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カ−ル・マリア・フォン・ヴェ−バ−〈ピアノソナタ〉ハ長調作品24終楽章におけるヴィルトゥオ−ゾ的なものと形式

白石知雄

大阪大学文学会『待兼山論叢』27・美学篇(1993)、49-68頁。



1.問題設定

 カ−ル・マリア・フォン・ヴェ−バ−(1786-1826年)が1812年から1822年にかけて作曲した4つのピアノソナタは(1)しばしばヴィルトゥオ−ゾの音楽であると見なされてきた。すなわち、これらの作品は、演奏技巧の誇示を目指す音楽であるとされ、そうした性格が批判の対象となっている(2)

 確かに、ヴェ−バ−のピアノソナタには、高度な演奏技巧を必要とするパッセ−ジが数多く盛り込まれている。そのため、これらの作品を、演奏技巧を誇示するために利用することは可能である。

 しかし、ヴェ−バ−のピアノソナタの演奏効果は、こうした技巧の誇示に尽きるものではない。本論では、ヴェ−バ−が1812年に作曲した〈ピアノソナタ〉作品24の終楽章の形式分析を通じて、この楽章がもたらす演奏効果が、周到に作曲された結果であることを示す。そして、そのことを通じて、本論は、ヴェ−バ−のピアノソナタの特質を見直すための手がかりを得ることを目指している。

 まず、ヴィルトゥオ−ゾという言葉の19世紀以後に独特の用法について、簡単にまとめておきたい。それが、ヴェ−バ−のピアノソナタをめぐるこれまでの見方を、決定的に規定してきたからである。

 ヴィルトゥオ−ゾ virtuoso というイタリア語は、virtu(徳、能力)という名詞から派生した形容詞であり、16、17世紀のイタリア語の用例では、「ずば抜けた知的、芸術的、身体的、あるいは道徳的能力を備えた人」を意味した。そして、音楽に関する用例としては、演奏家、宮廷楽長、作曲家、さらには音楽の素養のある人一般を称賛する呼称として用いられていた(3)

 しかし、この言葉は、外来語として、特に18世紀以後ドイツ、イギリス、フランスでも頻繁に用いられるようになり、それにつれて、次第に意味が変化する。特に19世紀に入ると、当初の肯定的な意味での用法と並行して、否定的な意味での用法も目立つようになる。すなわち、ヴィルトゥオ−ゾという言葉は、公開演奏会を主な活動の場とする、新しいタイプの音楽家に対する蔑称として用いられるようになる(4)

 18世紀後半に誕生した、公開演奏会という制度は、必ずしも音楽に精通しているわけではない雑多な、いわば匿名の聴衆に支えられていた。その点で、公開演奏会の音楽と、宮廷音楽では、それを支える基盤が根本的に異なっていた。そして、演奏技巧を誇示することは、公開演奏会を主な活動の場とする音楽家たちが、こうした匿名の聴衆にアピ−ルするための手段であった(5)

 しかし、このような音楽家は、宮廷音楽家や、宮廷での音楽実践を理想とする保守的な立場の者から批判された(6)また、19世紀になると、ヴィ−ン古典派器楽をモデルとして、音楽を強調された意味での作品として、すなわち、古典文学作品に匹敵するテクストとして解釈することを要請する、新しい美学の立場(それは、19世紀初頭のドイツロマン主義文学者に由来し、いわゆる「絶対音楽の理念」へと発展することになる)からの批判が、これに加わる。演奏技巧の誇示は、音楽を作品として解釈することを妨げる「外面的な」効果だと見なされたからである(7)そして、公開演奏会で活動する音楽家に対するこのような批判をすべて取り込む形で、ヴィルトゥオ−ゾという言葉には、否定的なニュアンスがつきまとうようになったのである。

 本論で扱おうとするヴェ−バ−のピアノソナタも、まさにそのようなヴィルトゥオ−ゾの音楽のひとつだと見なされてきた。ヴェ−バ−は、1816年にドレスデン宮廷劇場のドイツオペラ監督に就任するまで、公開演奏会を主な活動の場とするピアニストであった。しかも、彼のピアノソナタには、様々な技巧的なパッセ−ジワ−クが盛り込まれている(8)そのため、彼のピアノソナタは、彼の公開演奏会での活動を背景として成立したと考えられ、そこに盛り込まれたパッセ−ジワ−クは、彼がアクロバット的な演奏技巧を誇示することを目指した証拠だと見なされた。そして、作品成立の背景を示唆すると同時に、その音楽が目指す傾向を批判する意味も込めて、ヴェ−バ−のピアノソナタは、ヴィルトゥオ−ゾの音楽と呼ばれたのである。

