帝都怪盗浪漫銀仮面 第二話「挨拶」 |
銀座に怪盗銀仮面現る
百貨店の特別催場より英国よりの巨大ダイヤを盗む
犯行現場には声明文と共に紫の薔薇の花束が
過去三ヶ月に帝都に暗躍すること十数回とも
これまで事実を隠匿せし政府と警察
謎を呼ぶ怪盗銀仮面の正体は?
* * * *
午前十時、帝国華撃団花組の面々に半年ぶりに地下司令室への集合がかかった。
もっとも、霊子甲冑は永久凍結が決まっており、ダストシュートも封印されていて、戦闘服姿での集合ではない。
そして、集合と言っても、彼女たちをまとめるべきあの男の姿はないのだ。
一足先に来たすみれは、中央卓に置かれていた大阪新報を見て、微かに眉をひそめた。
「長官・・・、やはり、このことですの」
「ああ、すまねえが、どうやら事態は簡単じゃなかったようでな。詳しくはみんなが集合してからだ」
間もなく、マリアがやってきたが、半年ぶりの集合と言うこともあって、皆の集まりは遅かった。
上官としては叱責せねばならないところだったが、彼女たちが平和に慣れたということが米田には嬉しかった。
しかし、この事件はその平和を打ち崩すことになるかも知れないのだ。
「何やこれは、活動写真の話題みたいやな」
「おうおう、何事だい」
昨夜、帰るのが遅くなったせいで寝坊したアイリスをさくらが引っ張ってきて、ともかく全員そろった。
米田は表情を引き締めて話し始める。
出来ればもう、ここでこんなことはしたくなかったのだが。
「昨日、すみれとアイリスが出かけた百貨店に盗賊が入った。こいつは、その話題をすっぱ抜いた大阪新報の今朝の朝刊だ」
卓の上に広げた新聞のゴシックを広げながら叩く。
まあ、ものの見事に一面を飾って、内部まで関連記事が溢れていた。
「どうして帝都日報じゃないんですか」
さくらの疑問も道理。
帝都日報と大阪新報は、その名の通り帝都と大阪をそれぞれの根拠地にしている。
帝都で起こった事件に関しては、帝都日報の方が詳しいはずだ。
普通ならば。
「たしか、盗賊が入ったという記事はあったと思ったけど」
毎朝、新聞はきちんと読んでいるマリアが首をひねりながらつぶやく。
今朝もしっかり読んではいたが、こんな大見出しに取り扱われてはいなかったと思う。
答えるように、米田がもう一部、新聞を取りだした。
「こっちが、今日の帝都日報だ」
「えーと、昨夜銀座にて、英国よりのダイヤ盗難。警官三名が軽傷を負い、犯人は逃走中・・・。なんや、これだけかいな」
あまりにも扱いの違う二誌を見比べながら、全員が呆れる。
「帝都日報の方には政府のお偉方から圧力がかかっていたが、大阪新報までは考えが回らなかったんだろ。圧力が行ったかも知れねえが、大阪新報は反骨精神の強ええ誌だからな」
にやにや笑いを漂わせながら語る米田は、どちらかというと大阪新報を誉めているようでさえある。
米田の気質に合っているのだろう。
「何故、盗賊などの話題に政府の圧力がかかったのですか?英国からのダイヤが盗まれたというのは発表してますから、外交関係を恐れての動きではありませんね」
「理由は二つ。一つは・・・、コイツだよ」
そう言って米田は「帝都に暗躍すること十数回」の部分を指でコツコツと叩く。
「今まで表沙汰になってなかったが、この盗賊銀仮面ってえのは、過去三ヶ月の間に十四回の窃盗をやらかしている。いずれも政府高官や、それとつるんだ大商人、悪徳業者の金庫からごっそりと持ってくか、高価な美術品を奪うかって事件なんだが・・・、事件の前には予告状を出しておいて警察を集めさせ、犯行時に残していく声明文で、盗んだ奴の過去の罪状を連ねるってんだから洒落にならねえ」
「へえ、義賊気どりとは、今時古風な奴だねえ」
「過去の罪状って、そいつらみんな殺人歴とかあったんかいな」
「あー、まあそういうこともあるし、どんなあくどいことやって人々を苦しめてきたとか、そう言うことだな。そんなことがバレねえようにと、お偉方が圧力をかけてきたらしいんだが、大阪新報ではそれまですっぱ抜いてやがる。こりゃあ、今までの犯行先の奴は今日にでも御用にせにゃあなるめえ」
