日経連「労問研報告」批判 −(上)
賃金抑制と不安定雇用の拡大を主張
(2001年1月14日「しんぶん赤旗」 )

日経連の2001年版「労働問題研究委員会報告」は、「多様な選択肢をもった経済社会」「人間の顔をした市場経済」などと美しい言葉で飾りたてています。
その言葉自身のまやかしは後でのべますが、報告の反労働者性、反国民性は、具体的な政策提起をみるとはっきりします。

■ 首切りと不安定雇用への置き換え
第一に報告は、「雇用の確保は最重要課題」としながら、「IT化による省力化・合理化で発生した余剰人員」などと、「余剰人員」があたかも自然に発生するかのように言っています。

しかし、5%に迫る完全失業率・300万人を超える完全失業者は自然に生まれたものではものではありません。大企業がリストラの名で首切り・人減らしをすすめてきた結果です。
NTT、日立、東芝、日産、トヨタなど、人減らしに積極的な上位30社だけで、1年間に22万5891人、労働者の27%もの大量人減らしをしています。

報告は、「余剰人員」を、情報通信や介護などの新規事業分野で吸収するとしています。しかし、情報通信の花形NTTは首切りのエースでもあります。介護保険の実施で介護分野の労働者は増大しましたが、その劣悪な労働実態はマスコミでも取り上げられ、十分な介護をしたくてもできないと社会問題化しています。

また、雇用・就労形態の「多様化」で就労機会を拡大するとして、そのために労働法制の再改悪による派遣労働の全面的自由化や期限付き雇用の自由化を主張しています。
すでにこの間の改悪で派遣や臨時・パートなど不安定雇用の低賃金労働者が急増していますが、それをさらにおしすすめようとするものです。

さらに裁量労働制のいっそうの自由化も主張していますが、裁量労働制は労働時間規制をとっぱらうことで「サービス残業」を合法化し、まん延させる手段であり、人減らしを容易にすることはあっても、就労機会を拡大することはありません。

日経連の雇用政策は、正規雇用労働者の首を切り、それを不安定で低賃金の労働者に置き換えるものです。そのことは、高齢者、女性、外国人の積極的活用を主張していることからも明らかです。
いま雇用にとって必要なことは、大企業の首切り自由をやめさせる解雇規制であり、サービス残業の根絶と労働時間の短縮による雇用の拡大と創出です。

■ 成果主義賃金による賃金抑制
第二に、年齢・勤続などでなく個人の業績・成果を評価する成果主義賃金・人事制度の徹底を主張しています。
業績とは、企業全体のトータルのものであり、それを個人の業績・成果にばらばらにして還元することなど、できるわけがありません。個々人の「成果」が数字ではっきりできるような仕事はほとんどありません。

だから、報告も「評価のモノサシがあいまいでは、従業員の信頼を欠く」「企業の経営目標に即した個々人の目標の達成度を評価するモノサシ」が必要と言わざるをえないのです。

つまり、経営目標への貢献をむりやりおしつけ、主観的、一方的に評価するしかないのです。すでに、「こんなにがんばっているのに評価が低い」「不公平だ」「評価者ばかり気にする」などの不満がでています。

報告が、そのねらいを、「人件費コストの適正化」「年収が大幅に増減する仕組みが、従業員の意欲を引き出す」とあからさまにのべているように、つまりは、労働者間に競争をもちこみ、「自発的」労働強化と賃金総額の切り下げをねらうものです。

しかも、賃金を個別に決めるのだから一律賃上げ水準の交渉には意味がないと「賃上げ重視の春闘」を否定しています。まさに一石三鳥をねらうものです

評価と仕事・能力の客観的実証のあいだにある根本的矛盾をつくたたかい、すなわち、評価の開示原則(ディスクロージャー)の確立が決定的に大切です。

■ 社会保障改悪、消費税
第三に、「国民負担率」の上昇抑制を理由に、医療・年金・社会保障のいっそうの改悪と消費税増税を主張しています。しかし、「国民負担率」とは、租税・社会保障負担の国民所得に対する割合のことです。

大企業本位の大型公共事業費や軍事費と社会保障費とをごっちゃにしたうえで、社会保障支出の切り下げだけを要求するのはまったくごまかしの主張です。

そればかりか、消費税増税で社会保障費をまかなうことを主張し、社会保険の企業負担の回避までもくろんでいます。身勝手というしかありません。

いま求められていることは、「公共事業に年間50兆円、社会保障に年間20兆円」という「逆立ち」財政をただし、社会保障を拡充しながら財政を立て直すことです。(M)

−つづく− ●日経連「労問研報告」批判 −(下)


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