もう一つの第十話
第一幕「絶望より」第四場




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 時計の針を少し戻す。

 帝国陸軍の情報部将校である天笠大尉は、途方に暮れていた。
 何をして良いのか解らないのである。
 東京湾に巨大な都市が出現。
 引き続く天変地異。
 陸軍の情報中継部には、そう言った情報が次々と飛び込んできていた。
 特に帝都全域で起こった災害には、打つ手がほとんど無かったのである。
 あまりにも、被害が大きすぎるのだ。

 一方で、この事態を公表して良いものか。
 本来ならその判断をするべき彼の上官は、どこかで天変地異に巻き込まれたのか、こちらに到着していなかった。
 一方で下士官も、人数が少ない。

 一体、どうすればよいのか。
 自分の無力に、陸軍の無力に苛立ちさえ覚える。
 軍が政府を統括し、もっと力を蓄えていれば、このような事態は避けられたはずだと思う。
 そんな彼の考えを、階下からの物音が中断した。

「何事だ?」

 どうも、言い争っているような声である。
 喧嘩などしている場合ではない。
 今、ここでは彼が一番の上官であった。
 叱責しようとして、椅子から立ち上がる。
 心のどこかで、当面ながらもする事ができてほっとしていた。

 階下から、慌てたように伍長の階級章をつけた男が登ってきた。

「何事だ、このようなときに」
「はっ、侵入者が四名、放送室を借りるぞと叫んで入り込んで参りまして・・・」
「何?」



「えーい!貴様、拡声器を返さんか!」
「どうせ使っておらぬのだろう!いいから上官を呼んでくるのだ!」
「長曽我部さん、ラジオ放送帯に周波数合わせ終わりました!」
「よ、よし。それでは放送を開始するぞ」

 天笠が到着したとき、放送室は大騒動になっていた。
 あきれ果てながらも、大声を上げてその場を静めんとする。

「私がここの責任者だ!一体何者だ、貴様らは!」

 天笠の声に応えるかのように、侵入者の一人でスーツ姿の男が拡声器に向かって叫んだ。

「聞こえますか!?帝都の皆さん!こちら、帝撃通信局の長曽我部崇です!」

 長曽我部崇。
 本邦初のラジオ放送、有楽町帝撃通信局において司会者を務めていた男である。
 帝撃通信局が、元々対「魔」を想定し、政府主導で作られたものとはいえ、この放送は大好評を博し、長曽我部崇は帝都でも1,2をあらそう有名人となっていた。
 しかし、それでも民間人である。
 軍の施設に、許可もなく入れさせるわけにはいかない。
 そう考えた天笠の行動を遮るように、黒メガネにコート姿の男が立ちはだかった。

「お前も帝撃通信局の局員か?こんなことが許されると思っているのか!」

 民間人にいいようにされていては、軍の面目がたたない。
 精一杯の威厳を持たせて言ったのだが、この男には通用しなかった。

「黙れ!情報を集めるだけで、何一つ帝都の民の役に立たんとは、帝国軍人として恥ずかしくないのか!」

 この一喝に、天笠は言い返せなかった。

「私は、帝国陸軍特務中佐の大河原一美である。特務権限により、この放送室と中継所を一時接収する。よいな!」

 大河原一美。
 有楽町帝撃通信局で検閲官として、機密情報の取り扱いをしていた男であり、黒之巣会本体の消滅後は民に下り、探偵となったというが、 どうやらそれは、隠蔽工作の一種であったらしい。
 帝国華撃団の協力者として、表に、裏に、関わっていたのであろう。

 また、あの女だけの部隊に、頼らねばならんのか・・・。

 天笠はその立場から、かろうじて帝国華撃団の姿を知っていた。  大河原の言葉に頷きながらも、天笠大尉の胸に、淀みのようなものが蓄積されていった。



*   *   *   *   *


 本来、帝撃通信局の所属である長曽我部がこういう手段に出たのは訳がある。
 帝都を大災害が襲ったと知った彼は、真っ先に放送しなければと、有楽町からお台場に移った放送局へ行こうとしたのだ。
 しかし、東京湾は大時化の状態で、しかも沿岸地域は、局所的な津波でほぼ壊滅状態だったのである。
 陸地から波間に見えるお台場の放送局が、既に建物の形を維持していないことは、残念ながら確認できてしまった。
 同じように、放送局へ向かおうとしてきた大河原と合流し、軍の放送局を一時占拠して、ラジオ放送をすることにしたのである。
 無茶苦茶に見えるかも知れないが、彼は今、報道の使命に燃える、骨の髄までの報道人であった。

 そして、彼を燃え上がらせていることがもう一つあった。
 有楽町帝撃通信局時代に彼の司会進行を補助していた、帝撃副司令藤枝あやめが、降魔と化して去ったという衝撃的な事実を、先ほど大河原から聞かされたのだ。
 信じなかった。信じられなかった。
 あやめは操られているだけだと、花組のみんなが思ったように彼もそう思った。
 そして今、彼に出来ることは、報道者としての存在にかけて、帝都の人々の精神的滅亡を食い止めることであった。
 帝国華撃団が、全力で戦えるように。
 帝国華撃団が、あやめを取り戻してくれるように。
 長曽我部は原稿も無しに、拡声器に向かって、帝都の人々に向かって、叫んだ。

「確かに今、帝都は崩壊の危機に瀕しています。しかし!みなさん、我々の帝都はまだ滅んだわけではありません。
我々の希望が、すべて消えたわけではありません!我々には、まだ、帝国華撃団が残っています!
思い出して下さい!あの、黒之巣会との戦いで、幾度と無く私たちを救ってくれた、帝国華撃団のことを!」

 その言葉には、装飾らしい物は無かった。
 しかし、だからこそ、何かしらの情報が流れてこないかと思いラジオにすがっていた人々の心に、深くしみこんだ。

「ですから皆さん、自暴自棄にならないで下さい。これは、この世の終わりに思えるかも知れません。でも、終わってはいないのです!」

   彼自身、崩壊した通信局を見て、そんな想いに一瞬駆られたのである。
 だがその後で、降魔を切り倒しつつ銀座へ向かう霊子甲冑を偶然にも目撃したのである。
 そして、彼は立ち上がった。
「先ほど、帝国華撃団が降魔の一群を撃退したという情報も入っております。今、帝国華撃団は最後の戦いに向けて力を蓄えているはずです。
皆さん、祈りましょう。敵は魔物です。人の心が生み出した「魔」です。それに対して、私たちの祈りを結集させましょう。
祈りは、霊力です。私たち一人一人の力は弱くても、それを帝国華撃団へ送りましょう。祈りましょう!
必ず、勝って帰ってきます!帝国華撃団も!あやめさんも!」

 あやめが帝撃副司令だということは既に知られているので、長曽我部が感情のあまり口走った叫びは、多くの人には、 かつて共に司会をした長曽我部にとって、あやめは特別なのだろうという程度のことにしか受け止められなかっただろう。
 だが、その叫びは、涙を伴っていた。

「長曽我部くん・・・・」

 大河原の言葉に、長曽我部はいったん拡声器から離れ、涙を振り払って答えた。

「大河原さん・・・・、あやめさんは、帰ってきてくれますよね・・・・・!」
「・・・・ああ!そうとも。必ずだ・・・・」

 


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