不安だ。
すみれは、解っていて、あえて別のことを答えた。
安心させたかったのかも知れない。
アイリスだけでなく、自分自身を。
「そうや、うちの発明品が危険やったことがあったか、アイリス」
爆発だどうとか言っているが、紅蘭の作った発明品が、とんでもない大怪我を引き起こしたことはない。
それは、戦闘に関してでさえも同じ様なことが言える。
紅蘭の光武の攻撃力が、他のメンバーに比べてやや劣っているのは、紅蘭が意識的に、また、無意識的に抑えているからなのだ。
何かを傷つけることへの恐怖が、常に紅蘭にはある。
だからこそ、幾度と無く爆発に巻き込まれている紅蘭も大神も、こうして五体無事でいられるのだ。
アイリスはそれを感じて、こくりとうなずいた。
「大神さん・・・」
さくらは一人、窓を見つめている。
自分一人が知っていること。
その優越感とうしろめたさと。
自分がそれを言えばいいのかもしれない。
そうすれば、この戦いは回避されたのかも知れない。
でも、これは大神との約束。
大神が何かを考えて、何かを意図して言った約束。
それは、破るわけには行かない・・・。
* * * * *
「そうか、大神がな・・・」
徹夜明けで帰ってきた米田は、支配人室であやめから現状報告を受けてうめいた。
大河原に調査させる一方、自分でも魔物発生源を探っているのだ。
降魔戦争時代の記録を漁り、かつて戦った盟友の文書を引っぱり出して、心当たりのある場所を自分の足で回っていた。
当時は、全てをつぶしたと思っていた。
魔物を行使できる者とは、六年前に小田原で、帝都地下で、何人も戦っている。
黒之巣会などという組織が出来ているくらいなのだ。
考えてみれば他にもいて不思議ではない。
「大神くんは、もしかすると黒幕の見当がついているのかもしれません。マリアとの対決を実行したのも、何かを隠そうとする意図があってのように見えました」
「隠す・・・・。か」
大神は最前線にいるのだ。
だからこそ解ることもあるのだろう。
そして、だからこそ、我々に知らせたくないこともあるのだろう。
米田には、嫌な記憶が蘇ってきていた。
おそらく、あやめはもっとだろう。
かつて、あいつは自分一人で全てを片づけようとして・・・・・・・。
よそう。
過去が全ての時代において繰り返されるわけではない。
「もうすぐ開始なのだな」
「はい、由里が放送で合図してくれるそうです」
* * * * * *
「うーん、こんなイベントそうないのになあ・・・」
由里がうずうずしている。
帝撃の内情に関することなので、ほとんど口外できないのが口惜しいのだ。
「由里・・・不謹慎よ」
「大丈夫ですってば、かすみさん。紅蘭が作った銃で撃ち合うんでしょう」
心配顔のかすみと椿に比べて、由里はのんびりと構えている。
同期の紅蘭に対する信頼であった。
「あ、もうすぐ九時ですよ。由里さん」
* * * * * * *
「由里です。九時十秒前・・・・」
二階に響く館内放送が、天井裏にも聞こえる。
大神も気を引き締めた。
「三、二、一・・・開始!」
一瞬、静かになった。
開始と同時に銃撃戦と言うことにはならなかったようだ。
さて、ここからどう来るか。あるいはどう動くか。
考え始めたとき、ざわ、と空気が動いた。
「!!」
柱の陰から、マリアが姿を現した。
念のために繰り返すが、ここは天井裏である。
「考えることは、同じかっ・・・!!」
十月ごろ、自分が覗きをしたという濡れ衣を着たときの話から、ここを動けることを察していたのだろう。
カアンッ!!カアンッ!!
模擬銃の音はずいぶんと乾いたものだった。
それでも、反動はバネ式ではなく火薬式のようだった。
耳横をかすめた弾を確認しながら、大神は見えたマリアの顔ではなく、肩口を狙って一発撃った後、すぐに転針した。
この場は事実上不意をつかれたこちらが不利だ。
柱の間を器用に動きつつ、あやめの部屋の上を通り書庫の上へ行く。
膨大な蔵書のあるここは、いくらか本を天井裏にしまっていたりもする。
その出入り口から下に降りた。
この入り口はマリアも知っている可能性が高いが、ここからならマリアが非常階段から下りてくるとしても、直接追いかけてくるとしても、待ちかまえることが出来る。
というわけで、一旦書庫の外に出る。
それが、不覚だった。
”よけて・・・!”
