勝手に太正浪漫街道
茜ちゃん編其の一
不思議な女性 下
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花組の皆さんの話につきあっていたらすっかり遅くなってしまった。
既に厨房のみなさんは帰ってしまって、私は最後のお掃除をやっているところだ。
早く帰りたかったけど、ここは帝劇の顔の一つだ。
掃除だって手を抜くわけにはいかない。
二ヶ月働いているだけなのに、私にとってこの大帝国劇場はかけがえのない場所に思えるのだ。
帝都にとってもかけがえのない場所なんだ。
さっき聞いたばかりの秘密を思い出し、何だか感慨深い。
だけど、もう日が暮れている。
こうして、一人で食堂に立っていると、不思議な気分になってくる。
夜の大帝国劇場には、怖いのとは違う、不思議な雰囲気が漂っている。
謎めいているとでも言うのかな。
大帝国劇場には、何か大きな秘密がある。
この二ヶ月で、私が至った、結論とすら言えないような結論がそれだ。
しかし、まさか軍の人が関わっているとは思わなかった。
自分が秘密を知っているって、何だか気分がいい。
コツ・・・コツ・・・
おや、足音だ。
カンナさんが食べたりなくてまた降りてきたのかしら。
そう思って、振り向いてみたら、そこにいたのは、
軍の制服に身を包んだかっこいい女性、
先ほどの話で聞いた、あの人だ。
「あら、まだ残って仕事をしていたの」
外見にふさわしい、綺麗な声だった。
「え、ええ、もう少しで終わりますから」
そのときあたしは、この人の名前を知らないことに気づいた。
「確か、茜ちゃんはこの近くだったけど、夜に女の子が一人で帰るのは危ないわね」
さすがに米田支配人の秘書をしているなら、あたしの履歴書を見ていてもおかしくないけど、
あたしの名前と住所まで、そうすぐに思い出せるものだろうか。
「えっと、秘書の・・・」
「藤枝あやめよ。よろしくね。でも、誰から聞いたのかしら」
藤枝あやめ。どこかで聞いたような気がする。
「あ、マリアさんからさっき教えてもらいました」
「そう、マリアが」
そう言ったあやめさんの表情には、安心したようなものが見えた。
マリアさんって信用あるんだなあ。
「大神くんに頼んで、家まで送ってもらうよう頼んでくるわ。
今度から食堂の人たちに、女の子一人残さないように気をつけるよう言って置かなければね」
そう言うと、あやめさんはさっと奥に戻っていき、しばらくして大神さんを連れてやって来た。
「もう終わりでしょう。じゃあ大神くん、御願いね」
「はいっ、わかりました」
あやめさんの言葉には、どこか言うことをきかせる説得力のようなものがあるんじゃないかしら。
さっきあたしは、大丈夫ですとか何とかいう気すらしなかった。
あやめさんに頼まれて、反論の余地無く返事をした大神さんの顔を見つめながら、
あたしはそんなことを考えていた。
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