嘆きの都
追憶其の六
第四章 燃えよ、我らが帝都 四



第四章 燃えよ、我らが帝都 三



 宮城内に突入した朱宮軍は、極めて有利に展開していた。
 目的は、宮城中枢の制圧と祭器の奪取。
 中枢制圧へ向けて動いていた一軍は朱宮が指揮していたため、その進軍はまさしく無人の野を行くがごとくであった。
 それが、止まった。

「ギャアッ!」
「ガアッ!」

 先頭で悲鳴と血しぶきが上がった。
 そこに現れたのは、

『米田中将!!』

 陸軍内に広く知られた酔っ払いの面影はかけらもない。
 研ぎ澄まされた剣そのものの剣気をたたえ、目を合わせる者全てを凍り付かせるような瞳で迫り来る軍勢を圧していた。
 それでも、何人かの士官が剣を抜いて米田に迫る。

「待て!」

 朱宮の制止が入るが、彼らは止まらない。
 米田と朱宮の関係を知っているからこそ、朱宮と米田を戦わせるのは危険だと判断したのだ。
 たとえ、それで朱宮の不興を買うことになろうとも・・・!

『米田中将、御命頂戴する!』

 朱宮軍でも屈指の使い手である五人の剣が、絶妙の時間のズレを持って米田を切り裂かんと迫った。
 が、

ギインッ!

 ただの、一閃。
 それで五振の剣は全て弾かれ、あるいは折られて、五人の士官は吹き飛ばされた。
 これで一応急所は外してある。

スチャ……

 米田が刀をさやに収める音が、やけにはっきりと響いた。
 朱宮軍の士官たちは続いて米田に迫ろうとするが、その剣気に圧倒されている。
 朱宮とはまったく性質の違う、しかし、それと同等なまでの強さ……。
 最初に斬りかかった五人は、この剣気に対抗できた使い手たちだったのだ。
 それが、こうまで見事にやられるとは……。

「熊谷大尉らの手当を」

 全軍が気圧されて静まり返る中、朱宮の声もはっきりと響いた。
 その声に守られるようにして、何人かの兵がのろのろと動く。

「星野中佐、君はしばらく私に代わって宮城制圧を指揮してくれ」

 たちこめる緊迫感の割に、朱宮の声はあくまで整然としていた。
 代行させるための指示を次々と下していく。

「行かせねえよ」

 指示を受けていた兵たちが、その声にビクッとなった。

「帝の信が厚いおまえならばこそだな。そうすると、春日殿は禁忌の間か」

 米田は、陸軍でもっとも宮城から信頼されている将だ。
 おそらく人徳もあるのだろう。
 自分が動いたという報告を受けたとして、宮城内部の者が全面的に協力しなければ今ここに待ちかまえていることは出来ないはずだ。
 宮城周辺は現在戦闘状態なのだから。
 この付近に宮城側の兵が全くいないのは、どうやら米田の行動が帝にも認めていただいているらしい。
 想像していたことだ。
 いや、望んでいたのかも知れない。
 心のどこかで。
 だからこそ、そのために真宮寺一馬も排除した。

「おまえに、私の仲間は止められん」

 一通り指示を出し終えたところで、朱宮は軍勢から数歩前に出た。

「だが、少なくともおめえは行かせねえ」

 春日とて、米田に全軍を止めてもらうことまでは期待していないはずだ。
 期待できないはずだ。
 だが、互角と言われる二人が激突すれば、それだけで朱宮軍の指揮は弱くなる。
 春日はそれを考えているはずだ。
 あとは、帝の周囲を近衛軍の残り……おそらくは陸戦隊で固めているのだろう。

