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カール・ダールハウス『古典的・ロマン的音楽美学』

「悪しき感情美学」について

 エドゥアルト・ハンスリックは一八五四年に論文『音楽美について』の序文で感情美学を「悪しき」と形容したわけだが、感情美学は、一九世紀後半には依然として支配的な音楽の通俗哲学であった。そして音楽解釈学は、その少なからぬ部分がアフェクト、感情、表現性格、気分の解読ないしパラフレ−ズであり、それらを音楽の内包だと信じている。音楽公衆の一般意識(歴史家はそれを無視してはならず、むしろそこから出発して、それを吟味したり、止揚したり、批判すべきである)では、形式主義美学が分析的傾向と結びつき、内容美学が解釈学的傾向と結びついている。二分法は不幸な分裂−悪しき一九世紀の一部−と感じられるかもしれないが、歴史的事実であり、音楽史を作った思考形式だと受けとめられねばならない。

 感情美学が絶えず軽侮されながら、一世紀にわたる批判を持ちこたえたからといって(なるほど感情美学はかなり萎縮しているが、力を失ってはおらず、人はそれを意識する以前に実践している)、感情美学を批判する議論が不適切だったと考える必要はない。批判が事実として激しかったことは、社会的に作用しなかったことと矛盾しない。しかしそれにしても、感情美学をめぐる哲学的裁定が音楽公衆へ何故浸透しなかったのか、その理由を一度調査してみるのも一興である。新しい議論が望まれているわけではない。しかし、とっつきにくいと思えるのしても、古い議論を反省するのも無駄ではないだろう。「悪しき感情美学」は死んで否定されたわけではないからであり、感情美学が、その美的存在権をめぐる批判を生き延びたのも事実なのだから。

 音楽を気分や雰囲気へ置き換えようとする衝動は、音楽をただの道具として誤用することだと疑われている。こうしてもたらされた状態では、音楽ではなく気分が注目と享受の対象になる。聴き手は、音楽作品へ向かうのではなく、自分自身へこもる。聴き手が音楽によって発散された自分の感情へ没入するので、鳴り響く現象は、「気分的な聴き手」(彼は傾聴するのではなく、「ながら聴き」している)の意識において作品、美的客体を構成しない。

 しかし、この類型が美的知覚を限界へ直面させて、美的知覚ではないものへ転換する可能性があるからといって、類型全体を批判する理由にはならない。「気分」という語は忌み嫌われ、馬鹿にされているようだが、ほんの少し歴史意識を働かせると、語の以前の意味に同化したり、少なくとも距離を保って理解して、美的に正当だと考えられた本来の内容を認識することができるだろう。気分は美的モメントであり、音楽を「それ自身で孤立した世界」(ル−トヴィヒ・ティ−ク)としてとらえるための感情の状態である。それは音楽知覚を取り囲むヴェ−ルのようなものであり、外界を遮断して、音楽形象を「孤立して、閉じた作品」として(ワルタ−・ベンヤミンによると、それこそが「芸術の最高の現実」である)経験させる。感情の状態が憂欝か明朗かということは、音楽を美的対象として受容するのに適した美的気分へ移行することに比べると、二次的モメントである。気分は、音楽形象を形式や構造として知覚することと対立する選択肢、批判されるべき選択肢ではなく、彼岸の「世界」を支える前提であり、気分が整ってはじめて、美的対象がそのようなものとして示される。

 感情美学と解釈学はまったく主観的で、形式美学と構造分析は客観的に基礎づけられている、ということが自明であるかのように繰り返し主張されており、再考の余地などないかのようである。それにもかかわらず、この主張は疑わしい。そもそも「主観的」と「客観的」が何を意味するのか、などと考えるまでもなく(そんな反省はすぐに迷路へ入り込むだろう)、音楽構造のメルクマ−ルが−表出的な傾向と同様に−音楽の音響基体、つまり鳴り響く現実には属さないことを想起すれば十分である。形式と表現性格は、どちらも志向的モメントである。ある和音がドミナントかトニカか、ある音間隔が動機的音程か死んだ音程か、これはカ−ル・シュトゥンプフを引用すると、「考え方の問題、関連づける思考の問題」、音響的な質料のカテゴリ−的形式化の結果である。音楽構造は素朴な反映理論の信奉者が考えるほど客観的ではないし、感情美学は投影理論が考えるほど主観的ではない。構造と感情モメントは、どちらも現象学が志向性と呼ぶような主観と客観の関係において構成されるのであり、両者の差異は、音楽美学の党派争いにおいて排他的な対立へ引き裂かれているが、実は程度の違いにすぎない。原理をめぐる無益な論争は、段階づけの醒めた研究へそろそろ置き換わってもいい頃ではないだろうか。

