帝都怪盗浪漫銀仮面 第三話「招待」 |
その日が来た。
怪盗銀仮面から正式な予告が新聞各社に届き、この度の巻菱子爵邸での犯行は、既に帝都中の注目の的となっていた。
銀仮面の正体を突き止めようと、流行雑誌各誌は懸賞金をかけて情報を集めていた。
前回の犯行のときに大阪新報の記者が撮った写真は、おそらく帝都中の人間の目に触れていることだろう。
そして、当然警察は威信にかけて巻菱子爵邸を警護していた。
「ということは、子爵はそのような罪歴はないとおっしゃるわけですな」
「もちろんです。私が家は明冶の維新すぐに華族に認められた家柄。賄賂などする理由がありませんし、誰かを貶めるようなことなど、先祖代々に渡って無いと断言しますとも」
銀仮面が過去に狙った家はことごとく何らかの犯罪に携わっていて、その罪を銀仮面の犯行声明文によって暴かれている。
もちろん、自身の政治的、経済的影響力によって逮捕を免れた者もいたが、銀仮面が新聞各社にそれらを改めて送り暴露したため、世論がそれを許さなくなった。
「しかし、過去銀仮面に襲われた家の前例があります。奴の行動型から考えて、ここに告発状を持ち込んでくることは必至ですが」
「君は、子爵の私の言葉より、どこの者とも知れぬ賊の言葉を信用するのかね」
心外な、といわんばかりに睨み付けてくるので、塚本刑事はやれやれと引くことにした。
「警部・・・まずいですよ。子爵家の不興を買うようなこといっちゃあ」
離れたところで、部下の巡査長が進言してくるが、塚本にもそれなりの考えがあってのことだ。
「事実だ。銀仮面の奴の予告状でも、この間の百貨店の時とは目的が違うと言っていたしな」
「・・・、信用しているんですね」
驚いたように、巡査長が絶句してから続けた。
「いけすかんが、これまで奴は嘘は言ってこなかった」
新聞沙汰になる前から数えて十何度に及ぶ銀仮面との激突を振り返りながら、塚本は愚痴るようにつぶやく。
奴の残した告発状の内容には一つの誤りもなく、それを元にいくつもの事件が解決できた。
もっとも、解決できたものの、政府高官などが相手では、告発まで行く前に握りつぶされることがほとんどで、正直腹立たしかった。
新聞で取り上げられたことで、奴らにも逃げ場が無くなりしょっぴけたので、多少溜飲は下がるのだが。
とはいえ、ここまで全敗しているのも確かだ。
一時、銀仮面の情報を元に、貴族院議員のスキャンダルを追っていたとき、上からの圧力で首を飛ばされかけたが、その圧力を出した本人が銀仮面の標的となったので、あやうく降格の難を逃れたこともある。
屈辱といえば、屈辱的である。
「しかし、今度が最後だ。今度こそ奴を有言不実行の虚言吐きに落としてブタ箱に放り込んでやる」
「庶民の立場としては、もっと活躍して欲しいと応援したいんですけどね」
「・・・言うな。俺たちは警察官だ。そして、銀仮面がやっているのは、告発状を抜きにすればただの窃盗なのだ」
振り払うように巡査長から目をそらし、大きなガラス窓から外を眺める。
なんとも広い敷地だ。
この窓から眺める庭のなんと広大なことか。
公僕とはいえ、こんな物を持っているような華族よりは、ずっと一般庶民に近い。
こんな奴らを守るより、銀仮面の告発状を追いかけている方が性に合う。
しかし、ここまで来ては男の意地だ。
「どこから来る・・・銀仮面・・・」
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「まったく、呼びつけるなら待合室くらい用意して欲しいものですわね」
すみれが、この場にいない招待主にもっともな文句を言う。
とはいえ、あまり本気で言っているようにも聞こえないのだが。
「でも、理にかなっているわね。この広い庭なら、私たちが入り込んでいても、なかなか見つけることは出来ない。帝撃が秘密部隊であることを考慮に入れての招待というわけね」
マリアの言うとおり、銀仮面が予告した巻菱邸はかなり広い庭を持っていた。
もっともあまり洗練されていないので、ただ広いだけという印象を与えるが、いい加減に配置された木々や灯籠などのおかげで、身を隠すには申し分ない。
時々回ってくる巡回の警察官にもばれることはなかった。
