私の主張

<高槻JTバイオ施設情報公開訴訟>
大阪高裁、逆転原告勝訴判決!
「バイオ施設の建設図面は公開すべき」

                    (
日本消費者連盟関西グループ「草の根だより」2003年1月号掲載)

<高槻JTバイオ施設情報公開訴訟とは>

遺伝子組み換え施設が全国各地につくられているが、日本にはバイオ施設の環境保全に関する規制がない。遺伝子組み換え施設や病原体取扱い施設によるバイオハザード(生物災害)防止のための規制がないのである。したがって、施設の周辺住民も地元自治体も、これらの施設の実態は知らされていない。周辺住民は、平常時や緊急時に何か漏出しないか不安であり、これらの施設をめぐる建設反対運動が各地で起きているが、高槻市でも13年前にJT医薬総合研究所建設をめぐる反対運動が起きた。しかし、当初からJTは研究所に関する住民の疑問には一切答えようとはしなかった。阪神淡路大震災時に、阪神間のバイオ施設の被害状況をみて、周辺住民はJT医薬研究所への不安を募らせた。こうなれば、自分の命は自分で守るしかない。JTが研究所の配置図すら明らかにしない以上、高槻市情報公開条例に基づき、市が保有するJT医薬研究所の建築確認時の図面を公開請求した。この裁判はこの図面の公開を争っていたものである。

<説明責任を果たさないJT医薬総合研究所>

JR高槻駅から北西へ5分ほど歩いたところに、JT医薬総合研究所(紫町)はある。私の自宅とはわずかに50メートルのところで、周囲は住宅密集地である。
 紫町という名前の通り、元は専売公社のタバコ工場だったのだが、合理化で工場は京都に移転した。広大な工場跡地の東側半分に体育館、テニスコート、野球場などがつくられ、休・祝日は専売公社の職員の厚生施設として利用され、平日は市民にも開放されていた。西半分は工場の建物がそのまま残り、高槻市が買い取り、市民のための施設をつくる計画であった。しかし、話がまとまらない間に専売公社は民営化され、日本たばこ産業株式会社(JT)になった。そして、JTはタバコだけでなく医薬事業にものりだすことになり、その研究拠点として、この工場跡地が選ばれたのである。
 私たちが研究所建設計画を知ったのは1989年の暮れも押し迫った住民説明会でだった。周辺自治会への説明会が年末から年始にかけて開かれたのだが、どうしてこんなに人の出にくいときに開くのかというのがまず私の最初の素朴な疑問であった。
 住民要望で何度か開かれた説明会の中で質問を繰り返し、ようやく遺伝子組み換え実験が行われ、P3レベルの実験ができる施設であること、病原体が持ち込まれ、感染実験がされること、大量の動物実験がされる施設であることを知った。だが、JTは肝心な点は答えず、住民の不安は高まるばかりであった。
 しかし、高槻市は、立地を規制する法的根拠がないことをあげ、1991年開発許可、建築確認を出した。私はこの過程で、JT医薬研究所反対を訴えて市議になったのだが、P3レベルの遺伝子組み換え実験はやめてほしい、病原体の持ち込んでの感染実験は止めてほしいという住民の意見は無視され、住民合意がないまま、1993年3月、高槻市はJTと「組換えDNA実験等にかかる環境安全に関する協定」を結び、研究所は開所した。
 以来、現在も、研究所の配置図はもちろん、どのような病気のための薬の研究が行われているのか、どのような病原体が持ち込まれて感染実験されているのか、どのような実験動物をどれくらい使用しているのか
など、JTは周辺住民に一切説明をしていない。同じ敷地内にJT生命誌研究館(館長・中村桂子氏)もあるが、この施設も住民説明がないまま建設されたものだ。JTは株式会社にはなっているが、株の約3分の2を財務省が持っており、特殊法人である。だが、国の情報公開法が適応されないし、タバコというぞ独占企業でもあるためか、住民無視の姿勢をとり続けている。