 しかし、このような従来の見解には、いくつかの疑問がある。

 第1に、ヴェ−バ−は、ピアノソナタを公開演奏会で演奏したことはなかった。これらの作品は、むしろ、半ば私的な性格をもつサロンで演奏されたと考えられる(9)

 第2に、これらの作品が演奏技巧の誇示を目指しているという見方は、ヴェ−バ−自身の音楽観と矛盾する。ヴェ−バ−の考えでは、「ピアノから仕事の材料を得る音楽家は、ほとんどいつも貧しい生まれの者であるか、さもなければ、精神をありきたりで月並みなものへ譲り渡しつつある」。なぜなら、「まさにこの手、忌まわしいピアノ指[Klavierfingeren]は、飽くなき訓練と修練を経て、一種の自立とわがままな理性を獲得しており、創造力を知らず知らずの内に支配するからである」(10)彼は、演奏技巧だけで聴衆にアピ−ルすることには、批判的だったのである。

 ヴェ−バ−は、むしろ「内なる耳」、すなわち、作曲家としての耳にしたがって、「顔をもった音の形態(Tongestalt mit einem Gesicht)」、すなわち、個性的な全体を作り上げなければならないと考えていた。

「内なる耳は全体を見ようとする。このような耳が求めているのは、顔をもった音の形態である。見知らぬ人でも、一度その顔をみれば、後で再確認できるし、雑踏の中でもそれと見分けられることがある。内なる耳は、そういう顔を求めているのであって、つぎはぎだらけの乞食の王を求めているのではない!(11)

 そこで、もしも、単なる演奏技巧の誇示を批判して、「顔をもった音の形態」を求めるヴェ−バ−の姿勢が、彼のピアノソナタにも反映しているとすれば、これらの作品についても、個々のパッセ−ジの演奏効果に注目するだけではなく、まず作品全体を貫いている特徴を明らかにする必要がある。そして、ヴェ−バ−のピアノソナタに盛り込まれた技巧的なパッセ−ジワ−クの役割も、こうした全体との関わりを視野に入れた上で、論じられるべきなのである。

 本論は、そのような視点から、ヴェ−バ−のピアノソナタの特質を見なおす第1段階として、ヴェ−バ−の第1ピアノソナタの終楽章を分析する。

 第1ソナタの終楽章を、分析の対象として選んだのは、このハ長調のロンド楽章が、ヴェ−バ−のピアノソナタの様々な楽章の中でも、演奏技巧を誇示するヴィルトゥオ−ゾの音楽というイメ−ジに最もよくあてはまるからである。

 この楽章は、ほとんど技巧的なパッセ−ジワ−クだけで成り立っている。すなわち、この楽章では、右手が、始めから終わりまで、16分音符を高速で(presto)演奏し続ける。しかも、右手の16分音符が繰り出す技巧的なパッセ−ジは、楽章のほとんどの部分において、左手の別の伴奏音型に支えられて、あたかも旋律であるかのように振る舞っている。一言でいえば、この楽章は、指馴らしのための練習曲のように見えるのである。

 実際、ヴェ−バ−自身、この楽章を指の訓練のために利用したようである。すなわち、リヒテンシュタインに宛てた1814年4月22日の手紙で、ヴェ−バ−は次のように書いている。

「病気であったここ数日間、私はハ長調ソナタのロンドを、練習として嬰ハ長調で弾いて楽しみました。2、3日来、私はとてもたくさん弾いています。そして、それは必要でもあったのです。私の指はさびついていましたから。(12)

 そして、この楽章は、19世紀を通じて、ピアノのヴィルトゥオ−ゾたちによって、高度な演奏技巧を披露するのに適した作品として重用されていた。すなわち、この楽章は〈無窮動(Perpetuum mobile)〉と呼ばれ(13)19世紀を通じて、しばしば単独で演奏会のレパ−トリ−に組み込まれた。ピアノのヴィルトゥオ−ゾたちは、このロンドの16分音符を休みなく弾き通すことで、聴衆の拍手喝采を受けたのである。

 しかし、本論では、先に述べた方針に従って、まず、この楽章全体の形式上の特徴に着目する(2.1および2.2)。そして、そのような分析を踏まえて、この楽章におけるヴィルトゥオ−ゾ的な演奏効果の特質を再検討するつもりである(2.3(14)

