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カール・ダールハウス『古典的・ロマン的音楽美学』

言語と音言語

 ロマン的美学の不明晰さについては、それが深遠深慮なのかよくわからないし、深遠深慮はいつもただ不明瞭なだけではないかと疑われているわけだが、こうしたロマン的美学は、文学の実体が「音楽的」と感じられ、逆に音楽の本質が「ポエジ−的」と感じられていたという奇妙な逆説によって一層ややこしくなっている。この比喩が芸術を似非芸術から区別する質を名指しているのだと説明することは、不適切ではないが、ある芸術の美学を−まるでそれが内的な可能性の限界点に達しているかのように−別の芸術の名称から借用することを納得させるのに十分ではない。

 ここで問題になっている差異は、成功した作品と失敗した作品の間の段階的な違いではなく、文学と非文学、音楽と非音楽を区別する原理的な違いである。(ベネデット・クロ−チェによる「文学」と「非文学」という二分法は、ロベルト・シュ−マンによる「ポエジ−的」音楽と「散文的」音楽の区別と正確に対応している。)だが、比喩によって提起された問いが、回答されないにしても意識され、問題として公開されるべきだとすると、文学理論におけるのと、音楽美学におけるのとで、問いが別のものになるだろう。(シュ−マンは、ある芸術の美学が別の芸術の美学でもあり、素材が違うだけだと宣言したが、これは差異をないがしろにしており、悪い意味で「ロマン的」である。)

 クライストのように音楽の精神による詩学を夢想した詩人は、音楽が感情の言語であると同時に厳格な計算でもあることに魅力された。音楽は語り得ないもの、言葉を寄せつけないものの表現(ジャン・パウル『宵の明星』一七九五年)であると同時に、和声論の対象であり、数学的に基礎づけられていると確信されていた(そのことが正当か不当かということはともかくとして)。両極端がひとつになっていることが「音芸術の不可思議」であり、同時に悪魔的なモメントとみなされた(ヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンロ−ダ−『芸術を愛する僧侶の心情吐露』一七九七年)。

 これに対して「ポエジ−的」音楽という概念は美学の文脈で基礎づけられており、その中心的な問題は、自立して「絶対的な」(テクスト、プログラム、礼拝や世俗の行為、舞台上の出来事、さらには言語で規定できるアフェクト、これらから解放された)器楽を擁護することであった(ル−トヴィヒ・ティ−ク『芸術をめぐる幻想』、一七九九年、E・T・A・ホフマンによるベ−ト−ヴェンの第五交響曲論、一八一〇年)。音楽は、言語を伴奏したり言語を例解するのでなく、それ自身で「鳴り響く語り」であった(ヨハン・マテゾン『完全なる楽長』、一七三九年)。

 ただし、「鳴り響く語り」や「音言語」という概念は、二〇〇年来繰り返し用いられてきたが、一義的ではない。それは感情の言語だったこともあるし、語り得ず言葉を寄せつけないものの言語だったこともある。音言語は思想を語るが、しかし特殊音楽的な思想を語るのである。そして歴史記述の限界を越えない程度に思想史を単純化して素描するならば、感情言語の理論は多感的な美学を特徴づけており、鳴り響く弁論という理念は古典的美学の特徴、「純粋」で絶対的な器楽を形而上的なものへ高めるのはロマン的美学の特徴である。音楽は、感動した心の表現であるかぎりにおいて「感動させる」ことができる(カ−ル・フィリップ・エマヌエル・バッハ『正しいクラヴィア奏法のための試論』、一七五三年)。音楽は「音楽的論理」と理解されるべきである(ヨハン・ニコラウス・フォルケル『音楽の理論について』、一七七七年)。そして音楽は、彼岸の言語ないし言葉の言語を越えた言語として、美的で宗教的な「敬虔」と同調することができる(ヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンロ−ダ−『芸術を愛する僧侶の心情吐露』、一七九七年)。

 音楽が感情の言語だという常識はヴァッケンロ−ダ−の芸術宗教の色調を加味されており、よくある世俗的なものの神聖化と同じように、どうしようもなく通俗化する運命を甘受しているわけで、一九世紀の通俗美学の中核を成していたのが、それを支えた社会階層である教養市民の残滓とともに、余りとして現代まで持続している。反対に、音楽の論理および鳴り響く弁論というイメ−ジから出発する古典的音楽美学は適切に受け入れられたためしがない。エドゥアルト・ハンスリックは、論争的な形で提示することで(『音楽美について』、一八五四年)、古典的音楽美学をジャ−ナリズムの俎上にのせたわけだが、古典を伝承する理論家として容認されず、反感を買ってしまった。ハンスリックの解釈は、攻撃的な言い方のために破壊的と思われた。

