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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

お知らせ:青磁社10周年シンポジウムを11/7(日)に開催いたします。詳細はこちら

電子書籍元年と短歌
text 松村由利子

 五月末、米アップル社の携帯情報端末「iPad」が日本でも発売され、いよいよ電子化された本が市場に出回る時代となった。このことが短歌にもたらす可能性を考えてみたい。
 電子書籍、電子ブック、eブックなどとさまざまに呼ばれるが、要は従来の紙の本ではなく、電子機器の画面 で活字を読む形の本のことである。本格的な電子書籍機器の第一号は、二〇〇七年に発売されたアマゾンの「キンドル」だった。紙の本に比べて、購入が簡単なこと、安価であること、端末に多くのデータが入れられるので持ち運びに便利なことなどから、爆発的に売れた。私は今年一月に仕事で米国へ行ったのだが、飛行機の中や空港の待合室で六、七十代と思われる人たちがキンドルで読書する様子を何度も見かけ、「なるほど、お年寄りにこそ便利なものなのだ」と感心した。
 歌集は電子書籍に向いているのではないかと思う。その理由は、大きく分けて二つある。一つは歌集の低価格化と幅広い流通 を実現できること、もう一つは新旧さまざまな歌集が読めるようになることだ。
 一つ目の理由について。
 歌集が高いこと、一般に流通しにくいことを残念に思ってきた。五月に第三歌集を出版したのだが、そのことを知った友人から「買いたいと思ったけれども、アマゾンにも出ていないし、近所の書店に行っても買えなかった」というメールを何通 かもらった。短歌の世界では当たり前のことだが、歌を作らない友人たちにとっては、不便で失望を覚える現状なのである。一方、せっかく書店に並んでも、歌集の価格は一般 書に比べてかなり高額だ。懐がさみしいと、欲しい歌集があっても二の足を踏むことがある。また、自分で出版する際も、定価を千円台にしたくても出版社の都合でそういう価格設定はできない。何とかならないかと、歯がゆい思いをずっと抱いている。
 しかし、電子書籍は紙代や印刷代、流通コストなどの経費がかからないため低価格でつくることができる。米国のハードカバーは日本よりも高いが、現在のところ例えば25〜26ドルの紙の本が、電子書籍だと15ドルで販売されているようだ。ちょうど、今の歌集の価格が大手出版社から出ている小説くらいの価格になる感じである。そして、取次中心の流通 システムでは、自費出版の多い歌集はほとんど書店に並ばないが、電子書籍になれば誰でも簡単に歌集が買えるようになる。一般 書籍の電子化については、印税や出版社の取り分などを巡りいくつものハードルがそびえているが、商業的出版とほぼ無関係の歌集は、収支を考えずに電子化のメリットのみ享受できる強みがあると思う。
 二つ目の理由について。
 書籍が電子化されるよりも前に、音楽の世界では楽曲はネットからダウンロードして楽しむもの、という新たな形が広まった。自分の気に入った曲をオンラインで購入し、CDプレーヤーやiPod など自分の持っているデバイスで聴くというスタイルができたため、CDの売り上げは随分落ちたらしい。こうした状況について、フリージャーナリストの佐々木俊尚は『電子書籍の衝撃』(ディスカバー携書)で、「新譜やミリオンセラー、ランキングを中心としたマスメディア的な音楽試聴スタイルは徐々に衰退し、『いつでも自分の好きな音楽を好きなように聴く』という方向へとアンビエント化が進んでいる」と書いている。アンビエント(ambient)は、「周囲の、ぐるりを取り巻く」「環境」といった意味である。佐々木は「アンビエント化された本の世界では、古い既刊本も新刊も、あるいはアマチュアの書いた本もプロの書いた本も、すべてがフラットになっていきます」と見る。これを短歌に当てはめると、茂吉や晶子の歌集も新刊歌集も同じように読者に手に取られ、読まれる可能性のある世界、ということになる。
 茂吉や晶子なら全集がある。しかし、例えば明石海人や片山廣子といった歌人の歌集を読もうとすると、なかなか手に入らない。こうした歌集がオンラインで入手できたら、どんなにいいだろう。同時代の同世代の歌人のものでも、買えないことは少なくない。まして、短歌をつくらない人が歌集を手にすることは皆無といってよい。歌集が電子書籍になれば、読まれる可能性は確実に高くなり、読者層は広がる。
 『電子書籍の衝撃』で紹介されている英国のミュージシャン、ブライアン・イーノ(1948〜)の談話は愉快である。彼の娘たちは「何が現在のもので何が昔のものなのかよく知らないんだ。(中略)彼女やあの世代の多くの人にとっては、すべてが現在に属していて、“リバイバル”というのは同じ意味ではないんだ」という。若い人たちがいろいろな時代の短歌を読み、それが万葉集の相聞歌なのか、俵万智の歌なのか分からないまま「これっていいねえ。すごくわかる!」と共感してくれたらとてもいいなあ、と思う。もちろん古典の素養は大事なものだが、それを知らずに楽しむ層が広がることは、短歌の世界の風通 しをよくするに違いない。
 この二つの理由で、私は歌集が電子書籍になるのを心待ちにしている。
 紙の歌集がなくなることを懸念する人もいるかもしれないが、それは心配いらないだろう。携帯電話の画面 で読まれる小説が「ケータイ小説」としてブームになったが、面 白いことにその熱心な読者たちは、自分の好きな小説が書籍化されると必ず買うという。携帯電話で気軽に読めるコンテンツとして存在しているにもかかわらず、読者は箔押しなどの特殊加工が使われた豪華なハードカバーを喜んで買うというのだ。これは、「引用フリー」を公言する内田樹のブログの文章をまとめた本が、好調な売れ行きを示すのと少し似ているかもしれない。美しい装丁の歌集は、電子歌集が普及しても必ず残る。短歌そのものが残ってゆくには、恐れずに新しい形を取り入れてゆくことが大切だと思う。

