幻のカラオケ−−「パクスポ2000!」の準備過程での見聞

■カラオケの値段(「音日記」2000年10月28日(土)より)

 私は「パクスポ2000!」の「パーム一発勝負」コーナーで、京都のプログラマ、なかがわさんの鍵盤ソフト「P-Key」(近日公開、かな?)を使った演奏をやらせていただきました。その準備過程でのお話です。

 「P-Key」ってどんなソフトなの?という疑問をお持ちのかたが多いと思います。もうしばらくお待ちください。パクスポ後も、なかがわさんは黙々と開発を進めておられます。
 「オクターヴシフト(ハードキーでオクターヴを切り替え)やサスティン機能(音をきれいにつなげる機能)のついたピアノ鍵盤+α(←ここを開発中)」という感じです。

 本番のデモでは、フォーレ《シチリアーナ》を使いました。

 こんなメロディです。(下のデータは、EndoさんのMelodyEditorや、山田達司さんのPyrol Hack 2(YAMADA ROM 3所収のほう)で再生できます。)この曲は、しゃぁみんさんのTapStepMusic製品版の最初のほうにも登場するので、ご存じの方は多いのではないでしょうか。

[Melody0] Faure start t120
D8 G4 A#8 D~4 G~8 A#~8. A~16 G~8 A~8. *16 D~8 D~8. C~16 E~8 D~8. C~16 E~8 D~2

[Melody0] Faure end t120
D8 G4 A#8 D~4 F~8 G#~8. G~16 F~8 G~8. *16 G8 G8. F#16 A8 G8. F#16 A#8 G2

 でも実は、本番の4日前までは、別の曲(サザンの《TSUNAMI》)を使うつもりでいました。

 「P-Key」のサスティン機能を活かすには、バラード系がいいと思ったので、この曲に決めて、練習を重ねていました。「P-Key」のかなり若いヴァージョンの頃から、《TSUNAMI》をテスト用によく弾いていたので、個人的にも、かなり愛着がありました。

 ほとんど何の疑いもなく、これでいこうと決めていました。でも、すでにお気づきの方もおられると思いますが、ちょっと気になる問題が残ります。

「カラオケには使用料が必要」

ということ、いわゆる音楽の著作権の問題です。

 迂闊なことに、本番4日前(10/18)という差し迫った時期まで、そのことに思い至りませんでした。きっと、パクスポにむけて、バタバタして混乱していたのでしょう。それにしても、実はその直前には、パクスポのスタッフさんに、イベントで使う音楽の権利関係はクリアにしておいた方がよいのでは、というお話をしていたところだったのです。自分のことを差し置いて、お恥ずかしい次第。なんともお粗末なお話に、我ながらあきれてしまいます。

 さあ、どうしよう。「知らなかったふりをして、このままやってしまおう」という考えも頭をよぎりましたが、思い直して、まず、音楽著作権協会(JASRAC)に電話で問い合わせてみました。

 なぜ、「見切り発車」しなかったか?
 スタッフさんに啖呵を切った手前、「気づかなかった」では済まないということは、当然あります。でも、それ以上に、あとでウェブ等に自分のやったことをはっきり書けなくなるのは嫌だ、という気持ちがありました。それに、−−私は別にそんな「クリーン」な人間ではないですが−−パームで音楽をやることに、ダーティな影が射すのは、極力、避けたかったです。ただでさえ、妙に「マニア」のイメージが先行していますから。(本当は、そんなに特殊なことじゃないのに……。)

 なお、音楽(楽曲や演奏)の本来の著作権者は、もちろん、曲やレコードを作った作曲家、演奏家ですが、多くの場合、彼ら(や彼らが属するプロダクション、レコード会社など)は、音楽著作権協会(JASRAC)に著作権関係の作業を委託しています(「サザン」も「モー娘。」もほとんどみんな)。ごく大ざっぱに言えば、多くのシェアウェア作家さんが、ソフトの登録や料金支払い手続きをVectorや@Niftyのオンライン決済サービスに委託しているようなものです。(JAXRACでオンライン決済はできませんけど、煩雑な作業を一括代行しているという点は、似ているんじゃないでしょうか。)
 「音楽著作権協会」という言葉の響きは、なんとなく「交通安全協会」みたいですが、彼らは善意の第3者ではなくて、権利者の代行機関です。

