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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 青磁社通信 Vol.27◆

〜巻頭七句〜
ミャンマーの春

有馬 朗人
 

かつと目を見開きてゐし涅槃仏

創造主(プラフマー)の微笑みに蝶生れ次ぐ

啓蟄の蝦蟇托鉢の僧に遇ふ

鞦韆を蹴るや輪廻を断ち切るべし

永き日の右脇に生れシツタルタ

夕燕樹霊に小さき灯を点す

春宵や舟の形のビルマ琴


〜エッセイ〜
短歌ができないとき


池田 はるみ
 

 もう時期的には過ぎたことではあるが、今年のNHK全国短歌大会の記録が載った冊子「短歌春秋」四月号が送られてきた。これは、学園の短歌講座の教材として編集されているものだ。NHK全国短歌大会は、宮中歌会始と共に短歌の全国的な大きなイベントだ。特選に選ばれた人はNHKホールの大きな舞台で表彰され、自分の短歌が選者に講評される。その記録が毎年四月号に載る。その中で司会者が、短歌が作れないときはどのようにしているかという質問をした部分があった。毎年のように繰り返されるよくある質問である。その中に私の身に沁みた答えがあった。
 小池光「ここ数年、歌がうまくできないのでみなさんに聞きたいくらいです。わたしの場合は行き先を定めないで電車に乗って、窓の外をぼんやり眺めていると、何かがひらめくときはひらめいてくる。部屋のなかでじっとしていたら絶対にだめ。だから動く所に身をゆだねるようなことをして、なんとかひねりだしています」
 岡井隆「もう自力に頼らないほうがいいですね。できないときは人の力で。いくつかの歌会と関係しておりまして、そういうところから歌を出せと言われます。また、歌会に出席するときは、嫌でも一首作らねばいけない。他人から来る強制力のようなものでいやいや作る。自分の力でスランプなんて解消できるわけがないですよ。だから人様の力を借りて、「ああ嫌だな、でも歌会に行くのだから一応一首作らなきゃいけない」と。絶えず向うから強制力がくる装置のようなものを、いくつか自分の周りに作っておいて、その強制力でやっと作る、やっと立ち上がる。なるべく自力で頑張らないで、他力本願が私はいいように思います」
 一人題詠をせよと言う意見もあったし、どこかに行くと言う意見もあった。ハードルを下げてたくさん作るという意見もその通りだと思った。どの人の回答も正直に自分の事を述べていると思いながら、私はもし自分なら、あのような舞台で、自分の経験から探し出すような回答がすぐに出せるだろうかと考え、それは無理だと思った。どの人も歌人としての全身を一瞬でさらしているのだ。しかし読んでいて、小池さんと岡井さんの回答はどうも回答をするための言葉という感じがしなかった。
 後日、小池さんのこういう歌を見つけた。

快速に抜かされてゆく各駅にわれありてつくる歌のいくつか 
                   「短歌往来」二〇一五年五月号
近景にガスタンクありて遠景に筑波山加波山(かばさん)はるのかすみに
麦の草あをあを伸びて靡けるを北上電車の車窓に見をり

 発言のような、行き先のない電車にぼんやり乗ってようやくひねり出している感じではないが、歌の場面は電車に乗っている。一首目、各駅停車に乗っているのも歌を詠むためだと言う。二首目は、近景にガスタンク、遠景に筑波山加波山のある風景を歌に写し取っている。三首目は、心が解放されてゆく様子を「あをあを伸びて靡けるを」と麦畑を描くことによって読者に知らせる。電車に乗ったことによって心身が解放されているのが分かる。本当に言葉通りであり、その景色を思った。
 岡井さんの「他力で」という意見には驚いた。ただ持って行き方は親切ではないと思った。岡井さんだから複数の歌会に関係したり、歌を出して下さいと強制的に言われるのだ。普通の人は歌が出来なければ不参加となる。しかし、私は岡井さんの発言は正直で、しかも他者が要るということが大切だと思った。岡井さん自身も、毎月の出席はかなわぬようになったが、立ち上げた歌会にはきちんと歌を出す。今の自分の経験から、一番いいと思っていることを言葉にしているのだ。

注釈の橋を渡して本文を渉ろうとする秋暑き日に
                     「未来」二〇一四年十一月号
点滴をうけつつ仰ぐ空なのだ欅の黄葉濃く速く降る
                     「未来」二〇一五年一月号

 一首目は、注釈を見ながら本文を懸命に読んでいる時だろう。本文の真意を知るために、面倒だけれど注釈の力を借りてひとつひとつ解いてゆく。その過程が岡井さんにとって一番面白い時間なのだろう。この歌は「新首都の会」という歌会に出していた。二首目は、体調を崩していた時のようすを歌ったものだろう。手術をした後の点滴を受けている場面であろう。この二首は身体の不安を抱えていた頃だった。「嫌でも一首作らねばならない」と自身を奮い立たせていたのだと思った。
 全国短歌大会に参加する人は高齢者が多いように思う。六十歳代の小池さんも、八十歳代の岡井さんも、それぞれの工夫をしながら歌を生み出している。歌を生み出すには覚悟が要る。参加した人たちは覚悟が見える言葉が欲しいのだ。覚悟と言っても、無理なく実行出来るヒントが欲しいというのが本音であろう。


飛翔するこころ

小島ゆかり歌集
『泥と青葉』
書評  駒田 晶子


 

 薄いベージュ地に、葉をもつ枝先と、枝先で作られた輪が、影絵のように濃い青で描かれている。同じ青色で描かれているので、よく見なければわからないが、猫や鳥、犬のような動物のシルエットも、葉や枝と共にある。帯は、くすんだ桃色で、横向きの象の上半身が、しろく浮かぶ。これらの命あるものは、歌集の中に繰りかえし歌われている。作者の第十二歌集。

夏蜜柑むけば飛沫けり生き下手のちちが上手に死ねますやうに
首ぬつと前へ突きだし青鷺のけはひに父はベッドにありき
大小の鬱がひしめく青葉闇ちちのからだを後ろから抱く
搭乗を待つ間おもひぬわが父は夜の駱駝に乗るころならん
会ふたびにすこしづつもう死んでゆく父とおもひぬ眠る間ながし

 認知症、鬱病、パーキンソン病を抱える作者の父。父恋いの一冊と呼ぶべきである。重い現実に沈むだけではなく、詩の世界への飛翔が、見事だ。一首目、夏蜜柑のみずみずしい皮をむくとき、生から死へと暗くならずに、イメージが変わる。二首目、あまり動かないままベッドに座る父を、もう人間ではなく、青鷺のようだ、と見る。三首目、何か判断できかねることを、鬱病でもある父が言っていたのだろうか、どうしようもなく切なくなり、抱きしめる。青葉闇の光はゆれ、エロスさえ漂う。四首目、飛行機を待つ間も、置いてきた父が気がかりで仕方がない。しかし父は、娘である作者の不在など思ってはいないだろう。童謡「月の沙漠」を思わせるような、ゆったりと明るくさみしいイメージである。五首目、一読し、おどろいた。死に近づいてゆくのは「すこしづつもう死んでゆく」ことなのだ。眠る人を見守る病室独特の空気の質感まで伝わるような、生々しい一首と思う。

被災者にわれはあらぬを隈ぐまに泥水たまりからだ重たし
飯を炊く湯気こもりゐる部屋暗しかたじけなくてすつぱいいのち

 東日本大震災後の作品より。二首共、震災直後、日本中を包んでいた重苦しさが残されている。生きている自分が申し訳なく思われるような日々だった。二首目は、一首だけ取り出せば震災直後の作品とは読めないかもしれないが、作者の立ち位置が明確にあらわされた、優れた震災時の作品と思う。

