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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 青磁社通信 Vol.16

〜巻頭七首〜
名古屋風の幼年を経て

岡井 隆
 

御器所(ごきそ)から吹上(ふきあげ)へ細く降りて来た赤土の道がきのう終つた

親だとは思はずいつも〈母〉だつた鶴舞(つるまひ)の鶴つねに凍鶴(いてづる)

市電いま軽い傾斜にかかりつつ降りこぼしたりデッキの人を

幼年期。学校つていつもなんだらうつておもつてていつも行つてた

七重八重咲く棣棠(やまぶき)は橦木(しゆもく)町はじめて父が男だと知つた

主税町角(ちからまちかど)の男と親しくてさげすんでもゐた 幼年つて道(みち)

町筋は小さな祭でもあつた大擧して父が、また母が来た


〜エッセイ〜
犬・うつつの犬


水原 紫苑
 

 一昨日の夢である。
 わが家の昔の台所の、敷居の向こうに茶色の毛のふさふさした犬がお座りをした。
 チビだ。私が知っている最初の犬である。
 夢だと気づかない私は、三十年あまり前に死んだチビがいることをいぶかしく思った。
 近づいて撫でてやればよかったのに、それができなかったのは、こわかったからだ。あちらの世界に引きずりこまれてしまいそうだったからだ。利口なチビはじっとしていた。
 すると、しばらくして、チビの隣りに、金茶色の毛の犬が来てお座りをした。
 これはミーコだ。名前は猫のようだが、私の青春時代を守ってくれた犬だった。
 そして、もう一匹、今度は黒茶色のたくましい犬がミーコの隣りにお座りをした。
 これはミー太郎だ。庭の土手から落ちて、行方不明になってしまった気のいい犬だった。
 ここに至って、私もすべて夢なのに気がついた。三代の犬たちは行儀よく座って、決して敷居の中に踏み込んで来ようとはしなかった。
 やがて、場面が変わると、犬たちはわが家の勝手口から、なかぞらへ一匹ずつ昇って行った。
 そのあとも何かほかの夢を見たのだが、眠っている間も、この犬たちの夢だけは忘れまいとしていたので、幸い頭に残っていた。
 しかし、犬たちは何を思って、私の夢にやって来たのだろう。しかも三代揃って来るとは、並たいていのことではあるまい。よほど私に言いたいことがあるのにちがいない。
 思い当たるふしがないでもない。現在の愛犬、トイプードルのさくらは、純白の美女犬だが、気位 も高く、私たちが甘やかすのにつれて威張るようになり、家の中で自分が一番だと考える権勢症候群になってしまったのだ。
 先日は、あろうことか、さくらが母の指を]んで怪我をさせたのである。躾を一からやり直さなければ、と母も私も打ちのめされているところだった。
 夢に来た三代の犬たちは、みな雑種で、庭で飼っていた。曾祖父母までわかる純粋種で、室内で飼われているさくらの様子が気になるのかも知れない。
 とは言っても、犬たちはもう死者だから、さくらに嫉妬するようなことはないだろう。ひたすら心配してくれているのだろう。
 敷居の外に行儀よく並んだ形が、犬たちの心を示しているようだった。
 さくらは大丈夫ですか? いい子にしていますか?
 そう問いかけに来てくれたのだ。
 先輩の犬たちの心が通じたのか、さくらは少しおとなしくなり、いい子になってくれそうに見える。
 もちろん、私たちが可愛さに負けて甘やかさない限りにおいてだが。この点では私がいちばん罪が重いので反省している。さくらを肩に乗せたり、私のベッドの上で自由に遊ばせたり、つけあがらせるようなことばかりやってしまった。頭のいいプードルは人間のすきを狙っていて、自分が優位 に立とうとするそうだ。さくらにとっては、母も私も家来だったわけである。
 犬とのつきあいも大変だが、物心ついた時から犬がいる環境に育った私にとっては、犬がいない暮らしは考えられない。
 犬の夢を見るのも今回は久々だったが、ミーコが死んだあとなどしょっちゅうで、いつかの夢では、ミーコが優雅に着物を着て、庭の小さな池の端に佇んでいたこともあった。
 だが、父、母、私と犬、という家族の暮らしもいつまで続けられるのか。
 さくらは現在五歳である。あと十年あまりは生きてくれるとして、そのあとの暮らしはもう想像することができない。
 十年経てば私も六十に近づくから、自信をもって犬の一生をあずかると言える年齢ではなくなっているかも知れない。飼い主を失った犬ほどあわれなものはないのだから。
 そう思うと、今までの犬たちとの日々や、今のさくらとの時間が、この上なく大切に感じられる。
 両親から離れて、新たな家族を作るという営みをしなかった私には、代々の犬たちの思い出が人生で最も深く時を刻むものになっているのかも知れない。
 人はさびしいと思うだろうか。
 当人にとってはそれはさびしいことではないのである。
 いつか、恋人に、「君は僕と犬なら、犬を選ぶだろうね」と言われて、「そんなことない」と私は答えたが、その答えが嘘なのを彼も私も知っていたのだ。
 夢でもうつつでも、犬と遊んでいたい。


