嘆きの都
追憶其の六
第五章 狂えよ、はかなき絆 六



第五章 狂えよ、はかなき絆 五



 視界が網膜に飛び込んできた。
 顔が四つ並んでいる。
 一番いて欲しい顔は、無い。

「真之介君、私たちがわかるか?」

 真田所長が心配そうに話しかけてきた。
 少し口を動かしてみる。
 ちゃんと舌は動く。

「……知らない顔が一人」
「私は君の担当医だ」

 中年の医者が、感嘆したというより呆れた、という顔で答えてくれる。
 それで、自分が入院してることがわかった。




「三週間も寝ていたのか」

 跳ね起きようとして一悶着あり、ベッドにロープでぐるぐる巻きにされながら、真之介はいまいましそうにつぶやいた。
 ずいぶんと治りかかっているとはいえ、風塵と粕谷、更に高音によってつけられた傷は完治にはほど遠いものだった。

「現状でもまだあと全治に三ヶ月だ」
「そんなにかかるのか・・・!?」
「常人なら全治六ヶ月以上の怪我人だったんだぞ!自分の状況ぐらい納得せんか!」

 須永という名前のこの外科医は、病院の中でもなかなか優秀な医者だと説明を受けていた。
 頭をカルテで叩かれながらではあまり納得したくないが。

「真田さん、あんただな」

 自分の回復力に自信がないわけではないが、それだけではそこまで回復しない。
 心霊治療師である彼女の補佐があってだろうと考えた。
 須永医師によるところも大きいのだろうが。

「ああ、私は十日ほど前に意識が戻ってね。
 幸いこの病院は前からつき合いがあるので、外部の私が治療することを認めてもらえた」
「……礼を言っておく」

 ぼそっと真之介がつぶやいた言葉に、真田は驚いた。
 あやめに教えてもらったのだが、今の言葉はかなり感謝しているらしい。

「それで、実際にはどれくらいかかる・・・?」

 なるほど、つまるところもっと治療を加速してくれということらしい。

「……意識の方はともかく、あまり加速して治療するのは危険を伴うのだがね」
「…………、あやめは、どうなったんだ……」

 真之介はさっきから、自分の身体を考えていたのではなかったらしい。
 ともかく、いかに早くあやめの救助に向かうかを考えていたのだ。

「あやめは、まださらわれたままなんだろう……」

 最悪の可能性も考えなかったわけではないが、その場合にはあの巨大降魔が解放されているはずである。
 ならばこんなにのんびりしていられるはずもない。
 かくて、あやめは生きているという推論にたどり着く。
 別の方面での最悪の可能性は……さらった高音渚の質問や態度から、希望的観測をするしかなかったが。

「……小田原城へ、米田中将も真宮寺大佐も含めて陸海軍が合同で攻め寄せているわ」
「戦況は?」

 尋ねられた斧彦は返答に窮した。
 代わって、琴音が答える。

「……よくはありません。降魔の帝都への侵攻を抑えるだけで精一杯のようです」


*     *     *     *     *     *


 事実、琴音の言ったことがほぼ正確な分析というものだろう。
 予測されたことではあるが、銃剣だけでなく量産型の軍刀も一切役に立たなかった。
 まともに戦うことが出来るのは、名剣、名刀と言われるくらいの武器を持った五十数名。一旦捕縛されながらも特別な事情として戦列復帰を命じられた粕谷配下の格闘家たち十数名。それから、風塵も属していた陸軍お抱えの術士団が二十名ほど、それから少数の人型蒸気隊。
 人型蒸気も無いあとの兵に出来ることと言ったら、設置型の重火器を使うか、おとりとなって海上にある戦艦の主砲をたたき込めるように降魔を誘導するか、というくらいなのだ。
 そしてこの時代、空中を飛び回る敵を撃つという経験を持っている兵士は、陸海軍を見渡してもほとんどいるものではなかった。