行きずりの犬がしばらくついて来るああいつだつていいことはある
男にはわかるはずない憤懣をわかる男たまにゐて警戒す
欲あはき日と欲ふかき日とありて欲深き日の青葉うつくし

 一首目、三人の老いた親をめぐる重い日々の中、うれしい一瞬。二首目のユーモア。三首目は、巻尾歌。いのちの明るさ、切なさ、やるせなさを肯定する作者の姿が明確な一冊である。


鉄紺と錆朱

宇佐美魚目句集
『魚目句集』
書評 西村 和子


 

 「僕たちの俳句が生きてゐるのでなければ、僕たちを見、僕たちをつかんだり、抱いてくれたり、慰めてくれたりはしないであらう。」「l神を覗かせてくれたり、感動の世界を現出してくれることはないであらう。作りごとだから死んでゐる、といふ世界へ、僕たちだけが抵抗出來るのだ」
 宇佐美魚目第一句集『崖』に寄せた橋本鷄二の序文の一節である。この句集から第七句集『松下童子』まで、およそ六十年にわたる作品二七一三句を収めた『魚目句集』。その背表紙の鉄紺に近い黒は、二十代にして天職と定めた書の世界の墨の色であろう。
 昭和二十九年の作に「八月九日 子をあつめ文字をアへはじむ、これを天職とす」という前書のもとに

八月や息殺すこと習字の子に

が見られる。表紙に配色された錆朱は、子らの字に入れた朱筆の象徴にちがいない。六十年の句業、二七一三句は、決して多くはない。それは作者の寡作を意味するものではない。手習いを重ねた末の、選び抜いた作品のみ発表した結果である。多作多捨の習練の結実だからこそ、私たちを「つかんだり、抱いてくれたり、慰めてくれ」るのだ。

火の山の銀河は髮に觸るるかに
空蝉をのせて銀扇くもりけり

 この青春性のいとしさ、なきがらのはかなさ、美意識。

良獅フ天といふ字や蕨出づ
雪吊や旅信を書くに水二滴

 『崖』上梓以後、俳句不信に陥った時期があったという。それでもなお書と句とは、その人間形成の両輪をなしていたことが、第二第三の句集を読むことで明らかになってくる。蕨の萌ゆるかたちに、良寛の字を見る発想、旅信をしたためるにも墨を摩る習性と精神性、それも雪の宿という凛冽たる世界。
 巻末に付された季語索引を見ると、雪の句が群を抜いて多い。作者の好みばかりでなく、心の拠り所とした季語と季節が見えてくるようで興味深い。次に多いのが「氷る」「露」「霜」「冷やか」「涼し」「汗」「春昼」といったところか。まさに「精神を覗かせてくれ」るようだ。
 さらに特徴的なのは、「春」「夏」「秋」「冬」といった季節そのものを表わす言葉の作がきわめて多いことだ。それぞれの季節の到来または名残の実感を、年々歳々俳句に結晶しつづけたあかしと言えよう。全句集ならでは発見である。
 第七句集最後の年、平成二十一年の作は三句のみ。その直前の四年間の句は収められていない。作品を発表されなくなったことを惜しむ声も多いが、この美しく潔い句集を手にすると、それが作者の美意識であることが伝わってくる。


受け入れるということ

澤村斉美歌集
『galley』
書評 染野 太朗


 

窓の外に白い袋が浮いてをり部長の頭ごしに見るそのふくろ
冬鳥の過ぎりし窓のひとところ皿一枚ほど暮れのこりたり
打たれしゴルフボールの溶けてゆく液晶テレビの中の曇天

 『galley』の基調をなすのは、例えばこういった歌だと思う。ことばによって彫り出されたモノやコトに、主体の感情や思想の類いがほとんど紛れ込んでいない、という印象を受ける。べたべたしていない。モノやコトが、ただそこにそれとして差し出されている。大仰な象徴性を帯びない。結果的にそれは「淡々としている」とか「そこはかとないユーモアが漂う」とかいうふうに評されることもあるかもしれない。

指に深き力生れつつつかむとき砦のごとしこの目覚まし時計
電柱よ 人はまた一つ死を抱へ不可解なるその死のもとへと急ぐ

 「深き力」「砦のごとし」「死を抱へ」「死のもとへと急ぐ」というふうに、何らかの判断や思考が割り込むかに見えて、「目覚まし時計」や「電柱」といったモノは、情に流れるのを遮る。
 そしてそのような特質の下で描き出される人物が、この歌集には何人も登場する。

向かひ合ふ人の髪にも九月の陽充電をするごとく当たれり
釣り銭を拾はむとする人のかほに自販機の灯はとどかざりけり
あぢさゐのかほして君の言ふことは給料減りてごめん今月
三十五日雨の降らないこの町のティッシュ配りの手が濡れてゐる
防護服の人が防護服の人に向き合ひてファスナーぎゆつと喉元へ詰む

 人ではなくてモノを描写しているようにさえ見える。「君」(夫)以外は匿名の人物だが、その「君」を描くにも淡々としている。「あぢさゐのかほ」って何だかよくわからない。情に流れない。けれどもこころを寄せている。「防護服の人」は顔が見えない。まさに匿名だ。匿名のまま向き合う。しかし力を込めて互いの防護服をととのえる。そして原発での作業に向かう。
 主体は自らの感情や判断によって他者を侵すことをしないのだ。それはもちろん「臆病」とは違う。そうではなく、きっとそれは、「受容」や「肯定」などと呼べるものであるはずだ。

海のひかり抱へてわれはしやがみこむ死ののちも師はずつと温もる

 「師」とは河野裕子を指す。しゃがみこんでいて見えないが、主体はたぶん泣いている。でも涙は描かれない。ただしずかにその死を受け入れようとしている。


はるかな岸辺の琴の音に

田村雅之詩集
『航るすがたの研究』
書評 和合 亮一


 

 本詩集を読み始めると誰しもが、大海原を行く、一艘の船を思い浮かべるのではないだろうか。そのゆっくりとした雄大な影を。そして読み終えると、人はなぜ詩を書くのかという問いに向かって、漕ぎ出すための櫂が与えられているのだ、と。頁をめくりながら何度も、原点回帰させられるような気がした。船体を貫く一本の支えである竜骨が、海をとても静かに渡っていく姿を、想い続けた。
 「すると突然に、夢のとばりを口あけ/川上のかなたからかつて音調に消えたはずの刳舟があらわれ」。詩を見つめる眼差しは、古代の船の姿の影に重ねられている。「凋落した心のうちをふるいたたせ/足速に勢(きお)い迫ってくるのだった」。これらの船をはるか昔には「枯野」と記して「からの」と呼称したらしい。その響きを思い浮かべ、木の船を焼き、燃え残った木材で琴を作り鳴らしたという言い伝えに心をめぐらせている姿がある。
 壮大な時の大海の、その浪間に揺蕩う、変わらないものを見つめる眼差し。「去年今年貫く棒の如きもの」(高浜虚子)という句があるが、時空間を〈航る〉影はそこに正に「棒の如きもの」を見つめようとしている。時折の老いの心境の中に、生きることの厳しさや親しさを込めて、追い続けようとしている。あたかもはるかかなたの時の岸辺を渡るその琴の音を耳にしようとして、研ぎ澄まされて、新鮮になっていこうとする感覚が見出されていく。
 時には若い青年時代の出来事の回想や、亡くなった詩友への感慨などを重ねながら、長く愛用してきた湯飲み茶わんを眺めるような眼をしながら、詩語を深く紡いでいるかのようだ。静謐な日常の時の網目をくぐり抜けるようにして、ぬっと輪郭を表す、様々な暮らしというものの表情。「ましてや、この世に/黄昏があり/限りがあると知らなかったのだ/ふいに、死はやってくる/ピューリファイ!/虚舟のたとえもある」。自らもまた時の向こう岸へと旅立つことがあることの予感を言葉に編み込んでいる。
 東日本大震災で亡くなった方々への想いや、詩人清水昶への追悼詩や、吉本隆明とのエピソードをめぐる佳品など味わいのあるものが並ぶ。自らの生の在り様を他界した人々や友や先輩に話しかけるようにしながら、様々に自らに問い続けているかのようだ。「きみもときどきは竜骨が/船底の中心にきちっと入っているかどうか/その背に手を入れてたしかめてみたまえ」。舳先は人生の道しるべを探し続けている。矛先は詩そのものを眼差しつづけている。明滅する灯のようなものに向かいながら、いよいよ感性の黎明へと漕ぎ出そうとしている、熟達したその書きぶりに魅せられた。