何か叫びのようなものを聞いた直後、
ガガガアンッッ!!
と銃声が響く前に身体が反応していた。
正確無比な銃弾が、頭、首、心臓を狙って三弾飛んできた。
「くっっ・・・!」
頭のそれはかわした。
首も。
心臓を狙ってきた弾だけは完全には避けきれず、腋をかすめた。
「つ・・・」
さすがに服がよく衝撃を吸収してくれても、無傷とは行かなかったようだ。
一度、手近の階段を一階まで転げるように下りてから、さっきの状況を確かめる。
斜め上から銃弾は飛んできた。
つまり、天井を突き破って打ち込んできたことになる。
あのあたりの天井に穴はなかったから、マリアは見もしないで大神の位置を正確に把握していたことになる。
前に少し話に聞いたことはあったが、これが、マリアを十歳にならずして革命の闘士にした能力か・・・!
しかも、天井までは自分に気配を悟られずに接近してきていた。
マリアは、大神の意識の網をすり抜けてきたのだ。
そんな真似が・・・!
もう一度意識を張り巡らしてみて、マリアのいるあたりを探ってみる。
何かがあるような気はするのだが、やけに朧だった。
マリアほどの霊力の持ち主なら、気配を完全に消すことは出来よう。
しかし、その霊力、命の力まで隠すことは不可能なはずだった。
それがまるで、陽炎にでも覆われているかのようにつかめない。
「どういうことだ・・・」
何かが、おかしい・・・。
ポタッ・・・
「?」
水滴のような音を間近に聞いて、大神はいぶかしんだ。
調べてみて、ようやく痛みに気づいた。
先ほど弾がかすったところが出血している。
そんな・・・ことが・・・。
大神は開始前にあらかじめ、ペイント弾の威力は確かめていた。
直撃すると、ちょっと痣が出来そうなくらいの衝撃がある。
だから先ほど、マリアの顔を狙わなかったのだ。
だが、この傷はどういうことだ。
いくら何でも、ここまでの威力になるはずはない。
たとえ、霊力を最大に載せたとしても・・・・。
それにさっきの音・・・。
結論。
実弾だ。
「マリア・・・」
急所を狙っての三発。
必殺を期した攻撃だ。
「俺を、殺す気なのか・・・」
そんなはずはない。
そう信じたい。
いくら最近の自分のやることがひどいといっても・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ちょっと、あり得るかも知れない、と大神は自信がなくなった。
だが、信じたくはない。
結局、自分はそうなのだ。
彼女たちに嫌われたくないと、心の奥底では思ってしまうのだ。
ならば、確かめねばならない。
自分のことも、マリアのことも。
やはり、しっかりとぶつからねばならないだろう。
長期戦は避けられないか・・・。
そう判断すると、大神は地下に逃げた。
この事態を想定していなかったので、包帯を用意していなかった。
まずは医務室で応急手当だ。
マリアも手傷を負わせたことくらいは察しているはず。
そうすると地下の出口で待ちかまえられる可能性があるが、出口は一つではない。
大神は、意識の網で知覚する対象を、霊力から空気の流れに変えながら動いた。
いくらマリアでも、動くときには空気を揺らせたり、扉を開けたりしなければならない。
マリア本人の気配を察せずとも、方法はあるのだ。
医務室で手当している間に強襲をかけられるかも、と思ったが、攻めてこない。
こちらの待ち伏せを警戒しているのだろう。
さて、ここで問題なのは、どう上に回るかだ。
道順はよい。
しかし、ここから動いて回るのを、マリアには確実に察知されるだろう。
ここに注意を引きつけて置いて上から回り込めれば、かなり間近で戦うことが出来るのだが・・・。
「やってみるか・・・」
スウ・・・・
呼吸を整え、鼓動を静める。
そうしてから、ゆっくりと自分の霊力の一部を身体から離していく。
必殺剣を放つときのような、一瞬の放出ではなく、そこに定着させるように。
「・・・よし」
思ったよりうまくいった。
ちょっとした光の球体が、霊力を発しつつ宙に浮かんでいる。
一方でじぶんの霊力をぎりぎりまで抑えて、部屋から出る。
マリアは階段近くにいるのか、目視でばれることはなかった。
いそいそと作戦司令室へ入り、ダストシュートの出口を開けてそこに入り込んだ。
よじよじ・・・
* * * * * * *
大神と相対している。
大神と、何をしている・・・?