「くそっ!」

 野戦砲の角度を無理矢理上げて、即席の高射砲にしていた一団に小型降魔が四体襲いかかってきた。
 直撃させれば小型降魔ならば何とか倒せるのだが、ちょこまかと動くこんな目標に、これがなかなか当たるものではないのだ。
 かろうじて一体を撃ち落としたものの、あとの三体が既に接近していた。
 こうなると、彼らの装備ではほとんど抵抗にもならない。
 部下を倒されて逆上した小隊長は、砲弾をぶっ放すための大量の火薬を抱えて降魔に突っ込んだ。
 危機を察して逃げようとする降魔の一体を何とか捕まえて、それ単体ではあまり役に立たない手榴弾三発とともに、火薬に火をつけた。

 何度聞いても耳から頭の奥までに響くその音を、米田は中型降魔とやり合いつつ遠くで聞いた。

「くぉんのやろうっ!」

 やりきれない怒りを込めて、防御しようとした中型降魔の腕をぶった切り、そのまま降魔の頭に神刀滅却を叩き込んだ。
 降魔の本体はその頭部と言われている。
 ではその身体の大部分の元が何かというと……、それはこの三週間で嫌と言うほど思い知らされていた。
 降魔の数は倒しても倒しても減らない。
 文字通りの意味でなのだ。
 この戦場で、不意に魔の塊のようなものが実体化し、それが近くにいる人間に取り憑く。
 大概は変異に絶えきれず消滅するか、小型降魔になるかという程度だが、媒体にされた人間によっては稀に中型降魔になることすらある。
 特に、戦死者が大量に出た日の夜は多くなった。

 これが、魔の力だ……。

 京極が送ってきた報告書によれば、いわゆる負の感情だけではなく、死にゆく者の無念や、戦いの時の憎しみなどが、小田原城近辺全体にかけられた特殊な場によって実体化しやすくなっているらしい。
 ならば一般兵を下げてみようと言う案も出たが、そうすると大砲が使えないため防ぎきれなくなり、危うく防衛線を突破されそうになった。
 京極の助言により、死者は簡易的にでも出来るだけ弔うことが呼びかけられた。

「さすがに死霊魔術には詳しいのだな」

 とは、珍しく吐き捨てるように言った一馬の言葉である。
 その効果もあり、増殖ぶりは一時ほどではなくなっている。
 だがここまでに陸海軍がつぎ込んだ兵力もかなりのものだ。

 自分が駆けつける前に中型降魔に倒された若い兵曹の遺体に一礼して、米田は次の敵を探した。
 弔いは一般兵に任せるしかない。
 自分は一体でも多く倒さねばならないのだ。



「確かに、強い……」

 小田原城の最上階にて、黒鳳は誰に言うでもなくつぶやいた。
 窓からは城下の惨状が見下ろせる。
 しかけたのは彼自身だ。
 誰にも責任転嫁するつもりはない。
 自分に責任がないなどと言えば、それはあの子に全ての罪を負わせることになるのだから。

 改めて目の前にある者に向き直る。
 者と言うべきか、物と言うべきか。
 そこにいるのは粕谷少将の生存している肉体だが、あるのは太古の亡霊だ。

「この力を以て、おまえは何を考えていたのだ……」

 これら降魔を完全に駆使できれば、確かに最強の軍団になる。
 倒されてもその場に集結した人々の念を受けて新たなる降魔が誕生するのだ。
 負の感情の結集。
 降魔は人の欲望を映し出すような行動をとる。

 だが、その存在意義は、何だ・・・?
 どこか……降魔に祈りのようなものを感じたのは、自分の気のせいだろうか……。

 馬鹿な。
 あまりにふざけた自分の考えに自嘲する。
 そんなはずはない。
 これだけの死をもたらすものが……。
 しかし、嫌悪しつつもやはり必要な力だ。
 帝都を、この日本を止めるための……。