校長室の象

志垣澄幸歌集
『青の世紀』
書評  桜川 冴子

 

木の陰にとまれる大型トラックの窓より一本の腕垂れてゐる
糖尿病の猫がよぎれり散りしける花びら風に舞ひあがる道
老夫婦また一組があらはれて歩めり高齢化日本のひぐれ

 静かだ。何か無声映画を見ているような、或いはまた、物語が始まるような不思議な空間がこれらの歌にはある。一首目は「垂れてゐる」のみの腕。その腕が日焼けしているとか、太い筋肉質のものであるとかそれらいっさいをあえてしない。たとえば、あのミロのヴィーナスが腕を失っている故に様々な想像を私たちに与えてくれるように、これらの歌も何かを孕んでいる。それらは埃っぽいけだるさであったり、彼方此方から老いのため息が聞こえてくるような淋しい風景であったりして、明るいものでもなく、厳しいものでもない。空間のある、やわらかで静かな情景。著者の美意識と歌の特質であるだろう。この歌集刊行の前年に同じ青磁社から『志垣澄幸全歌集』が出ており、『青の世紀』は著者充実の第九歌集になる。

バックミラーの中を来る妻肥(ふと)りしか女の一生われは見てきし

 かつて著者は「われに添はねばいかなる一生ひらけしか庭隅に草むしりゐる妻」(『遊子』)と歌った。自分と一緒にならなければ、妻はどんな一生の花を咲かせていたことだろうと自らに問う、この歌を重ねて抽出歌を読むと味わい深い。妻の体は自らに添いつつ生きた女の一生を纏っている。その妻を直に見るでなくバックミラーに映して見るところが心憎い。ミラーの中には共に歩んだ人生の風景までもが映っているに違いない。

頭あぐれば歴代校長がいつせいに新米校長のわれに目をむく
校長の意見をと言はれしばし経てやうやくわれのことと気づけり
授業をもたねばさびし校長室に生徒を呼んで面接をする

 年譜によると、公立高校を退職の後、私立高校の校長として現在、重責を担われている。成る程、校長室には歴代の校長の写 真が並んで掲げられており、その多くの視線に射られる「新米校長のわれ」には親しみがもてる。職員会議の場面 であろう二首目も、校長室に生徒を呼んで面接をすることも他の先生方には必ずしも喜ばれていることではないかもしれない。しかし、そうせざるを得ないところに作者の人柄が滲み出ている。味わい深い可笑しみと豊かな生のぬ くとさを湛えた歌集である。

確実に老いゆくことの可笑しさよ獣園に立つ象の皺多し
少年も老い易くして明けの山そしらぬふりに雪かむりゐる
ひとつ世にみてきたるものやさしくて神も悪魔も歴史にゐたり


