「裏嘆きの都」
第四話第三章



対降魔部隊SS6「嘆きの都」第六章「途絶えよ、滅びの階段」中編と平行

第四話第二章



 仕事も何だか手につかない。
 広間に設置した机の上で、いっこうに片づかない書類を眺めつつ、夢織は今日何十度目かのため息をついた。
 考えずに向く視線の先には、机の上に置かれた小さなガラスの小瓶。
 中に入っているのは、黒であることが信じられないくらい艶やかな一筋の髪。
 縁起でもない、とも思ったが、断じて捨てる気にはなれなかった。
 お茶が欲しくなって、研究室に一旦戻ろうかと思った夜の九時頃。
 ふわっと、周囲が明るくなった。

 妙な話だ。
 そもそもこの広間には窓というものがないので、外からの光というものはあり得ない。
 どこが光っているか解らない、まるで大気そのものが光っているような形式で、常に適度な光量が保たれているのだ。
 あまり眠気を感じなくなってしまうのが欠点と言えば欠点だが、それはさておき。

「これは……?」

 陣の一つが光っている。
 先日高音が何か細工をしていた魔法陣が……

 とはいえ、今回はそこに呼ばれているような感触がない。
 ならば自分はここで出来ることはない。
 とっさに、広間の外に出る。
 亜空間にあるこの広間は安全なのだが外界の情報が手に入らない。
 多少の危険は覚悟の上だった。
 丁度外に出たところで、窓からその光景が目に入った。

「!!」

 敷地の一角で強大な霊力の集合体が膨れ上がっている。
 その周辺の木々がなぎ倒されていくのがこの夜中にあっても霊力による照り返しではっきりと見えた。
 話に聞く竜巻とやらはこのようなものではないだろうか。
 このままでは帝大はおろか、帝都全体にとんでもない被害が出かねない・・・!

 そう思った瞬間だった。
 霊力の集合体を中心にした円形に結界が発生した。
 使用されている周辺の模様は、高音が先日扱っていたあの陣と一致する。

「何だと……」

 その陣が、嵐を食い止めた。
 吹き上がる霊力の奔流が上へと昇っていき、朧な光の柱となる。

「……」

 しばし茫然となっていたが、はっと我に返った。
 こうしてはいられない。
 直接嵐を食らったわけではないが、周辺部に吹き飛ばされたものによる被害もあったし、嵐の余波だけでもかなりの威力があった。
 特に前の地震でもろくなっていた建物にかなり被害が出ているようだ。

 簡易的に作られていた工学部の第三実験棟などは、造りが甘かったのか完全にひしゃげている。
 確かあそこでは今日も学生が何人も実験をしていたはずだが……。

 建物の外に出るために階段に向かったところで、

ゴンッ!

「ぶっ……」

 いきなり不可視の壁にぶち当たった。
 どうやら目で見える結界の外側に更に防御壁が張られているらしい。
 実質、この文学部棟の四分の一ほどが侵入不可能になっているという事実は理解した。
 納得は出来そうになかったが。

 内側がどうなっているのかはちょっとわからない。

「おお夢織、そっちは無事か」

 壁とは反対隣りになる西洋史学研の面々は居残り作業をしていた全員が無事だったらしい。

「東洋史研の方には入れなくなっているぞ。うちの研究室はかろうじて無事だが」
「オイオイ、本当かよ……」
「あっちの先にはいるのは後だ。外のほったて小屋などがつぶれているから助けられる所から救助して行くぞ」

 ほったて小屋というのは、本棟とは別に作られた付属の建物の総称である。
 窓から見えた工学部の第三実験棟などがこれにあたる。
 ここを始め、やや造りの弱いこれらの建物が崩壊して、生き埋めになっている学生や教授陣がいたので、学内に残っている学生たちは手分けして救助に当たった。

 困ったことに電気系統がいくつか断線しているらしく、災害用に懐中灯をかき集めたが薄暗さは否めない。
 霊力の柱が朧ながら光を放っているのが不幸中の幸いだ。
 工学部の燃料研が試作の油を燃やして無理矢理これに対処する一方、電気系統に慣れた理学部の学生らがどうにか電気の復旧を試みる。
 後の学生たちはひたすら肉体労働だ。

 午前三時頃までに、何とか確認できるものは全員救助した。
 崩れたのが平屋のほったて小屋だけだったのが幸いして、重傷者はいるものの死者は確認されていない。
 だがそれは、まだ、確認されていないだけだ。
 問題は、

「こいつをどーすっかだなあ」

 元気に救助活動の先頭に立っていた理学部の横塚教授も思案する。
 この不可視の壁の向こうに取り残された者たちがどうなっているのか……楽観的に考えている者は一人もいないだろう。
 
「こんな現象、見たことも聞いたこともねえ」
「霊的現象です。間違いなく」
「解るのか?さすがは水地研」
「それ、人間じゃないって意味に聞こえますよ」
「ガハハハハ!そう気を悪くするな」

 このバカ笑いを聞くと、不思議と怒る気がしない。

「まあしかし、うちの河野も似たようなことを言っていたな……俺はこういうのは専門外なんだよなあ……」

 横塚研三回生の河野君は、怪談好きで霊感が強いくせに素粒子物理学を専攻しているという変わり種である。
 水地研も横塚研も、帝大屈指の変人集団であることは疑念の余地がない。

「おーい、電話の復旧を急いでくれ」

 横塚としては、こう言うときはドクター山崎に頼りたいところである。

「それはそうとして、霊感が強かったらここにも入れると言うものでもないのか?」
「さっき弾かれているんですけどね」

 つぶやきつつ、そっと不可視の壁に触れてみる。
 そうすると、壁の向こうの様子が少しだが感じ取ることが出来た。
 生存者らしい気配はまるで感じられない。
 ……中は全滅している可能性もあった。

「…………これは………?」

 その中に、ふっと心に引っかかったものがある。
 円柱状の壁の中心方向……おそらくこれは吹き上がった霊力の中心……いや、そのさらに奥のようにも思える。
 いくつかの気配……見知らぬ気配の中に混じって、絶対に忘れられない気配がある。

 この気配は……、この気配は……!

 グッ……

 無我夢中で壁に手をかけていた。
 弾こうとする反発力がかかってくる。
 しかし、身体は止まらなかった。

 いるんだ……この向こうに……この先に……!

「ハアアアアアアァァァッッッッッッ!!!」

 自分でも気がつかないままに霊力を振り絞っていた。

 行くんだ……そして、連れ戻す……必ず……

 微かに、指の先が壁にめり込んだ。
 かかってくる抵抗力が跳ね上がる。
 激痛と共に嵐が襲いかかってきた。

「な…………ぎ…………」

 ガアンッッッッ!!

 自分がはじき飛ばされたと言うことを頭が理解するより先に、
 夢織の意識は闇に沈んだ。


第五話


初出、百道真樹氏サクラ戦史研究所内掲示板


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