2.〈ピアノソナタ〉ハ長調作品24終楽章の分析

2.1 形式の多義性と多層性

 ヴェ−バ−の第1ピアノソナタの終楽章の形式の第1の特徴は、多義性である。すなわち、この楽章の形式をなんらかの図式へ還元する試みは、ことごとく破綻する。

 例えば、この楽章は、一見、ABA'CA"と図式化できる並列的なロンド形式を構成しているように思われる。すなわち、この楽章全体の経過は、ハ長調のルフラン(T.1-72=A)、ト長調とホ短調を間を往復する第1ク−プレ(T.73-132=B)、ハ長調のルフランの短縮された回帰(T.133-161=A')、ヘ短調で始まり、変イ長調、ハ短調などを経て、ハ長調のドミナントへ至る第2ク−プレ(T.162-252=C)、そしてルフランの拡大された回帰(T.252-331=A")と区分できるように思われる(図1上から2段目参照)。

(図1)

 しかし、第1ルフラン(A)は、それ自体で、a1b1a2と図式化できる3部分形式を構成している(T.1-19が第1部分=a1、T.20-49がコントラストを作る第2部分=b1、そして、T.49-72が第1部分の再現=a2である)。そのため、大きなルフランの中に、既に小さなルフラン(a1およびa2)と小さなク−プレ(b1)が存在しているようにも思えるのである。

 a1部分は、16小節のペリオ−デ(T.1-16)と、その最後の小節と交差して始まる2小節の運動パタ−ンの繰り返し(T.16-19)から成り立っている。また、a2部分は、16小節ペリオ−デの再現(T.50-65)と、やはりその最後の小節と交差して始まる締め括りのカデンツ(T.65-72)である。

 一方、b1部分の始めの10小節(T.20-29)は、イ短調、ニ短調、ハ短調と転調を繰り返し、ク−プレへ向かう推移であるかのように見える。

 そして、T.30-39の10小節が、「小さなク−プレ」の本体である。ここでは、再びハ長調に戻るが、3部分リ−トの中間部分であるかのように、トニカが避けられ、ドミナント的な性格をもつ和音だけが用いられている。また、この10小節では、重音の高い方の音が、16分音符の連続から浮き上がり、突然8分音符の旋律が出現したかのような効果をあげている。このような効果も、この10小節を、前後の「小さなルフラン」から突出させることに役立っている。

 また、続くT.39-49には、ク−プレからルフランへの回帰であるかのように、カデンツァ風のパッセ−ジが挿入されている(ルフランに回帰する際にカデンツァを挿入するのは、ロンドの常套手段である)。

 そして A'部分では、この「小さなルフラン」だけが回帰し(T.133-151=a3)、A"部分は、第1ク−プレ同様、小さなルフラン(T。253-268=a4)、小さなク−プレ(T.269-315=b2)、小さなルフランの再現(T.316-331=a5)に下位区分できるので、小さなルフランを、いわば「本来のルフラン」と見なせば、楽章全体を、9つの部分から成り立つロンドと考えることもできるのである(図1上から3段目参照)。

 しかし、この解釈も万全ではない。

 ルフランであるためには、明確に前後の部分から弁別されたまとまりでなければならない。しかし、楽章冒頭の16小節ペリオ−デの最後の小節は、既に述べたように、次のフレ−ズの冒頭小節と交差する(T.16)。すなわち、ペリオ−デが完結する前に、右手は既に新しいフレ−ズを開始してしまっている。そして、T.16以下の2小節フレ−ズとその反復は、ドミナントへ開き(T.19)、もはや、ルフランの末尾にふさわしい明確な切れ目を欠いたままで、「小さなク−プレ」(b1)へ移行する(T.20以下)。

 また、「大きな第3ルフラン」(A")の最初の「小さなルフラン」(a4)には、もはや堅固なシンタクスが認められない。まず、16小節ペリオ−デの前楽節だけが、それまでよりも1オクタ−ヴ高い位置で再現する(T.253-260)。次に、1オクタ−ヴ低い位置に移り、その始めの2小節だけが分離され(T.261-262)、3回ゼクエンツされる(T。263-268)。あたかも、ソナタ楽章形式の展開部であるかのように、ここでは16小節ペリオ−デの素材が分離、加工されるのである。

 しかも、「大きな第3ルフラン」では、続く「小さなク−プレ」(b2)が、充実した伴奏に支えられて、2+2+6小節のバ−ル形式を構成しているので(T。269-278)、結果的に、「小さなルフラン」と、「小さなク−プレ」の間に、シンタクスの差がほとんどなくなっている。すなわち、「小さなルフラン」という仮説は、ルフランとク−プレの間の対立関係の解消という事態に直面することになる。

