嘆きの都
追憶其の六
後章 来たれよ、破滅の光景



主題歌 嘆きの都


 報告に来た情報士官が退室した後で、京極は軽くため息をついた。

「水狐め、しとめ損なったか」

 米田中将狙撃さる。重態。
 陸軍省の前で撃たれたこともあって、省内は大騒ぎになっていた。
 まず、陸軍に対する挑発であると言うこと。
 そして、最高幹部の一人が撃たれたと言うこと。
 独立部隊帝国華撃団の司令官としては軍内でやや反対派が多い米田だが、それでも日清日露の英雄として崇める傾向は根強い。
 が、陸軍大臣京極慶吾が落胆したのはそれとは理由が異なる。
 重態というのなら、必ずや蘇ってくるだろう。
 老いたりとはいえ、一世代前に活躍した英雄たちの生き残りなのだから。

 かつて京極は、彼らの強固な意志の前に屈したのだ。

「八年・・・・」


 時計の針が、日付がめくられたことを告げるころになって、ようやく交代要員だけが残るくらいで省内も静かになった。
 その屋上に、京極ともう一人の男の姿があった。
 どこかから見られるはずはない。
 闇にとけ込んでいる。
 姿だけではなく、存在そのものが。

「思い出さないか、八年前」
「いえ・・・」

 鬼の面の下から否定の言葉が返ってきて、京極は安心したのか、少し残念に思ったのか。
 意識が残っているはずはないし、残っていては困るのだ。
 その実力は、かつて自分を上回っている。
 逆転できたのは、京極の方にだけ六年分の時間が与えられたからだ。

「八年前・・・、私には何もかもが足りなかった」

 だが、己の力を過信したのだ。
 英雄たちを操ることで、帝都の破壊は十分に可能だと。
 しかし、結果はあの通りだ。

 粕谷は御しきれなかったし、朱宮には情報戦で完敗していたことが後でわかった。
 そして最も楽に操れると踏んでいた自分より遙かに年下の青年にものの見事に出し抜かれて、彼の計画は破綻し、貴重な手駒をも失うことになった。
 だが、誰よりも自分の自信をうち砕いてくれたのはこの男だったように思う。
 自分と同い年の陸軍大佐。
 厳密に言えば、四ヶ月ほど自分の方が年上だ。

「今日は貴様の誕生日だったな」
「御意」

 この男の記録は調べ尽くした。
 もう一人の青年と共に、どうしても欲しい人材だったからだ。
 剣の腕も、霊力も、血統も、意志の強さも。
 今ここにいるのは、それらの内のいくつかが欠落した存在だ。
 不要と思いたい自尊心が、その欠落をこそ気にしてしまう。
 確かに結果的には二人とも手に入れることが出来た。
 だがそれは、あのときの彼らではないことも嫌と言うほど感じさせることとなった。

「だが・・・・!」

 だがもうよい。
 ここからもう一度始めるとしよう。
 彼が一つの手駒を失った地。
 彼が新たな手駒を得た地。
 そして、

「おまえに敗れたこの地からな」

 鬼の面は何も答えない。
 京極は、少し残念そうな顔で懐から鏡を取り出して自分の顔をのぞき込んだ。
 手鏡ではない。
 帝都の外陣を築くために作られた、黄泉鏡。
 かつて近衛方術士たちが命を懸けて守ろうとした祭器のうち、残されていた最後の一つ。
 半年前、ついにこれも手に入れた。

「見ているか、散っていった英雄たちよ」

 空を漂っているかも知れない魂へか。
 隣にいる、魂を喪失した男へか。

「今の私には全てがあるぞ。八年前に足りなかったもの全てが・・・!」

 かつて立ちはだかったものは全て倒れ、あるいは屈した。
 例えば、

「ふぉ ふぉ きょ う ご く さ ま 、 つ ぎ な る ぎ し き の じゅ ん び で き ま し た ぞ 」

 左目に義眼を埋め込んだ木喰がふわふわと現れた。

「よし・・・。ところで金剛はどうした」

 金剛は先日、米田の新たな配下たちと交戦し、敗れている。
 こうとなると単独行を好む性癖にも理由があるのだが。
 かつて、生き残ってしまったという意地が。

「ふぉ ふぉ あ れ く ら い の け が 、あ や つ な ら あ と も の こ さ ず な お り ま しょ う 」

 その金剛に、はっきりとわかる傷跡を残した者が二人いる。
 頬の傷をつけた者は行方不明。
 胸の傷をつけたもう一人は、

「京極様、それでは行って参ります」

 木喰の報告を受けて姿を消そうとするこの男を、京極は止めた。

「木喰、おまえは戻って金剛を寝台にでも縛り付けておけ」
「りょ う か い じゃ 」

 それからこの男の動かぬ面の顔に向き直る。

「丁度良い日だ。久々に貴様とともに外陣にでも出向こうではないか」
「御意」

 二つの影が夜の帝都へと飛んでいく。
 次なる朝は、まだ来ない。


あとがき


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年六月二日
真宮寺一馬誕生日記念、予告編「八年」改題



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