 教養市民の美学は一方で古典的な名作の想像上の博物館に触発され、一八世紀になかったような強固に確立したレパ−トリ−を支える傾向にあったのだが、彼らは他方で音楽の「教養」に反発した。「教養」を吸収して利用することがなかったのだから、それは厳密には古典の伝統ではなく、それを所有して安定していたわけではない。(特徴的なのは、フォルケルが「音楽の論理」と呼び、フリ−ドリヒ・シュレ−ゲルが哲学的瞑想に譬えたものに対する二律背反であり、ロベルト・シュ−マンは、ベルリオ−ズの《幻想交響曲》の詳細な構造分析をただの解剖的な「詮索」と卑下して、芸術とは異質なことではないかと疑っている奇妙な事実である。これでは侮蔑的な比喩が決定的なのか、シュ−マンがそれでも分析を書いて公表したことが決定的なのか、さっぱりわからない。)

 音楽の古典は、一九世紀を通じてロマン的(あるいはロマン的で感傷的な)美学の記号として、つまりヴァッケンロ−ダ−、ティ−ク、ホフマンの美学の記号として受容された。しかし古典的音楽美学の基本カテゴリ−は、散発的で未発達ではあったが、既に提示されていた。そして断片的で半ば隠されたものを再構成することは、通俗的であったり、通俗化して擦り切れたものをただ繰り返すことよりも切実に必要な歴史記述の課題なのだから、「鳴り響く感情」(フリ−ドリヒ・テオド−ル・フィッシャ−)というカテゴリ−ではなく(このカテゴリ−は、「音楽の論理」を要求した理論家であるフ−ゴ・リ−マンにおいても依然として美学の中心であった)、音楽の言語性格の古典的解釈の中心カテゴリ−である「音楽的思想=楽想」という概念を前面に押し出すことが、正当だと受けとめてもらえるであろう。

 エドゥアルト・ハンスリックが一八五四年に素描した音言語の理論では、音楽の言語性格は、音で表現された「思想」とその内容を受け入れる「文」の関係とみなされている。「しかし音楽における意味とその順序は音楽的なものである。音楽的な順序は一種の言語であり、我々はそれを話し理解するが、翻訳することができない。深遠な認識は、音作品についても≪思想≫が話題になるし、語りにおけるように、音楽でも純粋な思想とただの饒舌が熟練すればたやすく判定できるということにある。しかも我々は、音のまとまりの理性的な完結を認識して、それを≪ザッツ≫と呼んでいる。」「理性的な完結」は、フ−ゴ・リ−マンが音楽のシンタクスの「規範的な基本図式」と書いたペリオ−デ構造において、一方で二つの半楽節の冒頭が動機的に類似すること、そして他方で二つの半楽節の最後が和声的に補完しあうことによって生まれる。動機関連と和音関連は、「音楽の論理」という概念のもとで出会う(和声構造における論理を説明して弁護することに比べると、音程・リズム構造における論理を説明して弁護するのは難しいにしても)。音響的に提示するものと音楽的に提示されたものの違いは明らかである。ところが旋律の場合には、ハインリヒ・クリストフ・コッホによる一七八七年の『作曲の手引きの試み』第二巻での企てにおけるように、知覚できる外面と論理的な内面を分離しようとしても、困難がつきまとい、ただの比喩ではないかと疑われてしまう。

 コッホは、「論理的な観点」から、音楽のザッツの二つのフレ−ズを主語・述語に類比する。「最初の二小節の間同じに保たれた主要楽想ないし主語は、次の二小節ないし述語で一定の方向ないし気分を獲得する。これがあまりにも繊細あるいは極端だと思われたときには、最後の二小節を別のやり方で違った風に作り、主語を別の述語と結びつけるべきである。」「主語」と「述語」という用語の含意を字義どおりに受け取ることはできないかもしれないが、それでもコッホの文章は、冒頭の意味が続きに依存するかぎりにおいて、最初のフレ−ズの不変のモメント(音形態)と可変的なモメント(音楽的な意味)の区別を語っている。旋律も和声と同じように「二層的」である。和音の和声機能が調的関連に依存するように、フレ−ズの意味は動機的な文脈に依存する。