移動と発見

黒住嘉輝著
『高安国世秀歌鑑賞』
書評 小林 幹也

   本著に収められた文章は十三年間に渡り、「塔」の表紙裏に書き綴られたものである。「そのやり方は、高安先生の十三冊の歌集の一冊を一年で、つまり、一冊の中から十二首をえらんで鑑賞するという方法をとった。」と「あとがき」にある。
 作者はあまり身構えずに、実にさらっと自由な書き方で毎回の評をこなしている。鑑賞は師との思い出を綴った回想録になったり、自分の誤読の告白となったり、連想になったりして、ひとつの型にとどまることはない。けっして背伸びはせずに、肩肘を張らずに書いた文章である。それが著者にとって、十三年もの長い年月、書き続けていく方法だったのだろう。
 そんななかでことさら目立つのが選歌への迷いである。自分の好みの歌ばかりとってしまったのではないか、これでは高安短歌の一面 しか伝わらないのではないかと、といった文章にしばしば出くわすたびに、私は著者の誠実さと亡き師への思いの深さに心が打たれた。
 そんな著者にとって高安国世とはどのような人物だったのだろうか。それはこの鑑賞文を読み進めていくうちに見えてくる。たとえば著者は「今しがた飲みいし街も眼下の冷たき白き光となりぬ 」という高安の歌について次のように解説している。「この作者らしさのよくあらわれた作だと思う。クールな感覚と体温のような暖かさとでもいうようなぬ くもりが感じられて好もしいのである。」
 高安国世は歌人としてだけでなく、ドイツ文学者としてリルケを翻訳したことでも有名であるが、その点についても著者はきっちりと目を配っていると思う。たとえば「何ものの瞬きならん透明の彼方はららかに降りつぐ黄の葉」という歌について「リルケ的世界へ踏み込んだ作品」と記し、また「影生まぬ 地下照明にはればれと踊るミキサーのオレンジジュース」という歌について「リルケの『オルフォイスのソネット』第十五歌の『オレンジを踊れ』という詩句をはからずも思い出してしまった。」と記しているからである。
 また私は、本著によって、高安国世には電車、バス、自転車、飛行機、ヨットなどの乗り物、また乗り物で移動中に見た光景などを詠んだ秀歌が多いことに気づかされた。とくに京都大学を定年前に退官した高安が、バス、電車を乗り継いで関西学院大学まで通 勤するようになってからの歌に多い。たとえば「徐行する列車の窓に川底の泥に陽のさす処見えたり」がそうだが、これについて著者は「かすかなものを、確かな目でしっかりと捉え、的確に表現する。短歌の特質はそうしたところにもある」としている。移動中、一瞬見えた光景をきっちり覚えておいてあとで表現する。そこには忘れがたい光景を発見した喜びも加わっており、若々しさすら感じさせるものとなっている。

瑞々しい詩精神

竹中翠江歌集
『虚空燦燦』
書評 高比良 みどり


 

 『虚空燦燦』は竹中翠江さんの第二歌集である。第一歌集は『花踊る』という題名であった。この二つの題名から思われることは、華やかで眩しい世界である。そして動的である。しかし現実の世界では、夫君の病気、そして死去という悲しみの経験があった。そうしたことを踏まえながらの燦燦であることに注目したい。それ故にこの輝きは「虚空」という限定をもつのである。すなわち昇天の魂との交感において煌めくのである。

もしもわれ空となりなば星くづを散りばめ尽くし人にささやく
もしもわれ雲となりなば春の雲花咲く列島の空にたなびく
もしわれが鳥になりなば翡翠(かはせみ)となり瑠璃の羽君に贈らむ

 「もしも」という副詞は、「もし」の強調表現であり、特に起こってはならない事を予測して言う語である。しかし、ここでは、希望的予測であり、不可視の世界との交感であるといえよう。それは作者の豊かなイメージの拡充を示すものであり、その拡充の中で自然と交感し、人への愛を深めるという浪漫性を湛えるものであろう。故に「人にささめく」「君に贈らむ」という他者への働きかけとなって、「もしも」の世界を豊かにしているのである。作者ならではの個性的な心象風景である。

