「裏嘆きの都」
第四話第二章



対降魔部隊SS6「嘆きの都」第六章「途絶えよ、滅びの階段」前編と平行

第四話第一章





 工学部建築学科の指導の下、一応の修復作業が始まっている。
 この数日、帝都はピリピリとした緊迫感が漂っていた。

 三日前の天変地異……後で調べてみたら地震だけではなく、宮城に光の柱が出現するなどえらい騒ぎであることが判明したのだが……それ以後、街中で軍人と警察官が多く見られるようになっていた。
 どうも何かを捜索しているらしい。

 思い当たるところと危機感があったので、夢織は近代都史研究室を一週間の休みにした。
 他学部では被害が大きかったところも多いのでこれはさほど珍しい処置でもない。
 もっとも中には、休みと言っても被害の修復ばっかりで研究室に学生を缶詰にせざるを得ない研究室も結構あるようだが。
 研究室自体には被害の無かった近代都史研究室の学生たちも、下宿先に被害を受けた者が多かったので、この決定は歓迎された。
 それで、当の夢織は何をしているかというと、

 ぐー。

 大広間に寝袋を持ち込んで、ここで寝泊まりをしていた。
 研究室の中、水地助教授の部屋から限られた者しか入られないらしい空間の狭間に出来た亜空間の広間である。

 下宿の被害が幸いにも大したことが無く済んだと言うこともあるが、それ以上に確信があったのだ。
 まだこの先、何かが起こる……いや、まだこの先、何かを起こすつもりに違いないと。
 そうなれば、もしかしたらここでまた会えるかも知れない。
 我ながら何を考えているのかと馬鹿にしたくなる思考回路ではあったが、どうしても抑え切れぬ憧れがあったのだ。
 会って、何を話したいのかすら解らないままに。

     *     *     *     *     *

「よっこらせっと」

 そんなわけで、外回りでの研究はかなり慌ただしい。
 近代都史研究室としては、このような大事件が起こった後の都市の様子を記録に残しておくことは義務ですらあるので、人々の噂などを集め、また一方では新聞、雑誌、街の回覧板チラシなどもかき集めていた。
 それをこなしつつ、夕刊をそろえて夕方には研究室に戻る。
 半日でリュックサックが埋まることも珍しくない。

 研究室備え付けの台所でシャカシャカと米をとぎ、夕食の準備をしてから広間に荷物を運び込む。
 これからここで分類、集計、解析作業である。
 入ると、人の気配があって陣が輝いている。

 人の……気配……!?

『!!』

 目と、目があった。
 互いに、もしかしてという可能性は考えてここに来たのだろうが、こうして再会してしまうとあれこれ考えていたことなど、ある意味では予想通りに全部すっ飛んでしまった。

「高音、さん……ここで、なにを……」

 会いたかったとか、もうちょっと気の利いた言葉があったのかも知れないが、心が言葉にまではならなかった。
 何も変わっていない……と言いたいところであるが、残念ながら、僅か数ヶ月前に憶えていた雰囲気とすら大きく変貌していた。
 美しい顔立ちは変わっていないのだが、それがせめてもの慰め、と言ってしまいそうになるくらい高音の変貌は大きかった。
 それも、夢織にとっては歓迎したくない方向に。

 今高音が身に纏っている雰囲気は、夢織もよく知っている者のそれであった。
 紛う事なきあの、水地の漂わせていた気配。
 高く、遠く、果てしなく映る威厳を漂わせている。

……先生の、代わりになろうって言うのかよ!

 何故か確信に近い思いを抱いた。
 高音が、この間天笠という士官が言っていた反乱軍の一員などではなく、今帝都で起こっている騒乱の指導者であると。

「何を・・・、やってんだよ・・・!」

 今度は尋ねたのではない。

 怒り。

 帝都を破壊しようとしていることに対してではなく、
 ここから去ったことに対してでもなく、
 この怒りは、もっと別。

 不思議なことに、鮮明に憶えている光景。
 水地が、高音に対して向けていた視線は、決して、自分の後継者に向けたものではなかった。

 ……そうだ、あのとき……

−−−−−−人の愛娘の一糸まとわぬ姿を直に見たのだ。
      この程度の罰なら安いものだろう−−−−−−

 さほど怒っているとも思えない、あるいはどこか笑っているようにすら思える笑顔で自分のことを一発ぶっ叩きながら、水地はそんなことを言っていた。

 そう……愛娘……

 初めてかも知れない。
 不思議なくらいはっきりと、水地の考えの一部ではあるが、理解できたような気がした。

「あ……」

 吐息とも声ともつかぬ音が高音の口から漏れる。
 元々澄んだ声をしているので、やけにはっきりと聞こえた。

・・・・・・!

 そのとき一瞬だが、仮面のような雰囲気の向こうが見えたような気がした。
 叱られた子供のような、高音の実年齢を考えればいっそその方がまだ似合うような気がする、そんな素顔が。
 それが見えたのはほんの一瞬だけ。
 なぜなら。

タッ……

 高音はすぐに身を翻して広間の奥へ向かって駆けだしたからだ。
 その先には空間の裂け目のようなものが口を開けている。
 入り口からではなく、そこから入ってきたのだろう。
 だが、慌てているのがはっきりと解る。
 高音がどうやら瞬間移動まで使えるらしいことは、この間の時に見せられている。
 今の高音は、自分がそれを使えることを忘れて自らの足で走っている。

「待て……高音さん……っ」

 これがきっと最後の機会。

「行くな……っ」

 今止めなければもう二度と、

「行くんじゃない……」

 俺は……あんたを……

「行くなああぁぁっっっ!!渚あぁぁっっ!!」

 止まった。
 今にも裂け目の中に入ろうとする寸前で、高音は……渚は、思わず振り向いていた。
 戸惑ったように微かに頬に朱がさしたその顔は、あどけなさが残るものの、えもいわれぬほど美しかった。

 絶対に……戦場になんか帰らせない……

 間が、徐々に縮まっていく。

 もう二度と、離すもんか……!

 だが、その数秒の間に渚は我を取り戻した。
 何かに耐えるようにぎゅっと目をつぶる。
 引き留めて欲しいと心のどこかが叫んだ言葉を無理矢理かみ殺して、

「……」

 開いた瞼から、すっと雫がこぼれ落ちる。
 声と言うよりも、吐息にかろうじて言葉を乗せるようにして、そっと

「…………さよなら………」

 長く美しい黒髪が翻る。
 その姿が、宙に浮いた裂け目の向こうに消えていこうとする。

「だめだあっっ!!」

 床を蹴り、思いっ切り手を伸ばし、髪にようやく指の先がとどく……

パシャ……

 あっけない音を立てて、夢織の眼前で裂け目は閉じた。
 飛び上がった姿勢のまま、無様に床に転がる。

「…………」

 何もできなかった。
 何も………

 ただ、長く美しい髪の毛が一筋だけ、指に絡まって残されているのみだった。


第四話第三章


初出、百道真樹氏サクラ戦史研究所内掲示板


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