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「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

〈喩〉の現在
text :大辻隆弘

 4月22日、東京で行われた「棚木恒寿『天の腕』を語る会」に参加した。
 私見によれば、棚木の歌を素材に、「〈喩〉の現在」という問題がクローズアップされたよい会だったと思う。
 議論の発端となったのは、パネリストの1人であった私が引用した次のような歌であった。

  下降して底(そこい)に届くひとひらよ水槽のごとく景ありにけり     棚木恒寿

 この歌において、棚木は花びらが地上にゆるやかに落ちる様から、水の中を想像し、自分のめぐりの世界を「水槽」のようだ、と言っている。ここには〈喩〉を用いることによって、世界そのものの認識を更新しようとする棚木の意志が感じられる。それは世界の新たな開示を齎す〈喩〉の力を棚木がまだ信頼している、ということだろう。その背後には、認識の力によって世界を再構成しうる〈強固な私〉への信頼がある、ということだろう‥‥。そう述べながら、私は、そのような〈喩〉と〈強固な私〉に対する過度な信頼に、疑問の意を提示したつもりだったのだ。
 このような私の発言に対し、棚木と同世代である斉藤斎藤は、「自分はそのような〈強固な私〉という物語が崩壊した時点から歌をはじめた」といい、〈喩〉をもはや信じ得ないという彼の実感を表明した。
 また、それとは対照的に、魚村晋太郎は「すべての〈喩〉というものが〈強固な私〉に繋がるとは思えない。私の希薄化した意識のなかに浮びあがるかすかな心の動きを表すような〈喩〉もある」と言い、〈喩〉がいまなお有効であるという見解を述べた。
 それらに加えて、棚木より若い花山周子は、棚木の歌に〈喩〉を用いることでしか歌えない「かくされたもの」があり、それを〈喩〉でもっとすっきり出すべきだ、と言った。その上で彼女は、棚木の歌のなかにある茫洋とした肉体感を評価したい、という。
 が、注意ぶかく見てゆくと、棚木の歌のなかには、肉体感覚のなかに浮び上ってくるものを〈喩〉を用いて表現しようとした歌もあるのである。

  肉親のように見えたる門灯に近づく 昨夜のわが影が見ゆ    棚木恒寿
  東方に木が生えているという記憶沈めてむかう学校がある  

 たとえば、これらの歌の「肉親のように見えたる門灯」や「東方に木が生えているという記憶」といった表現は、〈喩〉的な表現だろう。が、それは〈強固な私〉の認識によって捉えられたものであるというよりは、むしろ、作者の茫洋とした肉体の感覚に根を下ろしている。〈喩〉に対して否定的な意見を述べた斉藤や花山も含め、参加者のほとんどが、このような茫洋とした〈喩〉の歌に対して好意的であったことが印象的だった。
 前衛短歌において〈喩〉は、日常的には隠されている現実の深部を認識のもとに連れ出す武器として重用されてきた。前衛短歌の影響を色濃く受けた90年代初頭のニューウェーブ短歌も、〈喩〉の種類は多様化し複雑化したとはいえ、基本的にそれは「現実の深部を認識の明るみに連れ出す武器」として信頼されてきたように思う。当の棚木自身も、初学期であった90年代初頭のそのような〈喩〉の方法論に魅力を感じた、と発言してもいた。
 が、この日の批評会で明らかになったのは、〈喩〉=「現実の深部を抉りだす武器」というような硬直した図式では、もはや収拾がつかぬ ほど、〈喩〉に対する多用な見方が存在するという事実だった。斉藤斎藤のいうように〈強固な私〉という物語が崩壊した上で、なお〈喩〉は成立しうるのか。成立するとしたら、それはどのような仕方においてなのか‥‥。そういった今後も論じられるべき重要な問題が浮かび上がってきた会であった。

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