第二芸術論を知る意味
text 松村由利子
「第二芸術論」が論議された当時の詩壇や歌壇の状況についてもっと知らなければ、と思う。昨年末に四十六年ぶりに復刊された、小野十三郎著『詩論+続詩論+想像力=小野十三郎』(思潮社)を読んだのがきっかけである。
抒情詩を変革する理論として小野が主張した「短歌的抒情の否定」は、桑原武夫の「第二芸術論」とともに、大きな議論を巻き起こしたことで知られる。復刊された本の中の『詩論』こそ、小野が生涯のテーマとした「短歌的抒情の否定」が綴られたものである。細かくナンバリングされた断章から成るこの著作には、短歌への批判があふれている。
私たち詩人は――、というとき、君は誰を指しているのだ。歌人と詩人はどう考えても同じ「詩人」であるわけはなかろう。「詩歌」の名の下に於ける様々な異質性の混同。(17番)
桑原武夫がどこかに書いていたように俳句を「第二芸術」として見るゆとりが私にもある。そういう距離をおいてみられるのだ。ところが短歌はこれに反して、もっと我々の生活感情に膚接していて、ぼんやりしているとスキに乗ぜられる。俳句は稍乾燥しているが、短歌的リリシズムは湿潤そのものだ。じめじめとねばっこく酸っぱい。性根まで腐敗している感じだ。しかも短歌的抒情は、それが短歌という限られた型式の中にあるときよりも、その型式からはみ出して、他の文学の諸ジャンルの中へ浸透したときに俄然猛威を発揮する。(中略)この意味で、日本で詩が発展しないのは私小説が詩の代用をしているからだという批評家の言葉を私は肯定せざるを得ない。(219番)
言葉に新しい感覚と生命を与えること、これが詩人の仕事である。詩人はそのために民衆の言葉の中に絶えず宿っている短歌的リリシズムへの郷愁を断ち切らねばならない。かかる郷愁を断ち切ることが、現代の口語で詩を書くということのほんとうの意味であり、ここでリズムは批評だということを詩人は始めて言えるのだ。(230番)
短歌が厳しく批判されており、歌をつくる人間としては悲しくなってしまう。しかし、昨年十二月二十八日付の産経新聞文化欄に、詩人でもある文芸評論家、倉橋健一は、小野が否定したものは短歌そのものではないという見解を述べている。彼は「小野さんが嫌悪したのは当時の歌人であり、そこで歌われた短歌だった。決して日本古来の文化伝統としての「歌」そのものを否定したものではなかったのです」という。
なるほど『詩論』の中には、「現代の短歌が持っているリズムに抵抗していると、古い日本の歌の調子というものが私にはよくわかる。他意はない。古い日本の歌の調子を私は持ちたいものだ(76番)」「無韻律詩(非定型詩、自由詩)や散文詩が「歌」を否定したと見るのはまちがいだ。むしろそれは「歌」の暫時的な隠匿である。内在律ということがいわれた。嫌な言葉である(99番)」といった文章もある。小野の文章は時に難解で、真意がどこにあるか分からないところもあるのだが、短歌に対する相反する感情に揺れていることは全体から窺える。そして、新しい時代に新しい詩歌を創ろうとした小野自身の気概はもちろん、時代の昂揚感も熱く伝わってくるように感じる。
小野十三郎という詩人が、これほどまでに短歌的抒情を嫌悪し、その力に抗いつつも、歌というものから逃れられなかったことに私は打たれる。たぶん、当時の歌人たちもそこを追求し、新たな詩としての短歌を求め、その一つが前衛短歌であったに違いないのだ。
私は『詩論』の中で、特に「現代の口語で詩を書くということのほんとうの意味」という言葉にひかれた。最近、歌をつくるとき、文語に寄りかかって短歌を作ることに甘んじてはいないか、と自問することが多いからである。短歌的抒情とは何か、真に忌避すべきものは何か、本当に新しい詩歌とは何か――小野十三郎の本を読み、「第二芸術論」をきちんと捉え直さなければいけないと考えた。
年頭の時評で川本千栄さんが、角川「短歌」一月号の座談会「前衛短歌とは何だったのか」を取り上げている。私も、前衛短歌が果
たして「日常の否定」であったのか、という問題提起の部分をとても興味深く読んだが、「第二芸術論」の掘り下げがあまりなかったのは少々残念だった。きっと次号からスタートする共同研究の連載のなかでは、さまざまな角度から考察されるだろうと楽しみにしている。
また、来月行われるシンポジウム「今、読み直す戦後短歌2」のテーマは、「第二芸術論の時代」である。前衛短歌を問い直すには、第二芸術論の再考が不可欠だと思う。この大きな課題に取り組む一人として、勉強を重ねてゆきたい。
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