「ひけねえか、朱宮」
「引けぬよ、米田」

 諦めきったように、微かに微笑みらしき物を浮かべて米田が言った。
 まったく同じ表情で、朱宮が答えた。
 尋ねたのではない。
 残念ながら……。

「引けぬか、米田」
「ひけねえよ、朱宮」

 二つの瞳と二つの瞳がぶつかり合う。
 もはや、周囲の何も映っていない。

 剣術師団抜刀隊に同じ日に入隊。
 それ以前の生活はまったく対照的だった。
 朱宮は公爵家の長子。
 米田は下町育ちの江戸っ子。
 お互いに無い物を出し合い、共に磨き合ってきてここまで来た二人だった。
 二人の歩く道が分かれたのはいつだったか。

 朱宮が出陣を決意したときか。
 秘密会議で激突したときか。
 米田が対降魔部隊を作ったときか。
 いや、
 そのさらに、
 もう、ほんの少しだけ前。

 二人の将が双璧として満州の大地に出向き、戦い、そして日本海海戦を前に退いたとき。

 二人は、二つの退却隊を率いていた。
 一つは朱宮が率い、もう一つは米田が率いた。

 朱宮は退却の最中、極寒の吹雪の中で敵と交戦。
 攻撃、
 寒さ、
 飢え、
 人が踏み込んだ、地獄。
 人の戦いの念が招いた地獄。

 自分の半分も生きていない命が、為すことも為せぬまま絶望をのみ孕んで消えていく様を、朱宮は見せつけられた。
 その吹雪すらも、ロシアの抱えた魔術部隊が起こしたもの。
 日露戦争は、南北戦争に続く大規模魔術戦争でもあった。

 人が、作り出した、地獄。

 もう一つの米田の部隊も、同じように敵に襲われた。
 敵はやはり魔術部隊。
 米田の抱えていた隊に霊的戦闘部隊の原型が存在したため、ロシア軍の最上部の選択は的確と言える。
 ただ、その後が朱宮と違った。
 米田の軍を全滅させんとロシア軍の放った魔術が暴走した。
 原因は分からない。
 一つ言えることは、大国ロシアともいえども、数千年の仙術、妖術の歴史を持つ中国大陸を甘く見すぎていたと言うことだろう。
 召喚された魔物が次々と波及。
 攻め寄せてきたロシア軍は自軍の呼び出した魔に飲まれ、生きながらにして魔物と化し、お互いを殺し合っていた。

 その隙に乗じて、米田は結果として退却戦に成功する。
 だが、霊力を持ち、霊的戦闘部隊を率いていた米田は、生き残ったことを喜ぶよりも自分が見た地獄に恐怖した。
 同じ人間の尊厳を守られなかったことを悔やんだ。


 同じ大地で二人が見た、別の地獄。
 歴史の微かな流れの違いが、あのとき、二人を分けた。
 網膜に脳裏に焼き付いた地獄の様が、あれを繰り返すなと叫ぶ。

 そして今、二人は向き合っていた。

 朱宮旗下の軍は、米田を避けてゆっくりと散開していく。
 米田にももう、彼らを止めている余裕はなかった。
 相手の一挙手一投足を、全身の感覚を総動員して捉えようとする。
 同時に、相手を呑み込まんとする気迫が、全くの二人の中央で激突し、微かな火花を立てる。

 こうして向き合うのは何度目だろう。
 どちらも数えていなかった。
 連続して三本以上取ったことは、どちらもない。
 だがこれは、今までのそれとは違う。
 間違いなく、最後の一本になるのだから。

