「大神さん、やっぱり人気あるんですね」
「・・・嬉しくない・・・」
なお、由里に泣いて頼んで、アフロ姿のブロマイドを発売することはなんとか止めてもらっている。
午後の公演が終わり、あらかた客がはけた頃、放送がかかった。
「大神さん、支配人がお呼びです。会議室へ行って下さい」
会議室、というのは、放送において地下作戦司令室のことを意味する。
支配人室でないのは、帝国華撃団としての呼び出しと言うことになる。
先日の件についてであろうとの想像がつくが、それなら放送で呼ぶべきではないと思う。
しかし、これぐらいおおっぴらにやっていた方が、花組のみんなにも疑われないか、と考え直した。
帝国華撃団司令である米田が、秘密を隠すときの常套手段である。
「大神一郎、参りました」
地下司令室に行くと、陸軍の制服に身を包んだ米田、あやめ、そしてもう一人の男がいた。
「大河原中佐・・・」
あわてて敬礼をとる。
有楽町帝撃通信局において、情報検閲を担当した大河原一美検閲官。
現在は表向き、帝都探偵になって帝都各地の美食を追求していると言うことになっている。
だがその一方で、今も黒之巣会残存組織の監視は緩めていない彼が陸軍の特務中佐であることを、大神は最近聞かされた。
「よい、大神くん。帝撃の中では堅苦しい階級ごとはよそうではないか」
このあたり、大河原も米田の影響が大きい。
大神の頭を見ても笑わないのはこの大河原の性格による。
なお、あやめと米田には昨日の内に大笑いされていたが、さすがにここで笑いはしなかった。
「それよりも、そろったところで話を聞かせてもらおうか、大河原くん」
米田がのんびりと、しかし、帝劇支配人ではなく帝撃司令の顔で大河原を促すので、大河原は映写機を操作し始めた。
帝都全域の地図が映り、それに青や赤の光点が打ち込まれていく。その数は五十を超えている。
「これが、ここ一ヶ月で確認された、魔物目撃の発生地点であります。実際にはこちらまで報告が届いていないことも多いので、実数はこれの倍はあると思われます」
聞いた三人の顔が一様に暗くなる。
事態は思ったよりも深刻のようだ。
「光点の色の違いはなんですか」
「赤は昼の目撃、青は夜の目撃で、八割以上は夜ということになっている」
確かに、青い点の方が多い。
ただ点の分布は、少し偏りがあるようにも見えるが今のところ規則性が見あたらない。
「魔物だということは確かなのかしら」
通信局に、魔物と関連のないことを魔物だと騒いでいた葉書が多かったことを思い出し、あやめが少し笑おうとしながら尋ねる。
もっとも、笑おうとするのは失敗してしまったが。
「夜の目撃の半分が飛行しているということなので、確かにカラスやコウモリを見間違えた可能性も否定は出来ない。ただ、それを考えてもこの数は多いであろう。 しかもこの点は、酔っぱらいからの報告は全て無視して打っておる」
ふむ、と納得したようにあやめは頷いた。
「まあ、実際にこれだけの数の魔物が活動しているということじゃねえ。同じ魔物が何回も目撃されているってこともあるだろうよ」
「長官のおっしゃる通り。例えば、この四つの点は・・・」
そう言いながら映写板の点の内、直線に近いように並んでいる上野近くの四つの点を示す。
「同日のかなり近い刻限に連続して報告されております。ですから、実状がどれほどかは、はっきりとはわかりません」
「それにしても多すぎる・・・。大河原さん、人が襲われたというのはありますか?」
理由は解らないが、小型の魔物はむやみに人に襲いかからないらしい。
姿こそ醜悪なものの、野良動物のように残飯を漁っていたという報告が前にあった。
人に近い大きさになると、目撃例こそ少なくなるが、人間に対して襲いかかることが多くなるようだ。
襲いかかられるのは、どちらかというと霊力の高い人間であることが多いらしいが。
その意味で、先日大神が襲われたのは必然かも知れない。
「この六件と・・・」
大河原は点のいくつかを点滅させる。
「それから、私も昨夜調査中に襲われておる。ネズミ大の小型のものだったが。他の六件は、一応軽傷で済んでいる」
大河原も、花組隊員に比べれば遙かに微弱だが、それなりの霊力はある。
相手が小型であれば、そうひけはとらなかった。
「一応ってのは、どういうことだ」
大河原が言いにくそうにした部分を、米田はあえて聞いた。
情報は、聞いておかねばならないのだ。
