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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第43回迢空賞受賞!!
第20回齋藤茂吉短歌文学賞受賞!!




「わからない」ということ
text 松村由利子

 最近読んだ『角川春樹句会手帖』(佐藤和歌子著、扶桑社)が非常に面 白く、歌が「わからない」ということについて考えさせられ。
 私は角川春樹に対してかなり先入観をもっていて、何だか派手であくの強い人物だと決めつけていた。そして、彼の俳句を読みもしないで敬遠していたのだが、この本に再現された句会の生き生きとした様子、快刀乱麻としか言いようのない角川春樹の見事な読みに、すっかり魅了されてしまった。
 『句会手帖』は、春樹が宗匠となり一〜三人の正客を招くという、少人数の句会のやりとりを丁寧に追ったものである。作家の北方謙三、脳科学者の茂木健一郎、詩人・作家のねじめ正一らユニークな顔ぶれが並ぶなか、歌人の斉藤斎藤も登場する。
 「読み」ということに関して、春樹は非常に謙虚である。提出された俳句を読み、彼は躊躇なく言う。「何のことだか全くわからない」「第三者に伝わらないと意味がない」「○○とは何のことだ?」−−「わからない」ということでその句を退けるのでなく、あるときはことばの意味を確かめ、あるときは作者の下手さをたしなめ、「わかる句」にするための改作を試みる。春樹の「わからない」は、本当に気持ちのよいくらい率直な問いかけである。
 例えば、作家、佐伯一麦の「煮大根四分割するクリスマス」について、春樹は「なぜ四分割なのか」と問う。一人だとわざわざクリスマスケーキを買うこともなく、クリスマスにわびしく煮大根をケーキのように切っている場面 だ、と説明する佐伯に、春樹は「『四分割』だと普通は四人いることを想像してしまう。<煮大根ケーキのように切りにけり>、こうすると佐伯の言う背景が出てくるだろう」と涼しげに語る。
 茂木健一郎の「春椿苔も蟻をも覆いおり」については、春樹はいったん、椿は春の花なので「春椿」はくどく、「これはひどい」と断じる。しかし、茂木が一本の椿を「世界樹=世界の中心にあるとされる樹木」に見立て、春に躍動し始める苔や蟻などの生命、つまり一つの小宇宙を世界樹が覆うイメージとして表現したかったことを知ると、すぐさま、初めて知った「世界樹」のイメージを広げ始める。そして、元の句の意味からは離れるが、あらゆる生物の描かれている「涅槃図」を代わりに用いてはどうかと提案、「涅槃図の中に落ちたる椿かな」という句を作ってみせる。涅槃図の宇宙の中に椿が落ちていく、という抽象的な世界観を表してみたというわけである。
 文芸評論家、福田和也の提出した「亡八(ぼうはち)の袖に戯(たわむ)るてんとむし」について、春樹は「亡八」とは何かと訊ねる。「仁義礼智孝悌忠信という八つの徳を忘れた」という意味で、吉原の大楼で働いていた人間を指す言葉だと知ると、「なるほど。勉強になった。非常にいい句だな」といともあっさりと褒めてみせる。
 このところ、短歌について「リアルかどうか」「賞味期限切れ」といった批評用語がよく使われているが、それに比べ「わからない」というのは、とても謙虚で真っすぐな受け止め方ではないかと感じた。前回、広坂さんは「歌の読者それぞれが異なる「言語の範囲」を持つということを認めつつ、背景の異なる相手にも届く言葉を探して、批評していきたい」と書いた。「届く言葉」は、批評はもちろんだが、歌にこそ大切なものだと思う。
 角川春樹は「そんな詩情、誰にも通じないぞ」「それはお前にしかわからない感覚だ」とばしばし言うが、それは決して突き放すのはなく、根底には「もっとわかる表現にできるはずだ」という思いがあることを感じさせる。
 同時代の同世代の歌しかリアルに感じられない、というのは残念なことである。まして、近代の作品が「賞味期限切れ」にしか思えないのももったいない。歌を読むときも、つくるときも、「わからない」ということに立ち返りたいと思う。


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