「行くぞ、米田」
「ああ」

 米田が言い終わるのが合図だった。
 数十メートル有った距離が、瞬きほどの間も要さずに零になる。

『ハッ!!』

 きっかり中央。
 音を後ろに従えた速度で激突する二つの剣が、衝撃波を伴った大音響を立てて死闘の開始を告げた。



「始まったか!」

 大気を激しく揺り動かすその音を聞いて、宮城に潜入してからずっと息を殺していた優弥はすっくと立ち上がった。

「これで米田一基は身動きがとれなくなるのか?」

 悪ガキ六人組の残り五人もそれに続く。

「中将サンと米田なら、一撃で決着が付くか全く決着が付きそうにないかのどっちかだろう。これで心おきなく攻められる」
「やっとかよ。待ちくたびれたぜ」

 血気早い耀次が宝物庫の正面にいきなり飛び出した。
 もちろん、方術士団が山と待ちかまえているところである。

「行くぜっ!」
「やれやれ……」

 後の四人もバラバラと飛び出し、警護にあたっていた方術士たちとたちまちのうちに大混戦となる。
 そして優弥は、

「悪いが、頼むぜ、おめえら」

 回り込んで禁忌の間のある宝物庫北口に接近すると大声で呼ばわった。

「出てこい!春日玲介!!」

 取り押さえようとした方術士達を声だけで黙らせるほどの大声だった。
 案の定、ここを守っていた春日玲介方術士団長がすぐに姿を現した。

「ここで会ったが五十年目、だな」

 そう言って不敵に笑った優弥を見て、春日の顔色が変わった。

「おまえは……天辰歳牙・・・!」
「の、息子、優弥だよ。春日鳴介方術士団長が一子、春日玲介」

 春日の驚愕の表情を見られたことが満足らしく、優弥はニヤリと笑った。

「貴様らに踏みにじられ、礎にされた親父たちの仇を取りに来たぜ」
「……なるほど。朱宮殿に祭器を教えたのはおまえだったと言うことか」

 ようやく合点がいったというように春日はうめく。

「半分正解で半分間違いだ。中将サンが降魔実験のことを調べたのはほとんど自分でだよ。大した人だよ、まったく」
「朱宮殿をここまで欺くとは見事なものだ。彼が祭器を欲するのに乗じて横から強奪しようとは」
「否定はしねえ……」

 優弥は一転して苦渋に満ちた顔で答えた。
 朱宮には、自分たちのことは話していない。
 目指しているものがあまりにも違いすぎるからだ。
 彼は世界を見ている。
 だが、優弥が守りたいのはそんな大きなものではない。
 父が守ろうとしたこの街、そして、自分の仲間たちだけだ。
 かけ離れているからこそ、手を貸した。
 もしかしたら、自分もそこまで一緒に行けるかと微かな希望を乗せて。
 これが終わったら、朱宮に尋ねてみるつもりだ。
 もし朱宮が、この帝都を捨ててくれるなら、自分たちはその代わりに彼の夢に従おうと。
 だが、それが出来なかったときには……………………

「それは、後だ。今はまずテメエをぶちのめす。そして祭器を再び俺たちの手に取り戻す」
「よかろう、ならば五十年前と同じように葬り去ってやろう。この宮城を、闇の手に触れさせはせん・・・!」

 春日が、羽織っていた上衣を脱ぎ捨てた。

「ほざけ、俺たちは貴様らの来る前からこの街にいたんだ!」

 優弥は首の回りに右手をかけた。
 その手の中に、鎖のような物がうっすらと浮かび上がる。

「解くぜ、先生」

 帝都内で隠れて生活するために、水地が施してくれた封印だった。
 それを、一息に握りつぶした。

「ハアアアアアアッッッ!」

 膨れ上がる気が大地に伝わる。
 夜の帝都が微かに震えた。
 この大地の力こそが、優弥の父を人柱にした原因でもある。
 だが優弥は、その力を忌むつもりはない。
 この力を糧として、残された遺産を守るのだ。

「何も出来ないガキだった五十年前とは違う……」

 優弥はほとんど無防備のまま、春日にすたすたと近づいていった。
 春日の周りにいた方術士達は慌てて優弥を止めようとする。

「馬鹿が。おまえら程度じゃ何人来たって……」

 優弥に近づこうとした者が皆、その前に倒れ込んで地面に転がった。

「俺を捕まえることすら出来ねえよ」

 進行方向上に倒れた一人を横に蹴り転がして、さらに春日に近づいていく。

「重力操作か。なるほど、父親より出来るようだな」

 自分の体重が五倍くらいになったような感覚に、春日は全身に気を巡らせて対抗する。
 浮力を発生させて、重力を中和しているのだ。

「組織としてのおまえらへの恨み辛みを言い始めたらキリがねえ。新隊員のこいつらにはお仕置きてーどでいいだろうさ」

 そこで優弥は立ち止まった。

「だが、てめえは許さねえ」

 静かな声であった。
 中に、壮絶なまでの熱い怒りをたたえながらも。
 その静けさのまま、優弥は戦いの口火を切った。

ドオンッ!

