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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第三者によって回想される青春
text 吉川宏志

 アガサ・クリスティに『五匹の子豚』という変わった題名のミステリがある(マザーグースから題名は取られている)。名探偵ポアロが調査することになったのは、十六年前に起きた殺人事件。事件にかかわった五人の男女の手記を読んでいくにつれ、その当時には聞き逃されていた会話が、別 の意味を持ってくる。誰が誰を愛していて、誰が誰を憎んでいたのかが、長い時間を過ぎたあとになってようやくわかってくるのである。当事者たちも、その時には自分たちの行動の意味が見えていなかった。第三者の探偵の目を通 して回想されることによって、五人の別々の記憶が関係づけられ、一つの絵が描かれることになる。クリスティの中でも特に印象深い作品だ。
 大辻隆弘の『岡井隆と初期未来 若き歌人たちの肖像』が刊行された。評伝というジャンルに入るのだろうが、むしろ味わいとしては小説に近い感じがする。四百ページに近い本なのだが、一気に読ませてしまう迫力とおもしろさがあるように思われた。
 大辻は「未来月報」という昭和二十年代に発行されていたガリ版刷りの小冊子を偶然入手する。そこには吉田漱や岡井隆らの若い日々の文章が収録されていた。大辻はこの「未来月報」や関連する資料を丹念に読み込み、当時の人々への聞き書きを行いながら、五十年以上も前の時間に、若い歌人たちは何を感じどのように生きていたのかを蘇らせようとする。彼らが住んでいた町を訪ね、当時の気象までも調べるという徹底ぶりだ。
 クリスティの小説になぞらえて言えば、岡井隆・相良宏・福田節子・吉田漱・そしてYという匿名で記された女性の五人のあいだで繰り広げられる愛憎劇がたいへん生々しく、痛々しく、そして美しい。岡井と相良とのあいだには、結核で夭折した福田節子への恋慕をめぐって確執が起きる。若い岡井は、相良の言動をかなり詳細に文章に書き残しているのだが、健康な岡井と、病身の相良では、同じ現実をまったく異なる心情をもって見ていたことが、長い時間の過ぎたことで、しだいにわかってくる。岡井と吉田のあいだ、岡井とYのあいだにも同じように、どうしようもない齟齬や誤解が存在していた。ポアロならぬ 大辻が、彼らの代わりになって回想することで、別々の思いを抱いて生きていた人々の姿が、一つの地平の上に、くっきりと位 置づけられる。その統合力がじつに見事である。
 新たな発見も多い。相良宏は裕福な家の出身であったにもかかわらず、当時は貧困をうたった歌が力を持っていたため、貧しい病者を演じようとしていたことなど、意外な事実が明らかにされている。また、実力はありながら、生活と歌のあいだで苦しみ、歌を断念せざるを得なかったYの告白の手紙が、長い時間を経て、公表されているのも哀しい。
 興味深かったのは、岡井が軍隊生活を経験していない若い世代として、コンプレックスを抱いていたらしいこと。そして逆に岡井の兄や姉の世代は、戦争によって青春を奪われたことに、悔やんでも悔やみきれない思いを持っていたことである。つまりどちらの世代も〈青春〉から疎外されているような悲しみを味わっていたのである。
 ちょうど同じ時期に、十代で角川短歌賞を受賞した小島なおの第一歌集『乱反射』が出た。

黒髪を後ろで一つに束ねたるうなじのごとし今日の三日月
かたつむりとつぶやくときのやさしさは腋下にかすか汗滲(し)むごとし
吐く息が白いかどうか確かめているうちにきみをまた思い出す

 小島には時代や社会から疎外されている感覚は、ほとんどないだろう。一見、うまくて安定した歌のようである。しかし、小島が自分の身体(うなじ・腋下・息)と周囲の自然とを結びつけるようにして歌っていることに注目したい。茫漠としている現代の社会のなかで、自分の存在を、無理をせずに確かめようとしている感があるのである。三首目の「確かめている」が、おそらくこの歌集のキーワードなのだ。自分の若さを誇示するのでもなく、自虐的になるのでもなく、やわらかな感覚で歌っている姿勢が、誠実で新鮮な印象を与える。これも、一つの〈青春〉の姿が、よくあらわれた一冊なのではないかと思われた。

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