隊長・・・少尉・・・
あなたは、何を・・・
あなたは、どこへ・・・
もう一人、かつて隊長と呼んだ男の姿がそれに重なる。
倒れゆく、その姿・・・
もし隊長が、同じなら・・・
私の目の前で倒れゆくなら・・・
おまえの目の前で倒れゆくなら、所詮それまでの男だったということ・・・!
エンフィールド改に力がこもる。
これで・・・
嫌・・・・・・!
これで大神を・・・
嫌・・・・・・・・・!!
これで大神を撃・・・
「マリアッッ!」
* * * * * * *
ダストシュートを逆に登り、一度舞台袖まで上がった大神は、気配を殺したまま楽屋の前を通り過ぎる。
中のみんなには覚られることはなかった。
上々だ。
そのまま下への階段をこっそり降りる。
マリアとの距離は十メートルといったところだ。
抑えていた霊力を解き放ち、叫びとともにマリアの方に向かって駆けた。
「マリアッッ!」
ビクッとマリアの肩が震えて、直後、こちらを振り向いた。
どこか虚ろな瞳・・・それが一瞬の後に暗い光を帯びた。
「!!」
殺気だ。
マリアからは、かつて一度も感じたことのないまでの・・・。
肌が粟立った。
「ハアッ!」
気力を奮い立たせながら、ペイント弾に霊力を込め、引き金を引いた。
もしかすると正気でないのかも知れない。
それならば一度ショックを与えて、と考えたのだが、
ボッ
「何っ!?」
ペイント弾が空中で消えた。
そう、空中で、何にもぶつかることなく、消えた。
その隙を、エンフィールド改は見逃さない。
「しまっ・・・!」
殺られる・・・!
ガアンッッ!!
まさしく紙一重ならぬ髪一重の差で銃弾がすり抜けていった。
マリアがこの距離で的を外すはずはない。
だがマリアは、銃を持つ右手を左手で押さえてうめいている。
・・・・・・・・・嫌・・・・・・・!!
よくわからないが、今度こそ・・・!
銃口から白光がほとばしるほど霊力を込め、一撃を放つ。
正気に戻したいのだから、頭を狙った方が早いのだが、この期に及んでも、大神にはそれは出来なかった。
行けるにしろ、防がれるにしろ、この一撃で見極める!
銃口からマリアに到達するまで、視覚を全力にして追いかける。
ゆら・・・
マリアの周囲に何かが揺らめいた。
それが、ペイント弾とそれを取り巻く霊力に触れた瞬間、それが何であるか見えた。
青白い炎・・・・!!
「貴様かアッッ・・・!!」
叫んだ直後、左腕に激痛が走った。
かすったというよりは、えぐられたといった方が近いくらいの傷だ。
銃声が後から聞こえる。
そしてそれに、マリアの叫びが重なった。
「あああああっっっ!!」
右手を左手で押さえながら、マリアが霊力を暴走させている。
その瞳から、流れるものがあった。
「マリア・・・」
ようやくわかった。
最初に実弾を受けたとき、よけてと叫んでくれたのが誰だったのか。
そして、今ここで自分が倒すべき本当の相手が。
「マリアッ!!」
声を限りにして叫ぶ。
今ここに意識はないのかも知れないマリアの、心の奥底まで響けとばかりに。
「た・・い・・・ちょ・・」
苦しげな息から声が漏れる。
「どう・・し・・て・・です・・か・・・」
かすみがかった瞳が、しかし雄弁に訴えていた。
どうして、応えてくれなかったのですか・・・
どうして、私を置いていくのですか・・・
どうして・・・・・・・・
私を残して、死んでいくのですか・・・・・・!!!