夫君との宇宙

河附%子歌集
『薔薇の花ずし』
書評 田宮 朋子


 

海峡へわがフルートを吹きいだす空の高さへ海の青さへ

 巻頭歌の隣に置かれた歌である。著者は下関在住だから「海峡」は関門海峡だろう。作者の吹くフルートの音色は、はるかな空へ海へと流れていく。芯にあるのは、のびやかで明るく健やかな人柄。そしてフルートを吹くという意志。この意志はフルートを奏でることに限らず、短歌の創作や心理学の研究に通じるものである。

部屋うちに松風の音めぐりゐる母の帛紗は藤色なりし
母上ではじまるメール届きたりむかし「寿限無」で笑はせし子よ

 一首目、亡き母上は茶道をたしなまれていて、作者の脳裡には帛紗の藤色が鮮明に残っている。二首目の「子」は、メールに「母上」と書くような大人に成長した子息。親しい中にも礼節を重んじる家族であることが覗われる。

砂箱に向かへる人は手探りにおのれの森の中へ入りゆく

 四十代後半になって大学で臨床心理学を学び、大学院では箱庭療法と短歌をリンクした修士論文をまとめたという。箱庭療法で砂箱を前にしたクライアントは、戸惑いながらも次第に自分の心の森の中へ分け入り、その景を映した箱庭を作り始める。

あの頃の私を覚えゐてくれる君ゐて今日はいつかのある日
きみとわれ婚は三十五年なり 混沌(カオス)はいつか宇宙(コスモス)となりぬ

 医師だった夫君は、平成十六年に六十一歳で亡くなられた。衝撃は察するに余りあるが、著書はそれを乗り越えて、米国心理学会のトロントでの学会発表を果たす。一首目の「君」は病にかかる以前の夫君と思われる。この歌には過去・現在・未来が含まれている。時は移り、現在はかつての未来である。二首目は亡くなられる少し前の歌。著者の宇宙(コスモス)には永遠に夫君がいて、亡き後も作者を見守り励ましている。


アメリカ西部で生きた
男の歌


吉富憲治歌集
『雷火裂け継ぐ』
書評 田宮 朋子


 

 二〇〇二年から二〇〇六年四月までの作品を収めた第三歌集。作者は三十年近くアメリカで暮らしたが、その生活に終止符を打って二〇〇六年晩春に帰国した。

ふっと湧く帰化してみるかという思いアリゾナ荒野に雲仰ぐとき
天地(あめつち)は斯くて成りしか降り頻り大峡谷に雷火裂け継ぐ

 巻頭と掉尾の歌である。「あとがき」に、「アリゾナ州やユタ州を幾度も旅した。赤土の荒野が延々と続く風景は、今日でも胸裡に鮮明である。アメリカの西海岸を旅行なさる方々には、少し足を伸ばして訪ねて欲しい(中略)雄大で荒々しい天地(あめつち)は、必ずや忘れ難い感動を呼ぶことであろう」とある。帰化の思いが湧くまでに、アメリカ中西部の自然は作者の性に合っている。荒々しいエネルギーに満ちた自然風土は、本歌集にみなぎっている男性性に通じるものである。

派兵せし故国にあれど苦学にて学びし憲法変わらず至宝
アメリカの土にはならずメキシコの土にならむと酔えば言うホセ

 同時多発テロ、イラク派兵などの硬質な時事詠や、移民問題などを凝視した社会詠が多い。二首目、同じく異郷で暮らすメキシコ出身のホセとのやりとりが温かい。

飛び石のごとき記憶を辿りゆき故国の雨の紫陽花に遭う

 「飛び石のごとき記憶」という比喩が卓抜である。「雨の紫陽花」はしっとりとしていかにも日本的で、アメリカ西海岸の自然とは対照的である。この歌集には望郷の念が底流していて、それを詠んだ作品の多くは抒情の質が湿潤である。

癒えよ妻白む皐月の朝雲を祈る思いに窓に仰ぐも

 妻の病の治癒をひたぶるに祈る心。その後、妻は治療を受けるために日本に帰国、これが著者の帰国につながった。


ゆたかな生命感覚

土肥朋子歌集
『涼しいうさぎ』
書評 田宮 朋子


 

 湖北で生まれ、今も琵琶湖の近くで暮らしている著者の第一歌集。この地の豊かな自然風土は作品に色濃く反映している。動物詠が多く、歌集題になっている兎はもとより犬、猫、熊、狸、モグラなどの哺乳類、カモ、サギ、キンクロハジロなどの鳥類、さらに亀、カナヘビ、蛙、サンショウウオ、メダカ、蝶、蜂、トンボ、蛍、コオロギ、タニシ、シジミ、ナメクジ、カニなどたくさんの動物が出てくる。わき役として出てくるので目立たないが、作品にみずみずしい生命力をもたらしている。

わが足の甲にまたがる雄うさぎの腹の和毛(にこげ)のほんのりとせり

 歌集題となったうさぎの名前は「スズ」。本集のはじめのほうで生後二十日の子うさぎとしてやってきて、終わりのほうで老齢で死ぬ。信頼しきって飼い主の足の甲にまたがるうさぎ。その柔らかな毛の感触に作者は心なごんでいる。

眠りいるみどりごの髪窓ごしの淡い日差しに雀色せり
抱かれて蝶を目に追うみどりごの頭かすかにひなたの匂いす

 一首目、「雀色」は色であるが、無心の赤子にかわいらしい雀のイメージが重なる。二首目は蝶を目で追う子があどけなく、「ひなたの匂いす」には至福の思いが読み取れる。匂いという感覚表現が多いことも本歌集の特長である。

畑すみのトマト抜くとき枯れかけし茎のするどく匂い立ちたり
小声にて資金繰りなど聞く机に萩やわらかく今朝は垂れたり

 動物だけでなく、植物を詠んだ歌からもみずみずしい生命感覚は伝わる。二首目は生業である税理士事務所を詠んだ歌だが、実務の場に萩の花がうるおいを与えている。


母は二十四

上葡q旦歌集
『くろつぐみ』
書評 永井 正子


 

 「塔」所属の作者の九年間をまとめた第一歌集である。

曇る日はものみなかげを失ひてるるつぽうぽうと雉鳩の鳴く
翡翠(かはせみ)がくはへて飛び立つ鮒の目に映りてゐやう遠離(ざ)かる水
ぶな(漢字は木偏に無)の木の間よりそつと覗きみる遠く小さきオホルリの胸
スコープを背負ひて登る涸沢にツピツピ日雀(ひがら)の声の従きくる

 集の半ばを占める探鳥の歌。作歌の熟練度を写すそれらは、結句で「鳴く」と声にのみに括る手法を越えていく。抒情的で細やかな観察が臨場感を湛え、抑えきれない瑞々しい感動が一首から溢れ出してくる。生来の感性が歌に開花したと見たい。