夢で逢ふ君との逢瀬たのしくてぬばたまの夜つづけよと願ふ
わが看取り拙く逝きし夫なるに夢にいで来て「無理すな」といふ
君と逢ひ君と語らひ君と食ぶ夜の夢の国われを支ふる

 此岸と彼岸の隔てはあっても、せつせつとした愛情の深さは読者の胸をうつものである。

「戦後日本のいろんな意味で大変な時代(・・・・・)を二人の息子と私が大過なき歳月を過ごすことを許されたのは夫の大きな庇護と愛情によるものと思います」

と「あとがき」に記されている。この夫への愛と感謝の気持が『虚空燦燦』の主調音として歌集一巻に響いているのである。ここに見られる「許された」生き方は、著者の人生観であり、歌集の特色ともなっていることに注目したい。著者は、九十歳を過ぎて、なお晴ればれしく瑞々しい詩精神を湛えていることに唯々感動するのみである。

恙ありて閉づる瞼にぼたん色の芝蘭の花はすつくと立てり
庭のバラくれなゐの花ちりばめて君亡き後をそこのみ華やぐ
夜の更けをかそかにものの気配して「うしろの正面だあれ」と振り向く

 陰的な素材を擁しながら結句において「すつくと」立ち上がる姿の美しさが『虚空燦燦』の本命といえるであろう。


観察・把握

末森知子歌集
『花粉化石』
書評 間鍋 三和子


 

 『花粉化石』は、「りとむ」に属する作者の第一歌集。

葉脈の彫深き葉のきらめきて白山吹の千の白花
銀灰色(ねず)に睡れる如き水源地時折湖底の泥を吹き上ぐ
蛍蛾のとぶとき輪となる白条を鳥の眼で追いてゆきたり

 作者は高校で生物を教えてこられた。自然界の生物、樹木、植物をモチーフとした歌が多いが、一般 的に短歌を詠む者がそれらを題材として抒情する域を超えたところで歌を作られている。一首目は山吹の葉の彫りの深い葉脈に着目する理科系統の人の観察眼と、白山吹の花の美しさを感受する繊細な感性とが相俟って歌をなしている。二首目は自然の一隅の現象をうたっているが、地球の営みの活力が感じられて広がりがあるのは科学的認識が根底にあるためと思われる。三首目は蛍蛾が輪を描き飛ぶという実態の描写 もうまいが、鳥の目に追うと詠んで、自然体系にまで想像の及ぶ描出である。平明な表現であるが歌の含蓄は深い。
 このような作者の旅行地は、ガラパゴス、マダガスカル、オーストラリアなど、特異な生物相や地相をなすことで知られている土地で、その地に棲息する動物の生態の活写 が圧巻で、それぞれの種の固有の特性や姿態の美しさがうたわれている。

カンガルーの跳びゆくときの大き弧や尾は美しくバランスをとる
イグアナの鼻少しだけ上向くを安けく寄れば塩水飛ばす
一条の鋸のごときとさか持ち雄は何匹の雌従うる
牛突きの牛の闘志は脈うちて目より臀部に伝わりゆけり

 四首目は隠岐の闘牛の歌であるが、動物の闘志を具体的な筋肉の動きでとらえているのは行き届いた観察の果 ての把握である。
  作者の勤務校、安田学園はかつての曉部隊の跡地。母上は二次被爆手帳保持者で、作者も学徒動員で呉で働いておられたという。

「命日が今日から連日つづきます」読経の渡る八月六日
新空港の開港に湧く街近く爆音は不意に爆撃音となる
幾千の魂ねむる似島の豌豆の花の眼に満つるかな

 新空港が開かれて繁く発着する飛行機の爆音がふっと記憶の爆撃音を呼び起こすのであろう。似島(にのしま)は「安芸の小富士」と称される宇品港に近い小島で、被爆した死者を運んで焼いた歴史がある。豌豆の花が溢れ咲く美しい風景の奥に阿鼻叫喚の地獄絵が見え隠れする。戦争は自然と人間が融和して生きる環境を破壊する。
 次の宇宙的団居の光景に作者の希求する世界が見える。