「私も、あるいは粕谷と同じ、か……」

 わずかの一時、帝都の地下で想いを込めて先へ進もうとしているであろう愛し子にふっと想いを馳せてから、
 黒鳳は再び命令を下した。


*     *     *     *     *     *


「そこまで悪いのか……」

 話を聞き終えた真之介は歯ぎしりしながらも頭を巡らせる。

「真田さん、頼む・・・!何日かかる・・・!?」

 諦めたように、真田はため息をついた。
 この青年の頭の中からあやめのことを外すのは不可能らしい。

「立ち上がれるまで二十日。完治まで更に十日。ただし、こうとなったら完治するまでは行かせない」

 医者としての誇りか、それとも別の考えか。
 ともかく真田としてはこれは譲れない。

「……一ヶ月か……」

 三分の一にまで短くなる計算だ。

「わかった……、約束しよう。斧彦、琴音、頼まれて欲しいことがある」

 その一ヶ月、行けないとは言ってものうのうと寝ているつもりはない。

「病院内での訓練も許さないぞ」
「大丈夫、口頭での指示です」

 咎めるような真田の指示に、真之介は平然と答える。

「ええ、真ちゃんの命令なら何でも聞いちゃうわ」
「なら斧彦さん、神崎重工に行って金属材料部門と兵器製造部門の上位責任者を、方法は問いませんからここに連れてきて下さい」

 この場合、方法は問わない、と言う言葉は恐ろしい意味を持っている。
 自分で口にしたことながら、真之介が微かに同情を禁じ得なかったほどに。
 斧彦が……ちょっと嬉しそうに見えたのは、気のせいとしておこう……頷いたので、真之介はまだ白紙のカルテ用紙を一枚もらって、そこに念写で文書をたたきこんだ。
 ペンを握れない状態だったので。

「琴音は、この文書を京極のところに持って行ってから、俺の部屋に行って設計書の十番、十三番、十四番、十八番を持ってきてくれ。それ以外の物は危険なものもあるので触るな」

 実際のところは、机の中にこっそりしまってあるあやめの肖像画を発見されたくなかったのだが。

「真之介君、何をするつもりだ?」
「戦力の補強ですよ」




「……たしかに、責任者とは言ったが……」
「何か不都合があるかね」
「都合が良すぎて驚いているだけだ」
「うちの技師たちが口を揃えて天才と賞賛する君の呼び出しだ。ましてこの時期に、何かあると思ってな」

 斧彦が連れてきたのは、神崎重工……というよりは神崎財閥総帥神崎忠義その人であった。
 人型蒸気を日本に持ち込んだ第一人者でもある。
 今でも技術開発の第一線にいる人物だ。
 どんな方法を斧彦が使ったか知らないが、確かにこれ以上都合のいい人物はいない。

「小田原戦用の新兵器、と言ったところだと思ったのだが、違うかね」
「くだらない駆け引きをぐだぐだとするつもりはない。まず最優先に、五日でこいつを作ってくれ」

 琴音に持ってこさせた設計書の一冊目を示した。
 なお、今真之介の身体でまともに動くのは、首から上と、左の肘から先だけである。
 指先にもほとんど力が入らない。
 ファイルをめくって表紙の文字を見たとたん、忠義の顔色が変わった。

「……既に、開発していたのか。君は……」

 それは、シルスウス鋼の精製機であった。

 蛇足ながら説明を挟むと、シルスウス鋼は元々偶然の産物である。

 南北戦争の折、南軍が使ったブードゥー部隊の死の魔術を受けながら、蒸気トラクターの中にいた赤子が助かった、というのがそもそもの発見のきっかけであった。
 粗悪な鉄の鋳造環境においてある程度の鉛が含まれているときに、うまく条件が適合すると鉄と鉛の特殊な固溶晶体が鉄鋼内部に微量ながら生成する。
 この晶体には、魔を防ぐ、魔を断ち切る効果があり、この晶体を含んだ鉄鋼がシルスウス鋼と呼ばれ、各国の対魔装備に使われている。
 この原理については、魔とは波動体であり晶体がそれを散乱させるのだとか、卑金属としての鉛の特性が霊体に効果を及ぼすのだとか、固体物理学から神秘学まで色々な学者が論説を出している真っ最中で、これと言って明確な理論はない。
 日本でも、今年出来上がったばかりの理化学研究所で研究が始まっているが、解明はもっと先になるだろう。