もちろん、警備は建物付近に集中しているので、この辺を回ってきているのは惰性で動いている警官が多い。
銀仮面がどこから来るのか解らないことを考えれば、周辺警備に労力を割いてもあまり意味がない。
空をも飛べる相手なのである。
城壁を作っても無駄だろう。
しかし、そうすると、
「でも、こんなところに隠れていては、銀仮面と会えない可能性の方が高くないですか」
さくらの言うことも実にもっともである。
「霊力の察知くらい出来るでしょうから、放っておいても向こうから来ますわ」
「へっ、どうしたすみれ。まるで恋人を待っているような言葉だな」
ため息をそのまま言葉にしたようなすみれの言い方を、カンナがちゃかす。
「あら、頭の悪いあなたは漢字の判別もできませんの。私が待っているのは恋人ではなくて変人ですわ」
「おう、そりゃあ悪かったなあ。恋人同士じゃなくて変人同士だったか」
「そこまでになさい・・・!」
マリアの仲裁が入ったので、あとの三人はほっと一息ついた。
危うく、隠れるどころではなくなってしまうところだった。
しかも、めずらしくすみれがここで引いたので、いさかいはこれで終わった。
カンナの方が拍子抜けしたくらいである。
「おめえ、悪いものでも食ったのか」
「別に。ご心配なく」
「よっしゃ、小型霊子力レーダー、みつけるくんの組立が終わったで」
紅蘭の嬉しそうな声が上がった。
霊子力レーダーは、帝撃地下の蒸気演算機を使用して、帝都中を探索できるが、紅蘭はこれを参考にして、範囲は小さいものの持ち運びできるものを作ったのだ。
「よっしゃ、スイッチを・・・・・・・・・・・何でみんなウチから離れるんや」
五人とも、最低でも5メートルは離れている。
「いえ・・・なんとなくなんだけど・・・」
「だってさ・・・なあ・・・」
「これから銀仮面とやり合おうというときに・・・」
「ダメージは最小限に越したことはないでしょう」
「こうらん・・・、それ、ちゃんとじっけんしたの?」
「しとらん・・・」
紅蘭は寂しそうにポツリとつぶやいた。
「紅蘭・・・?」
「実験につきおうてくれる・・・・はんがおらんねんもん・・・」
小声でほとんど聞き取れなかったが、その中身はみんな嫌でもわかってしまった。
「・・・でも、きっと大丈夫や!いくでっ!」
ほとんど開き直りともとれる声を上げながら、勢いをつけてスイッチを押す紅蘭に、みんな退散する。
ピ・・・
ピポ・・・
「よっしゃ・・・成・・・・」
どっっかああんっ!
「やっぱり・・・」
「やっぱり・・・ですわね・・・」
「・・・・ま、わかってたけどよ」
「なんでやあ・・・!?うちのみつけるくんが!」
自分の顔を煤だらけにして煙を上げるみつけるくんを手にしながら、紅蘭は絶叫気味に叫んだ。
「し・・・っ、静かに、紅蘭・・・!大体、今の爆発音が大きかったから、警備に当たっている人たちに気づかれたはずよ・・・!」
マリアの言葉に、みんなの表情が変わる。
こんなところにいるのがばれたら、帝国華撃団の秘密が知られてしまうのは確実である。
「仕方ねえ・・・、一旦退散と行くか・・・!」
「お待ちになって・・・!」
屋敷の建物の方を見つめていたすみれが、動こうとしたカンナを止めた。
「何のんびりしてやがんだっ、このサボテン女・・・!」
「気づかれていないようですわ・・・」
『えっ?』
みんな、その言葉に足を止めて建物の方を見る。
確かに、何も動きが見えも、聞こえもしない。
すぐにでも警官隊が飛んでくると思ったのだが。
「これは・・・まさか・・・」
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「何だっ・・・!?」
窓を振るわせる爆発音に塚本は、ようやく来たか、と思った。
「ようし、迎え撃つぞ!・・・っ!?おい?こら!どうした・・・!」
さっきまで話していた巡査長が、その場にだらしなく眠り込んでいる。
「コラ!起きんか!」
見ると、向こうで子爵もその息子も、警備に当たっている者も、みんな眠りこけていた。
動いているのは塚本と、少し離れたところにいるシルクハットを持った警官が一人。
シルクハット・・・・だと・・・!