 爆弾が炸裂したような音が響く。
 優弥の右拳は春日の左手に受け止められていた。
 次いで春日の攻撃は同じく右拳。
 優弥もきっちり左手で受け止める。

「フン」

 優弥はそのまま力を込める。
 押し倒すと言うよりは押しつぶすような迫力だ。
 春日は、優弥の力が予想以上だったので即座に体勢を切り替える。
 押し寄せてくる力を利用しての巴投げだ。

「この俺にこんな技が・・・!」

 投げ飛ばされながらも、優弥の体は空中で減速した。
 そして、投げ飛ばされた運動の方向に動きながら春日の襟首をひっ掴んだ。

「何!?」
「おとなしくしてろよ、これであの世まで放り込んでやるぜ!」

 春日の襟首を掴んだまま、優弥は体をひねって大地にしっかと足をつけて姿勢を安定化させてから、春日の体を片手で軽々と地面に叩きつける。
 落下中は更に重力加速度を上げるおまけつきだ。

「ガハアッ!」

 首の骨をへし折る角度で投げられたのを、春日はぎりぎりで身体をひねり受け身をとった。
 だが、衝撃が大きすぎる。
 方術士団最強といえども、春日の肉体は七十を過ぎた老人のそれである。
 いかに鍛えてあるとはいえ、根本的なところでの耐久力、回復力は衰えている。
 そして優弥は、春日が耐えきったと見るや、掴んだままの手を返して再び春日の身体を宙に舞わせ、今度は両手で叩きつける。
 合計四発。

「嬲るのは性に合わねえ。せめてもの情けだ」

ポイ

 無造作に春日の身体を大きく投げ上げた。

「この一撃で・・・・」

ゴオウッ!

 自分の身体からと、大地からと、巡る気力を右手に集中させる。
 直視できないほどの明るさになったところで、その気を大砲のように空中の春日に向けて・・・
「消し飛べえっっっっっ!!!!!」

 ぶっ放した。

「団長!」
「春日様!」

 転がっていた方術士達の悲鳴が重なる。
 が、春日はその砲弾が激突する寸前、カッと目を開いた。

「鏡ッ!」
「何ィッッ!?」

 優弥の放った攻撃が、ものの見事に反射されて優弥自身に襲いかかった。
 強力な技を放った直後の優弥は防げない。
 反射させた春日の狙いも正確無比……轟音と共に直撃を食らった。
 それと共に、優弥の操る重力が弱くなったので春日は手早く近くの建物の上に着地して、今度は自身の霊力をぶっ放した。
 連撃。
 優弥はこれもまともに食らった。

「方術士団、一斉攻撃せよ!」

 春日は一対一の戦いにはこだわらない。
 何が何でもこの宮城を守り抜くことこそ彼にとっての最優先事項なのだ。

「汝も滅せよ!天辰の息子!」

 春日は士団が時間を稼いでいる間に気力を集中させ、物質化させていく。
 巨大な長剣が春日の手に姿を現した。

「封滅の光剣……、これで止めだ!」

 質量のない、しかし壮絶な威力を持った剣が身動きのとれない優弥に超高速で襲いかかる。
 戊辰戦争の折には、一振りで砦を薙ぎ払ったこともある一撃だ。
 いかに天辰の息子でも……

