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「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第43回迢空賞受賞!!
第20回齋藤茂吉短歌文学賞受賞!!




葛原妙子と戦後短歌
text 松村由利子

 待ちに待った川野里子の評論『幻想の重量――葛原妙子の戦後短歌』(本阿弥書店)が刊行された。二〇〇三年六月号から〇六年五月号まで「葛原妙子の世界」と題して「歌壇」(本阿弥書店)に連載されたものに、補論などを加えた一冊だ。四六〇ページを超える大部で、シャープな切り口と重厚感が魅力である。
 川野の視点は一貫している。「幻視の女王」として名高い葛原を、あえて「未だに短歌史に確かな位 置づけをもたない」と見て、丹念に戦後の歌壇の状況と葛原の作品から、彼女の歩みを掘り起こそうとする。その作業の緻密なことこの上ない。
 川野の葛原論を読むうえで重要なキーワードは「女性」である。このキーワードによって切り取られた視点が、実に新鮮だった。作品を読み解くには、いまの時代状況、枠組みを超え、その作品の生み出された地点を検証することが大切なのだと改めて思う。最近は「女性」という切り口で論議されることは少ないが、戦後短歌を担ってきた歌人たちの歩みを知るうえで、「女性」は重要な切り口の一つになる。
 例えば、戦後の第二芸術論を巡る論議を概観すると、「女性からの発言がない」という。この論議に限らず、当時の雑誌から女性の書いたものを見つけること自体難しいという事実には驚く。川野は、第二芸術論の論議が結果 として男性の作品を中心に、男性の間のみでやりとりされる一方で、女性歌人たちは、その論議とは別 のところで時代の激動を受け止めたと指摘する。
 敗戦後の女性たちが否応なく自立させられた状況が、「私は誰か」という主体への問いになったと川野は見ている。古い女性像から抜け出したところに女の創造の可能性を見出そうとした五島美代子らが中心となり、「女人短歌」が一九四九(昭和二十四)年秋に創刊された。葛原もまた、この創刊号に短歌六首をもって参加したのであった。別 の短歌雑誌の匿名時評で「女人短歌」が俎上に載せられ、揶揄されたことなど、当時の歌壇の雰囲気がよく出ている。
 川野は、かつて「写実の立場からは、自らの肉体、ことにも女性の肉体感覚が顧みられることは少なかった」と指摘する。女性自身の自我の発露として肉体感覚を生かす芽をもっていたのは与謝野晶子、あるいは岡本かの子だったが、残念ながらそこで途絶えてしまっていたのだという。そして、長い空白期間の後に、戦後の女性歌人たちが「近代の宿題」として、<私>と世界の関係を再構築しようと自らの肉体に目を向けたのだと分析している。肉体感覚を基調とした中城ふみ子の幻想性は、葛原や森岡貞香が試みていた方向と同一線上にある、という指摘には納得させられた。
 このように、葛原一人ではなく、近代以降の女性歌人たちを生き生きと登場させているのは、この評論の大きな魅力だろう。葛原と中城の作品に強い相互影響が見られること、葛原、森岡、中城ら「第一次女歌」の作家たちと、馬場あき子、大西民子ら「第二次女歌」の作家たちとでは、世代がわずかにずれていることで、戦後における「私」の回復や拠りどころを切り開く方法が全く違っていたことなどが、非常に丁寧に分析されていて引き込まれる。葛原と関係の深かった森岡をはじめ、馬場、山中智恵子、齋藤史らの作品の位 置づけも懇切である。
 葛原の評論で最も有名なのは、折口信夫の「女流の歌を閉塞したもの」を受ける形で書かれた「再び女人の歌を閉塞するもの」(「短歌」昭和三十年三月号)であり、ほとんど唯一の評論のように記憶されている。しかし、葛原が積極的に評論をものし、「当時の女性歌人の中では論客でありオピニオンリーダー的存在でさえあった」というのは驚きだった。川野は非常に丹念に資料を読み込み、歌だけでなく葛原の評論を多く引用して、その強い個性や当時の女性歌人の置かれた状況を生き生きと描き出している。
 章立ては多岐にわたり、葛原が茂吉、特に『赤光』に傾倒したこと、キリスト教にひかれつつも距離を置こうとしたことなど、いずれも作品を読み解く上で参考になるし、面 白くてならない。戦後短歌史という太い縦糸に、葛原という一人の美の追求者の歩みを横糸として織り上げた、荘麗なタペストリーのような評論である。
 今年一月に亡くなった森岡貞香のインタビューも貴重な資料であり、川野の優れた仕事の一つとして長く残るものだろう。木俣修から「女人短歌」への参加を反対された大西民子がペンネームで入ったこと、葛原が「潮音」に入っていた倉地與年子にライバル心を抱いていたことなど、興味は尽きない。森岡が葛原について、「あの人は架空からは作らない人。お話とか一つの絵を見て、そこから連想するということはある。だけど元の根っこはある。全くの無からは絶対に作らない人ですよ」と語ったことなど、興味深い証言がいくつもあった。
 今月十二日、東京・青学会館でシンポジウム「今、読み直す戦後短歌1」が開かれる。花山多佳子、秋山佐和子ら女性歌人六人が、「戦後の表現の模索−森岡貞香を中心に」「柳原白蓮と戦争」などのテーマでそれぞれ話す。川野はここで「女の戦後、男の戦後」と題して話す予定だ。「女性」というキーワードで戦後短歌を再検討することで、残された課題が見えてくるのではないかと思わされる。


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