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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

「人それぞれ」を超えて
text : 吉川宏志

 先週の大辻隆弘氏の、

 「『病老・貧困・情況・組織・家族・恋愛』といった近代的な諸困難を『現実』としてとらえ、それとの格闘を文学の必須と考える島田(修三)らの世代と、『向かうべき敵』が見えない閉塞状況のなかで青春を送った黒瀬(珂瀾)・斉藤(斎藤)らの世代とのギャップが、顔を覗かせている。」

という指摘は、現在の短歌界の、風通しの悪い状況の根底にあるものを、的確にとらえているだろう。 これを、世代間の単純な対立だととらえるのは、おそらく誤っている。西研の『哲学的思考』(2001年)に、次のような一節があったのを私は思い出した。

 「若い人たちの多くが『人それぞれですからね』とよく口にする。〔……〕でも、私たちの生のなかには、共通 の困難、共通の課題も確かに存在している。〔……〕それを取り出してともに考えあうことができるなら、そうした営みは私たちのあいだにつながりの感覚と希望をもたらすかもしれない。だが、『人それぞれ』という言葉は、そうした思想の営みを中断する。」

 つまり、多様化を強調していくことが、逆にそれぞれの個人の生を孤立したものにしていく、というパラドックスが、現代社会にあらわれており、それが短歌の状況にも反映してきているのではないか、と考えられるのである。そういう状況の下では、お互いの作品を読み合う・批評し合う、という行為は、非常に難しいものになる。自分の好みや考えに合わないからといって単純に否定するのはもってのほかだが、反対に「人それぞれ」という曖昧な態度に逃げることも、他者とのつながりを切断することになってしまう。多様性を認めつつ、「共通 の困難、共通の課題」を探っていく読みが必要になってくるのである。そうした努力を放棄したとたんに、現代短歌は堕落の道を辿る気がする。

 谷岡亜紀の第三歌集『闇市』が出た(念のために書き添えておくと、谷岡は四十代の男性歌人である)。歌集の後記を読むと、ホーチミン、ニューヨーク、マニラ、台北、釜ヶ崎、歌舞伎町、沖縄……と、現代の世界の矛盾が最も混沌とした形であらわれている土地を選んで旅をして、歌をつくっている。

  国営のレストランにてアメリカ人のカップルが命ずるカクテル「B29」                                   (ホーチミン)
  テディベアのボタンの瞳とれており「たくさんの子供がここで死んだよ」                                  (ニューヨーク)
  抗議デモ三〇万人のただ中に立ちて揉まれて傘守りいつ                                          (台北)

 歌としては、必ずしも成功しているわけではない。旅をした土地が多すぎるためか、表面 的な描写で終わっており、谷岡が見てきたものが、読者にあまり印象深く伝わらない憾みがあるのだ。ただ谷岡には、「共通 の困難・課題」はこの世界に明確に存在していて、その現場へ赴くという〈行動〉こそが、現代の詩歌なのだ、という思想があるのであろう。私は『闇市』を、短歌作品としては、あまり評価できない。だが、言語技術やレトリックよりも〈行動〉を志向するこの異色の歌人を、私たちは「人それぞれ」として敬遠してはならないのだ。谷岡との相互批判から、新しい視野が生まれる可能性は大きいと思う。

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