気がつけば日は翳りをり生駒嶺の動かぬ影がふいに近づく
江戸城の松の廊下の刃傷を我がこととして刻みてきたり
八年目単位の足りぬ学生がわが部屋にきて涙ぐみたり

 母の命と引き換えに生を享けた運命的な悲しみ。それを詠う前段階にあるこれらの作品。物思いから我に返った瞬の違和感が一首目。年月をかけた忍耐の物語が二首目であり、三首目の弱者への共感は、悲哀を内に鎮めていった作者自身の来し方と重なると思うのは深読みであろうか。

吾を産み己を捨つる覚悟せし母は二十四 この部屋といふ
卵かけご飯よろこぶ吾を見むと小さな茶碗を祖母は買ひしか
背に乗れと片手で顔を拭ひつつ吾を見上げし父泣きてをり

 歌柄は平明で、祖父母や父に如何ばかり慈しまれ長じたかは想像に難くない。師の池本一郎氏の鄭重で行き届いた跋文が作者の心に寄り添って温かい。最後に暗示的な一首を引く。

中庭に出る障子戸の一桝をツバメは苦もなく空へ抜けたり


気配を詠う秀歌

岡林孝子歌集
『木の葉時計』
書評 永井 正子


 

 「白珠」に所属し、二十数年を経た作者の第一歌集である。

とほき世の誰かの耳が聞くやうに春近き夜の雨だれを聞く
遠き日の匂ひのありて小雨降る畑に荒草焼く煙立つ
悲しむにあらずひつそり羽化をする心を持てり雨の夜更けに

 巻頭から抜いた。姑、実家の父母と次々に身近な人を送った背景を持つ歌集という。「とほき世」「遠き日」と手繰る記憶は「雨」を仲立ちに、亡き者たちとこの世と過去を行き来する鍵のように思われる。過去は睦み合った日々のみではなかったろう。恩愛の枷が解かれ、「羽化」に象徴される、独りのものとなった生に深く静かな安堵が匂う。

飛火野を一人ゆくときもみもみと草食む音と鹿と近づく
この角を曲がらば見えむ噴水の音聞こえたりさわわさわわと
ぎぎ、ぎぎと繁みのなかで鳴くこゑは水の流れの音に紛れず
ぞよぞよと風吹きわたり奥へ奥へ梢の靡く鳥居のうちら

 気配を詠って主体を暗示。爽やかさに程遠いオノマトペは異界へ踏み込んだような不気味な重さがある。

気づけると同時にぱちりと掃除機に一円玉は吸ひ込まれけり
幾枚も戸を閉ぢ過去の日だまりに坐る媼かかほ童めく
手のなかにある糸残り少なくてなほ凧を吸ふ空をおそれき

 掃除機に吸われた一円玉、閉じられた戸の内の媼の表情、残り少ない凧糸など、読者にもどかしさと共にかすかな不安感を共有させる。日常の平凡から非凡を生むこの作者の、気配を詠う技の力に瞠目。紹介したい歌が沢山あった。


呑みこんだ悲しみが歌に

羽場幹恵歌集
『紙の飛行機』
書評 永井 正子


 

 「星雲」「梧桐短歌会」所属の作者の第二歌集である。

ベッドから紙の飛行機がとんでくるおどける夫に安堵する朝
キュウリを食む音さくさくとパーキンソンの翳りちらとも見せざり今朝は
難病の夫をおもえば窓越しの雪の視界のなみだに滲む
腰椎保護バンドを締めて立つ厨デイサービスからあなたが帰る
口にすれば涙あふれん言葉ひとつようやくに呑む姉の電話に

 少年のような夫の仕草を詠んだ一首目はNHKの「介護短歌百人一首」で入選した。番組では二人の生活が全国に放映されたと言う。「一メートル八十二センチ七十五キロ」と夫のサイズを詠みこむ歌もあったが、「腰椎保護バンド」の一首から、愛のみでは如何ともしがたい介護の日々が想像される。悲しみを秀歌に変え、地域での活躍が歌と表裏をなす。牧水顕彰会や児童短歌発展の牽引者としての誠実な活躍を師の林田恒浩氏の跋文が紹介している。牧水公園での歌碑祭などもその一つであろう。

病みながき夫との暮しのエネルギー源あしたは児童短歌教室
歌のノートわれもわれもと教卓へきそいて小さき手をさしのべる
わが町の石で歌碑をと草木(そうもく)の根にまろびつつ川辺を探す
牧水の幾山河を朗詠す児らはひととき歌碑にむかいて

 有り余る時間ではない。それ故に集中し、輝く歌が生まれる。「紙の飛行機」と対をなす少女のような作者の作品を抽く。

背(せな)裂きて黒きぬれ羽そろりそろり揚羽の羽化を息つめてみる


多彩な魅力に満ちた一冊

皇邦子歌集
『チベットの鈴』
書評 なみの 亜子


 

 「新アララギ」の著者の六六六首を収める第二歌集。多彩な魅力に満ちた一冊で、たっぷりとした読み応えがある。あとがきに「攻めの姿勢で歌を作ってきた時期」、「歌集を「編む」という作業を(略)意識的に試みた」と記すように、作歌と編集における自己へのチャレンジが表現領域や技法をおし広げた歌集で、それ自体も刺激的な魅力を放っている。

天窓より差す陽明るき午後のプールわが泳ぐ影の底ひに淡し
道に見しを忍冬(すひかづら)と図鑑に確かめてなになすとなくひと日ゆかしむ
雨戸繰ればまづ見る庭の水鉢にわが知る目高の朝寝の習性

 ことに自己への洞察力と知的な観察力をもちながら、感覚や実感に言葉を任せることで「私」という存在をまるごと表現しようとする歌が興味深い。一首目、「わが泳ぐ影」が水底で定め難く動くものとして捉えられる。人間というものの存在の揺らぎが印象的だ。二首目の自画像もやはり茫とした奥行きを見せる。三首目の「目高」という小さなものへの生活感をもったまなざし。その眼の持ち主を逆照射している。

読み進む夫の草稿いくたびも居心地わるき読点に遭ふ
声が小さいと電話に夫は叱らるる弱点を衝く幼き者に

 家族や身近な人を読んだ歌では、観察の細やかさ、メリハリの効いた描写力がくっきりとした像を描き出す。

心ほどけて金丸座に見る賑はしき囃子に進む浮気噺を

 しばしば挟まれる様々な場所や芸術、本を題材とする歌にも、心地よい冴えがあった。それを自分がどう感じたか、その表現欲の高さにクリエイティブな感性を見る。我にも人にも芸術にも、ジャンルを問わず目利きであることが快い。


やわらかな陽のさす歌

丸山由紀子歌集
『楓(ふう)』
書評 なみの 亜子


 

 「好日」所属の著者の第一歌集。十六年間の作品のなかから四七九首を収める。どの作品にもみずみずしさとやわらかさ、肩の力の抜けた心地よさが一貫するが、そこにはしっかりと陰翳が陰翳としてすくい取られていて、読後に深々としたものが残る。葉の気持ちよく繁る木陰に居て、たびたび風がつくる木漏れ日に目を細める。そんなふうに歌があるのだ。

近づける雷鳴聞きつつ流水に素麺さらし手に揉みており
愉快なる友の言いしを思い出し米研ぎつつも笑いこみあぐ

 一読印をつけた厨歌。一首目の「素麺さらし手に揉みており」で、素麺を流水にもむ手の動き、その力強くもしなやかな手つきや手の丸め具合まで目に浮かぶ。二首目は「米研ぎ」という手作業における手の動きと意識の動きの自律のさまがリアルだ。米を研ぎながら思い出す、なんでもないようなこと。厨仕事を手触りで捉えているのがとてもいい。