 さらに、最後の「小さなク−プレ」(a5)は、運動パタ−ン上の特徴や、旋律と伴奏の区別を失い、単なる16分音符の連続に還元されてしまう。まず、冒頭ペリオ−デが、前楽節の最初の2小節と最後の2小節、そして後楽節の最後の2小節を組み合わせた6小節へ圧縮される(T.316-321)。次に、その冒頭の運動パタ−ンだけが取り出されて、1オクタ−ヴ高い位置から、6小節間、4オクタ−ヴ下行しながら繰り返される(T.362-367)。この際、左手も、3小節目(T.364)以後になると、右手の運動に巻き込まれるかのように、右手の運動にオクタ−ヴ低い位置で加わる。そして最後には、両手のオクタ−ヴ平行が、冒頭ペリオ−デに由来する運動パタ−ン上の特徴を失って、ドミナントとトニカの交替を暗示するに過ぎない、匿名の16分音符の運動に収斂する(T.368-369)。

 そして、「小さなク−プレ」を本来のク−プレと考える仮説の最大の問題は、ルフランをこのように小さなレヴェルで規定することによって、ルフランとク−プレの間のバランスが悪くなってしまう点にある。

 「大きな第1ク−プレ」(B)の内部では、ト長調の明確なカデンツを形成する4小節(T.91-94およびT.103-106)と、ホ短調で半終止する8小節ないし6小節(T.95-102およびT.107-112)が拮抗している。すなわち、ここでは、ク−プレ自身が、2つの調的な極の対立を内包している。

 また、この2つの調的な極は、性格の点でも対照的である。ト長調の4小節では、低声部のトニカのオルゲルプンクトの響きに包まれて、右手が弱音(p)で柔軟に動く。これに対して、ホ短調の8小節ないし6小節では、左手の8分音符の強音(f)の荒々しい和音打をともなって、右手も、全音階、トリル、分散和音というように、運動パタ−ンを目まぐるしく交替させている。

 このように調的、性格的に複雑な内的構造をもつ「大きな第1ク−プレ」が、「小さなルフラン」に対応するコントラストだとは考え難い。「大きな第1ク−プレ」は、やはり同じように複合的な部分(3部分形式a1b1a2)である「大きな第1ルフラン」(A)全体に対するコントラストである。

 一方、「大きな第2ク−プレ」(C)に着目すると、この楽章の形式について第3の解釈の可能性が浮かび上がる。

 「大きな第2ク−プレ」は、「大きな第1ク−プレ」よりも、さらに規模が大きく、内部構造も一段と複雑である。すなわち、ここには、ヘ短調部分(T.162-191=α)、変イ長調部分(T.192-225=β)、ハ短調部分(T.226-252=γ)という3つの小さな部分が含まれている。すなわち、「大きな第1ク−プレ」において、内部の調的な緊張がフレ−ズ間の調的な拮抗に留まっているのに対して、「大きな第2ク−プレ」では、調的に対立する3つの極が、それぞれ独立した小部分へと分裂している(図1参照)。

 第2ク−プレ冒頭のヘ短調部分(α)は、この楽章で初めて、12小節もの間短調に留まり、調の性(Tongeschlecht)の上で先行する部分とのコントラストを際立たせている。同時に、この小部分は、先行する部分が最強音(ff)であったのに対して、突然(しかも、この楽章において初めて)最弱音(pp)に転じることで、デュナ−ミクの上でもコントラストを際立たせている。

 また、変イ長調部分(β)では、この楽章で唯一、右手の16分音符が、いわば主役の座を降りて、伴奏に撤する。そして、左手の旋律は、8分音符のスタッカ−トの軽快で素朴なアウフタクトや、第2拍で低い変ホ音や変イ音を強調する諧謔的な身振り(T.202およびT.204)によって、他の部分にはない解放感を感じさせる。

 しかも、「大きな第2ク−プレ」は、ヘ短調、変イ長調というように、主として下属調の近親調に留まっているために、舞曲楽章におけるトリオを連想させる。すなわち、舞曲楽章において、主調と属調の間の対極関係を内包する主部に対して、トリオは、下属調へ移ることによって、別のレヴェルでのコントラストを作っていることが多い。それと同じように、この楽章の「大きな第2ク−プレ」は、下属調の近親調へ移ることによって、主調と属調の間を動くその他の部分から浮き上がっているのである。

 「大きな第2ク−プレ」の、このように前後の部分から際立ったコントラストに着目すると、この楽章全体は、A、B、A'という3つの部分をあわせた大きな主部(X)と、A"部分から成り立つ大きな主部の再現(X')の間に、C部分が作り出す大きなトリオ(Y)が挿入された、大きな3部分形式(XYX')を構成していると解釈することもできそうなのである(図1最上段参照)。

