もう一つの第十話
第一幕「絶望より」第三場




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 しんがりを務めていたマリアが入ってきて、地下司令室に花組全員が集まった。

「長官、帝国華撃団花組、全員集合いたしました」
「ご苦労」

 米田の言葉にも、いつもの明るさは無い。
 それでも、悩みがあるようには見せないのは、司令官の義務である。

「長官、現在の帝都の状況はどうなっていますか」

 希望的な答えが得られないのは承知で、大神は尋ねてみた。
 米田は電影板を操作して、帝都各地の様子を何面にも区切って表示する。

「浅草・・・、銀座・・・、上野・・・、どこもかしこもひどい状況だ・・・」

 ひどい状況。
 他に、あまり適切な表現はなさそうである。
 倒壊した家屋に、燃えさかる炎と轟音。ごくたまに、降魔の叫びも重なる。
 帝都全域の画像を見るまでもなく、米田は途中で表示の切り替えを止めた。

「聖魔城は、五行元素や四大元素と言ったこの世の構成をかき乱すことが出来るらしい。 それによって災害を起こし、人々を苦しませ、嘆きや哀しみ、怒りなどを吸い上げるために」

 今、米田の手にあるのは、あの放神記書伝だ。

「残念だが、聖魔城は完全に復活した。帝都壊滅は、もはや秒読みの段階だろう。このままでは世界の運命も・・・」
「あの聖魔城っちゅうのは、浮上しただけで、そんなことまで出来るんか。なんちゅう破壊力なんや! これで霊子砲ゆうのを撃たれたら、帝都はどうなってしまうんや・・・」

 放神記書伝に記されている霊子砲は、破滅の神機とあり、天空を引き裂き、大地を霧と変えんとまで言われている。

「帝都だけではないだろう」

 紅蘭の叫びに対して、米田が言いにくそうに口を開く。

「霊子砲のエネルギーは蓄積されている人間の邪念だ。放たれたら、世界中の人間に悪意を植え付けることも同時に可能だろう」

 そう続けたのは大神だ。少し驚いたように米田はこの青年を見る。

「アイリス、わかる・・・、あそこに悪い人がいて、すごい力を集めているの・・・」

 アイリスがうめくようにつぶやいたのを聞いて、大神は一つ思い出した。

「長官、聖魔城上空の火時計はどうなっていますか」

 あの火時計には隊員達も気づいていなかったらしく、驚いたように大神の方を見る。

「おめえも気づいてやがったか」

 米田は電影板を操作して、聖魔城上空を遠くから映した画像を表示させる。
 火時計は、寅がはっきりと映り、卯までが見えてきている。

「どうも時計にしては時間が一定じゃねえ。おそらくあれが霊子砲のエネルギーのたまり具合を示しているんだろう」
「一つが灯るまでの時間はどれくらいでしょうか」
「丑のあと、寅が灯るまでが一番早くて49分。卯が見えてきてからが、今までで一番遅くて1時間30分を過ぎているが、まだ辰がつかねえ」

 米田の集めている情報に抜かりはない。
 そうすると、あの風を感じたときが一番集まりが早かったということだ。
 あれがエネルギーを示していることはほぼ間違いがない。
 しかし、なぜ今遅くなっているのだろう。
 集めるエネルギーが頂点を過ぎたのか、それとも、集め主が他に何かをしているかだ。
 どちらかと言えば後者の可能性が高いように思われる。
 向こうも、こちらが攻め寄せることは考えているだろうから。

「残り八時間前後、というわけか・・・・」
「どうします、隊長?」

 マリアの問いかけ方は、自身に有効な作戦が思いつかないことを示していた。

「うーん、あたいならやっぱり正面からぶつかるかな」

 カンナの考えはいつもわかりやすい。

「敵がたとえ、どんなやつでも・・・、あたいは逃げることを教わらなかったからね」

 カンナは、あえて落ち込みかけている花組の士気を上げようとしているのだろう。

「この期に及んでもまだ正面から突っ込むおつもり?あきれたお馬鹿さんですこと・・・」
「へ・・・、あたいにはそれしか能がねえからな。うだうだ考えているよりは・・・、マシだろ?」
「まったく、あなたって人は・・・、少尉は、カンナの作戦、どう思われます?」

 二人のその、いつも通りのところが少しは慰めになってくれるが、しかし、それが採用できるかどうかとは別であった。

「それも一つの手ではある。しかし、いたずらに突っ込んでも返り討ちに合うだけだ。ここは少し考えよう」

 慎重にならざるを得ないのだ。
 まず、あの大きさから、正面突破が可能かどうか疑わしいものである。

「考えよう言うても、相手は東京湾いっぱいのどでかい島やで。考えてどうこうなる相手でもないんとちゃいまっか」
「まったく、あんなのとどうやって戦えっていうんですの!勝てる見込みのない相手に、命がけで戦うなんてごめんですわ!」
「す、すみれさん!?何を言ってるんですか・・・」
「考えても見て?敵が現れたら戦う何てこと、一体いつまで続けるの?わたくしたちは機械ではないのよ。もうたくさんですわ」

 その言葉を聞いて、米田の顔の苦渋の色が濃くなったことに気づいたのは大神だけだろう。
 すみれとて、普段ならこんなことを言う彼女ではない。
 皆が心に思っていながらも、発言しにくいことを、嫌われ役をかってまで言ったのだ。
 その言葉に、しばし場が静まり返ったことが、なによりもそれを証明している。
 大神とて、この少女達を戦場へ連れ出すことに常々嫌悪していただけに、この言葉は効いた。
 彼女たちだけでも、助けられるものなら助けたい。
 だが、その思いを殺してでも、今は戦わねばならないのだ。
 どのみち、霊子砲が放たれたなら、世界に無事でいられる場所など無い。