 JASRACの窓口の方とのやりとりは、およそ次の通りです。

私 「300人規模のイベントのステージで、サザンの曲のカラオケをやりたいのですが、どのような手続きが必要でしょうか?」(カラオケに会わせてPalmで演奏、というややこしい説明は避けて、単に「カラオケ」としました。)

JASRAC 「MIDIデータはどのような……」

私 「オンラインで正規に販売されているものを購入しました。」(TSUNAMIは、MIDI.music.co.jpで300円で購入。)

JASRAC 「イベントというのはどのような……」

私 「東京ビックサイトの会議室を借りて、入退場自由の展示会のようなイベントをやります。その会場内のステージで出し物のひとつとして、カラオケをやるという形です。」

JASRAC 「入場は無料ですか?」

私 「はい。」(「パーム一発勝負」はパクスポ第1部の予定でした。)

JASRAC 「演奏は1曲……ということは、5分以内ですね……、でしたら、この場合、入場は無料ということですが、公開演奏ということで、演奏会に準じる扱いになります。所定の用紙で申請してください。」

私 「楽曲使用料のようなものが必要になるのでしょうか。」

JASRAC 「演奏時間等によるのですが、入場無料、300人規模、1曲5分以内ということでしたら、300円になります。」

 今調べてみたら、音楽著作権協会のホームページ「音楽の著作権とは」というコーナーから、コンサートでの楽曲使用料の料金体系など、具体的に出ていました。担当の方が電話で説明してくださったお話とほぼ同じようなことが出ています。

 楽曲使用手続きそのものは、本番4日前からでも可能な様子。また、楽曲使用料300円というのも、支払えない金額ではないですし、どうしたものか……。

 頑張って手続きを済ませて、《TSUNAMI》でカラオケを敢行しようかと、相当に迷いました。でも、やはり冷静に考えれば、MIDIデータ購入代金に加えて、さらに300円を支払ってまでこの曲にこだわる理由もないわけで、最終的には、別の曲に差し替えることにしました。

 ……というわけで、本番は極めて厳格に「3分間」のあっという間のデモでしたが、私の中では、それまでに結構、それなりに気を遣うことがあったのでした。まあ、どうでもいいといえばどうでもいいお話です。

 ただ、この一件、音楽の著作権について、良い経験をさせてもらったなあと思っています。

 もう一度まとめると、パクスポで「カラオケ」をやろうとする場合、権利関係としては、2つのポイントがあったようです。

  1. MIDIデータが適正なものどうか(作者の許諾を得て作成されたものかetc.)
  2. 楽曲の演奏使用のための手続きを(この場合はJASRACに対して)行っているか

 パクスポが演奏会と同じ扱いになる(「オフ会の発展形」でも、客観的には「公開」行事)というのも、知っておかないと、判断を誤りそうなところかもしれません。

 正直言って、音楽の著作権関係の手続きは、理不尽で、法外なところがあるのかと、なんとなく身構えていたのですが、今回、頑張って交渉してみて、そういうわけでもないことを実感しました。

 背後にある考え方も、少なくとも今回のカラオケの件で言えば、シンプルだと思います。要するに、「他人が作った曲を使う時は、その人に問い合わせたほうがいい」ということなわけで、作者がJASRACに業務を委託しているから、我々利用者はJASRACと交渉することになる……。実際の運用方法(1回演奏するごとに書類提出と料金支払いが必要)は、やや負担が重いような気もしますが、考え方としては、理解できることだと思いました。

 私は、もし自分が作曲家だったとしたら、自分の作品を、もっとおおらかなやり方で流通させたいと思ったかもしれません。ちょうど、ソフトウェアの世界に、シェアウェア、パッケージソフトの他に、オープンソースのフリーウェアがあるように……。

 でも、既存の作品・楽曲について、利用者側が権利者の意向を勝手に無視するわけにはいかないと思っています。シェアウェアなど、作者さんごとにお考えがあって、条件は様々ですが、我々ユーザーはそれを尊重しているじゃないですか。音楽の著作権の問題というのは、なんだか面倒そうですが、基本は、それと同じことではないかと、今回の経験を経て、そう思いました。

■ BGMの立場(「音日記」2000年10月29日(日)より)

 「幻のカラオケ」は、ありがたいことに、iPAL NEXTでも取り上げていただき、たくさんの方に見に来ていただいているみたいなので、もう少し昨日の話の続きを書きます。