「はっ、事件かどうか解らないということで、警察に届けられた遺体のうち、魔物による可能性があるものが、四件・・・」
「そうか・・・」
苦い顔で米田は椅子に座り込む。
「あまり表立つと危険だが、警察には警備を強化してもらわななるめえ」
しかし、普通の人間では魔物に対抗できないのだ。
警視庁には、魔物用のシルスウス鋼製弾丸を装備した特殊隊も存在するが、その数は多くはない。
米田はため息をついてから大神に向き直る。
「大神よ。すまねえが、今夜からちょいと帝都を回るようにしてくれんか」
降魔迎撃部隊である以上、花組が何も行動を取らないわけにはいかない。
しかし、大神の意見はあやめから聞かされていた。
そうなると、大神に二働きも三働きもしてもらわねばならなくなる。
大神同様、米田も花組の少女たちを駆り出したくはなかった。
だが、米田が大神と違うのは、大神もできれば駆り出したくはないと言う点だった。
米田にとっては、大神も可愛い帝劇の子供の一人である。
いかに、その強さが並外れていても、頼りになるとはいっても、その想いが無くなるわけではない。
「はい・・・、ですが・・・」
「わあっとる。花組の連中には、海軍と話に行っているとでも伝えておく」
「ありがとうございます・・・!それと・・・」
喜びを顔に出して礼をした後、大神の表情がひどくバツの悪そうな顔になる。
「ん、どうした?」
「ふふっ、わかったわ、大神くん。特別報酬と言うことで、夜食は出して上げる」
にこやかなあやめの言葉に、大河原と米田は一瞬あっとなって、それから大笑いした。
マリアの言い方は咎めているのではなく、心配しているのである。
帝劇の十月公演は「蛇女火炎地獄」。
すみれとカンナの二人が蛇女ミズチと蜘蛛男ツチグモを演ずるスーパー歌舞伎であり、他のメンバーは裏方に回っている。
そのため、失敗しかけても紅蘭やアイリスがすぐに助けられたので特に舞台には問題がなかったのだが、どうにもさくらの様子がおかしい。
心ここにあらず、といった様子で、ため息をついてはうつむいている。
「すみません、昨日よく眠れなかったんです・・・」
嘘ではない。
大神の訓練を覗いていて、お弁当を作って、ずいぶん夜更かしした上にかなり早起きしたので、睡眠時間は四時間ぐらいしかない。
だが、それは理由の一部でしかなかった。
元々、深夜戦闘もある花組の隊員は、少々の睡眠不足で参るようでは務まらないのだ。
マリアは、さくらが何かを思い詰めているのではないかと考える。
このあたり、女同士ということで鈍感な大神よりはマリアの方が隊長らしいかもしれない。
さくらがこうなる理由というと、まず考えられるのが・・・・。
隊長のことかしらね・・・。
さくらは、大神の髪の毛に手を下したことを悩んでいるのかも知れない。
それ以上のことは、マリアには想像がつかなかった。
ただ、昨日の大神の態度はどうも引っかかる。
本当に覗こうとしていたのだろうか・・・。
もし、大神が無実であったら、という想像にさくらが苛まれている可能性もある。
「さくら・・・、隊長と、話してきたら」
さくらの肩が「隊長と」の所でびくっと震える。
どうやら、大神が原因なのは間違いないらしい。
だが、話に行くのを躊躇っているのではないようだった。
他のメンバーに背中を押されたら、悩んでいてもさくらは大体そうするはずであった。
だが、さくらの返答は、
「話したく、ありません・・・・」
それだけをやっと、枯れた雑巾から水を絞り出すようにつぶやいた後、とぼとぼと楽屋を出ていった。
「なにか・・・、あったのかしら・・・」
これは大神に聞いてみるべきではないかと思う。
後で、部屋に行ってみることにした。
さくらは、自分の部屋に帰ると、そのまま寝台にうつ伏せに倒れ込んだ。
横の机には、包んだままの弁当箱がそのままおいてある。
「かたづけ・・・なくちゃ・・・」
口に出すつもりではなかったのに、耳に聞こえた。
自分の声のようには思えなかった。
枕が濡れている。
どこか、人ごとのように見ている自分がいた。
自分のことだと思うと、声を上げて泣いてしまいそうだから。
大神に会いたかった。
大神の姿を見たくなかった。
「大神さん・・・」
つぶやいた言葉をうち消すように、枕に顔を埋めた。
夕方、
そんなさくらの様子は知らず、大神は出来るだけみんなと顔を会わさないようにこっそりと出かけていった。
二振りの小太刀を携えて。