炎が、笑った。
瞳から意識が消える。
残されたものは、殺意・・・!
全身が総毛立った。
大神は、その場に留まることが出来なかった。
そうすれば、確実に殺される。
大神ですらそう思うほどの殺意だ。
しかし、あきらめない。
自分のせいだ・・・。
自分の考えのために、マリアはこんな目にあった。
それなのにマリアはまだ、自分を、隊長を呼んでくれた・・・。
まだ、意識を賭けて戦ってくれている・・・。
救い出してやる・・・!
「こっちだ!マリアッ!」
引きながらも、叫んだ。
こうなれば、ルールも何もない。
勝敗よりも、自分の隊長としての資格よりも、
今、マリアを助けることが第一だ。
一気に片を付けるには、やはり自分の間合いに持っていくのが最上だが、このままでは近づくこともできない。
ただ、どうやら今のマリアは視覚で大神を追いかけてきている。
狙うのはそこだ。
どこか適当な場所は・・・。
瞬時に考えをはじき出す。
舞台だ。
帝国華撃団の舞台・・・を皮肉に思いつつも、舞台袖の鍵を閉めて少し時間を稼ぐ。
その間に、手早く照明に細工をした。
光線を確認している時間がないが、おそらく大丈夫だろう。
舞台トラブルが起きて手伝う(手伝わされる)ことが多いので、このあたりは手慣れたものだ。
出来上がったと思った五秒後に、銃声が扉の鍵を撃ち抜いた。
みんなが控えている楽屋まで距離はほとんどない。
いくら何でも異常だということにみんなが駆けつけてくるだろう。
機会は一度。
逃せば、みんなを危機に巻き込むことになる。
いくぞ。
頼む、数秒でいい、もってくれ・・・。
舞台上袖に身を隠したまま、三度に分けて霊力を放出する。
霊子甲冑で防御壁を実行するときの要領で、自分の姿を映しだした分身体を放ってみたのだ。
朧だが、舞台の地明かりをやや暗めの青にとっているので、それなりに本物らしく見えるはず。
客席から見るのでなくても、舞台には魔術があるのだ。
マリアの位置を意識で補足しつつ、三体の分身をちらちらとマリアに見せて誘導する。
行ける・・・。
マリアは、あるいは彼女を操っている者は、確実に視覚に頼るようになっている。
あと三歩、二歩・・・一歩、
今だ!
調光器のスイッチを一斉に入れた。
目つぶしと呼ばれる、観客の目をくらますためのライトや、直線に近い効果を出すためのライトなど、強力なライトが、マリアのいる一点に収束する。
姿を見せ隠せしていた大神を見つけようとしていたマリアは、これをまともに食らった。
膨大な光にあぶられて、青白い・・・そして、瞑い炎の中心が見えた。
ここだっ!!
ペイント弾に霊力を込めて放った刹那の後に、銃を手放して床を蹴っていた。
えぐられた左腕が思うように動かせないので、一瞬に力を集中するために思いついた方法だった。
炎だというのに、光の中ではそこが影のようになっている。
長く伸びたその形は、まるで尾のようになっていた。
ペイント弾・・・いや、霊力弾はそこを直撃した。
影ではなく、その形が実体化する。
そこへ、右手から霊力を剣のように放ち、叩きつけた。
「狼虎滅却・・・、・・・えーっと・・・」
そう言えばこんな技初めて使うので名前なんか無かった。
何だか締まらない気もしたが、効果は十分だった。
ズバアッ!