 それはさておき、各国が頭を抱えているのが、シルスウス鋼の量産体制が未だに確立していないと言うことであった。
 この「粗悪な鉄の鋳造環境の適合する条件」を厳密に求めようと各国が躍起になっているが、何しろ環境がそもそも粗悪であるといういい加減な代物である。
 なかなか学術的に解明されない。
 それで各国はどうしているかというと、粗悪な鋳造炉をいくつも造って、うまくシルスウス鋼の出来た物を利用する、と言う方法を採っていた。
 もちろん、失敗したらただ単に使い勝手の悪すぎる炉が出来るだけで、予算上非常に効率が悪かったし、それほどの大量生産が効くわけでもなかった。
 かくてシルスウス鋼で完全装備とは行かない人型蒸気隊は、今でも弱点をつかれれば魔術部隊にあっさりと叩きのめされる。
 欧州大戦で人型蒸気が決定打にならない理由がこれであり、それよりはそもそも魔術など通用しない超人的な霊力戦士の開発を、と言う考えからドイツではヴァックストゥーム計画などが発動しているのだが、これは余談である。

 ともかく、そんな状況は日本の最大手神崎重工であってもそれほど変わるわけではなく、小田原に派遣された数十体分の人型蒸気に搭載するシルスウス鋼の生産だけで一年はかかっている。
 陸軍が対降魔部隊に頼らざるを得ない、これが現状であった。

 真之介は炉の再現をするのではなく、一から条件を調べ上げたのだ。
 鉄と鉛の固溶体比率を変化させつつ、温度と圧力を細かく変えて、結晶化する条件を極めて学術的に探索し、それを再現する装置を作った。
 当時の一般的な解析方法とは全く異なっている。
 無論、いくら主流でないとはいえこの方法で研究している者も世界に何人かはいたが、遠回りに過ぎると言うことで予算が取れなかったり、あっても真之介の研究室ほど設備が充実しているわけもなかった。

 以上が、シルスウス鋼における国際状況である。
 忠義の驚きはこれを踏まえたものであった。
 自分の手元にある設計書は、世界から五年は進んだ代物なのだ。

「よし、ならばこれで人型蒸気を……」
「そんな物造っていては間に合わん」

 はやる忠義を、真之介はあっさりと遮った。

「後で詳しく話すが、人型蒸気は燃費も悪い上に、出力が足りなさすぎる。小型降魔と互角ちょっと程度の代物に生産ラインを食われてはかなわん」

 忠義はうっと詰まった。
 彼が日本に持ち込んだ人型蒸気は、対人レベルの対魔兵器としてはかなり強力である。
 もちろんだからこそ各国が採用しているのだが、降魔のような正真正銘の魔物に対する戦闘力不足はこの降魔戦争で嫌と言うほど立証されていた。
 そのくせ、一体を造るのにかなりの時間と金を食う。

「その精製機は結晶体の生成比率を調節できる。使うのはそれのモード4だ」

 ぱらぱらと忠義はページをめくった。

「結晶率が63%だと?これでは強度も何もあったものではないのではないか!?」

 鉄鋼中の結晶が多すぎても今度はもろくなりすぎてまともに使える金属材料ではなくなってしまう。

「誰がそのまま使うと言った。それを微粉にして量産型の軍刀に高密度に塗りつけるんだ」
「何!?」
「純シルスウス鋼刀と違って一撃必殺とはいかんが、少なくとも魔物に攻撃可能な武器が出来上がる」

 発想が根本から違う。
 いかにシルスウス鋼で有効な武器を造るか、と考えていた開発者たちが聞いたらぶったまげるだろう。

「それで通用するのだな?」
「短剣に塗りつけて試してみたが、厚さ0.05ミリから0.07ミリというのがいいところだろう。シルスウス結晶は硬度もあるが、あまり厚すぎると切れ味を発揮できん。かといって薄すぎては効果がない」
「なるほど……」

 忠義は感嘆すると共に、どこか恐ろしく感じた。
 今はよい。
 しかし、この戦争が終わった後、この最強の技術者が神崎重工の敵に回ったらはたして勝ち目があるだろうか、と思ったのだ。

