勝手に太正浪漫街道
鈴野十浪先生編其の一

嵐の明冶神宮 下

戻る


 戦いが終わるとすぐに、霊子甲冑から搭乗者たちが降りてきた。
 どの霊子甲冑もひどい有様だった。
 明らかに蒸気によるものではない煙がいくつも上っている。
 搭乗者たちはその霊子甲冑を前に、深刻そうに話し込んでいた。
 それを眺めている間に、私は現在の自分の状況を思い出していた。
 ここは本来民間人がいるはずが無いところである。
 帝国華撃団は軍の最高機密に関わっているとすら言われる組織だ。
 その組織の一端とはいえ見てしまった民間人が、どんな目に遭うのか。
 他の機体は違う方を向いていたが、あの桜色の機体にはさすがに私の存在がわかっただろう。
 早く逃げ出したかったが、今度は私の足も言うことを聞いてくれなかった。
 好奇心は猫をも殺す、とはこういうことか。
 私は観念して、目を閉じた。
 しばらくして足音が一つ近づいてきた。
 おそらくは、あの桜色の機体の搭乗者だろう。
 どんな相手かと思い、目を開けてみた私は、またもや我が目を疑うことになった。
 顔が少々煤けてはいるが、
その程度では損なわれようもない可憐さを漂わせた少女だったからだ。
 特殊な形状の桜色の戦闘服だけが、私の想像が正しかったことを示していた。
「ありがとうございます。助けて下さって」
 その鈴の音のような声を聞いて、どこかで聞いた声だと思った。
 少女はとまどったままの私の手に、あの破魔矢を握らせた。
 柔らかい、剣を振るには似合いそうもない清楚な感触が、手袋の上からでもわかった。
「あ、いえ・・・」
 何かを言おうとしたが、私の口から出たのはそれだけだった。
 照れ隠しに私は頭をかくしかなかった。
 すると、少女の顔色が少し変わった。
 少女は服の隠しから白いハンカチーフを取り出した。
 そのとき、私はやっと思い出した。
 雨の銀座で、私に差し出してくれたあのハンカチーフと同じ、
そうだ、あの帝国歌劇団のさくらという少女だ。
 帝国華撃団。そして帝国歌劇団。
 私の頭の中で、多くの疑問が次々と氷解していった。
 少女は呆然とする私の額にそっとそのハンカチーフを当ててくれた。
「今はこれくらいしかできませんが、後でちゃんと手当を受けて下さい」
 どうやら、林の中を走ってきた際に、どこかにぶつけたのだろう。
 興奮していて、いままで痛みすら感じていなかったのだ。
 ふと私は思いだして懐を探った。あった。
 いつか返すこともあろうと、洗濯を欠かさずに持ち歩いていた、
あの時に借りたままだった方のハンカチーフだ。
「ありがとう」
 なんとかそれだけを言って差し出すと、彼女もどうやら思い出してくれたらしい。
「どういたしまして」
 この正月に、桜の花が開くかのような素敵な笑顔を見せてくれた。
「さくらくん!戻るよ!」
 遠くから青年の声が聞こえてきた。
 それはあの、劇場のモギリの青年、そして恐らくは、あの隊長機の搭乗者だろう。
「はいっ!」
 少女は、帝国歌劇団の真宮寺さくらさんは、
私が差し出したハンカチーフを受け取ると立ち上がって、
「ここで見たことは、内緒ですよ」
 と、今度はいたずらっぽく微笑んでから、
あのときのように優雅に一礼して仲間の所に戻っていった。
 気がつくと、足は動くようになっていた。
 手当もそうだが、大工道具を帰りに買っていこうと思った。
 この霊験あらたかな破魔矢を奉る神棚を作らなくては行けない。
 それから、楽しみな洗濯もまだまだ続けることになりそうだ。
 寄り道へ向かう私の足取りは不思議なくらい軽かった。

あとがきへ

章を選び直す。
本を本棚に戻す。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代への扉に戻る。