 しかし、この解釈にも、やはり問題が残る。A'部分は、既に述べたように「大きな第1ルフラン」の再現であるに過ぎない。それは、このような大きな3部分形式(XYX')をまとめる「主部の再現」と考えるには、小規模過ぎるのである。

 また、「大きな第2ク−プレ」は、トリオ的である一方で、先行するコントラストを統合する役割も果たしている。すなわち、T.226-241には、「小さなク−プレ」(b1)に現われた音型(T.30-39参照)が、今度はハ短調で、16小節に拡大されて登場する。そして、ヘ短調部分の後半および変イ長調部分の後半の推移的な転調部分には、「大きな第1ク−プレ」(B)前半の推移的な箇所に用いられたのと同じ運動パタ−ン(T.77-90参照)が織り込まれている(T.174-191およびT.216-225)。

 要約しよう。この楽章が、一種のロンドであることは間違いない。すなわち、この楽章の形式は、何度も回帰する同一のもの(ルフラン)と、毎回実質が入れ替わるコントラスト(ク−プレ)の対置によって成り立っている。そして、この楽章におけるルフランとク−プレには、それぞれ3つのレヴェルが設定されている(図1参照)。

 しかし、この3つの中のどれかひとつのレヴェルだけで、この楽章の経過を説明し尽くすことはできない。曲の経過の中で、あるレヴェルから別のレヴェルへの変換が、自由になされているからである。すなわち、「大きなク−プレ」(B)に「小さなルフラン」(a3)が続き、さらにその後に、今度はトリオ的なク−プレ(Y)が続くという、自由なレヴェルの変換が、この楽章の形式の特徴である。

 そして、このような自由なレヴェルの変換には、聴き手に対して驚きを与える意外性の効果が読み込まれている。すなわち、その都度、それまでの経過を一定の図式へ還元して把握して、そのような図式を頼りにしてその後の経過を予測するような聴き手を想定した上で、時にはあるレヴェルの図式に沿って事態を進行させて、次に突然別のレヴェルへ移って、聴き手の期待をはぐらかす。そして、次に聴き手が、そのようなはぐらかしを読み込んで、別のレヴェルの図式を想定すると、今度は、さらにその裏をかく。この楽章の形式には、そのような不意打ちが仕掛けられているのである(15)

 もしも、曲の経過に沿って、聴き手の体験を再構成したとすれば、それは、おそらく、次のようなことになる。

 まず最初に、聴き手は、小さなレヴェルでのルフランとク−プレの交替を聴き取る(a1→b1→a2)。しかし次に、より大きなレヴェルでのコントラストが登場する(B)。そこで、聴き手は、小さなルフランと小さなク−プレをまとめて、大きなルフランと解釈し直して(a1+b1+a2=A)、次に、そのような大きなルフランの回帰を期待する。ところが、実際には、聴き手が期待する大きなルフランが途中で打切られたかのように、小さなルフランだけが回帰する(A'=a3)。そのため、やはり、小さなルフランこそが、この楽章の「本来のルフラン」だったのかもしれない、と聴き手は考え直す(a1→b1→a2→c→a3)。ところが、再び期待が裏切られ、反対に、今度は、これまでの経過全体(A+B+A'=X)に対するトリオ的なコントラストが登場する(Y)。しかも、そこには、それまでのク−プレの素材が織り込まれている。こうした事態に聴き手が混乱する間に、もはや小さなルフラン(a4)と小さなク−プレ(b2)の間の対立関係が解消され、最後には、小さなルフランが単なる16分音符の連続に還元されて、全体の経過が閉じられる(a5)。

 この楽章には、このように、ひとつの図式へ固定されることを拒み、常に聴き手の期待をはぐらかそうとする自由な衝動が感じられる。そして、そのような傾向は、楽章の細部にも浸透している。そこで、次に、この楽章の特徴的ないくつかの細部について分析することにしたい。

2.2 細部の分析

2.2.1 図式主義へのアイロニ−

 「大きな第1ク−プレ」(B)から「大きな第2ルフラン」(A')への回帰部分には、ほとんど、図式主義に対するアイロニ−とでも呼ぶべき不意打ちが仕組まれている。

 ここでは、まず和声の急激な方向転換が、聴き手を一時的に混乱に陥れる。先に述べたように第1ク−プレの調的な極のひとつであったホ短調の調平面は、ルフランへの回帰の直前まで続いている。すなわち、T.113-128まで、ホ短調のドッペルドミナントとドミナントが交替する。そしてその間、右手の16分音符は、カデンツァ風に、広い音域を一旦下行する(T.115-120)。ところが、右手の16分音符が、クレッシェンドしながら、半音階で再び上行する間に(T.121-128)、ホ短調のドミナント、すなわちロ音上の長3和音の第3音(嬰ニ音)が、突然半音低く変化して、ロ短調へ転じる(T.125-128)。