「他にまともなシルスウス鋼材が必要になったら、装置のモード2が最上だろう。
 それから次に造ってもらいたいのがこれだ」

 忠義に一息つく間も与えず、次の設計書を取り出す。
 翔鯨丸草案、と書かれたそれは、もはや草案とは呼べないほど詳細に検討された飛行船だった。
 その構造の航空力学的、あるいは軍事的利点については、さっと見た限り忠義でも文句の付け所がない。
 しかし、

「これを造るにはどう見積もっても一年以上かかるぞ。下手をすれば数年かかる」

 自分の企業の能力を、忠義は過小にも過大にも評価しない。
 おそらく、それが妥当なところだろう。

「わかっている、その辺の人型蒸気の搭載や隠蔽能力はこの際後回しだ。
 現行の飛行船を基本にして付け加えて欲しいのは、翔鯨丸の停止能力と可動主砲だ」
「なるほど……。移動主砲と言うことだな」

 これは忠義にもすぐに合点がいた。
 小田原では戦艦の主砲が降魔に対して有効であるという結果が出ている。
 巨大質量体の大運動量から来る力積を与えれば、降魔とてこらえきれないのだ。
 問題は、戦艦が海から離れられないことにある。
 放物線を描いて飛ぶ砲弾を海上から都市に向けて撃ち込むと、その誤差で街を破壊したり味方を巻き込んだりしてしまう。
 そんなわけで小田原では、人間の少ない海岸線まで陸上兵が降魔をおびき出して打ち込んでいた。
 しかし、上空から攻撃するとなるとこの問題がかなり楽になる。
 上から打ち込むのならば狙いもかなり正確になるのだ。

「しかし、これでも少なくとも数ヶ月はかかるぞ」
「小田原には間にあわんかもしれんが、別に帝都で降魔の発生が終わったわけではないだろう。
 どちらかというと帝都用だ。それと関連して検討してもらいたい物がもう一つ」

 次に真之介が取り出したのは、轟雷号草案、とあった。

「そいつは俺たちが降魔発生の現場に急行するための物だ」

 高速移動用の地下鉄である。

「小田原戦が終わっても、まだ君らの仕事は無くならん、というのだな」

 対降魔部隊の巨大降魔発生以前の活動形式は、帝都のどこかで降魔が発生したという連絡を受けたらそこへ急行する、と言う物だったが、それを補完するための物なのだろう。

「それから、さっき人型蒸気についてどうかと言っていたが、あれは何だな?」

 さすがに忠義は耳ざとい。
 もちろん、そうでなければここまで神崎財閥をはい上がらせることは出来なかっただろうが。
 特にそれに感動することもなく、真之介は最後のファイルを取り出した。

「若手技術者で見所のありそうな奴を何人か、そいつの専属にしてくれ。こいつは少し時間がかかる。本来なら俺が自分でやりたいが、研究に戻るのはずいぶん後回しにさせられそうなのでな」

 これまでのものとは根本的に違うらしい。
 沸き上がってくる興味と共に、忠義はファイルを開いた。

「……蒸気併用霊子機関……、霊子……甲冑……?」

 固有名詞ではないのだろうが、初めて聞く名前だった。

「次世代戦闘用人型蒸気、とでも言えばわかりやすいか」
「ふむ……」

 ぱらぱらと見ただけでは、どこがそんなに難しいのかよくわからない。
 だがもの凄いものであることはいくつか書かれている数式と実験数値からある程度推測できた。

「やってもらいたいことは以上だ。予算はかなり馬鹿にならないだろうが、参謀総長代行兼陸軍大臣代行に認可はもらっているから、後は勝手に請求してくれ」

 もちろんこれは、仕事に忙殺されてなかなか治りが進まないで入院が続いている京極のことである。
 半分脅しに近い文句も連ねて申請してやったのだが、実際に陸軍にとっても日本にとっても有益だろう。

 そこまで聞いて安心して、忠義は病院を辞してすぐ横浜の工場兼研究所へ向かった。
 自分の手の中にある物が、神崎重工を世界に先んじさせることを確信しつつ。





第五章 狂えよ、はかなき絆 七


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年八月二十一日



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