「!!」

 その剣が、止まった。
 両手を交差させ、優弥は真っ正面からその一撃を受け止めていた。

「鳴介のこの剣で、親父たちは倒されたと聞いた……」

 鮮血の滴る手で、優弥は光剣の刃を掴む。
 触れるだけで、舞い上がっていた石塊が粉微塵になる刀身を。

「この五十年、こいつをうち砕くことを夢見ていたんだ!」

 叫びと共に、優弥は刀身に強烈な振動を叩き込んだ。
 気も、霊子核理論によれば波動の一種に他ならない。
 物質化していると言ってもその本質は変わらない。
 優弥はそういった理論を解っていたわけではないが、戦闘本能で動いていた。
 安定化エネルギーを遙かに越えるエネルギーを叩き込まれ、光剣は粉々に砕け散った。

「ぐ・・・・!」

 刀身が消滅する際のエネルギーをまともに食らい、春日の身体がよろめく。

「決着をつけようぜ、春日玲介。てめえは殺す!」


 さて、悪ガキ六人衆の後の五人は、禁忌の間を目の前にして苦戦していた。
 そもそも方術士団は精鋭揃いなのだ。
 それを一蹴できる朱宮や優弥があまりにも常識はずれなのである。

「くそ……優弥の奴が春日玲介をくい止めている今が最大の機会だってのによ……」

 右肩に深手を負った耀次が苦々しそうに吐き捨てる。
 優弥がうまく春日玲介以下を引き離してくれているので禁忌の間の防護はやや手薄になってはいるが、宮城側にとっては最重要防御拠点である。
 半分ほどは倒したはずだが、それでも五十人ほどの方術士が立ちふさがっていた。
 そして、禁忌の間の防御力そのものが、極めて高い。

「まずいな……」

 五樹は、ここへ増援が向かってくる気配に気づいた。
 朱宮が米田に押さえられた影響だろう。
 指揮力の弱まった朱宮軍を各個撃破している軍勢がこちらに来たとしても不思議はない。
 海軍の制圧部隊を外の伊勢大佐が押さえているのがせめてもの救いだ。

……これを逃せば機会はなくなる。祭器を取り戻すこともできなくなる……。

 この戦いの敗北は、彼らの家族、同胞の緩やかなる全滅を意味するのだ。
 今ここで、この帝都、いや、日本の流れを元に戻さぬ限り、この国から自然の力も、自然神とも闇の者とも言われる彼らも、生き残れない。
 勝たねばならない。
 たとえ、六人の内五人まで息絶えようとも、必ず。

「まだ、突撃する力は残っているか?」
「ああ」

 波路眼が悟りきったような顔で答える。

「考えは同じか」
「運が良い奴が、一人か二人生き残れるだろう。そいつが宝物を奪取する」
「よし、そいつでいくぞ」

 巳継が締めて、四人が頷いた。



 付近に誰もいない。
 誰も近づけないのだ。
 方術士団とは別の、近衛警護隊が来ても、二人の放つ無言の壮絶な迫力にまるで近づけなかった。
 近づけばそいつから死ぬ。
 剣術という物の到達点かも知れなかった。
 近づけないが、芸術的なまでのその激突を彼らは無視することもできなかった。
 遠間から、いくつもの視線が眺めている。
 しかし、二人の邪魔にならないように、だ。

 基本的には、米田の剣は喧嘩で鍛えたところもある力を主とした実戦剣術。
 朱宮は一流派を極めた技巧的な剣術。
 だが、それは遙か昔のことだ。

ギインッ!

 激突した二振りの剣の間に稲妻が……そう、断じて火花などと呼べるものではなかった……が走る。
 何百度目かの大気の震えが二人の髪を踊らせる。

グ……

 激突したそこで、今度は二人とも剣を引かなかった。
 二人の気がその中点に集約されていき、そこから嵐のような風が巻きおこる。
 力を加えて踏みとどまる二人の足下の大地に裂け目が走った。
 霊力が無くとも、朱宮の純粋に昇華された剣気は、並大抵の霊力者など歯牙にもかけぬ物だ。
 それは既に正門前で実証済みである。
 中途半端に霊力を駆使したところで朱宮には通じない。
 それどころか、霊力技を使おうとして集中すれば、その瞬間におそらく決着が付いてしまうだろう。
 だから米田も同じように、剣士としてぶつかっている。

 舞台さえ違えば、これほど面白い試合も無かったのだろうに。

ガッ!