 *二年間、時評を担当して、とても勉強になりました。川本千栄さん、広坂早苗さん、そして読者の皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。



「週刊時評」を終えるにあたって

 足掛け四年に渡ったこの「週刊時評」も今回をもってひとまず休止させていただくこととした。
 最初の二年間を担当いただいた大辻隆弘、吉川宏志の両氏に、そしてこの二年間を担当いただいた川本千栄、広坂早苗、松村由利子の三氏にまずは心より御礼申し上げたい。
 私自身の感想を述べさせていただくと、毎週月曜日の朝一番にメールを開く楽しみが減ってしまった、というのが正直なところである。今回はどんな話題を提供してくれるのだろう、と期待感をもって週明けのパソコンをたちあげるのは楽しい瞬間であった。そして私と同様の思いをもって、青磁社のHPをたずねてくださった多くの読者の方々にも御礼申し上げたい。
 この四年の間にも短歌を取り巻くネット環境は大きく変化したように思う。多くの出版社が同様の試みをなされており、その先鞭をつけた一点においても青磁社「週刊時評」の価値はあったのではないかと自負している。
 また耳目を集める、数多の論争が繰り広げられたことも、ネットの即時性を活かして刺激的であった。「論争はとてつもなくエネルギーを消耗する行為である」(『対峙と対話』所収「論争が許される場所」)と大辻隆弘氏が書くように、短いスパンで激論を戦わせるのは容易なことではなかったであろうと想像がつく。しかし労が多かった分、得ることも多い、そんな論争の数々であった。外部から論争に加わっていただいた方々にも、改めてお名前は列挙しないが、御礼申し上げたい。
 社会のデジタル化が進み、電子書籍の登場で紙媒体の書籍が危機を迎えようとしているちょうどその時期と軌を一にするように、ネット配信を退くというのも何か象徴的なような気もしている。インターネットには無限の可能性が秘められているようにも見える。ただ、紙でしか伝え得ない何かが必ずあると、私たち青磁社は信じている。そしてその孤塁を最後まで守り通 すのが使命であるとも感じている。
 今回の二年間の「週刊時評」もいずれ書籍化する予定だが、それもそのような思いからである。
 今後はまた違った形態で、ネットに適した企画を立ち上げ、近い将来皆様にお届けできればと願っている。
 最後に改めて、執筆いただいた皆様、そして読者の皆様、論争に加わっていただいた皆様に厚く御礼申し上げます。有難うございました。

青磁社 永田淳


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