シャガールの絵に天使いてモーゼいて人あまたいて団居の青色(ブルー)


虚無を乗り越えよ

米岡隆文歌句集
『観葉』
書評 西之原 一貴


 

 学生時代に作歌を開始した著者。三十代から四十代にかけて作歌から遠ざかった時期もあったようだが、五十歳になって以前所属していた「塔」に戻り、再び歌に向かうようになったという。『観葉』は著者二十一歳(一九七二年)から五十三歳(二〇〇四年)の作を編年順におさめる。各章は、制作年と著者の年齢が見出しに上げられているから、むしろ編年体の歌句集というべきかもしれない。まずは、若き日の作品を見ていくことにしよう。

注釈を加えれば加うる程うとましくなるわれ囁きの中に

 著者二十二歳の作。前後の作によれば、この「囁き」は恋人同士の囁きであろうから甘い歌ではある。自分の気持ちを的確に言語化することのできないもどかしさが、やがて「うとまし」さに変わったという心の動きを作者はみつめる。ここには、自分のこころのありかたを冷静にみる視線と、「うとましくなる」と投げやりに言いはなつ荒々しさとの共存がある。

もろともに落ちゆく水を一筋の滝と見つめてこころはありぬ
こころにも白き雨降るいくたびか傘をさしてもずぶぬれでいる

 いずれも二十代後半の歌であるが、「うとましくなる」のような荒々しさは薄れ、ただただ自分の「こころ」を見つめている。「一筋の滝」を落ちる水のようすも、「白き雨」もどこか茫漠としている。このような「こころ」へのまなざしの底にあるのは自分の存在について虚しく思う気持ちであり、根源的な寂しさであろう。だが、「ずぶぬ れでいる」というのは、やはり「うとましくなる」とどこかつながるような無造作な言い回しであろうか。
 生きることにまつわる虚無感に対して、どこかぶっきらぼうになってしまうのは、五十歳を過ぎてなおこの作者に根深くある人生の態度かもしれない。

人生の埋草としてこの詩歌五十年生きて来し以下余白

 著者五十三歳の作。自分の詩歌が「人生の埋草」であったと認識する作者。今後もそのようなむなしい営為がつづくのではないかという予感が、「以下余白」と一見するとなげやりな言葉になって現れている。そのようななげやりにならざるを得ない作者のあり方は、ある意味で悲しみを誘う。けれども、生きるという虚無に対して真正面 からぶつかり、乗り越えていくこと。そこに作者の新たな歌の地平がひろがっているようにも思う。

雨上がり黒き樹木の光りたる今日はもりを持つ

 この風景の歌に見られるような真っ直ぐな視線が、作者の人生にも注がれていくことを今後は期待していきたい。


他者の目を

佐治洋子歌集
『ヒト科の器』
書評 林 和清


 

