近代都史研究室
輝きの記憶





 今は、太正浪漫堂と呼ばれる店。
 帝国歌劇団花組のファンが多く集まり、浪漫の香りが漂う中でゆったりとした時間が流れる。
 だが、この店の過去を知っている者は、多くはない。
「夢織先生は帝劇花組の誰が一番のお気に入りなんですか?」
「いや……誰、と言われると困りますね。
 まあ、強いて言えばさくら嬢でしょうか」
「ほう、それはまたどうして?」
「弱ったなあ。勘弁して下さいよ」

……似ているのだ、あの少女達は。
 あの少女達が纏っている、あの少女達が輝いている霊力が。
 私はきっと、それに懐かしさを感じて帝劇の舞台を見に行っている。

「では他に心を寄せる女性がいるんですか?」

 不意打ちのように尋ねられて、思わず口が滑った。

「……そう、かな?」

 なんとかごまかそうとしたが、いかにもわざとらしくなってしまった。

「あ、否定しませんでしたね。どちらの女性です?」
「いや、そんな女性いませんよ」

 慌てて否定し直して店の外に逃げる。
 嘘は言っていない。
 少なくとも、この世界のどこにもいない。


 店の外に出て夜風に当たりながら、今出てきた店を振り返る。
 煉瓦造りの外観は、降魔戦争を経ても壊れなかった銀座でも数少ない建物そのままだ。
 そのために奇跡の店と呼ばれることもあり、今の店の雰囲気に繋がるのだが。
 本当の理由を知る者は、多分、自分だけだろう。


 壁にもたれかかって、大きくため息をつく。


 お前のせいだぞ。
 オレも酒井さんも結婚する気になれないのは。

 まあ、こんな文句を言ったら、元からもてないだけだとか言ったろうけどさ。

 お前のことを知った後で、他の女を見れるわけ無いだろ……。





輝きの記憶

太正四、五年の四季折々
市浦氏画





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