 ただし、音と意味の区別を適用できれば、それだけで「音言語」の概念を擁護するのに十分なのか、コッホが考えたほどはっきりしているわけではない。そしてこの説明が十分かどうかということは、体系的、一般的にではなく、歴史的、因果律的にしか決定できないだろう。つまりここで問題なのは、音楽「における」思考としての音楽思考という特定の言語観であり、その特定の発展段階である。

 ハンスリックの美学の中心カテゴリ−である形式概念から読み取らねばならないのは、音言語の理念を支えた言語哲学上の前提である。たしかにハンスリックの文章は空疎で分裂している。それは一方で、形式が思想の顕現ないし表現形式だと平板に解釈されてしまうし、他方で、スコラ哲学の「形成された形式」、内側から生まれた形式というカテゴリ−を想起させる。しかし本質的なのは、鳴り響く現象において形づくられる精神の活動を強調していることである。「≪形式≫という概念は音楽においてまったく特異なやり方で実現する。音が作る形式は空疎ではなく満たされており、真空を線で限定するのではなく、内側から形づくる精神である。」「作曲することは、精神能力ある素材における精神の仕事である。」

 音楽言語で表現された音楽的思想を話題にすることができるのは、思想史的に、一方で言語的外化と客体との結びつきではなく、言語的外化の形式を重視する言語理論が前提され、他方で、楽想とそれを現象させる音形態を区別する作曲手法が素描されていることが前提されたときである。換言すると、思想が結びついた対象、思想そのもの、思想を形態化する音、この三者の関係において、一方で客体との結びつき(音楽はそれを知らない)が背後に退き、他方で音と意味の区別が音楽思考を規定しなければならない(この区別は音楽でも可能だが、いついかなるときでも自明だったわけではない)。

 ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの論文『人間の言語の構造の多様性について』はおそらく遅くとも一八二〇年代には成立しており、そのなかの「言語の自然をめぐって」という章では、思想と「音体系」(音節の体系)の相互作用が話題になり、言語的外化の対象が話題になっていない。そしてこの章の基本条項は、一字一句まで音言語の外化へ転用できる。「言語は思想を形成する装置である。知的活動は、十全に精神的で十全に内面的であり、いわば痕跡なく進行するのだが、語りの音を通じて外化されて感覚に知覚できるようになり、書記を通じて持続する身体をもつ。このようなやり方で生み出されたのが、語られ、書き留められたもののすべてである。しかし、言語はこのようなやり方で知的活動を通じて生み出された音の総称であり、法則、類似、習慣に従って生み出された音の総称である。それは知的活動とそれに対応する音組織の自然から生まれるのであって、考えられるあらゆる結合と変形は、語られ、書き留められたもの全体のなかに含まれている。それゆえ知的活動と言語は一体であり、互いに分離できない。人は一方を生み出すもの、他方を生み出されたものとみなすことができない。語られたものが精神の産物であるにしても、それは予め存在していた言語に属することで精神の活動の外にあり、言語の音と法則によって規定され、言語の音と法則によって作用する。精神の産物は、言語へ移行することによって、再び反転して精神を規定するのである。」

 言葉の言語と対象との結びつきをまったく捨象するのが奇妙なのは言うまでもない。しかし他方で、言語表現の客体が言語以前に与えられているのではなく、客体が言語によって−「知的活動」と「音体系」を通じて−形成され構成されるという言語理論は、はじめに対象が与えられていて、言語は世界の既存の構造のただの模像だとする対象中心の考え方よりも、音楽美学に利用しやすい。

 音言語は正確かつ完全に言葉の言語と対応するわけではないが、古典時代の前提下では両者が類似しており、音楽の「言語性格」という概念が擁護される。言葉の言語に関して対象に対する言語形式の相対的自立が強調されるときには、経験世界と思想世界の差異が異なる言語で表現され、構成されるわけで、音楽においても、「知的な活動」と「音体系」の間の区別と相互作用を証明することができる。このことをフンボルトが言語にとって構成的とみなしたように、ハンスリックは音楽でこれを認識した。彼がこの仮説を分析的に検証しようとはしなかったにしても。

