時は巡り 米田誕生日記念 |
四月一日。
欧米では四月莫迦なる習慣があるそうだが、今度の報告は冗談ではないらしい。
大神が南米を回っての演習航海を終えて、まもなく帰ってくる。
明日、明後日には帰港するとのことだ。
海軍省で話を聞いて帝劇に向かう米田は、ふと街中で咲いている桜に足を止めた。
こうして、誕生日を一人で過ごすようになってしまったか。
かつての友は、多くが既に亡い。
今も生きているのは山口くらいだ。
対降魔部隊の三人は、みんな自分の半分・・・内二人は、三分の一しか生きられずにこの世を去った。
今は、もう思い出になってしまっている・・・。
もう一人、誕生日といえば思い出す男がいる。
米田の、生涯を通しての親友だった。
あいつと初めてあったのも、こんな桜の満開の日だった。
今でこそ陸軍中将の立場にいる米田だが、最初から陸軍にいたわけではない。
明冶十二年、前年に京都で起こった内乱を反省材料として、軍でも警察でもない国内用戦闘部隊が編成された。
それは、政府軍が関与する内戦は西南戦争で終了したという事実を、欧米に見せつける必要があったと同時に、未だにくすぶる反乱の種に対して、警察以上の実働戦隊が求められたためであった。
それが剣術師団、抜刀隊である。
あえて剣術、という名を冠したのは、西南戦争まで押さえ込む一方だった士族を取り込んで不満を少しでも解消させる狙いがあったと思われる。
その狙いが成功したかどうかはともかく、年度始めに行われた一般公募の入隊試験には全国津々浦々から相当数の士族が集まった。
いかに当時の士族が生活に窮していたかを物語るエピソードでもある。
士族ではなかったが、ちゃきちゃきの江戸っ子で正義感の強い青年米田一基は、このとき十八歳であった。
「また、ずいぶんと集まったもんだ」
上は六十近くから、下は自分より五つくらい下まで、集合場所である陸軍敷地内の広場が埋まっていた。
どうみてもごろつきにしか見えないような奴もいる。
昨年内務卿を暗殺した士族も入っているんじゃないかと、米田はあきれ果てながら見渡していた。
こんな奴らを全て入隊させようものなら、規律も何もあった物ではあるまい。大体実力も大して解らないような連中だ。
士族といっても、剣の腕が立つとは限らない。
江戸幕府が崩壊した原因の一つに、武士がだらけていたことが挙げられるだろう。
さて、対応に当たっている陸軍士官達も、この数に困惑しているようだった。
数を減らさないことにはどうしようもあるまい。
「よう、大変そうだな、とっつぁん」
士官の中に、世話になったことのある中年の大尉の姿を見つけて声をかけた。
世話になったといっても、大喧嘩やらかしたときに警察と一緒に世話になったのだが。
「なんだ、米田か。おまえが政府仕え志願とは気でも狂ったか?」
「ひでえなあ。俺は地道に働くより、剣の腕で人の役に立ちてえんだよ」
毒づいたところで羽交い締めされ頭に拳を落とされた。
「おめえは廃刀令って言葉を何回言わせたら気が済むんだ・・・?」
「いやだなあ、表だってはバレねえようにするからよ」
全然懲りた様子のない米田にあきれ果てて・・・もう慣れたとも言うが・・・大尉は手をほどいた。
「まったく、どうするかで頭が痛えときにおまえまで来るとは・・・」
「とにかく、数を減らせばいいんだろ」
「ん。良い案があるなら言って見ろ。このまんまじゃ試験をするにもやってられん」
「適当に傍にいる奴と腕試しさせて、一勝した奴を相手にすれば数は半分になるぜ」
大雑把というか、いい加減というか、大尉は仲間の士官と呆れたが、考えてみれば実力のある者を抜き出すには丁度いいかも知れない。
数分悩んだが、大尉はその案を採用することにした。