庭に出て幼女は苺の花の数まずは告げいる退院の母に
散り敷ける落葉の中に地蔵さま小さきお膝にもみじの二枚

 人間や物に向けるまなざしには、深みと確かな観察がある。細やかでありながら、まっすぐにその「幼女」らしさ、そこに立つ「地蔵」らしさをまるごとやわらかなものとして詠む。

朝刊と眼鏡を夫に供えつつ世界も日本も大変なのよ
山あいに静かに眠る夫起し月に一度は連れ帰るなり

 やがて著者は、夫の急逝に見舞われる。受容のあとの歳月に、その人はそっと寄り添ってくれている。歌に夫の存在感がそのように現れている。悲しみは失せない。だが残された人になおやわらかなものとして添い、身をくるみ、時に揺さぶり、あたためる。悲しみにもやわらかな陽がさしている。


手触りをもつ記録の迫力

西房子歌集
『牧を守りて』
書評 なみの 亜子


 

 昭和四年生まれの著者。第一歌集である本著には、戦争色のなかに育ち戦後を獣医の夫とともに牧場と牛乳工場を営み、夫に先立たれた後も様々な苦労を重ねながら「牧」を守り続け、遂にそれを手放すまでの人生が歌となって収められている。時代の波に翻弄されるいち人間史としての貴重さはもちろんだが、人間の生の時間が、その折々の息づかいを抱え持つ歌として現され積み重ねられていくことで、確かな手触りをもつ記録となった。一冊を通して迫り来る、人の生のなまあたたかさと力強さ。その起伏のありようが胸を打つ。

裏窓に厩舎の灯りほのかにてしきりに牛の草食む音す
子を生みて力なく坐る乳牛に亡き父の使ひし毛布かけやる

 牛と共にある「牧」の暮らし。牛がものを「食む」音や、思いを遺す「亡き父の毛布」をかけてやる、という細やかな描写が「牛」を牛として生かし動かし、そこに寝起きを共にする人の暮らしを、その日その時の息吹をもって立ち上げる。

いづこからも風呂屋の煙突高く見ゆるこの街親し配達に来て

 牛乳配達の歌では街々に味わいがあって、佇まいがよく伝わってくる。「牛乳」という手触りの豊かな物がつなぐことによって、描かれた景にいきいきとしたものが通うのだ。

広き牛舎に片寄せてつなぐわが乳牛姿さまざまに昼を眠れる
杖曳きて空の牛舎に入りて来ぬ連なる閂(かんぬき)むなしく光れり

 やがて牛舎が閉じられる。その眺めがどんなに哀しいものか、息づかいで伝わる。家族の歌にも濃い手触りがあった。

幼子の手をひきて行く畑の道濡れて動かぬ蝗が一つ
弟の作れる鉢の菊匂ひ里に静かな昼の過ぎゆく


情緒が極めて安定
している


橋本成子歌集
『声はかるがる』
書評 寺井 淳


 

 いつものように付箋紙を貼りながら読み始めると、冒頭の、

うれしさはいつも不意なり春一番が庭のじょうろをからから鳴らす

からはじめて、たちまち付箋まみれになり、慌てて自分の中のハードルを数段上げなければならなかった(この歌では、「いつも不意」という成句と配される出来事の組み合わせが秀逸)。すべての歌の水準が高くそろっており、人間なら「情緒が極めて安定している」というところ。こういう歌群では、いい歌を探そうとする必要はなく、逆にこれらを基準値として自分自身のツボの在処を改めて教えられるので、多くの付箋付きの歌からさらに気になる歌を選ぶのは、本当に楽しい時間である。

葉桜の下に電話を受けておりフロントガラスにゆれる葉洩れ日

 何気ない一場面だが、態々停車して受けた電話の向こうにひろがる人事から、葉桜を洩れる陽光の情景への移行が巧み。

行き違い列車は黄色く灯をともし家族くらいの人数が座す
麻植郡が吉野川市となりてよりルビ振ることもなきわが住所

 一日数本の列車が行き交うだけの単線の一場面で、「家族くらいの人数」が、このうえない寂しさをリアルに言い留めている。このリアルは、二首目に詠まれている日本現代社会の現実ということでもある。

耳の記憶は目よりも深い死にゆきし大原麗子の甘やかな声
大いなるフェリーの舳先がガンダムのごとくに動き車吐き出す

 大西和重さんの装幀が、題字の配置に至るまで極めて上品洒脱で、歌の素敵さをいっそう引き立てている。


生き残ったものの
ためのかなしみ


杉山貴歌集
『ひとりでも』
書評 寺井 淳


 

 「かなしむこと」は生き残った者のためにある、ということを改めて確認するような歌集である。「かなしむこと」の大きさは、「あいすること」すなわち愛していた者、の大きさに比例している。つまり、歌の本源である「相聞」と「挽歌」、この二つ(だけ)で歌集はかたちづくられている。

夢のようなお家だね、そのことばがなにより嬉しい木造の家
静かなることは安らかなこと眠らずにいてきみを見ていよう
基本的に天国なんて信じない、でもそんなものがあって欲しい

 愛する妻の発病と死を〈私〉は歌で追体験してゆく。歌という形式のおかげで「かなしむこと」に形が与えられ、対象化することが可能になる。歌のひとつの徳ともいうべきだろう。それがなければ、〈私〉は現実にたち戻ることができなくなってしまう。たとえば右に挙げた歌に対して、次の歌はどうだろう。

この家のお台所、夢のようだ、日記に残るきみの遺言
眠っているときだけが痛くない、だから永遠に眠ったんだね
やってあげることはないですか?天国のきみに私は必要ないか

実は読者としては、これら時間による(ある意味では強制的な)対象化を経た歌の方に、より心をうたれるのである。「この家の」は、歌集のちょうど真ん中にあって、歌群に楔を打ち込むようであるし、「眠っているとき」「やってあげることは」の二首は歌集の後尾にあって、妻の魂の平安への静かで深い祈りだと感じる。そして読者として、「きみに私は必要ないか」とつぶやく〈私〉の姿に、文芸の厚みを思うのである。


猫と/のたくらみ

中野道雄歌集
『サッちゃんと猫』
書評 寺井 淳


 

 「そのとおり!」と思わず膝を叩きたくなる、たくらみと猫に充ちた歌(句)集である。歌集名にしても、〈サッ、ちゃんと猫〉とも読めながら、冒頭は犬の歌であるところがまた人をくっている。

「犬がかみます」とかすれた墨で書いてある、「猛犬注意」とあるよりこわい

そのとおり。「かむ」という動詞より、「猛犬」という名詞の方が抽象度が高い(実物からの距離が遠い)ので、そのぶん怖さは薄れるのである。〈私〉にはそれがよく解っている。

「もったいない、なぜ別れたか」と子に問えば「もったいないという問題じゃない」

そのとおり。父はいつも不器用で、父娘の関係はなかなかビミョーなのである。もちろん、次のような歌も詠めるのだが。

社員証首よりさげて髪括り立ち居働く子の姿見ゆ

 猫が出てくると快調である。

国勢調査書きこみおれば妻がいう「猫を書いたら叱られますよ」

そのとおり。けれどプライバシーに配慮する調査票は、紙に封入して提出できるので、〈私〉はタマを家族の一員と言い張るのである。たぶん。

サッちゃんが猫を評せり「深い知恵なんか無いけどある意味賢い」

そのとおり。犬が儒家なら、猫は道家なのである。

ゆかしくも先生机下と便りあり、机下に眠れる猫に見せけり
思わずも鄙には稀なとつぶやけり旅行く町の窓辺の猫に

このとおり、猫の歌ならいくらでも挙げられるのである。ただ、他のたくらみや俳句に触れられないのがまことに残念。


本当の自分は意識の中に

落合花子歌集
『楽の心音』
書評 浦河 奈々


 