 力を込めた状態から米田の方が先に抜け出た。
 力から一転、速さに移る。
 この切り替えは、最初は朱宮の物だった。
 無論、朱宮もすぐに追いつく。
 弾かれた剣が澄んだ音を立てた。
 その音が消えるより早く、二回目の音が鳴る。
 そのまま剣撃の応酬に移った。
 互いが繰り出す攻撃の時間あたりの回数が多すぎて、剣と剣との激突音が、一つの連続した音に聞こえる。
 高く、澄んだ音色だった。

 この速さは朱宮のもの。
 だが、乱打性の強い動きは米田のもの。
 自分が身につけていたこと。
 相手から教えられたこと。
 互いで高め合ってきたこと。
 それらの全てを駆使した激突だった。

 これだけの激突にも、二人の剣は応えていた。
 米田の手にするは、二剣二刀の長とすら言われる神刀滅却。
 朱宮の持っている剣の銘は知られていない。
 彼が家を出るときに、たった一つだけ彼の父が持たせてくれた物だが。

 剣の先端でぶつかるのと、根元でぶつかるのでは音の高さが違ってくる。
 絶え間なき音は、よく聞けば旋律となっていた。
 曲を作っているのも、奏でているのもたった二人。
 だが、その演奏は宮城に広く響き渡る。
 周囲で眺めていた者は言わずもがな。
 哀しいまでの芸術に、芸術的な哀しさに。
 二人のぶつかる心が、音となっている。
 間に入るものは人であれ魔であれ瞬時にして粉々になるであろう激突の中で、目を合わせた二人はどちらからともなくふっと微笑んだ。

「こうしていると、初めておまえとやり合ったときのことを思い出す」
「何でえ、おめえもかよ」

 また、唐突に離れた。
 とはいえ、二人にとっては別段唐突ではないらしいが。
 朱宮がふっと漏らした言葉に米田が相槌を打つ。
 相手を説得しようとしても無駄なのは承知している。
 要は、単に感想が口から出たのだ。

 最初にやり合ったのは抜刀隊の入隊の時。
 延々日が沈むまでやり合っていたものだ。
 あの日から、激動する明冶の歴史の中、二人は幾度も剣をあわせてきた。
 その中で、互いの手の内は知り尽くしている二人である。

「入ったときは、階級も何もなかったが、今やお互い陸軍中将だ」
「おめえは性に合ってるからいいだろう。俺なんか勲章をつけられても肩が凝るだけだ」
「嘘をつけ」

 米田はこれまでに幾度も勲章を授与されている。
 だが、それが切り捨てられた命と引き替えだから、いつしか毛嫌いするようになっていった。
 それは、朱宮も変わらない。
 お互い、昔は若かった。

「まあしかし、お互い部下と仲間には恵まれたなあ」
「そうだな、こんなことをさせてもらっている」

 陸軍中将が二人も顔つきあわせてやることではないだろう。
 確かに。

「ここまで、何勝何敗だったかな」
「そういうこたあ、おめえが数えておけよ」
「昔、試合後に無理矢理酒を飲ませて記憶が飛ぶほどつぶしてくれたのはどこのどいつだったか?」
「いやあ、世の中悪の種は尽きねえなあ」

 すっとぼけた米田の答えに、朱宮はくくくと笑った。
 考えてみれば、互いの命を懸けてやり合うのは初めてだ。
 決して、望んでいたわけではない……。
 だが、どこか心のどこかで駆り立てるものがあったのは否定できなかった。

「どちらにしても、これに勝った方が勝者だ」
「ああ」

 そしてまた、二人の親友は剣をぶつけ合った。




第四章 燃えよ、我らが帝都 五


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年七月三十日



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