 わたしは、平成十七年の現代歌人集会賞の審査のために、この歌集を熟読したことがある。読みながら、大胆な言葉づかいや斬新なイメージの喚起力、そして現代社会への問題意識の鋭さなどに圧倒された。中には、軽く頭をなぐられたような衝撃的な歌がいくつもあった。
  賞の選考会では、上位に推すことを決めたのだが、同時に、そういう場では、すこし不利になる歌集ではないだろうか、という思いもあった。というのは、賞の選考で議論が煮詰まると、どうしても失点が少ないほうに評価がかたむくことが多い。
 非常に印象的な作品があり、すてがたい魅力を発揮している歌集でも、傷になる点を多く指摘されるとダメージになる。この歌集もそうなるのでは、という危惧は現実になった。
 もちろん、そういう相対的な評価は、作品にとってどうでもよいことであり、作者のもつ詩情にはいささかの影響もおよぼさないことだろうが、その過程でひとつ気づいたことがある。
 プロローグとエピローグを持ち、作者の示唆する方向に沿って読んでほしいという恣意的な構成、あけすけなほど現実的な歌と象徴的な歌が混載されている振幅の激しさ、こういう傾向は既成の歌壇の価値観とはおおきく異なる。しかしそれは、アンチとしての提示ではなく、「そんなもの知ったこっちゃない」という無視の態度のようにみえる。
 それでもいいというのであれば、歌集という作品の完成度を低めることになる。つねに異なる価値観の批評に作品をさらすことによって、自己を再検討する他者の目を獲得することができるのではないか。他者の目は、自作へのもっとも厳しい批評眼となりうる。そういう目があれば、いい歌はこんなにすごいのに、よくない歌はあまりにも気楽、勝手、そして俗臭芬々という結果 にはならなかったのではないだろうか。歌集というのは、あくまでもひとつの作品世界であるべきである。
 その中で特に衝撃を受け、感銘の去らない歌をあげる。

目のなかにあなたの時雨 関係という湖に降る輪を広げつつ
西の京に空腹のまま坐りたる弥勒の唇が落日を食む
うつくしき破壊とおもえわが鱗剥がすあなたのあかつきの指
あっけなく砂上の城は堕ちてゆく指に遺跡のきみを辿れば
笹鳴きにピンと立ちたる耳の角 侵略民の遺伝子を帯び
水は岩を叩き続けて過ちはわが深きより噴き上がり来る
冥府まで自転車を漕ぐひとの影 原罪という荷を捨てながら

 「あなた」とのあやうい関係性をさぐりながら、作者の目は時空を越えて、原罪や遺伝子のレベルまでさかのぼってゆく。さらに精選され、深みを帯びた第二歌集を期待してやまない。


静かな春

木村輝子歌集
『ビリーブ』
書評 小川 真理子


   『ビリーブ』は、巻頭巻末にさくらの歌が置かれ、ところどころに春の風が鏤められた歌集だ。古来、春の歌と言えば季節柄華やかで夢幻的な作品が多いが、それに比べると『ビリーブ』の春はやや落ち着いた情趣がある。この安定感は、気負わずに対象をしっかりと捉える視線に拠っているようだ。例えば、

花喰鳥花の中より飛び立たせさくらは陽のなか枝ごと揺れる
水銀灯のひかり届かぬ春の闇鯉におくれてくにやりと動く
マンホールの蓋開けられて葉桜の影ちらちらと穴を出入りす

 三首ともに、ほんのわずかな時間に起こった事柄を確実に歌っている。また、いずれも上句から下句へ純直に外連味なく詠まれ、下句に発見がある。ここには、はったりやごかしといったものがない。対象の動きを静かに捉える視線と、それを過不足なく表現しようとする姿勢がうかがえるのだ。
 また、この歌集には二首目の「くにやり」のような擬態語の使用が盛んなのだが、ほぼ空回りせずにしっくりと収まっていた。こんなところにも、歌いたい事柄に最も近い言葉を妥協しないで探しだす作者が見える。

頭数かぞへてしまへり日の暮れの駅に子どものわちやわちやをれば
坂道の途中にわれは残されて日傘の娘ふはつと振り向く

 一首目、小学校の教師という職業柄、勤務時間外でも子どもの集団に出くわすと、つい頭数をかぞえてしまうらしい。騒がしくても何だか楽しくなるような「わちやわちや」という調べが、いかにも子どもの集団にふさわしい。また、自分と直接関わりのある生徒ではなくても子どもという存在に対する愛情深さも伝わってくる。二首目、娘さんが嫁がれるのであるが、上句の「坂道の途中にわれは残されて」は、嫁ぐ娘をめぐるさまざまな思いがこみあげて作者を立ち止まらせたのだろうか。娘はそれに気づかず歩いていたが、母が隣にいないことに気づいて振り向いたのだろう。「ふはつと」に、結婚を控えて幸福感に包まれた若い女性の柔らかな表情が想像され、印象派の絵のような趣もたたえている。
 ところで、この歌集には直喩の「やうな・やうに」が散見されるのだが、この多用が気にならないのは、比喩が的確で無理がないからだと思う。ほんの一例だが挙げてみよう。