 ただし、こうした混乱状態は、4小節後には収拾される。右手の16分音符の半音階が、音域の上でも、デュナ−ミクの上でも頂点に達したところで、ロ音が根音から第3音へ読み換えられて、主調ハ長調の属7和音に、再び和声が転換するからである(T.129)。

 もちろん、これだけでも、この部分の転調は十分に効果的である。確かに、聴き手は、突然のロ短調への方向転換に不意打ちされて、一瞬戸惑うであろう。しかし、すぐに主調のドミナントが現われて、ルフランの回帰が近いことが明確になり、聴き手は胸を撫で下ろす。それは、ルフランへの回帰というこの部分の大前提を揺るがすことがないように、周到に計算された、一時的な意外性の演出である。

 ところが、右手の16分音符の連続は、このように「予定調和」的にルフランが回帰することに対して、土壇場になってから、アイロニカルなやりかたで異議を唱える。強音で輝かしく鳴り響くハ長調のドミナント(T.129-132)がルフラン冒頭でトニカに解決しようとする間際になって(T.133に対するアウフタクト)、右手の16分音符は、今度は突然、弱音に転じるのである。

 確かに、それは、楽章冒頭のデュナ−ミクの忠実な再現である。しかし、その結果、効果的に導入されたはずの輝かしいハ長調のドミナントの高揚感は、台無しになってしまう。律儀に楽章冒頭のルフランへの回帰を演じることで、かえって、それまでの経過との間に亀裂が走る。すなわち、全体の経過を図式にあてはめようとする聴き手の期待に、あえて律儀に従うことによって、かえって、聴き手の不意を打つ効果がそこに生み出されているのである。

2.2.2 16分音符の運動パタ−ンの多様化

 また、この楽章を特徴づける右手のヴィルトゥオ−ゾ的なパッセ−ジワ−クも、常に新しい運動パタ−ンを繰り出し、目も眩むような演奏効果を上げている。

 例えば、楽章冒頭の16小節ペリオ−デにおいて、右手の16分音符は、次のように多様な運動パタ−ンを繰り出している。

 前楽節(T.1-8)において、右手の16分音符は、2小節ごとにめまぐるしく下行と上行を繰り返す。しかも、その上下運動のパタ−ンは毎回異なる。

(譜例1)

 T.1-2では、順次下行するアウフタクトに続いて、4つの16分音符から成り立つ「下行→下行→上行」という運動パタ−ンが、全体として下行しながら3回繰り返される(譜例1楽譜下の書き込み参照)。一方、次の2小節は、半音階で上行する。T.5-6で、再びT.1-2と同じように、4つの16分音符から成り立つ運動パタ−ンが下行しながら繰り返されるが、今度は4つの16分音符のパタ−ンが、「3度上行→順次下行→順次下行」に変わっている。そして、T.7で16分音符は再び上行するが、今度の上行は、T.3-4とは異なり、全音階を主体としている。

 後楽節の始めの6小節(T.9-14)は、前楽節の該当する小節と完全に一致する。しかし、T.15のアウフタクトには、「2度下行→3度下行→3度下行」という、さらに新しい運動パタ−ンが突然現われて、聴き手の不意を打つ。

(譜例2)

 また、16分音符の連続の常に新しいパタ−ンを生み出そうとする傾向は、推移的な部分にまで浸透している。例えば、「小さな第1ルフラン」(b1)の最後のカデンツァ風のパッセ−ジワ−ク(T.39-49)の中に、既に3つの運動パタ−ンが含まれている。

(譜例3)

 譜例3を参照していただきたい。運動パタ−ン@(以下@と呼ぶ)とAは、いずれも4つの16分音符から成り立つパタ−ンの繰り返しである。しかし、@の4つの16分音符は、「半音下行→半音上行→3度上行」と動くのに対して、Aの4つの16分音符は、「3度上行→3度上行→6度下行」と異なっている。しかも、この2つの運動パタ−ンは、楽章冒頭の16小節ペリオ−デに見られた、同様に4つの16分音符から成り立つ運動パタ−ン(前述のT.1-2、T.5-6およびT.14-15のパタ−ン)とも区別されているのである。

T.1-2下行→下行→上行
T.5-6上行→下行→下行
T.14-15下行→下行→下行
T.40-42(@)下行→上行→上行
T.43-44(A)上行→上行→下行

