勝手に太正浪漫街道
鈴野十浪先生編其の一

嵐の明冶神宮 中

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 大鳥居の近くに来た私の前には、目を疑うような光景が広がっていた。
 帝国華撃団が戦っているもの。
 それは、魔物だった。
 黒之巣会の活動当時から、魔物の存在は時折聞いてはいた。
 私自身も、一度だけ見たことがある。
 そのいずれの場合も、せいぜい鼠か猫かぐらいの大きさだったはずだ。
 だが、今私が見ている禍々しい色をしたあれは、明らかに人間よりも大きかった。
 帝国華撃団の霊子甲冑と、ほぼ同じ大きさだった。
 大砲の着弾した跡が広がっていたから、それによると思われる傷で弱ってはいたが、
生身の人間など、一撃で絶命させてしまいそうな牙や爪は、
私を震え上がらせ、木陰に身を隠させるに十分な迫力を備えていた。
 そして、なにより私が目を疑ったのは、帝国華撃団の様子だった。
 苦戦している。
 信じられなかった。あの、無敵の帝国華撃団の霊子甲冑が大きく傷ついている。
 隊長らしき白い機体の指示で、その部分をお互いに何とか支え合っているが、
決して優勢とは言えないことは素人目にも明らかだった。
 ガシャッと大きな音がして、私ははっと木陰から身を乗り出した。
 それまで他の霊子甲冑への攻撃をうまくかばってきた白い機体の能力が限界に来たのか、
桜色の機体に魔物の爪が直撃したのだ。
 大きく体勢を崩したその機体へ、魔物の第二撃が振り下ろされようとしていた。
 他の機体は、自分の受け持つ魔物の相手で精一杯でいた。
 次の瞬間、私は自分でも本当に信じられない行動に移った。
 右手に持っていた、買ったばかりの破魔矢をその魔物の背中に向かって投げつけたのだ。
 霊子甲冑の攻撃にも幾度も耐えている魔物に対して、あまりにも無謀だったかも知れない。
 だが私は信じていた。ここは明冶神宮の中だ。
 神に祈っていたと言ってもいい。
 私の祈りが聞き遂げられたのだろうか、破魔矢は魔物の背中に深々と突き刺さった。
「ギャアアアッ」
 魔物がその外見にふさわしいとも言うべき叫びを上げて大きくのけぞったのだ。
 その間に、白い機体が桜色の機体に駆け寄った。
 その二体の間に何かが凝縮されていくような感覚があったかと思うと、
辺り一帯が目もくらむような桜色の光に射抜かれた。
 それほど強烈にもかかわらず、私の瞳はそこで起こったことの全てを捉えることが出来た。
 二体の腕から光が放たれていて、さらにその光の向こうに何かが見えた。
 あれは、青年と、少女?
 その光は何故か心地よく、私の心に染みわたるようですらあったのに、
魔物たちには著しい損傷を与えていた。
 光が収束した後に、あの醜悪な魔物たちは全て消滅していた。
 魔物の背に突き刺さっていた破魔矢が、乾いた音を立てて地に転がった。
 それを見届けると私の緊張の糸も全て切れ果ててしまい、
不甲斐ないことにその場にへたり込んでしまった。

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