勝手に太正浪漫街道
茜ちゃん編其の一

不思議な女性 上

 あたしが帝劇でのお仕事を始めて二ヶ月とちょっとになる。
 帝劇の人たちの顔と性格も何となくわかってきた。
 花組の皆さんの中で、一番よくわかるのはカンナさんだろう。
 だって、毎日六人前から十人前を食べに来るんだもん。
 厨房の方も心得ていて、公演が終わって一段落した頃合いに、カンナさん用のお食事を用意しておくのだ。
 運んでいくときに、何度か声をかけてもらって、今ではすっかりうち解けている。
 モギリの大神さんも、仕事が終わるとかなり食べる方だけど、やっぱりカンナさんの方が上だろう。
「食べている時って、人間一番幸せな時間だぜ。生きているって実感が湧くもんな」
 通常の営業時間が終わった後、カンナさんと話していたら、花組の皆さんがそろって入ってきた。
 何故か大神さんも一緒。
 こういうときに、帝劇での仕事ってつくづく恵まれているなと思う。
 普通のファンなら声をかけるだけでも大変なスタアの皆さん達と間近で話が出来るんだもん。
「やあ、茜ちゃん。定食全員分御願いね・・・」
 なんだか、大神さん、あんまり元気がない。どうしたんだろう。
「あ、カンナはん。今日は大神はんのおごりやから早速食べとるな」
 え?
 ああそうか、最近花組の皆さん達の間で、花札が流行っているって言ってたっけ。
 あれ、そういえば、
「あの、花組の皆さんって、ここにいる皆さんで全員ですよね」
 コックさんに伝えてから、あたしもお話に混ぜてもらうことにして、前から疑問だったことを聞いてみた。
「茜さん、あなた、この帝劇に来て二ヶ月になるのに、まだ私たちのことを覚えていらっしゃいませんの?」
 なんだか、私はすみれさんに嫌われているような気がする。
 すみれさんに嫌われるようなこと、していないと思うんだけどなあ。
「そうじゃなくって、花組候補生とか、影の隊員とかいないんですか」
 そう、確かに疑問なのだ。
 帝国歌劇団花組の名は帝都はおろか、日本全国に轟いている。
 それなのに、花組以外の組のことを、入ってこのかた、一度たりとも聞いたことがないのだ。
「前に一度、軍隊の衣装を着たかっこいい女の人を支配人室の前で見たことがあるんです。
この帝劇にいる人を、あたしが覚えていないと失礼でしょう。どういう方なんですか」
 前々からの疑問を口に出して、すっきりしたあたしは、そこで絶句してしまった。
 花組の皆さん達、大神さんまでそろって、顔を見合わせて困った顔をしているのだから。
「あ、あの、あたし何かまずいこと言いました?」
 さすがに心配になってきた。
「えっと、ね、茜ちゃん、それは・・・」
 大神さんが説明しようとしたところを、マリアさんがさえぎった。
「困ったものを見てしまったわね、茜さん」
 え・・・?
 舞台で見る顔とは違って(何度か公演をのぞき見したことがある)、なんだかマリアさんの顔が恐かった。
「仕方ないわ。少しだけお話ししてあげましょう」
「マ、マリア、それは・・・」
「これは花組の問題です。事務所属の大神さんには、関係有りません。
米田支配人に対しての責任は、花組リーダーであるこの私が取ります」
 仕方ないな、と言う顔で大神さんは黙り込んでしまった。
 マリアさんって本当にかっこいいなあと、状況もわきまえずに思ってしまった。
「ただし」
 マリアさんは、ぼうっとなってしまったあたしに活を入れるように話を振ってきた。
「このことは他言無用よ。いいわね」
 あたしは黙って何度もうなずくしかなかった。

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