2.3 総括

 この楽章が、ある種の演奏効果を発揮するヴィルトゥオ−ゾの音楽であることは否定できない。しかし、以上のような分析を踏まえて考えると、この楽章がもたらす演奏効果が、もはや、単なる指の高速運動という演奏技巧上のアクロバットだけに依存しているとは考えられない。多義的、多層的なロンド、和声やデュナ−ミクの突然の変化、パッセ−ジの綿密な多様化と差異化、これらの周到に計算された作曲技法が、この楽章独特の演奏効果を支えているからである。

 もしも、演奏技巧を誇示することだけで聴き手にアピ−ルする音楽を演奏のヴィルトゥオ−ゾの音楽と呼ぶとすれば、この楽章は、演奏効果を周到に作曲した、いわば、作曲のヴィルトゥオ−ゾの音楽とでも呼ぶべき側面をもっている。そして、「顔をもった音の形態」を作り上げようとする、ヴェ−バ−の作曲家としての意欲は、演奏効果を周到に作曲するために生かされているのである。

3.結び

 ヴェ−バ−は、第1ピアノソナタ以後に作曲された2つの器楽作品の終楽章、もしくはそれに相当する部分において、第1ソナタ終楽章におけるのとよく似たやりかたで、多義的、多層的なロンドと、常に変化を求める傾向をもつヴィルトゥオ−ゾ的なパッセ−ジワ−クを組み合わせている。ただし、その場合の重点は、毎回少しずつ変化している。そこで、第1ソナタ終楽章に見られた手法に秘められた可能性の広がりを示唆する意味で、その2つの事例について、最後に簡単に紹介しておきたい。

 第1の事例は、ヴェ−バ−の最後のピアノソナタ(1817-1822年)の終楽章のロンドである。ここでは、16分音符の連続ではなく、タランテラのリズムを基礎にして、多様な音型が、速いテンポ(Allegro)で次々繰り出される。

 そして、ここで興味深いのは、第1ソナタの終楽章との性格の対比である。第1ソナタの「ハ長調」の終楽章において、ヴィルトゥオ−ゾ的な16分音符の連続は、ゴットフリ−ト・ヴェ−バ−が「炎と生命の充溢」と形容したように(16)常に新しいものを求め続ける旺盛な生命力を感じさせる。これに対して、第4ソナタの「ホ短調」の終楽章のタランテラのリズムは、「死に至る舞踏」の表現である(17)

 もうひとつの事例は、ピアノの管弦楽のための〈コンツェルトシュトゥック〉(1821年)の最後のプレスト部分(T.305-557)である。この部分も、やはり、多義的、多層的なロンドを構成している。ただし、ここでは、他の2つの事例におけるほど、個々の音型が多様化、差異化されてはいない。このプレスト部分に登場するのは、8分音符で上下行する音型(T.305-328など)と、16分音符で高速に繰り出される分散和音のパッセ−ジワ−ク(T.329-342など)、ほとんどこの2つの素材だけである。

 しかし、この2つの素材が、時にはルフランとして、時にはク−プレとして、あるいは推移として登場するので、全体の形式は、一段と多義的になっているのである。


(1) イェ−ンスによれば、ヴェ−バ−の第1ソナタ(ハ長調作品24)の作曲は、1812年4月から8月(同年11月に出版)、第2ソナタ(変イ長調作品39)の作曲は、1814年2月から1816年10月(同年12月出版)、第3ソナタ(ニ短調作品49)の作曲は、1816年11月であり(1817年9月出版)、最後の第4ソナタ(ホ短調作品70)は、1819年8月から1822年7月にかけて作曲され、1823年出版されている(出版はいずれもベルリンのシュレジンガ−社からである)。Friedrich Wilhelm Jähns, Carl Maria von Weber in seinen Werken: chronologisch-thematisches Verzeichniss seiner sämtlichen Compositionen, Berlin, Schlesinger, 1871 (reprint: Berlin-Lichterfelde, Robert Lienau, 1967).

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(2) 例えば、Wilhelm Heinrich Riehl, "K. M. von Weber als Klaviercomponist (1858)", in: Musikalische Charakterköpfe: ein kunstgeschichtliches Skizzenbuch vol. 2, Stuttgart, 7th ed., 1899, pp.261-274; Dietrich Kämper, Die Klaviersonate nach Beethoven: von Schubert bis Skrjabin, Darmstadt, Wissenschaftliche Buchgesellschaft, 1987, pp. 58-61.

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(3) Erich Reimer, "Virtuose", in: Hans Heinrich Eggebrecht (ed.), Handwörterbuch der musikalischen Terminologie, Stuttgart, Franz Steiner, 1972, p. 1.