 まず、昨日の話の補足です。「P-Key」のなかがわさんからメールで、

パクスポは、

・非営利
・無料
・演奏者は無報酬

だから楽曲使用は自由なのでは。

というご指摘をいただきました。確かに、JASRACの「音楽の著作権とは」のページにもこんな記述が。

コンサートやお店等における生演奏、カラオケ、ビデオ、映画の上映、CDの再生等

 営利を目的としている、入場料(いずれの名義をもってするかを問わない)がある、出演者に報酬を支払う、のいずれか1つでも当てはまる場合は、手続きが必要です。該当する場合は、必ず事前に手続きをお取りください。

 無料・無報酬・非営利イベントだったら、手続き不要と読めますね。このあたりを正確に説明できていたら、JASRACさんのお答えは違っていたのかもしれません。(私は支払わなくてもいいお金を要求されるところだったのでしょうか? だとしたら悲しいですが、電話でのやりとりなので、こちらの事情が上手く伝わっていなかっただけなのかもしれません。)

 また、もし「無料イベント」だから手続き不要だ、と思って《TSUNAMI》を用意していっていたら、今回みたいに、演奏が第2部(=有料パーティ)にずれ込むとなった時に、問題が発生したかもしれません。……なかなか微妙なものですね。

 それから、JASRACさんには、実は、カラオケのことだけでなく、楽曲をBGMに使う場合の手続きもお聞きしています。

 こちらは、やりとりを正確に記憶していないのですが、

私 「300人規模有料のパーティでヒット曲のMIDIデータをBGMとして使う場合の手続きはどうなるのですか。」

というような質問をしたような気がします。すると、別の部署に問い合わせたりで、やや待たされてから

JASRAC 「現行法では規定がないので、手続きは不要です」

という回答をいただきました。どういう解釈でそうなるのかは、詳しく聞かなかったので、よくわからないのですが……。

BGMは音楽自体が目的ではないからなのか、エンドレスでテープを流したりした場合、使用料の単位になる楽曲の切れ目や演奏回数を特定できないからなのか……。思ったより、身近なところに、エアポケットがあるみたいです。

 その他、音楽の著作権の運用を個別に詮索してゆくと、曖昧なところがでてきたり、隠し玉みたいな概念(「戦時加算」とか)が飛び出したり、かなりややこしい面があるみたいです。(さすが、ハウツー本がたくさん出るだけのことはあります。)

 また、私は、前に書いたように、まず、権利者の窓口(この場合はJASRAC)に聞いてみるというのがいい(というか、専門家でない我々はそこから始めるしかない)と思っているのですが、困ったことに、JASRACの業務には、不透明だとの批判もあるようです。(坂本龍一氏がJASRAC批判の急先鋒だったりするのですよね。)

 ただ、だからといって、「音楽の著作権は特殊」とも言いきれない、という気がしています。

 例えば、「パクスポ」の公式サイトに優香ちゃんの写真をイメージキャラクターとして掲載しようとしたり、会場の装飾にアニメのキャラクターを使おうと思ったとしたら、やっぱり、様々な事前調整が必要になるはずです。(映像に関して、JASRACのような代行窓口があるのかどうかは、私はよく知らないのですが……。)たぶん、ヒット曲の音源使用も、それと、基本的には同じことだという気がします。

 パームのイヴェントのヴィジュアル面での苦労がない(表に見えない)のは、イヴェントの度に、たくさんのデザイナーの方々が、手弁当でオリジナルのロゴやパネル、ポスターを提供してくださっているからだと思います。嘘のように恵まれた状況だと思いますし、本当にすごいことだなあと思います。

 一方、音楽に関しては、今のところまだ、オリジナルなものを生み出せないでいるわけですが、これはパームが、デザイナーさんたちを魅了するほどには、ミュージシャンさんの関心を引いていないということなのか、それとも、たまたまこれまで、音楽系の方々が表に出る機会がなかっただけなのか……。

 物事を良い方向に進めるために、何かできることがあるのかもと、少し考えてしまう今日この頃ではあります。

 ちなみに、JASRACの方は、電話でとても親切に応対してくださいました。(料金は300円…」の一言を、非常に申し訳なさそうにおっしゃっていたのが印象に残っています。)坂本龍一氏に反論するJASRAC会長の小林亜星氏の姿を見ていると、いかにも「業界のドン」という風に見えてしまいますし、先にご紹介したウェブ上の「音楽の著作権とは」の文体は、ひどく堅苦しいですが、現場は、それほど硬直していないような……、私がお人好しで、ごまかされてしまっているのでしょうか?

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