角川短歌賞・短歌研究新人賞
text 川本千栄
角川『短歌』11月号に「第55回角川短歌賞」が発表された。今年の受賞者は、今年の「現代短歌評論賞」の受賞者でもある山田航である。同年ダブル受賞は両賞設置以来初めてのことではないだろうか。また、『短歌研究』の「短歌研究新人賞」は既に9月号で発表されているが、今回この二つを併せて読み、短歌の新人賞における論点を探ってみたいと思う。
「角川短歌賞」の選考委員たちは、今年度の上位作品はレベルが高かったと口々に述べている。確かに、水準の高い読み応えのある一連が多かった。
麦揺れて風はからだをもたざれど鳥類であることをみとめる 山田航
リヨカウバト絶滅までのものがたり父の書斎に残されてをり
生きいそぎ生きいそぎして人はある日鳴きやむ蝉のように壊れる 紅月みゆき
祈るように(とはいえ何に)消防車のはしごは静かに折りたたまれて
注がれて細くなる水天空のひかり静かに身をよじりつつ 小原奈美
炎上の夢見し朝の制服の紺から喉ははみ出している
上位三篇の作品から引いたが、どれも歌の上手い作者であるという印象を受けた。その中で特に山田の作品は、非常に抒情的であり、詩的な美しさの感じられる歌群であった。全体を貫く強い主張は無いが、やわらかい感性が感じられる作品世界を形成していた。また、選考委員も指摘する通
り「停車場」「曲馬団」のようにややレトロな語彙が目立った。作者の実際の感覚を表す言葉というよりは、文学書で培った言語感覚なのだろう。作者は20代だが、上の年代の者にも、こうした言葉遣いがどこか優しい懐かしさのような気持ちを呼び覚まし、読んで心地よい印象を与えるのかも知れない。
紅月の作品は知的なもので、背景的知識を持てばより深く味わえるタイプのものである。力量
は高いと思われるが、字余りが多いところが個人的には引っかかった。小原は平成3年生れの18歳、高校生活を下敷きにした歌が多かった。語彙の豊富さといい、それを使いこなして歌に用いる手法といい、将来が楽しみな作者がまた現れたという印象を持った。
次に「短歌研究新人賞」である。
そらのみなとみずのみなとかぜのみなとゆめのみなとに種はこぼれる やすたけまり
完璧なロゼットになれなくったって体育座りで空を見るから
沈黙はときに明るい箱となり蓋を開ければ枝垂れるミモザ 服部真里子
用途不明という結論のさびしさに遺跡は夕陽を透かしておりぬ
受賞者のやすたけは帰化植物が拡がっていく過程と自らの少女期の記憶を重ねて一連を構成している。淡いが、生命に対する思いが背後にあるのだろう。服部の作品は候補に挙がったものの中で一番詩的に昇華されていると思えた。静的ではあるが、明るい抒情が感じられ、いい歌が多かった。
両賞の選考座談会を読んで、「角川短歌賞」が「短歌研究新人賞」に比して良いと思われる点は、各応募作について議論した後、受賞作を決定する過程が活字化されていることである。「短歌研究新人賞」では、各応募作について論じた後はもう選考後の講評に入っており、選考と決定の過程が分からない。作者ならずとも、どこが決定のポイントかという事は知りたいはずである。ここの透明性は「短歌研究新人賞」にも欲しいと思った。
また、「短歌研究新人賞」候補作の中にはかなり実験的なものもあり、選考委員の選評を読んでも良さがよく分からないものもあった。例えば「南北の極ありて東西の極なき星で煙草吸える少女の腋臭甘く」(フラワーしげる)といった歌を含む一連を、加藤治郎は「モチーフの深さ、メタファーの深度は群を抜いている」「非定型の問題、自由律の問題の提示」として一位
に推していた。掲出歌に対しても、「もともと東西というイデオロギーは世界にはなくて、南北という貧富の差のみがある」「硬直した世界はこういった(下句の)官能性によって流動していくというのがこの歌のモチーフ」と説明していたが、他の選考委員達の賛同は得られず、「読みすぎ」(佐佐木幸綱)、「そんな思想性があるとは思わなかった」(栗木京子)、「単純に南極、北極はあるけど東極と西極はないというような」(穂村弘)などの意見が出ていた。また非定型・韻律の問題に対しても「必然性があまりないような気がして」(栗木)、「新しい試み、挑戦という感じは持ちませんでした」(佐佐木)と否定的であった。
私の印象としては、加藤は歌としての良し悪し以前に、理論的な問題提起があるかどうかで推しているように取れた。もしそうだとしたら、推薦の仕方に疑問を感じる。新人賞の持つ影響は大きい。問題提起があるということが優先されれば、短歌の評価で何が大切かということに混乱を招くことになるのではないか。
とは言え、現実問題として、賞の選考委員はそれぞれ様々な価値観で候補作品を審査しているのだ。私たち読む立場の者は、どの選考委員がどのような基準で選んでいるのかを注視していく必要があるのではないかと思った。
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