 人生終盤の節目を迎え、本当の自分の居場所は場所ではなくそこに生きるという意識にあり、短歌はそういう意味で不変の居場所だという作者の覚りが作品の実りとなった第三歌集。

私でなければあなたの仕業にて宿根草の株植え戻す
こっそりとベッドの君の手に触れるずっとつないで生ききし日々に

 一首目は歌集の初めの方の歌だが、生き生きしてめげない性格の作者と夫の日常がユーモラスに詠われている。またこの上の句は推理であり、作者の「自分の居場所は意識」という思いが微妙に反映されて歌を奥行のあるものにしている。そんな「あなた」が病に倒れ、歌集後半で作者は二首目の歌を詠む。一首目と二首目は互いに響き合い、長く連れ添った夫婦の愛を歌集の中に醸し出している。

生き生きと光る目四つ野猿抱く少女覗けり茂みの向こうに
ただそこにあれども手触れぬ川の面に釣り糸垂れる男ありけり
白浜を駆ける子の夢見てしまう子を持つ親となりたるその子
丸石で囲める泉に子が遊ぶ首洗いなる昔は知らず

 さて、そんな作者は旅先で遭遇した野性の生命に敏感に反応する。野猿と少女の一体になった「光る目四つ」が印象的だ。二首目は確かに人が川面に触れる機会はあまりないが、その触れざる内部に釣り糸を垂らす男がいる。上の句は意識であり、なにげない景が普遍性を帯びる。一方、過去を包含する作者の意識は三首目では子の鮮やかな夢をみる。また四首目の子(こちらは孫だろう)はその怖ろしい来歴を知らず泉に遊ぶ。「知らない」ことが歌で相対化されるとなんとも怖くて印象的である。二、三、四首目は「意識」にその根拠があると感じた歌である。


普通のこと

藤江嘉子歌集
『百草』
書評 浦河 奈々


 

 昭和四十九年より結社に所属し、四十年以上にわたり詠いつづけてきた作者の第七歌集である。作者は若い時から作り続けてきた短歌をつくることは普通のことという。たしかに歌が生活の一部であるかのように日常や自然が淡淡と詠われているが、韻律に長く詠いつづけてこその老練さが感じられ、対象に向けられたその視線にもしばしばはっとさせられる。

早朝のプラットホームを歩む鳩羽もつものは行き止りなし
遊園地ひとつ消ゆると知りし日に池の涌き水先ず思いたり

 羽のあるものはホームが途切れればそのさきへ飛ぶことができる。さりげないが深い把握であり、結句「行き止りなし」に力がある。また二首目は事実かもしれないが、遊園地と涌き水が喩のような印象もあり、直観的なふしぎな鋭さを感じる。

山茶花は幹見えぬ程咲きいたり子の誕生日子は遠く住む
集めたる雛は一万五千体人とのゆかりふと息苦し
おそらくは蝉に選ばれ耐えている幹とおもいぬ声あつく沁む
火の色に関わることなくものを煮るかかる年月あとわずかなり

 一首目は上の句の山茶花の過剰さや下の句の「子」の繰り返しの韻律に、作者の遠く住む子への深い思いが表れている。このような歌に淡淡とした印象とは違う作者の歌詠みの情念が思われる。二首目は、一万五千体もの雛を集めた人の縁は想像しがたいが、それを意識の小さな覚醒として「ふと」と詠むのが作者の老練さである。また三首目の「耐えている幹」という擬人的な表現には抑制された作者の情念が感情移入されているのだろう。一方、四首目の作者は自身の未来を見据えて淡淡と詠む。上の句は電磁調理器と思われるが、解(ほぐ)された表現が事実を歌にする。歌を普通のことといえる作者の手並である。


切実な肉声

三田村正彦歌集
『増殖無限』
書評 浦河 奈々


 

わがまなこ敗者の沼のごとし春生まれ変はりしものなべて見ず
浮き上がれ 空を墜ちゆくグライダーもうすぐ人の臭ひの渦だ
袈裟懸けに切られるよりは閑職に置かれる春の日溜りが良い

 作者は定年退職前の現在まで長く公職に身を置く人であり、一首目の「敗者の沼」という表現に作者の生きる戦場のような境涯の厳しさ、重さを想う。二首目は口語に衝迫力がある。墜ちゆく先の「人の臭ひの渦」には人間(じんかん)に生きる怖さがひしひしと伝わってくる。「浮き上がれ」は作者の切実な肉声であろう。作風は描写よりむしろ主観的なイメージの喚起力で歌を立ち上げてゆく印象だが、このような苦しくも烈しい境涯詠とともに三首目のような率直な心情の吐露もあり、その抒情は多彩にして生生しく、心打たれる。

歯をすべて残したままに逝きし父まだまだ食べる力があつた
火の中の火の明るさの限りなし闇あるゆゑのあかるさである
洗はれてつひに光の子となりし蒼き茶碗は卓袱台の上

 作者はまた、父の死後の自分自身を検証するためにこの歌集を上梓したという。集中には父の亡くなる前後を回想する歌も多いが、中でも一首目は亡き父の歯に着目した作者の視線に、生生しさと同時に深い追慕の情を感じる。また二、三首目の「火の中の火」「闇あるゆゑのあかるさ」や「つひに光の子となりし」という捉え方には、日常の小さな発見に自身を託して詩的に昇華させたいという作者の思いが息づくようだ。歌への情熱が今なお衰えていないという歌歴三十年の作者の第二歌集である。


全力のクリエイティブ
現場には


川本浩美歌集
『起伏と遠景』
書評 岩内 敏行


 

 昼夜をいとわず、急いで走り抜けてゆく姿。〈がつくりと睡りに落ちる瞬間をまなうら迅き星わたりたり〉からは、疲れ果てて眠りの深淵へとしずむ一瞬の様子を掬った把握がある。川本浩美はフリーのイラストレーターとしての激務にたずさわってきた。たとえば、〈あやふやに会議はすすみわが舌は口内炎にさはりてやまず〉を読むと、クライアントのはっきりしない態度、見えない方針を聴きながら、触れると痛い口内炎にあえてふれて心をしずめる姿があり、はっきりモノを言えないもどかしさが詠まれている。そして、クリエイターの仕事は「そこから」である。夕方に受注した内容のデザインを翌朝までに仕上げる。だから時には〈擦り減つたカーペットのうへの腕まくら仕事へむかふからだを殺す〉と、擦り減り、やや変色した職場のカーペットの上に仮眠をとる様子を「からだを殺す」と表現。職場で、蛍光灯が煌々とした中、床にうずくまり、自分の腕を枕にして仮眠をとる様子がありありとつたわる。疲弊した中でも〈投げやりのこころに夜の台所に味付海苔の数枚を食ふ〉では、しずかな夜の台所に、無心になって味付海苔をパリパリと食べる生活感が、〈ざらざらと皿かたむけて柿の種頬張ればしばし敗者のごとし〉には、柿の種の音に注目しながら、小さくなっている自身の心が、それぞれ見えてくる。「味付海苔」や「柿の種」という素材が主張しすぎずに生きていて、より現実的に暮らしの一面、クリエイターの日常や実情を歌へととじこめる。
 著者川本浩美。これからもより多くの歌をのこし、表現を深めていってほしいとは誰しも思うこと、…だが、叶わない。川本は二〇一三年二月一日に五十二歳で急逝。〈自転車を漕ぎゆくときに水たまりあればかならず踏みたくなりぬ〉とあるように、障壁をまっすぐ突き抜けつづけたひと生だったろう。この歌集は、彼の死を惜しむ仲間達が並々ならぬ思いをこめてまとめた。その切実な心に、『起伏と遠景』の歌々は遠く応え続けるだろう。