いくつものボール転がりくるやうな体育館の春の暗がり

 寒くて暗い冬から弾むように春が登場してくる季節感が、実によく表われている。

透明の傘に貼り付く春の雨こころ覗きて流れ出したり

 こまやかな春の雨は、傘を勢い良く弾くようには降らない。静かに心を覗きこんでくる春の雨に応えるように、落ち着いた眼差しでこの季節を歌った作者らしい一首として心に残った。


懐かしき眼差しのむこう

蓮井澄子歌集
『ひとつ葉の記』
書評 鷲尾 三枝子


 

 作者の故郷は薩摩半島の西に位置する甑(こしき)島であるという。「ひとつ葉」は生家の庭に立つイヌマキの木を指し、幼い頃から作者が見上げてきた老大樹である。五十歳を過ぎてからの短歌の出会いより、ほぼ十三年間の作品を纏めた蓮井さんの第一歌集『ひとつ葉の記』は、タイトルに象徴されるように、故郷への情感や思念の通 低している一冊である。

鹿子百合持ちたる人の乗り込みて船はにわかに故郷ことば
降り立ちて桜島山間近なるここに気負いしわが若き日は
訪いゆけど生家はあらずひとつ葉の大樹の裂け目風に吹かるる
踏切を通過せしとき鳴る鐘よ車中の吾の望郷も響(な)る
先逝きし子は昼月に似るとあり亡き母の記にこころさわだつ
いつしらに桜の下に眼閉ずにぎわう笑顔は逝きし人びと

 「鹿子百合」の香りやそこに広がるお国訛りがいかにも帰郷の懐かしさを伝える一首目。聳え立つ桜島に真向かうような二首目の若き日の気負いもみずみずしい。はらからを見守りつづけたひとつ葉も朽ち、切られることを余儀なくされた。老樹の裂け目に吹く風に見る喪失感や「鳴る」「響る」の繰り返しに望郷の思いがにじむ。「戦にて死すにあらねど八月の妹の死よ 糧の乏しく」の歌もあり、戦時下に作者は弟と妹を亡くしている。幼くて逝った二人子を「昼月」のようだと記していた母の日記。あえかな昼月に亡き子の面 影を見ていた心情に触れたこの一首は哀切だ。故郷への思いの日々は、大切な人を見送ってきた歳月でもあった。遠い回想、近い回想の情景を切り取りながら、目裏にうかぶ懐かしい人たちが繰り返し詠まれ、陰影のゆたかな表情を加えている。

新しく書かれし路面の白線が朝日につかの間呼吸(いき)すると見ゆ
庭土をその身のほどに窪ませて鶏は目を閉じ安らぎて見ゆ
建て付けの悪しき網戸を直しくるる子の横顔に月光涼し
夕茜木々も家内に寝ねし児もわれも染まりて時の外なる
群なさず立ちて水面を見つめいる青鷺に己の領域あらむ

 現在を切り取る視線も新鮮で、たくさんの惹かれる歌があった。横断歩道の白線のまぶしさを「呼吸する」と捉える感覚。見過ごしてしまいそうな鶏の安らかな眼差しにも味わいが感じられる。子を詠んだ次の歌は何気ない一場面 を切り取って私の好きな作品だ。母と子の関係が好ましい距離をもって伝わってくるのではないだろうか。夕茜に染まりながら眠る幼子をみつめる四首目は、安堵感と同時にわずかな寂しさが混在しているようだ。五首目の水面 に立つ青鷺の姿は、作者の矜持を思わせ、ともに深く心に残った。今後さらに深まりを増していかれるであろう蓮井さんの世界を私も楽しみにしたいと思う。


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