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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)



歌集批評を読む楽しみ
text 広坂早苗

 2009年も残りわずかとなった。各総合誌の誌上では、今年の歌壇を振り返る様々な企画が行われており、いずれも興味深く読んだ。角川の平成22年版「短歌年鑑」は、恒例の「今年の秀歌集10冊を決める」特別 座談会を載せている。馬場あき子ら4人が今年の秀歌集ベスト10を選考するもので、大松達知『アスタリスク』、篠弘『東京人』、竹山広『眠ってよいか』など、幅広い年代から10冊が選ばれていた。私自身の好きな歌集も多く候補に挙がっていたので、どの歌集が選ばれたか興味を持って読んだのだが、それ以上に面 白かったのは、誰がどの歌をどのように評価するか、具体的に語られている点だった。一例を挙げれば、10冊の中に選ばれた吉川宏志『西行の肺』所収の一首「考えれば十センチ以上の生き物を殺していない我のてのひら」について、穂村弘が

 〈十センチ以上〉は短歌の中に入れるにはあまりにもデジタルな表現です。でもここではその不自然なほどデジタルな感じがとても利いていて、そういう非情な修辞力に僕は魅かれました。

と言うと、大島史洋が

 〈殺していない〉の次に〈我のてのひら〉まで来るところが僕には技巧的に過ぎるように感じられる。〈我のてのひら〉は、絞め殺すとか、そういうことを言っているわけでしょ。われわれは〈十センチ以上〉のものをいっぱい殺してきましたよ。

と発言し、作品に対する疑問を呈する。また馬場あき子は、

 「殺す」ことに突き詰めたものがないように思う。現代文明というのはこういうものだと、むしろ文明をうたっているのではないか。そういう中に育まれた人間の弱さをうたっているような気がする。

と言い、一首の「非常に体温が低い感じ」を残念がる。
 『西行の肺』の中には好きな歌がたくさんあり、優れた歌集だと思うが、この一首については私自身は特に良いと思わない。馬場が言うように「突き詰めたもの」が感じられない(それは「考えれば」「殺していない」という平易な口語の、緊張感の乏しさに因るところが大きいと思う)からだが、それとは別 に、一首の解釈・評価についてこのように言葉を尽くして語り合われているのを読むと、自分とは異なる読み方があることを知らされたり、読み落としてきた歌の意味について再考させられたりし、自分の中で歌集の読み方が広がり、また深まるのを感じる。歌集の批評を読む楽しみは、こんなところにあるのではないかと思う。総合誌や結社誌には毎号新刊歌集の紹介や批評が載っているが、通 り一遍ほめて終わっているものも多い。字数の制約もあるのだが、歌集批評には、読者に新たな読みを促す優れた解釈・鑑賞を提示してほしい(提示したい)ものだと思う。

*           *            *

 伊藤一彦の第十一歌集『月の夜声』を読んだ。「歌壇」誌上に一年間連載された作品を収めたものである。

幼子はかがみ見てをり沈む石つかのま開(あ)くるやはらかき穴
風ふけば風になりゆく空見れば空になりゆく子どものからだ
一日を山にこもりて帰りこし妻のからだは蘭のかをりか
失礼と言つて摘みたる庭の嫁菜茹でたる後も緑深く濃し
虎杖(いたどり)と言ふもよけれど塩つけて咲いた妻(づま)とぞ言ひて食べゐる
ふるさとに手紙帰れどたましひは帰り来たらずなほ旅の人
寝室に行けばわれよりも早く来てベッドに待てる月光に触る

 伊藤の歌は、一言で言えば、温かい歌である。水に落とした石の沈むさまに見入る幼子を描いた一首目、「やはらかき穴」という表現から、抑制された慈しみがにじむように広がってくる。二首目にも、子どもに対する限りなくやさしいまなざしを、三首目には「蘭のかをり」のする官能的な妻へのフレッシュな愛情を感じる。
 四首目は「嫁」菜であることに敬意を表したのだろう。「失礼」と言って摘む様にユーモアがある。五首目の虎杖の古名は「さいたづま」。言葉への興味から作られた一首であろうが、二首ともやはり、身近な人間への愛情が根底に流れているのを感じる。
 六首目は牧水への敬愛が感じられる歌。七首目は歌集の表題に関連する月の歌だが、杜甫の「月夜」、李白の「静夜思」などを思わせ、古人へのなつかしさを感じさせる。奥行きのある歌だと思う。
 歌集の中には無論さまざまな歌があるのだが、一冊を読み終えて、あたたかいものが心に残る。それは多くの歌に、身近な人々や自然、風土に対する愛情や敬意が包含されているからであろう。人間に対する信頼感が根底にあるのだ。豊かなものを味わいながら、読む喜びに浸ることのできた一冊だった。


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