土の呼吸をつなぐ人

成吉春恵歌集
『紫雲英』
書評 岩内 敏行


 

 〈鍬ひとつ入るる度(たんび)に深呼吸しているごとし畑の土は〉を読むと、春の畑の土の匂いが届くようだ。鍬を土にいれて起こすと、土が、日を浴びてうごくようなたたずまいが感じられる。そのことを、「深呼吸」ととらえる感覚。この感覚は、「水に近い湿つた土が暖かい日光を思ふ一杯に吸うて」という長塚節の『土』の、春をつかむ感覚とも響き合う。「入るる度(たんび)に」という二句目の軽快なリズムには、冬から春へと季節が移ろった後の心の軽やかさまで感じられよう。初夏、〈裸足にて水田に入れば指の間の泥は原始のままの感触〉からは、裸足で水田の泥に踏み入れたときの、指の間につかんだ感触をつたえる。オノマトペではなく、「原始のままの感触」という下の句が生きる。人類が農耕に明けてから今にいたるまで変わることのない感覚が、言葉につながる。夏。農作の現場は、〈へばり付く作業着の背を容赦なく真上より射す旱魃の日は〉のように、大汗をかいてぴたりと背に作業着がはりつく。そのうえ、土から水分を奪うほどの烈しい陽も射してくる。「へばり付く」が、汗を吸った作業着の重さまでをつたえ、きびしい夏の農作の様子を感じることができる。そして、秋。〈ひと夏を着たる野良着の色褪せて今年も実りの秋の来にけり〉は、その厳しい夏、その日々の汗を吸った作業着の色があきらかに褪せたことを、あるときふっと気づく。その色に気づいたとき、それが収穫の秋の到来なのだろう。「今年も実りの秋の来にけり」の、「今年も/実りの/秋の/来にけり」という細分化に、秋のおとずれを待ちに待った心躍りが、よりつよくつたわる。…夏は遠ざかり、冬が近づくころになっても〈夏の疲れをいまだ引きずる夫へ摺るとろろとろとろ秋深めつつ〉。疲れの癒えない夫に摺るとろろ。「とろとろ秋深めつつ」には、ゆっくり疲れを癒してほしいと願う妻の思いが沁みる。共にまた、あたらしい春の土の呼吸をきくために。


これまで、これから

上野直歌集
『そのこと』
書評 岩内 敏行


 

 〈握った手握り返してくる君の温きふっくら白き手なりき〉から、言葉のない、静寂な中で、にぎりあう手。その手にぎゅっと力をいれ、それをにぎりかえす。その答えから、たがいに手を携えてあゆんできたふたり。「これまで」そして「これから」。これまでを書きかえることなどできないし、「これから」何が待っているかもわからない。だが、〈前頭葉側頭葉の萎縮とて妻からわれの消えむとすなり〉には、ずっと連れ添ってきた妻が「前頭葉側頭葉変性症」を患い、状況は大きく変わる。ひとつひとつの「これまで」の記憶、自分との記憶が消えてしまうことへの言葉にならない思いをそっと歌に込める。それは次第に、〈初詣妻を誘えば「それなに」と失せし言葉もここまで来たか〉と、「初詣」という言葉が記憶から消えるように、ある時、ふっと、確実な衝撃をともなって来る。結句「ここまで来たか」という絶句に「これから」の暮らしを思い、鬱々とする。妻の記憶がすこしずつ、すこしずつ消えてゆく分、これまで、思い出さすことのなかった記憶が作者にはよみがえる。〈原点に帰れと窮地に立ったとき言われる言葉いまがそのとき〉には、仕事に行き詰まったとき、妻から言われた「原点に帰って」という口癖。介護の日々の疲弊の中、さまざまな思いが往来する中に、思い出す妻の言う「原点」。これは今、このときのためにあったのだと、みずからを諭すように、心に鬱積する声をしずめてゆく。その原点も心をかるくすることを手伝ったのか、〈そのうちに「どちらさま」かと聞かれるぞ「あなたの僕(しもべ)」と笑って言うさ〉の下の句に感じられる多少の心の余白が生まれる。「笑って言うさ」の後にひろがるのは諦めではなく、「これまで」の光のような時間が「これから」の時間へとつながる灯りほどのあかるさなのではないか。朱色のバックに「そのこと」という文字が白く発光しているような装丁は、朽ちない夫婦の心の奥へとつながる。


みほとけとともに

竹島智子歌集
『大悲の風』
書評 浜名 理香


 

 昭和四十二年、大学生の時に「白珠」に入社し出詠を始められ、この度は三冊めの歌集である。歌集名に使われている「大悲」は衆生の苦しみを救う仏・菩薩の大きな慈悲を表す。真宗の寺に生まれ育ち、高校教師として教鞭を執るかたわら、仏の教えを学び、得度し、寺の住職をつとめていらっしゃる。

みほとけの大悲の風に吹かれゆくわが現し身の至福を思ふ
みほとけのみ手に抱かるる思ひありて過ぐる歳月さやさや吹く風
お浄土の風吹きわたれ人天蓋(にんてんがい)頭上に在りて明るき御堂
人々の喜び悲しみわがことと思ひて過ぐさむ澄む虫のこゑ

 尖るところのないやさしいしらべが耳に心地よくひびく。美しいしらべは神や仏のお耳にとどくものであり、衆生の訴えの仲立ちをするのが歌であることを思いださせる。「人々の喜び悲しみわがことと思ひて過ぐさむ」と歌われるが、こと改めての決意ではなく、これまでもそう思う日々であり、それがいよいよ深まったのである。

葦舟となりてあなたも行きたまふ早々と過ぐる歳月の音
夭折の人の手作りマフラーを切なく見つめてわが首に巻く
師の君への最後の見舞に「あ」の口の形したまひしこと思ひいづ
亡き妻の後追ふごとく逝きたまふ人のありけり切なき現し世
人間はうぶ声の後も泣きながら生きてゐるかも知れぬと思ふ
芭蕉葉のゆらゆら揺るるわが庭に生死一如の風渡りゆく

 生と死を見つめる歌が多く、胸に迫る。「葦舟」の歌は、奇しくも同じ日に生を受けた河野裕子さんへの挽歌である。


水のうた人

権藤久美子歌集
『百和香』
書評 浜名 理香


 

 齋藤史主宰の「原型」に二十歳で入会し、二〇一三年の終刊まで四十六年間所属されていた。その作品を纏めたのが、この度の歌集である。

いい夢を見る方法があるんだよ 宙に吊られて自転車瞑る
帰路を風に吹き晒されて来し夫かコートを脱ぎてもしばらく無臭
スニーカーに川沿いの道駆けるがに春のミシンに布送りゆく
朝に一花夕べに一花とはららぎて鉄砲百合が顔を失う

 店頭に吊られた自転車は、いかにも危うげで不安定だが、「いい夢を見る方法があるんだよ」とこころを打ち明ける。夫の脱いだコートが「無臭」だったことによって、風に吹き晒された帰路を思う。また、ミシンをかける軽快さを「スニーカーに川沿いの道駆けるがに」と喩え、鉄砲百合が花びらを散らすことを「顔を失う」と実感する。作者の心に映る風景には、はっとするようなおどろきがある。あとがきに「詩へと昇華させる努力を惜しまぬこと」を含む三つの師の教えを上げていらっしゃるが、師の言葉をしるべに今日まで研鑽を重ね、ひとすじの道を歩んでこられたことが、歌から推しはかられるのである。

