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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第43回迢空賞受賞!!
第20回齋藤茂吉短歌文学賞受賞!!




二冊の第一歌集
text 広坂早苗

 年齢は少し違うが、新人賞を争った二人が、同時期に第一歌集を出して競い合うことになった。野口あや子の『くびすじの欠片』(09.3 短歌研究社)と、谷村はるかの『ドームの骨の隙間の空に』(09.3 青磁社)である。新人賞を受賞したのは野口であったが、歌集としてはどうだろうか。
 野口は「カシスドロップ」30首により、2006年に第49回短歌研究新人賞を受賞した。1987年生まれの22歳、受賞当時は19歳の若さであった。

ヴァンパイアの眼をした人と過ごす午後鉄観音茶きりきりと飲む
凭れあうこと妬みつつ十八の僕に遅れて始まる生理
青春の心拍として一粒のカシスドロップ白地図に置く
過去ばかり話す小石をポケットから出しておずおず言うさようなら
みしみしと夕立過ぎてライオンが飼い慣らされるようなさみしさ

 「カシスドロップ」から引く。いかにも若い、幼い、甘い、そして淡い感じのする一連だが、「ヴァンパイアの眼をした人と過ごす午後」のやや妖しい雰囲気、「十八の僕」に見えるモノセックス性、「過去ばかり話す小石」が持つ物語の要素など、一首一首に、今後少しずつ方向性の違う世界を展開していく萌芽のようなものが感じられる点で、新人賞にふさわしかったのではないか、と振り返る。また技術的に高度に洗練され、先行作品をよく読み、研究している作者だということもわかる。
 新人賞の選考座談会では、「新鮮で若々しい」「技術的には達者」「甘さは甘さとして、いい歌が作れている」(岡井隆)、「冒険っていうものを感じる」「場面 作りが面白い」(馬場あき子)、「下句で意外なところへ連れていってくれるみたいな感じがあって、面 白い」(高野公彦)などの点が評価されていたが、一方で「こちらをぐぐっと引っ張るような、ある種の言葉の暴力性というのかな、そういうものが少しも感じられなくて」「思わせぶり」(永田和宏)、「人生に甘えてる感じがする」(道浦母都子)、「少し既視感があって、個性がそれ程ないような」(石川不二子)という否定的な意見も出されていた。傷つきやすく繊細な「僕」を甘く淡く表現する、幼さと隣り合わせの若さに、好感を持つか否かという点で、選考委員の意見も二分されていたように思う。
 歌集後半に収められている近作では、次のような作品が印象に残った。

くびすじをすきといわれたその日からくびすじはそらしかたをおぼえる
ふてぶてしくおんなを生きるわたくしはジュレに犬歯であなあけており
地下鉄を出たらまず手に確かめる短銃のごと携帯電話
コンビニの募金ケースに幾枚ものレシートが捩(ね)じ込められており
梅雨明けの自転車の輪が描いていく二本のほそいやわらかい線

 「そらしかたをおぼえる」「ほそいやわらかい線」のような瑞々しく甘い感受性を持ち続ける一方で、「犬歯であなあけており」「短銃のごと」「レシートが捩じ込められており」というフレーズには、現実社会に対する抵抗感・批評力・攻撃性が感じられ、幼さ・甘さを脱皮していく自意識の成長が窺える。こうした作品を読むと、今後の野口の歌がどのように変化していくのか、一読者として楽しみだと思うのである。

 谷村はるかの『ドームの骨の隙間の空に』は、言葉の力強さが印象に残る良い歌集だった。谷村は、1971年生まれ。歌集の題名となった「ドームの骨の隙間の空に」一連は、2006年の短歌研究新人賞を野口と争い、候補にとどまった作品である。

遡りも下りもしない川の水の 夕凪 この街に長い残照
八月以外の十一か月の広島にしずかな声の雨は降りくる
誰も誰も誰かを欠いたあの日からこの街に無傷の人おらず
いっそまったく違う街になってしまえば 何度も何度も咲く夾竹桃
丸屋根の骨の隙間の青空にひとりを探しつづけるこころ

 広島をテーマとしたこの一連は、選考座談会でも評価が高かった。声高に糾弾するのでなく、広島に住む者として抱く深い痛みを表現している点、八月の広島だけではなく、一年中傷を抱える広島の街を静かに見据えている点などが高く評価されていたが、一連三十首を同じテーマで作る困難さゆえか、今一歩賞には届かなかった。こうした社会性の高い、テーマが屹立している作品は、瑕瑾が目立ちやすく、新人賞作品としては評価を受けにくいのかもしれないが、人間の歴史に目が向いたこのような大柄な歌が、より高評価を受けるようになってほしいものだと思った。

いま道に吐いているのは折り合って生きて壊れたわたしの内部
ブラインドにスライスされた青空を疲れ目は細く遠く探すよ
男には一人称が多くあり女には傘の色多くあり
男だったら自分のことを俺と呼び人前で泣き死相で眠る
木を植えるようにやさしく湿る指わたしの土は掘られる深く

 「折り合って生きて壊れた私」「ブラインドにスライスされた空」、谷村は、社会の中で生きる葛藤と痛みをストレートに歌い、「傘の色」のみ多く「人前で泣き死相で眠る」ことのできない辛さを噛みしめる。谷村の歌の言葉は、骨太な強さを持つ一方で、「わたしの土は掘られる深く」とうたうやわらかな女性性、エロスも備えているところが魅力的である。
 新人賞争いでは野口に軍配が上がったが、歌集二冊を読んだ印象では、『ドームの骨の隙間の空に』の方に、心を打たれる作品がより多かったと私は思う。無論好みの問題もあるが、ともあれ新人賞は通 過点に過ぎないということを、二冊の第一歌集を読んで改めて感じ、今後の作品の充実・変化を見守りたいと思った次第である。  


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