マリアにとりついている根元から完全に切り離した。
「!!」
声にならない声を上げて、マリアの体勢がゆっくりと崩れていく。
頭から着地するなんてさせられない。
・・・ふと、すみれのことを思い出したが、それはさておいて。
寸前のところで、マリアの身体を受け止めた。
「マリア・・・ごめん・・・」
マリアの答えはない。
しかし、大神に抱き留められた格好のマリアは、意識が無いというのに、笑っているようにも見えた。
ここで支えておければ格好が付くのだろうが、大神もそこで力を使い果たし、その場に座り込むような形で倒れ込んだ。
さっきから立て続けに霊力を放出し続けていたのだから、まあ当然といえば当然である。
仰向けに倒れたところにマリアが倒れ込んでくる格好になったが、どうにかする力も残っていなかった。
と・・・、顔の横に転がっているものが目に入った。
先ほど、マリアから切り離した尾のようなもの・・・。
それは、日比谷公園で吹き飛ばした炎の魔物の中心にあったものと同じもの。
子供の頃、栃木の山奥で見たものに比べて異様なまでに長いが、それは、狐の尾だった。
やはり・・・そういうことか・・・。
みんなに発見される前にと、震えるようにしか動かない手を伸ばして、何とか服の中に突っ込んでおく。
当たって欲しくなかった予感・・・。
大神をここまで狙うほどの妖弧。
それは、たった一人しか考えられない。
実際に妖弧なのか、それを取り込んだ人間なのかは不明だが、あいつが見せていた尾と同じものだった。
考えに没頭していると、どやどやと花組のみんなが入ってきた。
場景を見た瞬間、表情が変わる。
折り重なる様に倒れているのだから、まあそうだろう。
「どういうことですの・・・少尉・・・」
すみれがマリアを抱き起こしながら、感情の読めない声で問いかけてきた。
「大神・・さん」
さくらに助けられて体を起こすと、、マリアの戦闘服の背中を、さっきの一撃で切り裂いてしまっていたというのが見えた。
なるほど・・・これは誤解されるだろうな・・・。
普段ならムキになって否定するところだが・・・、今は、そのままがいい。
「決着は・・・どうなったんや、大神はん」
呆然と、という以外表現の仕様のない顔で立ちつくして、紅蘭がたずねる。
この場合・・・一番不審を買う言い方は・・・。
「さあ・・・」
知らないな、という口調で言ってみると、狙い通りに皆の表情が硬くなった。
「隊長・・・あたいは・・・隊長のことが解らなくなったよ」
「アイリスも、今のお兄ちゃん嫌い・・・」
そうだ・・・それでいい・・・。
そうしなきゃ、だめだ・・・。
一度は納得しかけてしまった相反する気持ちを、今は無理矢理に心の奥底に押し込める。
絶対に・・・あの敵にみんなを近づけることだけは・・・駄目だ・・・!
冷たい目を向けつつ、意識のないマリアを医務室に運ぶ四人を、大神は心の中で絶叫しつつ見送った。
しばらくそうしていると、すっと、左腕を引っ張られた。
いつ用意していたのか・・・多分、最初から用意してくれていたのだろう救急箱を開けて、さくらがえぐられた左腕の手当をしてくれた。
ついで、腋の傷も。
明らかに、模擬銃にしては異常なこの傷を、場景に注目したみんなは気づかなかったようだが、さくらにはわかってしまったようだ。
手当の間、さくらは一言も喋らなかった。
その表情で、いったい何があったのかと、問いかけてくる。
だが、さくらも解っているはずだった。
大神が、それを話すことはないだろうと。
だから、無言だった。
ただ、手当を終えて箱を閉めてから一言だけ、
「あたし・・・・・・信じますから・・・・」
と、言ってくれた。
* * * * * * * *
結局その日は、マリアの意識が戻らないため公演中止という異例の事態となった。
ようやく歩けるくらいに回復した大神は、夕方になってようやく今日の作業が一段落した支配人室であやめと米田を前にしていた。
さすがに、この二人にまで秘密にしておくことは出来ないだろう。
米田はともかく、あやめは出来れば巻き込みたくなかったのだが、やむを得まい。
「ここ一ヶ月間の騒動の黒幕が解りました・・・」
二人は、来たか、という顔で大神の次の言葉を待つ。
大神は、その異様に長い尾を取り出した。
『これは・・・』
「黒幕は・・・、黒之巣会死天王が一人、紅のミロクです」
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