「裏嘆きの都」
第四話第一章



対降魔部隊SS6「嘆きの都」第六章「途絶えよ、滅びの階段」前編と平行

第三話



 何となく気に入った。

 夢織は最近、考え事をするときにはこちらに来るようになっていた。
 水地助教授の部屋から壁の間に穿たれた亜空間に広がる広間である。
 帝都よりもずっと清浄な大気に満ちている。
 成る程、水地の言っていたことも一理あると認めざるを得ない。
 ここに来るだけで、身体の中が洗われるような気がした。

 一方うず積まれた荷物はある程度分類してはおいたが、あまり減っていない。
 まだ陸軍の手が伸びてくる可能性は十分あるからだ。

 その陸軍と海軍が小田原で魔物とドンパチやっているという情報は、新聞には全く載っていない。
 小田原付近で集中豪雨による土砂災害多発のため、東海道線や道路は封鎖中。
 もう少し「真実」に近いところでは、災害復興のため陸海軍の精鋭部隊が仁義の出動、といったところだ。
 これが、帝都の一般民衆に届いている情報のほぼ全てであった。
 しかし、夢織はこの程度のことで騙されはしないし、騙されるわけにも行かないのだ。
 
 人脈を使うだけではなく、新たに掘り起こしてまで情報をかき集めて、かなり正確に近い情報を手に入れていた。
 半ば執念だと言っても良い。
 閉ざされた情報の紗幕の向こうにいるであろう面影を、追い求めていたのだ。

 小田原では陸軍に新兵器が配備された後、降魔たちの逆転攻勢が始まっているという情報が入ってきたそんなある日のことである。

    *     *     *     *     *

「あれ先輩、朝からですか?珍しいですね」
「ああ・・・ちょっと気になったのでな」

 夢織はいつもなら、その日の仕事と研究を終わらせた夕方から広間に入るのだが、今日は朝にたまった急ぎの仕事だけを片づけるなり広間に向かった。

「!!」

 広間の前、水地に部屋に入ったところで違和感を憶えた。
 いや・・・これは、違和感ではない。
 強大な霊力……、それがにじみ出てきているのだ。
 かける足ももどかしく、広間に飛び込んだ。

ゴオオウゥッ!

「うわっ・・・・・!」

 呼吸した肺から身体に霊力が飛び込んでくるような、そんな錯覚を憶えるほどの濃密な霊力が満ちていた。
 もう一つ、驚いたことがある。
 広間に描かれた陣の内の一つを取り巻くようにして、見慣れない物体が四本設置されているのだ。
 しかし、どこかで見たような気もする。
 水地が持っていた資料の中にあったあれは・・・指路器とか言ったか?

 しかし、そんなことよりもだ。
 今ここに入れるのは自分だけのはず。
 それがこんなものが設置されているとは・・・

「・・・まさか・・・・」

 考えられるのはただ一人。
 どうしようもない懐かしさに襲われて、その物体の所まで走る。
 見て触ってみると、作ったのは別人だろうという確信を覚える。
 しかし、設置したのはおそらく間違いないだろうという気がした。

 あの細腕でこんなものを、と後輩たちが聞いたら・・・聞かせるつもりはなかったが・・・笑うかも知れないが、
夢織はかつて渚が酔っぱらった拍子に、少し念動力を発動させてしまったのを見たことがある。
 さほど不思議なことでもなかった。

「仕事があるなら呼べよ。まったく・・・・」

 かなり利己的な文句だと、口にしてから気づいた。
 しかしその要望は、実はかなえられていたりする。

ドオオンンッ!

「!!」

 陣から霊力が吹き上がった。
 複数感じる霊力の源は知らない気配も多い。
 しかし、その中に確かに感じるのだ。
 そうと解ったら、考えるより先に身体が動いていた。
 気がつけば陣の中だ。

 吹き荒れる力。
 膨大な力だ。
 かなりの災害を引き起こせそうなくらいの力が沸き上がってくる。
 これは・・・そのままでは大学が崩壊しかねない・・・!

 とっさに、また身体が動いた。
 今度はどちらかというと、動かされたという印象が強い。
 この感覚は・・・そう、水地の手の平で踊らされているような・・・
自分の知らない呪文を口にして、扱ったことも無いのに自然と、沸き上がってくる霊力を制御できた。
 まるで、教本があらかじめ用意されていたかの様に。

「・・・・・・つ、つかれた・・・・・・」

 霊力の奔流が落ち着いたところで、夢織はその場にひっくり返った。
 持久走をやった後のように体がだるい。
 しかし、不思議な充実感があった。
 懐かしさと、ともに。

     *     *     *     *     *

「先輩先輩!えらいことになってますよ!」

 少し広間で休んでから出てきたところで、一つ後輩の水沢君に大声で迎えられた。

「地震でも起こったか?」
「・・・?中では感じなかったんですか?」

 当て推量だがどうやら正解だったらしい。
 あれだけの霊力が吹き上がっていれば、それくらい起きても当然だろう。

「被害は?」

 尋ねつつも、夢織はあまり深刻に考えていなかった。
 研究室の中は立てかけてあった本が倒れているくらいで、特に何かあったようには見えなかったからだ。

「……ここと理学部棟はほぼ無傷ですけど、あとの棟はガラスは割れまくるわ、壁に思いっ切りヒビが入るわ、建物が支柱から傾くわの騒ぎになってますよ!」
「何・・・・!?」

 出来過ぎだ。いくら何でも。
 これが教本通りだとすると、文学部棟はこの研究室が、理学部棟は……横塚研があっての配慮と言うことか。

「・・・・・・やってくれる」
「は?」

 水沢君がいぶかしむ顔を見せたが、回答はしなかった。
 ややこしくなる。

 ……本気でこの帝都を壊滅させる気か、高音さん……

 夢織は気づいていなかった。
 いつの間にか、平然と霊力や気配を感じ取ることが出来るようになっている自分の変化に。


第四話第二章


初出、百道真樹氏サクラ戦史研究所内掲示板


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