勝手に太正浪漫街道
茜ちゃん編其の一

不思議な女性 中

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「まず、結論から言うわ。あなたが見た女性は、米田支配人の秘書よ」
 え?
 じゃあ、どうして軍服なんて着ていたんだろう。
 そんなあたしの心を見透かすようにマリアさんは続けて言った。
「でも、ただの秘書というわけではないわ。実は軍隊から派遣されている人なの」
 えええええええっ!?
 あの服は衣装じゃなかったんだ。
 横では大神さんがはらはらしている。
 これって、もしかして重要機密事項ってやつなんじゃ・・・。
 えーん、あたし生きて帰れるのかなあ。
 不安になってきたあたしに、マリアさんは少し声を優しくして話してくれた。
「この帝劇が国立であることはあなたも知っているわね」
 もう、機械的に頷くしかないあたし。
「この帝劇は、公演を繰り返すことで、人心の平安及び娯楽の提供という観点から、
国家の治安維持にも関わっていると言う一面があるのよ」
 それは、そうかもしれない。
 あたしはよく知らないけど、数ヶ月前まであった黒之巣会とかの騒動の時、
市民の不安を吹き飛ばすように、連日花組は公演を続けていたって叔父さんが言ってた。
 帝劇に来た人に、夢と希望を与えていく。
 花組の影響力は、軍隊にとっても無視できないんだろう。
 あたしの頭の中で、なんだかすらすらと符丁が合っていく。
 あたしって、こんなに頭良かったっけ。
「その帝劇が、悪の組織に使われることの無いように、軍から常に防衛顧問官が派遣されるの。
もちろん、ただの顧問官じゃないわ。その人が帝劇に派遣されたのには別の目的もあるの」
 そうよね。軍の人って、ごつい男の人が来て普通よね。
「あの人は、日本舞踊の有段者でもあり、私たち花組の舞踊の指導者でもあるのよ。
その他の日本文化にも精通していらっしゃるけど、私たち花組にとっては、それが一番大きいわね」
 す、すごい人なんだ。
 あたしは何だか感動してしまった。
 女性の社会進出や、男女平等が叫ばれている昨今、
男性には絶対に出来ないことを成し遂げて、立派に生きている人がいたなんて。
「それから、花組以外の組については、米田支配人が養成学校を計画していると聞いたことがあるわ。
一、二年の内には、新しい組が出来てもおかしくないでしょうけど。
今帝劇で公演が出来るのはこの花組だけよ」
 なんだか、最後の方はどうでも良くなってきた。
 とにかくすごい話を聞いてしまった衝撃で、ぼーっとなっていたからだ。
「あら、そろそろ料理が出来たんじゃないかしら」
 マリアさんの声が、そんなあたしを現実に引き戻した。
「あ、済みません!」
 はじかれたように立ち上がって、料理を取りに行った。
 後ろで大神さんとマリアさんが何か話していたけど、よく聞こえなかった。
 でも、さっきの衝撃が抜けていなくても、ウェイトレスの仕事はもう体が覚えていた。
 ところで、カンナさん何人前目だったっけ。
 あれ、アイリスちゃん、うとうとしてる。
 配りながら、そんなことを頭の中で考えていたら、もう一回マリアさんに声をかけられた。
「茜さん」
「はいっ!」
「くれぐれも言っておくけど、このことは他言無用よ。
この帝劇に軍隊が関わっているなんて、あまりいい印象を与えないからね」
 みなさんと秘密を共有しているという感覚が、あたしを包んでいた。
「はいっ、わかりましたっ」
「よろしい」
 そこでマリアさんが笑ってくれた。
 やっぱりかっこいい!
「それじゃあ、大神さん。いただきます」
 さくらさんが大神さんに、ちょっと同情するような口調で断って、皆さんは料理を食べ始めた。
 大神さん泣いてたけど。
 
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