なるほどと、カンナと紅蘭は納得して米田と笑い合わせた。
しかし、すみれの表情は凍り付いたように動かず、さくらとマリアは首をひねる。
「でも、その、銀仮面・・・が百貨店に展示してある宝石を盗むなんておかしく、ありませんか」
「それがねー、ぬすんだんじゃないんだって」
難しい新聞の話から、自分の知っている話になったので、ようやくアイリスが楽しそうに口を開いて、さくらの疑問に答えた。
「ぬすんだんじゃなくてね、かりたんだって」
『え?』
事情をよく知らぬ四人の顔に、とまどいともあきれともつかない表情が浮かんだ。
ため息を一つついてから、すみれが大阪新報の一角を広げて指さした。
「ご覧なさいな、声明文がここに載ってますから」
では、約束通りしばしお借りいたす。
明日中にはお返しするので、どうかご心配なく。
「何ですか?これは・・・」
「そうね・・・、要するに、ことを広く知らしめるために一騒動起こしたというところじゃないかしら。自分の存在を表舞台に見せれば、それまでの事件も全て明るみにせざるを得なくなる・・・。そう踏んでの行動であって、別にダイヤを盗むつもりはなかった、とは考えられないかしら」
「へっ、さすがはマリアだな。新聞記者が昨日の犯行現場に呼ばれていたらしいから、多分間違いねえだろう」
一度、すみれの方を見てから言葉を付け加えた。
すみれはさっきからあまり口を開いていない。
昨夜、米田に報告をしたときからそうだった。
事の重大性以上に、何か思うところがあるのかと米田はいぶかしんだが、あまり踏み込めそうにない様子である。
こんなとき、あやめくんがいてくれたらな・・・・。
考えてはいけないと思いつつも、米田はそう思わずにはいられなかった。
「しかしよ、支配人。面白いのはわかったが、何であたいらをここに集めてこんな話をしたんだ。そいつを帝劇を招待して共同公演をしようってんじゃないだろ」
カンナの冗談に一同笑いが漏れるが、それに冷水を浴びせかけるようにすみれがつぶやいた。
「あの男、私の目の前で飛んでいきましたの」
何の感情も読めぬ声であった。
その分、場があっという間に冷却される。
「飛んだ・・・?」
「ええ、背中から翼を生やして、飛んでいきましたわ」
『!!!!!』
衝撃が走った。
そのとき皆の頭に浮かんだのは、それを初めて見たときのすみれと同じく、赤き月を背景に魔に変貌した、一人の女性の姿であった。
先に話を聞いていた米田の表情は、どこまでも苦い。
「まさか・・・、その男、上級降魔だとでも言うの・・・?」
「少なくとも、人間大でしたわ。妖力はそれほどでもありませんでしたけど」
「そのあたりの確証は取れてねえ。だが、少なくともその可能性がある以上、この問題は軽視するわけにはいかねえんだ」
そこで米田は席から立ち上がり、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
「帝国華撃団降魔迎撃部隊花組は、只今より準出撃前体勢に入る。次に銀仮面より予告状が届き次第、その対処に当たる。いいな」
緊張しつつも、皆から頷きが返ってきた。
半年ぶりに戦士の顔となった彼女たちを、米田は複雑な想いで見渡していた。
霊子甲冑は今年の春に永久凍結が決定しており、銀座本部にも花やしきにも、旧式の光武一体とて配備されていない。
いかに霊力のある降魔迎撃部隊花組の面々といえど、生身で降魔とやり合うなど危険きわまりない。
一瞬、降魔戦争時代の光景が頭をよぎり、米田は慌ててそれをうち消した。
「ところで長官。怪盗銀仮面の詳しい特徴を教えていただけませんか」
情報収集は戦闘の第一歩。このあたりはさすがに隊長のマリアである。
「特徴か・・・。これがまあ、警視庁から取り寄せた資料なんだがな」
盗賊銀仮面。
警視庁最重要手配犯指定。
罪状、主に強盗、窃盗。その他、上からの指示。
被害物は、金品、美術品の類。流通経路は不明。