 楽想の語のもとで理解されているのは、一般に(美学的反省にわずらわされることがなければ)主題、すなわち主題・動機加工や発展的変奏の対象であり出発点になるものである。しかし「主題」概念は、音楽理論の日常言語で思われている以上にややこしい。そして主題の音形態をその背後にある楽想から区別すること、つまり用語を現実モメントと志向的モメントに分解するのは余分なペダントリ−ではない。主題・動機加工−あるいはア−ノルト・シェ−ンベルクの手法の名称である発展的変奏−を支える基盤を規定しようとするなら、この区別が役に立つはずである。

 音楽の形式や音楽の構造分析は主題ないし動機とそのヴァリアントを対置して、主題プロセスを発展と解釈するわけで、その前提は一見偏見がないかのようだが、実際には問題を胎んでいる。つまり、最初にあるのが基本形態で、そのあとの変遷よりも原理的に優位にあるという前提は問題を胎んでいる。発展という概念を字義どおりに受け取ると、時間的な遠近と実体的な遠近が一致することになる。そしてヴァリアントを表示する記号−a1、a2、a3、a4−は、時間的な秩序と論理的な秩序を区別しないことを示唆している。しかし、時間的に先のものが同時に事実としても近いというのは自明なことではない。そして音楽が時間における出来事だからといって、1番目に2番目が続き、2番目に3番目が続くという素朴な図式による関連しかありえないわけではない。記憶の働きによって、時間的に後のものが論理的には先だと認識することは、よくあることではないが考えられないことではない。ヴァリアントa2はヴァリアントa3より先にあるが、内容的にはa3より遠いかもしれない。

 また、楽想の「本来の」版がいつも最初にあるとはかぎらず、いくつかの作品においては−たとえばベ−ト−ヴェンのピアノソナタニ短調作品三一の二、第一楽章−、通常とおりに「関係形態」として機能する「本来の」形があるのかどうかよくわからない。(「関係形態」は『歴史と現在における音楽』で提唱された主題概念の解説である。この解説は主な語用法と対応するが、いつでも音楽的現実と対応しているわけではない。)「原形態」が最後にあらわれたり、楽想と思える多様な形態が「関係づけられるだけ」であることも可能である。(シェ−ンベルクによる一二音列の定義を引用したわけだが、これは同時に次のことを示唆している。一二音技法を支える音楽思考の形式は、主題・動機プロセスの領域で既にそれまでに鋳造されていたのである。)

 主題を現象させる定式が一義的であったり中心をもっていたりするとはかぎらないということ、そして時には一義的で中心的なものがないということを前提すると、主題構造を(和声構造についても同じことがいえるが)「二層的」に理解せねばならない。楽譜に固定された音形態が楽想と区別されねばならない。そして楽想は、現実の音響現象にかかわるものではなく、多様な刻印ないしヴァリアントに共通するモデルとして規定されることもある。(主題構造が基本形式として現前せず、形態を交替させてあらわれるというのは特殊例だが、この特殊例は一般的な事態を非常に明白に示唆している。)

 「発展」という用語で呼ばれる種類の主題プロセスの傍らには、音形態と楽想を区別するとき、次のような可能性があることになる。

  1 論理的な秩序が時間的な秩序から逸脱する可能性、つまり実体的に近いヴァリアントが時間的に遠い場合やその逆(これは分析記号の体系に二重化を迫る)。

  2 主題の「本来の」形態が最初にあるのではなく、楽章の経過のなかで徐々に生成する可能性

  3 あとに続くヴァリアントの「関係形態」となる楽想の一義的な刻印がまったく存在せず、「互いに関係づけられるだけ」の諸現象のネットワ−クが−まるで「主題のない変奏」のように−音楽の形式を規定する可能性

  4 はじめは互いに独立していて内的な関連がわからなかった動機が、そのあとで調停されて、同一の主題的な布置の構成要素だとわかる可能性

音形態と楽想を区別することは、時間的な秩序と論理的な秩序の差異と対応するわけで、これは複合的な言語形象の特性でもある。文や文章の論理的な深層構造における部分の配列は、文法的な表層構造とはしばしば部分的にずれるし、正反対かもしれない。そして一八世紀以来の器楽の動機関連について同じことが主張できるとすると、これは音楽を音言語と呼ぶ習慣を擁護する最も適切なやり方なのかもしれない。音楽は思想を表現する。「ただし音楽的思想(=楽想)を」。


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