<建築図面の公開を>
 1995年1月17日早朝、阪神淡路大震災が起こった。研究所建設反対運動の中でも有馬高槻構造線の直下にある研究所は問題だと指摘していたこともあり、周辺住民は、研究所がどのような事態になっているのか、何か漏れ出していないか、不安に陥った。巨大な研究所のどこに何があるのかわからないことほど恐ろしいことはない。
 そこで、2ヵ月後の3月17日、夫は高槻市の情報公開条例に基づき、建築図面の公開を求めた。しかし、高槻市はJTの意向を受け、非公開という決定をしたため、「この決定を取り消し、図面を公開すべき」という裁判を10月7日に大阪地裁に提訴した。大阪地裁での一審は5年かかり2000年12月1日結審したが、判決は予定より2度も延期され、01年6月29日原告全面敗訴であった。原告はただちに7月12日に大阪高裁へ控訴した。
 ところが、一審結審直後の2000年12月20日に、研究所職員が放射性物質を研究所からもちだし、JR高槻駅改札口付近にばら撒くという重大事故を起こした。高槻市の消防本部は名神高速道路での核燃料輸送車の事故を想定して放射線測定器や防護服を準備していたが、これらを初めて用いて出動するというたいへんな事態だった。
 一審判決後の2001年9月6日には、JTが有害物質ジクロロエタンを同年6月に垂れ流していたことが判明した。これは私に寄せられた市民からの通報により明らかになったものだが、JTは市が調査するまで事故を隠していた。
 JTはわずか半年の間に2回もこのような重大事故を引き起こした。そして、それぞれの事故の経過等についてJTは高槻市に文書をだしてはいるが、図面がわからない以上、JTの説明が正しいかどうか、私たちには検証のしようがないのである。
 大阪高裁での控訴審では、原告側はこの2件の重大事故に関する文書を新たな証拠として提出し、研究所の事業活動が「人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動」であり、当該文書が安全確認のために必要であるという原告の主張を補強した。

<大阪高裁の判決>

2002年12月24日に出された大阪高裁の判決は、原告逆転勝訴の画期的な判決であった。

高裁判決は、高槻市情報公開条例第6条1項但書アの「人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動」の解釈として、「害するおそれ」とは、その活動により人の生命、身体、又は健康を害する可能性があれば一応足りるとし、「事業活動」とは、その活動によって人の生命、身体又は健康を害する可能性があり、特別な安全対策なしには社会的に存立が許されない事業活動をいうとした。
 また「日本たばこ産業が本件施設で行っている組み換えDNA実験等の事業活動は、特別の安全対策なしに、無条件に「許された危険」として社会の認知を得たものとは認められない」とし、上記2件の事故をふまえ、本件施設における事業活動は当該地域の通常人から見て、当該事業活動により人の生命、身体又は健康を害する現実的な可能性があると認められるものに該当すると認定した。
 そして、「本件文書が公開されることは、ジクロロエタン排出事件の対策の当否を検討するに当たっては、有用な資料となることが期待される」とし、参加人JTらが主張していた著作権および公表権などの著作者人格権を認めたうえで、公開によりJTらが「被る不利益の程度は、公開によって得られる上記の利益に比べはるかに小さいものと認めるのが相当である」として、JTらの著作権、著作者人格権を根拠に本件文書の公開を拒むことは権利の濫用であり、高槻市の非公開決定は違法で、原判決を取り消すというものであった。

JTは上告を取下げるべき!>

判決後、高槻市に対して、原告や市民の方等からメール、FAX、電話などで上告すべきではないという申し入れがなされた。高槻市も2件の事故についてはJTに対して厳しい抗議を行っており、1月8日、この高裁判決を受け入れ上告しない、つまり図面は公開すべきだという立場をとることを発表した。しかし、JTは判決を全面不服として、最高裁に上告受理の申し立てを行ったため、この大阪高裁の判決は確定せず、図面は公開されていない。  

最初にも述べたが、一番の問題は、日本にはバイオ施設の環境保全策が何も無いことである。おそらく、動物実験の種類や感染実験の内容、遺伝子組み換えのレベル等を把握している自治体はほとんど無い。これでは、いざというときに、周辺住民や消防士が一番に被害にあうことになるのだ。ここでは詳細には述べられないが、ヨーロッパやアメリカなどではバイオ施設に対して、立地規制や市民参加の手続きなどの規制策がとられている。

  バイオハザードという取り返しのつかない事態が起こらない前に、バイオ施設の環境保全について、政府も地方自治体もまずは情報公開の徹底をし、対策を早急に講ずるべきである。その意味では、この高裁判決はバイオ施設の安全性について警鐘を鳴らすものであり、政府も自治体もバイオ企業も真摯に受け止めるべきである。JTは上告受理申し立てを取り下げ、図面を公開して、製薬メーカーとしての企業の説明責任を率先して果たすべきではないか。                  (高槻市議会議員  二木 洋子)