「だけど、すみれ・・・、私たちが逃げたあと、残された人々はどうなるの?帝都市民にとって、いいえ、世界にとっては私たちが最後の壁なのよ。 決して、壊れてはならない壁なのよ・・・」

 マリアは、しばし躊躇ってから口を開いたが、その言葉には迷いがない。
 かつて、ロシア革命に参加した彼女は、生きるために否応なく戦うことを必要とした。
 その戦いで、結局、自分が何のために戦っているのか、何のために生きているのかすらわからなくなった。
 結局は、自分たちの血と引き替えに、貴族と敵対した人々の、一部を利しただけであった。
 そのため、ユーリーを失ったあと、しばし彼女は抜け殻のようになっていたのだ。
 だが今は、間違いなく、全ての人々のために戦っている。
 それが、誇りだった。

「そんなこと、わかっていますわ・・・、無茶だと言っていますのよ・・・」
「すみれさん。一人では無理かも知れないけど、みんなと一緒に、大神さんと一緒にやれば、無理じゃなくなるかも知れませんよ」

 困り果てている大神を少しでも楽にしようと、さくらが続けた言葉に、すみれは少しむっとなった。
 大神さんと一緒に、と言ったさくらの言葉に、限りない信頼が込められているのを感じたからだ。

「そうですわね・・・」

 これでは、ひとまず納得するしかない。
 ここで負けるわけにはいかないのだ。

「だけど、正面突破の他に、どんな作戦があるんだろうな」

 確かに、カンナでなくても、それ以外に何か思いつくわけでは無い。

「うーむ、何の考えも無しに突っ込んでもこっちが被害を受けるだけやしな。帝都中の兵器を集めて・・・、 いや、それでも無理やろうな・・・」
「紅蘭、なにか、とっておきの発明はないのかい」
「そないなこと言われてもなあ。ウチの発明かて、そうポイポイと出てくるわけでもないで」

 いつも、「こないなこともあろうかと」の言葉と共に、発明品を取り出す紅蘭であるが、その裏では地道な研究と努力が必要なのだ。
 いきなり無敵な兵器を取り出せるわけではない。

「そうか、紅蘭の発明には期待していたんだが・・・」
「すんまへんな、期待に応えられんで・・・」

 紅蘭も、こう言うときにこそ役に立ちたいという気持ちがあるのだ。
 それでも、今回はどうしようもないのかも知れない。

「ねえ、お兄ちゃん」

 さっきからずっと黙っていたアイリスが口を開いたのでみんなが注目する。

「なんだい?」
「あのね、あのセイマジョウってところにさたんって言いう悪いヤツがいるんだよね」
「ああ」
「なら、さたんをやっつけたら、あやめお姉ちゃん、帰ってくるよね?」

 あやめの名が出てきたことで、皆が少し反応する。
 あやめがいてくれれば、あるいは、今のこの場の空気も違っていただろうに。
 誰もが、そう思っていた。

「そうだよ、アイリス」

 その言葉は、あえて、自分に向けて言ったのかも知れない。
 大神自身、叉丹を倒したら殺女が元に戻るという確証は無い。
 どんな魔術かも、呪術かもわからない。
 今、彼に出来ることはそう信じることしかない。
 だから、アイリスの問いかけには、はっきりと答えた。

「お城を壊して、街をなおして、それで終わりだよね・・・」
「ああ、そうだよ」
「そうよ、アイリス」

 一人でアイリスの言葉を受け止めている大神を助けるように、さくらが付け加える。
 だが、アイリスとて言われたことをそのまま納得してしまうほど、単純でもない。

「でも、本当に終わりなのかな?アイリスたち、幸せになれる?」

 その瞳は、大神には眩しすぎるくらいまっすぐだ。
 子供らしい、純粋な想いが、今の大神には痛くさえ感じられる。

「幸せになれないんだったら、アイリス、がんばれないよ!」

 そうだ。
 誰もが、幸せになりたい。
 その想いを、忘れてはいけない。
 自分が幸せになることを放棄して、すべてを背負って死ぬなど認めない。
 少なくても、この少女たちに、そんな真似はさせない。させられない。

「大丈夫だよ、アイリス・・・」

 大神は、深く、言い聞かせるように答える。

「どんなときでも、自分を信じて戦えば、必ず、幸せになれるよ」
「ホントに?」

 大神の、本心からの言葉に対して、疑問をぶつけているのではない。
 その言葉が、自分を安心させてくれると信じて、確かめようとしているのだ。

「そうさ・・・、アイリスなら、できるよ・・・」
「大神はん・・・」
「大神さん・・・」

 その大神の言葉に、どこか悲しげなところがあることに、皆が気づいた。
 身を切るような、つらさ。
 大神は、出来るものなら、一人で戦いたいのだ。
 戦うこと、そのものに、この少女たちを近づけたくは、ないのだ。

 重苦しさを感じるその場で、米田も苦悩にさいなまれていた。
 彼の頭には、一つの手があった。
 だが、その手は、あまりにも、口に出すのが躊躇われるのだ。
 あまりにも、危険すぎる・・・。

 沈黙が、しばらく続いたとき、何か、どたばたとした音と言い争うような声が聞こえてきた。

「何だ!?」

 音の発生源は、映像と共に回線をつないでいたラジオ放送だった。
 しばらく、聞き取れないような声が続いていたが、不意にはっきりと聞こえる言葉が聞こえてきた。

『聞こえますか!?帝都の皆さん!こちら、帝撃通信局の長曽我部崇です!』

「長曽我部さん!?」

 驚いたように声を上げたのは、さくらだった。




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