 ある楽曲を憂欝だと感じる者は、その曲が憂欝「である」と言いたいのではなく、その曲が憂欝に「作用する」と思っている。しかもある曲を憂欝だと思うときに、聴き手自身が憂欝な気分になる必要はないし、その曲が作曲家の過去の憂欝な心の状態の印象を封じ込めている必要もない。憂欝は、音楽そのものの規定(現実的ではなく、志向的な)である。ただしこの規定は、聴き手の感情に知覚されてようやく美的対象を生じる。表現性格は、現象学的に観察すると、客体へ内在するが、もっぱら主観とアクチュアルに関係している。

 感情美学がいつも遠ざけられるのは、感情美学が音楽の本質とみなそうとする表出的なモメントが、音楽作品の芸術性格を規定できるほど間主観的−カントの言う「主観的で一般的」−ではなく、少なくとも形式美学の基礎になる構造メルクマ−ルほど間主観的ではないからである。ただしこのような議論は、対話を噛み合わせたいのであれば、経験的で記述的なモメント(間主観性のレヴェルをめぐる主張)を、形而上的で規範的なモメント(音楽の芸術性格をめぐる命題)から分離することで解きほぐされる。感情内容に、推定されたり実験心理学的に確認できるような間主観性が欠けていることには興味がない。そこでは音楽の周縁的で付随的なエフェクトが問題になっており、芸術としての音楽の本質(感情美学が要請するような)が扱われてはいないからである。(ハンスリックは、感情美学を批判して、それが空疎で断片的であり、音楽の本質規定を貫かないと主張しただけでなく、音楽の感情作用が、いかに切実だとしても、美的に非関与的で音楽美の定義に関わらないと主張した。)

 カントは議論の規範的な相をめぐって論争したが、(論争を根拠によって結審させる、という語のスコラ的な意味で)論破したわけではなかったし、他方で、間主観性の欠如をめぐる経験的な主張に必要なのは、それをめぐる議論ではなく、歴史的な注釈である。音楽で提示されるアフェクトを共感してわかることは、一八、一九世紀には、美学的、社会的な前提だったが、その大部分が失われてしまった。音楽という「感情の言語」(ヨハン・ニコラウス・フォルケル)の語彙は間主観的に理解されていたようである。何故なら、第一に作品が唯一の音楽言語の限界内へ保たれており(過去のエポックの音楽はほとんど知られていなかった)、第二に公衆(間主観的に音楽の感情内包をわかる範囲)が狭く、同じかほとんど同じ教養を前提として身につけいたし、第三に音楽言語の基礎になった伝統は徐々に成立し、ためらいがちに部分的に破壊されたからである。

 音楽の表出性−音楽によって提示されたアフェクト、音楽に付着する表現性格、音楽が発動する感情作用−については、音楽が言葉の言語による感情の特徴づけよりも「規定的」だという主張と、それほど「規定的ではない」という主張が交替している。ただし音楽美学の党派争いはかみあっていない。「無規定性」という概念が言っているのは、音楽に表現された感情が対象をもたない「抽象における」(ショ−ペンハウア−)アフェクトだということであり、対象が規定されない以上その感情も無規定的だということである。反対に、音楽の感情表現はそれを言葉へ翻訳したものよりも規定されている、という命題が言っているのは、音楽の感情表現が感情を、言葉の言語が(抒情的な瞬間を除くと)到達できないほどの分岐や変形に至るまで追い掛けるということである。

 命題と反対命題が問題になっているというのは錯覚である。対象を欠くことによる無規定性と、細分化の意味での規定性は、相互に排他的ではない。そして、音楽の表現はデノテ−ションについて失ったものをコノテ−ションで取り戻している、と主張することさえできそうである。

 他方で、規定性を先に素描したように説明するとき、言葉の言語との比較は不適切である。音楽そのものに付着する(作曲家や聴き手のリアルな感情ではない)表現性格こそが感情美学本来の対象だと前提すると(感情美学をそれ以外のやり方で弁護することはできない)、感情(メンデルスゾ−ンが音楽によるその規定可能性を讃えたような)は興奮ではなく(まるで興奮が音楽の外側に音楽なしでも存在可能で、音楽は興奮の模像にすぎないかのように)、およそ音楽に刻印された感情として初めて感情になるような質である。感情を言語へ翻訳することができず、言語が感情へ到達しないというのは、感情が唯一音楽という表現形式においてのみそのようなものになるということであって、リアルな感情の特徴づけの場合に、言語が−貧弱で差異化されていないために−音楽に遅れをとるということではない。音楽は、言語でもつかむことができる興奮を規定して提示するのではなく、別の感情の別の表現である。