それから連想させられるのはただ一人の男。
「何度も吸い込んでいるから、君にはどうも効果が薄くなってしまったようだね」
忘れもしない、その独特のかすれた声!
その警官がシルクハットを一振りしたかと思った次の瞬間、そこにはもう見慣れてしまった、紫の斜め十字が入った銀の仮面を顔とする男が、悠然と立っていた。
「円陣十仙、幻姿・・・。警官同士の確認もしっかりやっておくように部下を教育しておくべきだね、塚本君」
「反則だぞ!銀仮面!」
我ながら間抜けな台詞だと思ったが、何故かしっくりくる言葉だった。
「いや、済まないが今回は君たちは端役に回ってもらわないといけないのでね。前座は早めに終わらせようと思ったのだが」
見ると銀仮面は、頂くと予告しておいた宝石類をシルクハットの中にするすると入れていく。
どう見てもあの中に入りきるようには見えないが、どういう手品か、軽々と入ってしまった。
「それでは失礼」
塚本に向かって優雅に一礼すると、くるりと体の向きを変えて出口の方へと歩いていく。
しばし、呆然と見ていたが、銀仮面が十歩ほど歩いたところではっと我に返った。
「だーーーーっっ!!誰が端役だ、馬鹿野郎!待ちやがれ!」
「ああ。わかった」
猛加速して銀仮面に追いつこうとしたら、銀仮面が急に立ち止まったので思いっきりタイミングがずれた。
振るった拳もこれでは当たらない。
「待てと言われて待つんじゃねえっ!!」
「・・・それはわがままだと思うがね・・・」
つぶやきながら、銀仮面の手がゆらめく。
「方陣八仙、遊夢・・・。というわけで君の相手はまた今度」
「お・・ぼ・・えて・・・ろ・・・ぉ・・・」
悪態をつきながら、塚本はまた無理矢理眠らされることになってしまった。
その場から去ろうとして、銀仮面は思い出したように懐から、告発状と書かれた封書を取り出して、塚本の目の前に転がしておいた。
「あとはよろしく頼むよ、塚本君」
その声には、確かな信頼があった。
立ち上がって、眠り込んだままの巻菱子爵親子を見つめる。
「巻菱さん・・・。あなたも自分の罪すら知らずにこの帝都で快楽を享受している・・・」
そこで、手袋の中の拳を握りしめた。
素手ならば手のひらから血がにじんでいたであろうほど。
「・・・同じ・・・か・・・」
その言葉を聞いた者はいない。
だからこそ、銀仮面は言ったのかも知れなかったが。
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さて、花組のメンバーはというと、どうしたものか考えあぐねていた。
「うーん・・・、どうなってやがんだ?」
「あの爆発音で気づかれなかったと言うことはないですよね」
「気づくことが出来なかった・・・というのはあるかも知れませんわ」
銀仮面の手口を考えて、すみれは思い至った。
百貨店で眠らされていた警備員・・・。
「まさか・・、既に銀仮面は侵入している・・・?」
マリアの言葉に、すみれはしっかりと肯き返す。
「今頃きっと・・・・」
「ええ、もうあちらは終わらせて参りました」
至ってのんきと思わせる独特のかすれた声が、やや離れたところから聞こえてきた。
「ま・・・・まさか・・・」
ゆらりと、闇の中に灯がともる。
その朧な明かりに照らされて、まず見えたのは紫の斜め十字。
そして、銀の仮面と紫のマント。
『ぎ・・・!』
「銀仮面にございます。以後、今度こそ、お見知り置きを。麗しの帝国華撃団のみなさん」
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