名称は犯人の自称による。
常に銀色の仮面を着用。
仮面の眉間に、大きく紫の斜め十字が入っている。
紫色のマントとシルクハットはほぼ常時着用。
マントの下は主にタキシードなどの正装。
武器は西洋剣術用のレイピアと、硬質化した紫の薔薇(新種の可能性が学会より報告)。
その他、シルクハットより、眠り薬、胡椒、鳩、ステッキ、万国旗、紙吹雪、薔薇の花弁、ワイングラス、ヴィオラを取り出す(確認されたもののみ列挙)。
戦闘時には妖術のようなものも使用。
また、犯人自身の身体能力は極めて高い。
犯行に際し、骨折以上の重傷者は無し。
犯行前に予告状を送付し、犯行時に声明文を残す。
いずれの場合も、手紙には紫の薔薇が斜めに交差した紋章が入っている(図の詳細に関しては別紙参照)。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
壮絶なまでの静寂が場を支配していた。
読めない漢字の多いアイリス以外、全員の顔が引きつっていた。
言葉を紡ごうとしても、出てくるのは冷や汗ばかり。
そのアイリスも、写真や絵を見て絶句している。
どれくらいそうしていただろうか。
遠くから足音が近づいてくるのを、遠い世界の事のように聞いていた。
「大変、大変、ニュースです!」
息せき切って司令室に駆け込んできたのは由里であった。
何か手に握っている。
「・・・あれ?どうしたんですか、みなさん・・・」
反応の無い七人を不思議に思ったが、中央卓の上の新聞を見て、ははーん、という顔になる。
すうっと息を吸い込んで、
「あ、銀仮面だ!」
バッ!
即座に金縛りが解けてみんな身構えて、それからはっと我に返った。
「・・・由里さん・・・、たちの悪い冗談は止めて下さるかしら・・・」
「あら、冗談でも無いんですよ、それが」
「どういうことだ?報告してくれ」
ようやく長官の顔に戻った米田がいかめしい顔つきで命令するので、由里もぴしっと気をつけをして報告した。
「報告します。昨晩銀仮面が奪ったダイヤが、本日十時過ぎに銀仮面自らによって返却されました」
『!!』
「百貨店の店長の前に忽然と現れ、紫の薔薇の花束と共に直接手渡して、いずこへともなく姿を消したそうです」
さすがに由里も報告しながら笑いを噛み殺しきれなかった。
こんな楽しい話題は久しぶりである。
「そ、そうか・・・・・・。何というか、その、なあ」
「ええ・・・・」
「あら、話題がこれだけだと思いました?」
由里が小悪魔的な悪戯っぽい笑いを見せる。
「はい、長官にお手紙です」
手渡された手紙の表には、
帝国華撃団長官米田一基殿
団員一同殿
と、美しいペン字で書かれてあった。
「先ほど、郵便受けに入っていたんですよ」
切手も消印も入っていない。直接郵便受けに投函したようだ。
「裏ですよ、う、ら♪」
米田が不思議な顔でひっくり返すと、
交差する、紫の薔薇の紋章。
「ぎ・・・銀仮面か・・・!?」
「他にこんな紋章をあえて使う人いますかね」
米田は慌てて封に刃を入れ、中から手紙を取り出す。
隊員たちも興味津々でのぞき込んだ。
と、中から出てきたのは蓄音盤。
早速再生する。
まずはヴィオラの音色が響き渡る。
なかなかの名演奏が一曲終わってから、ようやく言葉が流れてきた。
「こんにちは、帝国華撃団長官米田一基殿。そして、麗しの帝国歌劇団の皆さん。怪盗銀仮面でございます。以後お見知り置きを。いや、この場はお聞知り置きを、と申し上げた方が適切でしょうかな」
「この声・・・、確かに銀仮面のものですわ」
独特のかすれたような声をしているので、すみれはやけに耳に残っていた。
それがまた、癇に障るのだが。
「そろそろ私のことをわかって頂けたころと思い、こうしてご挨拶を申し上げる次第であります。私が表舞台に姿を現せば、不本意ながら降魔迎撃部隊であられるあなた方を巻き込むのは必至・・・。それは私にもわかっておりました」
場に再び緊張が走る。
降魔迎撃部隊、と言った。
銀仮面はやはり帝撃の姿を知っている。