入る際に全員に渡した番号札を二枚以上持っていれば一次試験合格とする。
「米田、おまえも何人か相手して、弱そうな奴には帰ってもらえ」
「へいへい」
適当に相手を見つけようとしたが、米田は雰囲気で強いと見られて、近くに寄ろうとすると、多くが避けていってしまった。
「意気地のねえやつらだな」
とはいえ、自分も戦わないことには一次試験失格になってしまう。
そんな中で、米田が向かって行っても動かない奴がいた。
すさんだ雰囲気の者が多い周囲から、かなり浮いている男だった。
年齢は自分と同じくらいだろうが、着ているものはこざっぱりとしていて、品の良さがにじみ出ている。
髪の毛も整っていて、どこぞの良いところのお坊ちゃんのようだった。
それでもまだ対戦相手に捕まっていないのは、あまりに浮きすぎているからか・・・。
「よう」
声をかけてようやくこちらを振り向いた。
「私と対戦するのか?」
言葉は静かだが、意外にかなりの迫力がある。
なるほど、なめて声をかけてもこれに圧倒されて戦う気がなくなってしまうだろう。
普通の奴ならば。
「おう、どうやらおめえとなら楽しめそうだ」
喧嘩っ早い江戸っ子の血が騒いで、楽そうな相手を捜した方がいいという意識が消し飛んだ。
「いいだろう。真剣だな」
米田が真剣を持っているのに気がついて、そいつも剣を抜いた。
この時勢に真剣を持っている時点で、普通の奴ではない。
「私の名は朱宮景太郎。おまえは?」
「米田。米田一基だ」
「参る」
どこかで、聞いた名だと思ったが、すぐに試合が始まった。
真剣の先を一度あわせてから一旦間を取り、即座に朱宮が動いた。
速い!
キィンッ!
急所は外してあるものの、並の剣士なら一撃で戦闘不能になるような強烈な攻撃を放ってきた。
米田が弾くと、朱宮は体勢を崩すことなく次の一撃を放ってくる。
同時に牽制を織り込んで、米田の体制を崩さんと軽やかに動く。
その動きは、どこか舞いを連想させた。
対して米田は、実戦から学んだ剣だった。
相手の動きから牽制か実撃かを見極め、その間に生じる隙へ電撃のような一撃を叩き込む。
「うおりゃあっっ!!」
「はっ!」
幾度と無く二つの剣が激突する。
そこら中で立ち会いが行われている中でも、群を抜いて高い技術と力の激突だった。
周囲が、この二人に注目する。
帝都最高の撃剣興行でもこれほどの激突はあるまい。
とはいえ、一番楽しんでいるのは当の米田であった。
相手の朱宮はどうだろう。
あまり表情を動かさない男だった。
しかし、口元が微かに上がっている。
どうやら、向こうも同じ様だった。
こうなると、もっと喧嘩を楽しみたくなってしまうのが米田であったが、今回は一応試験である。
間が離れたところを見計らって、得意技を放った。
「うけてみろぉっ!」
一度収めた剣を、鞘で加速して斬りつける居合い抜きと言われる方法だった。
別に誰に習ったわけでもなく、こうすれば剣速が速くなるという経験から使っている。
未だかつて、誰にも避けられたことはなかった。
受け止めようとすれば、その剣ごと叩き折る自信がある。
朱宮は、その剣筋に平行・・いや、わずかにそれより傾けて剣を構え、この一撃を斜めに受けた。
受けると同時に両手で剣を跳ね上げる。
米田の体勢が泳いだ。
そこへ、跳ね上げた剣が円弧を描いて向かってくる。
米田はとっさに剣を捨てて、放たれる一撃に対して、剣を持っている朱宮の右手を、泳いだ体勢から蹴り上げた。
剣術勝負のはずが、身に染みついた喧嘩技がつい出てしまった。
さすがに朱宮は顔をしかめて剣を取り落とす。
丁度お互い、手放したところに相手の剣が宙を飛んでいた。
バッ!
ガシッ!