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(4) Reimer, ibid., p. 6.

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(5) Wulf Konold, "Instrumetale Virtuosität", in: Carl Dahlhaus (ed.), Die Musik des 18. Jahrhunderts, Laaber, Laaber-Verlag, 1985, pp. 292-293.

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(6) Erich Reimer, "Die Polemik gegen das Virtuosenkonzert im 18. Jahrhundert: zur Vorgeschichte einer Gattung der Trivialmusik", Archiv für Musikwissenschaft vol. 30, 1973, pp.235-244.

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(7) 19世紀における音楽史のパラダイムとしての「絶対音楽の理念」の諸相については、Carl Dahlhaus, Die Idee der absoluten Musik, Kassel etc., Bärenraiter, 1978, 杉橋陽一訳『絶対音楽の理念』、東京、シンフォニア、1986年に詳しい。ただし、「絶対音楽の理念」とヴィルトゥオ−ゾという概念の関わりについてまとめる際には、彼が、絶対音楽の理念およびそのモデルとしてのヴィ−ン古典派器楽と、同時代のヨ−ロッパの様々な音楽文化との関係を論じた次の論文を主に参照した。Carl Dahlhaus, "War Wien im frühen 19. Jahrhundert das musikalische Zentrum Europas?", in: Reinhard Urbach (ed.), Wiener Europagespräch 1977: Wien und Europa zwischen den Revolutionen (1789-1848), Wien etc., Jugend und Volk,1978, pp. 349-361, 特にpp. 353-354.

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(8) ちなみに、ゲオルギは、ヴェ−バ−のピアノ音楽に盛り込まれた演奏技巧が、独自に開発されたものではなく、ほとんどクレメンティやドゥシ−クのピアノ音楽に由来することを指摘している。Walter Georgii, Karl Maria von Weber als Klavierkomponist, Leipzig, Breitkopf und Härtel, 1914, pp. 12-15.

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(9) ただし、ヴェ−バ−が活動したサロンの実態は、現在、まだほとんど明らかにはなっていない。

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(10) Carl Maria von Weber, Tonkünstlers Leben (1809-1820: unfinished), 3rd. Version, Chap. 1 (1819), in: Georg Kaiser (ed.), Sämtliche Schriften von Carl Maria von Weber, Berlin etc., Schuster und Loeffler, 1908, pp.449-450.

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(11) Weber, ibid., p. 450.

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(12) Jähns, op. cit., p. 161.

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(13) イェ−ンスによれば、この楽章を最初に〈無窮動〉と名付けたのはアルカンである。Jähns, op. cit., p. 161.

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(14) ただし、本論では、ひとつの「楽章」を分析するに留めたので、ソナタチクルスという上位の「全体」と個々の楽章の関係、そして、チクルス全体の統一を論じることはできなかったことを、あらかじめお断わりしておく。

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(15) それは、もはや、平面図式には投影できない、特殊時間的な体験である。そして、この楽章に想定された3つのレヴェルでのルフランとク−プレの対立関係をまとめた図1も、厳密に言えば、この楽章の「形式見取り図」ではない。それは、この楽章の形式を把握するための補助として、作品の周囲に組み立てられた「足場」のようなものである。

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(16) ゴットフリ−ト・ヴェ−バ−は、1813年、すなわち、第1ソナタの出版直後に発表されたこの作品についての評論の中で、次のように書いている。「最後のロンドプレスト−たったひとつの、中断されない16分音符のパッセ−ジ。そこには、最初の音符から最後の音符まで、8分休符ひとつない。−炎と生命の充溢−それは、影と光をともなって、見事に演奏されねばならない。」

Gottfried Weber, "Grande sonate pour le pianoforte, comp. par Charles Marie de Weber, oeuev. 24", Allgemeine Musikalische Zeitung, vol. 15, Leipzig, 1813, col. 597. (→本文へ戻る)

(17) 第4ソナタの終楽章の形式と性格についての詳細、および他の楽章とのチクルス的な関連については、シュポンホイア−による次の分析も参照していただきたい。

Bernd Sponheuer, "Die 'verdammten Klavierfingeren' und das 'sprechende Seelenbild': Webers Klaviersonaten zwischen Virtuosität und Charakteristik", in: Friedlich Krummacher, Heinrich W. Schwab (eds.), Weber-Jenseits des "Freischütz": Referate des Eutiner Symposions 1986 anläßlich des 200. Geburtstages von Carl Maria von Weber, Kassel etc., Bärenreiter, 1989, pp. 186-188. (→本文へ戻る)
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