「ですが、私に課せられた使命を果たすためには避けられない事でありました。避けられないことであるならば、せめて出会いは美しく演出したいと思うものであります」
「おいおい・・・、コイツ本気かよ・・・」
みんなの意識を代弁するようにカンナがつぶやく。
鳥肌が立っているのか、自分で自分の腕を抱き締めていた。
銀仮面の言葉は、それに構わず続く。
「そこで私があなた方との邂逅に選んだシーンですが、来週火曜の休演日に、時刻は夜九時に、場所は巻菱子爵邸にてお会いいたしましょう。アイリス嬢には少しばかり遅いかも知れませぬが、男女の出会いは昼ひなたにて行うものではありませぬ故、おわかり頂ければ幸いであります」
「うん、アイリスわかるよっ」
わかっているのか、わかっていないのか、とりあえず大人扱いされたものと思いこんでアイリスは嬉しそうである。
意味の分かるマリアは頭を抱えているが。
「詳細な連絡は、また帝都日報などを通じて告知いたします。では、この録音盤はお聞き終わり次第、十秒後に爆発・・・」
「わー!?ちょ、ちょいまちな!」
「・・・するようなことは無いのでご安心下さい。紅蘭嬢」
「洒落のわかる奴やけど・・・なんでそこでウチの名前が出てくるんや?」
紅蘭以外の全員が後ろで頷いていることは言うまでもあるまい。
「では、そのときを楽しみにしておりますよ。麗しの、すみれさん・・・」
「!」
再びヴィオラの演奏が始まり、ゆっくりとフェードアウトしていって、録音盤は終わった。
どたっ。
ばたっ。
聞き終わると、全員が椅子に倒れ込んだ。
「あー・・・・、なんて言うかな、疲れたぜ。ホントに・・・」
「あたしもです・・・」
「言わんでもわかるがな。みんな一緒や」
「それより、すみれ。あなた銀仮面の姿を見ただけでなく、話をしたの?」
「ええ・・・。刃も交えましたわ。刑事さんたちの撃った弾丸を避けて、受け流して、おまけに私の長刀まで止めてくれましたわ・・・!」
すみれの表情は厳しい。
それはどちらかというと、銀仮面よりは自分に向けられた怒りであったかも知れない。
止められたということはすなわち、自分の力不足を意味する。
神崎風塵流免許皆伝だけでは・・・、自分はまだ弱い・・・。
この半年、地方公演に忙殺されながら、自分の中で殺し続けてきた思いが、沸々とわき上がってきた。
「そうかい・・・・」
すみれの話を聞いたカンナがにわかに立ち上がって部屋を出ようとする。
「長官、もう話は済んだな」
「あ、ああ。聞いたとおりだ。銀仮面が来るなら出動する。それまでは現状維持だ」
「カンナ、どこへ行くの?」
あまりにも唐突なカンナの行動にマリアがさすがに尋ねた。
「鍛錬室だよ。ここのところ実戦の経験がねえからな。あたいも気持ちを引き締めねえと・・・」
すみれの攻撃が止められたというのは、カンナにとっても衝撃であった。
二人は日頃喧嘩しているだけあって、お互いの実力はよくわかっている。
そのすみれが止められたと言うことは、並の相手ではない。
まして、今は霊子甲冑がないのだ。
カンナの結論は、自分をさらに鍛える、である。
「あ、あたしも頑張ります」
さくらも荒鷹を取りに部屋へ戻った。
さくらも毎日の剣の鍛錬を欠かしてはいないが、やはり改めて気を引き締めるのだろう。
「それなら、私もね」
マリアは軍の射撃練習場に行くことに決めた。
「ようし、ウチの新発明を銀仮面に見せたるとするか」
「アイリスもお昼寝するもん」
慌ただしく、二人も出ていった。
「やれやれ、みなさん現金ですこと」
口ではそう言うものの、おそらくすみれは六人の中で最も自分を鍛えるつもりでいるのだろう。
その努力を、ある男以外には決して見せないのが、すみれという人間であった。
「じゃあ、あたしはかすみさんたちに話してきますね」
由里も去り、一人になった米田は司令席に座る。
「大神もいねえってのに・・・。始まっちまうのか・・・また・・・」
米田の手の中で、薔薇の紋章が握りしめられていた。
楽屋に戻る。