手に圧せばしずけき応えするならむまず先がけて水に夏来る
蛇口より奔れる水の垂直と紫あやめをひたのぼる水
背凭れを十度倒せばゆるやかに流れ始むる内なる水が
水面より生れて水面に帰る風灯心蜻蛉(とうすみとんぼ)の影流れたり

 水は手に圧せばしずかに圧しかえし、蛇口を奔り、紫あやめをひたのぼり、身の内をゆるやかに流れ、風を生み、蜻蛉を乗せる。水は命の源であり、自然界を巡り流れるものである。作者は水にもの思う歌人でもある。


夏のわかれ

東淳子歌集
『晩夏』
書評 浜名 理香


 

 「私は、かの敗戦の夏を父の死と重ねて思ってきた。そして、先年の母の死。また、私と人生を共にしてきた人の死。最も大切な人の死が、なぜか偶然にも夏にかさなった。」作者にとって「晩夏」は「挽歌」とひびきを同じくするものである。

老いびとのねむりのための子守唄つくりてわれはあなたに唄ふ
さしいだす匙にああんと口あけてわが生き仏すこやかに食む
その顔に白布掛けやる死と眠りきつぱり分くる一枚の布

 あなたと呼ぶ人を、生き仏と思いあらためるとき、うつし世を離れ愛が昇華する。至上の愛がかがやく刹那、訣れはそこに佇む。死と眠りとをきっぱりと分かつ白布の非情によって、受け入れがたき死を受け入れる作者の気丈さがかなしい。

かなしみをわれに最もあたへたる母なり 万人に万人の母
脳(なづき)よりもの抜けおちてゆく母のさいごの脂(あぶら)ならむ 私
かなしみをつかひはたして逝く母の枯れ葉のごとき最期の面(おもて)
ふるさとの墓にねむれる母ひとり空海さんにおまかせ申す
わが父を殺めしものを「戦争」とひと口にいふ「人間(ひと)」とはいはず

 戦死した父。その後の生を終えて逝く母。「母のさいごの脂(あぶら)」である娘という自覚。いずれも深い傷から逃れ得ぬ歌である。

この街のみしらぬたれと分かたれし西瓜ひときれ買ひてかへりぬ
両の手の荷はかろくせむ女雛には扇を男雛に小さき笏を

 そぎ落とされた言葉にも、選び取られた場面にも、洗練された美しさがある。第七歌集。


広島を思い抜いて

上條節子歌集
『森喰うわたし』
書評 谷村 はるか


 

家内のあちらこちらに椅子置いて蝶のようにも止まりゆく母
さみしいか電話の度に子の問えばさびしがってやるポトフのように
骨壺はじんわり膝を温めてわたしをいつか抱く膝がある
まるごとのキャベツに体重のせて切るぐさぐさ泣くは母かも知れず

 洗練された機知。四首目は上句に序詞的技法が見え興味深い。編年体の本書は読み進むにつれ、自己の内面に錘を下ろした表現へと深みを増す。特に巻末近くの老母を想う歌は深く沁みる。

母逝けばきっと思い出す耳半分受話器をはずし聞く母の声
青い傘ゆうやみに母がゆらしおりバスの窓ぬぐい両手振るとき
いっしょに暮さぬわれはきんぽうげひねもす母に相槌を打つ

 そして、随所に表れる広島の地名や風俗は、私には親しい。

被爆者手帳ついに持たざりし父なりき六日はいつもひとり庭にいた
供出のむすびを集めトラックは広島に向かう六日の午後を

 叙事に徹し、作者が語るのではなく記録に語らせることでみごとに〈人間〉を伝えている。「六日」はもちろん八月六日だが、年が違っていて、二首目は昭和二十年の原爆投下当日。あまり知られない入市被爆を描いた貴重な短歌である。

今はただ死者のみ棲める公園に建物疎開の叔母の朝ありき
縋る少女置き来しと義母は投下日を吐き出しゆっくり自分を忘れた

 突き詰めて広島を思い抜いた作者でなければ得られない表現だ。時間をかけて想像を働かせながら読んでほしい。


清潔な距離感

児嶋きよみ歌集
『月のドナウ』
書評 谷村 はるか


 

雨に濡れ帰りたがらぬ犬とゐて水田に映る谿はもう初夏
真昼間にこたつに入りてひとりなり喪服の黒が両腕拡げ
輪になりて子らの見つめる水たまりひとりの男の子水に入りゆく
夏の朝水垂る音に目の覚めつ母屋の屋根の急な勾配
いまを生き過去をも生きてひとは在る震へる声を押さへて君は

 あからさまな感情語や、俗語は使わない。対象には感情移入せず、距離を保つ。適度にクールな筆致が作者の個性である。
 かと言って、無味乾燥なのではなく、

購ひ来先の尖りし赤き靴ひとの目寄せてまぶしき真昼
高橋真梨子夜半に聴きをり遠き日の明るき涙すこし思ひて

 などには、細やかでみずみずしい心動きがある。「ひとの目寄せて」という抑えた、客観的な言葉を使いながら、少しのはずかしさと、ひそかな心はずみを表現している。「明るき涙」も、胸にうったえる。誰もが立ち帰ることのできる懐かしい場所を提示する。大人の女性だからこそ歌えた二首であろう。

つつしみて生の端緒に佇ちながら二重まぶたの赤児目を張る
飛行機でやがて旅立つ赤児とて見つめてをれば不意にほほゑむ
烈風にさらはるる夢ふうはりと若き家族を空よりおもふ

 孫を歌ってもこのように、対象との清潔な距離感は保たれる。だからこそ歌の中の赤児は、ひとりの人間としてあざやかに自立し存在している。

電話にて伝へむとして母の亡く声を出さずにゐる吾のあり

 巻末近くに置かれる、逝く母の歌も、数は少ないものの、やはり清潔な敬意が感じられて、印象に残った。


自在を貫く

梅田啓子歌集
『ふたりご』
書評 谷村 はるか


 

冬空に拳(こぶし)をかざす花梨(かりん)の実シュプレヒコールも遥けくなりぬ
水芭蕉の苞(ほう)のかたちにうしろ髪結(ゆ)いし娘が見舞いに来たり
茗荷(みょうが)の芽が幟(のぼり)のごとく突き立てる朝(あした)アドレス一つ削除す
まなかいに白きうなじのうつむけば銀杏(ぎんなん)に似る骨うかび出(い)づ
コマ送りの粗き映画をみるようだ昔のことを責めてむすめは

 なんといっても自在な比喩が印象的。展開の大きな飛躍も目を引く。具体的な観察眼と、表現上の冒険を怖れない柔軟な歌ごころが持ち味である。

花の上に風に圧(お)されて回りたり紋白蝶は蜜を吸いつつ
姓の違(たが)える四人となりぬ 家族増え祈りの時のすこし延びたり

 具体的という美点の表れた歌。愛らしく季節感あざやかな一首目は作者の代表歌となるだろう。祈る時間が延びるという体感をもって新しい家族の形を描く二首目も新鮮だ。

人疲れしたる日のよる栗をむく栗むき栗むくテーブルの上
魚には発熱というはあらざるやひかりまぶしき冬晴れの朝
ノブ回す、雨戸を閉める、髪を梳(す)く、右の肋(あばら)に直(じか)につながる

 既存のルールにとらわれず、自分の新しい表現を探し求めようとする意欲を感じる。その自由な挑戦心を貫いてほしい。
 たくさんの註釈は、幅広い層の人が短歌に親しめるように、という気持ちの表れ。はじめから注釈なしでわかる言葉を使って作歌する、という方法もあるのではないかと思った。


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