空中で相手の剣を掴んで、そのまま振りかぶった。
「ハアアッッッ!」
「セイッッ!」
烈風が交錯した。一瞬遅れて火花が飛び散り、もう一瞬遅れて甲高い金属音が響き渡った。
お互いが手にしていた剣の重みが一気に半分以下になる。
双方の剣が真っ二つに折れていた。
お互いそれを悟ると剣を手放して、拳でかかった。
右拳をかすめて、右頬に命中した。
朱宮の拳は、細い外見からは想像もつかないくらい重かった。
そこで、お互いの身体が倒れた。
米田も打たれ強さには自信があったのだが、今の一撃は効いた。
「そこまで!」
戦いに注目していた大尉が、そこで勝負を止めた。
周囲から落胆や不満の声が漏れる。
「とっつぁん、勝負はそいつの勝ちだぜ」
先に喧嘩に持ち込んでしまったのは自分の方だ。
仮にも剣術師団の入隊試験としては失格行為であろう。
「実戦となれば、剣にこだわっていれば死ぬ・・・。良い見本を見せてもらった」
朱宮が荒い息でこちらに笑いかけてきた。
こんな笑顔が出来るのかと思うくらい、さわやかな良い笑顔だった。
「もういい、おまえら二人とも入隊試験合格だ。誰も文句を挾まねえよ」
周囲を取り巻いた観衆からは、盛大な拍手が起こった。
試験そのものは夕刻まで続き、人数は十分の一まで減らされたが、それなりの精鋭が集まったと米田は思った。
途中からは、朱宮と二人で試験を手伝っていたのだが。
「ご苦労だったな」
合格者に振る舞われた夕食を食べ終え、割り当てられた宿舎に荷物をおいて外庭に咲いている桜を見に出てきたところで、丁度朱宮とばったり会った。
「おめえもな」
後半、指示を出すときはほとんどこいつに頼っていた。
偉ぶったところはないが、誰かに指示することに慣れているという印象を受けた。
「大尉殿から、今日の報酬だそうだ」
朱宮が、丁度良かったとつぶやいてから一升瓶を取り出した。
「お、さすがに気が利いてるわ。おめえも飲むか?」
「酒は頭脳を鈍らせる。好きになれん」
「なんだ、飲めねえのか」
「うるさい」
毒づき方も悪くない男だ。
「まさかここまで強い奴と戦う羽目になるとは思わなかったが」
「そりゃあ俺の台詞だぜ。俺を拳で叩き伏せられる男は下町にはいねえ」
そこで一度米田は言葉を切った。
「どうした?」
「朱宮って名がずっとひっかかっていたんだが・・・確か」
「多分、おまえの推察通りだ」
朱宮というと、華族の中でも最高位の公爵家を米田は真っ先に思い浮かんだのだ。
どうりで、品がいいと思った。
芸術的な部分のある剣術も、たしなみとして習ったのだろう。
たしなみにしては熟達過ぎるが。
「どうせそのうち知られるだろうが、家のことで遠慮しないでもらおう。私は既に家を捨てた身だ」
「顔面に拳叩き込んで今更遠慮なんかしねえよ」
お互いの顔には絆創膏が貼ってある。
その顔でお互い笑った。
「違いない。年も多分おなじだろう」
「いくつだ?」
「十八だが、おまえは?」
「十七・・・じゃねえ、今日十八になった」
「そうか」
寝転がった目の前に、夕焼け色にそまった桜がまぶしかった。
「長いつきあいになりそうだが、これからよろしくな」
「ああ」
その翌年、突出していた二人は陸軍に少尉待遇で転属になり、以後、幾多の戦線を共にした。
中でも忘れられないものに、日露戦争があったが。
最後に同じ戦場にあったのは降魔戦争のとき・・・。
否が応でも思い出す。
あのときはもう帰らない。
だが、あいつにも託されたのだ。
この帝都を、世界を。
「おーい、帰ったぞお」
「わーい、米田のおじちゃん!」
今は、自分の帰るべき所に戻る。
可愛い娘たちの一人が迎えてくれた。
「おそーい、支配人何やってたんですか」
「もう準備できてますよ」
かすみと由里が不満そうな、しかし笑顔で出てきた。
「お?何の準備だ?」
「いいから、こっちに来て下さい」
椿に引っ張られて楽屋に連れて行かれる。
「あ、支配人、お帰りなさい」
楽屋では、さくらが宴会の準備を整えて待っていた。
『支配人、誕生日おめでとうございます!』
思いもかけなかった言葉に、久々に米田はうれし泣きしてしまった。
目の前に重ねられるプレゼントに、そういえばこちらもプレゼントがあるのを思い出した。
「そうだ、みんなに嬉しい知らせがあってなあ」
桜の花が咲く季節。
全てが、始まるときだった。
夢織時代への扉に戻る。