 音楽形象に付着する表現性格を言語へ翻訳しつくせないというのは−正当化のためであれ、批判のためであれ−常識であり、ヘルマン・クレッチマ−とア−ノルト・シェリンクの音楽解釈学の方法が疑わしいとみなされるようになって以来、誰もこの常識を疑わなくなった。だが、翻訳できないのは無規定的だからである(つまり対象を欠くからである)、という単純な説明は間違っているかもしれない。翻訳は、語と文が示す対象や事態を目指すのではなく、意味を目指しているからである。音楽に対象がないことは、意味(それが存在するとすれば)の翻訳の障害ではない。

 音でとらえられた感情を音楽動機の意味だと考えると、音楽表現は特殊音楽的に規定された規定性ゆえに、かえって翻訳できないことになる。音楽に表現された感情が音楽表現によってはじめて感情になったのだとすると、言語への変換の道が閉ざされる。

 他方で、音楽の感情表現は事実に心理的な基礎をもつと考えることもできる。音楽に刻印された感情、つまり「鳴り響く内面性」は、日常のリアルな感情と別だが、全然別でもない。しかし、「最終審級」においてリアルな心理へ結びつけてしまうことは容認できない。それは密封された文学が日常言語に結びつかないのと同じことである。形象の芸術性格となる美的に決定的な事件は、感情や日常言語の現実から遠ざかる。

 「憂欝」という語は、憂欝と思える楽曲の表現性格のための擦り切れた形容詞である。解釈学の言語は抽象化へ向かうが、音楽は反対に個別化へ向かう。ハンスリックはこの差異を強調するわけだが、彼は自分が批判する感情美学と、ひとつのもろい前提を共有していた。彼は、語で名指すことのできる抽象感情を、音楽によってようやく到達できる感情内包と同一視して、音楽の個別化が表現性格の個別化ではなく、「純粋に音楽的な」モメントだと結論づけた。

 ハンスリックによる「悪しき感情美学」への批判は、記述可能な事実に支えられるというよりも、決断を要する規範に支えられている。ハンスリックは、音楽が発散する感情作用を否定したのではなく(彼はそれを揶揄しただけであった)、作曲家や演奏家が音で「自分自身を表出する」ことを否定したのでもない。ただし彼は、表出的なモメントが音楽美の規定にとって無意味だと主張した。(ハンスリックの論文の枠組みは音楽美をめぐる命題であって、音楽の受容実態の記述ではない。)

 音楽美は、ハンスリックによると「純粋に音楽的」に把握されねばならない。ハンスリックは絶対音楽のドグマにとらわれており、彼の場合にも(E・T・A・ホフマンやハンス・ゲオルク・ネ−ゲリにおけるように)「定冠詞つきの」音楽が器楽(標題なしの)を意味している。しかし、音楽概念を鳴り響く事実へ限定すること(テクスト、標題、提示されたアフェクトを「音楽外的」な付加物と呼ぶ習慣)は自明ではない。古代、中世、そして一八世紀までの近世の音楽概念はもっと広く、テクスト、標題、提示されたアフェクトを含んでいた。

 表出的なモメントが−その対象を規定するテクストと同じように−「音楽外的」だという主張は、一方で音楽をめぐる歴史的に限定されたイメ−ジに支えられている。他方で、ハンスリックの縮小された音楽概念が(彼の命題が、ではない)受け入れられ、日常言語へ定着したエポックの内部でも、ハンスリックの考えが音楽受容の現実と合致するのか疑わしい。ハンスリックにしても感情美学にしても、提示された感情と提示する音楽の間に模像関係があるという前提から出発し、音楽美の規定にとって、音楽動機と感情への「外的関連」ではなく、動機が音楽形式全体のなかで果たす機能が問題だと考える。しかし現象学的な分析において先に示したように、「外的関連」(作曲家や聴き手の感情への)を扱う必要はなく、聴き手は、楽曲を憂欝だと思うときに音楽そのものに付着する質を考えている。音楽の表現性格がハンスリックが考えたような(彼の時代の感情美学でも意見が一致する)「音楽外的」なモメントではないとすると、「純粋に音楽的な」ものが音楽形式的なものと(表出的なものを排除して)関係するという命題は心許ない。


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