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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第43回迢空賞受賞!!
第20回齋藤茂吉短歌文学賞受賞!!




柳原白蓮の歌
text 広坂早苗

 名古屋の高島屋で開催中の「柳原白蓮展」(朝日新聞社主催・20日まで)を観に行った。昨秋日本橋で、また今年三月には横浜で開かれていたものである。私は土曜日の午前に出かけたのだが、白蓮人気は私の予想を超える高さで、さほど広くない展示室の中は、60歳代以上と思われる女性たちに埋め尽くされ、ほぼ満員状態。ひとつひとつの展示物をよく見るには、伸び上がったり腰をかがめたり、じっと順番を待ち続けたりと、かなりの努力が必要であった。しかし、多くの写 真、直筆の原稿や書簡・短冊・色紙、『踏絵』(竹久夢二装幀)などの初版本、白蓮が所有した衣類、愛したという人形、さらには「白蓮事件」を報道した当時の新聞など、豊富な資料を目にすることができ、行って良かったと思った。
 白蓮は、与謝野晶子より7歳年下の明治18年生まれ。伯爵家の娘で、大正天皇の従妹に当たるという華やかな出自と際立った美貌の持ち主である。15歳で子爵家に嫁し、1児を成すも20歳で離婚。その後九州の炭鉱王伊藤伝右衛門と「金目当て」と言われた再婚をし、10年後新聞に夫への「絶縁状」を公開して年下の帝大生宮崎竜介と駆け落ちする。その半生は世間の耳目を集める材料に事欠かず、九州時代に第1歌集『踏絵』・第2歌集『幻の華』・詩歌集『几帳のかげ』などを次々上梓し話題になったものの、作品は作者への興味から読まれることが多く、作品としての純粋な評価がどれほどであったか定かではない。私は白蓮の歌に関して、有名な数首以外に際立った印象を持っていなかったので、評価の高い『踏絵』を、あらためて読んでみた。

われはここに神はいづくにましますや星のまたたき寂しき夜なり
天地の一大事なりわが胸の秘密の扉誰か開きね
何を怨む何を悲しむ黒髪は夜半の寝ざめにさめざめと泣く
御夢に入るわが影の清かれと手燭とらせて鏡にむかふ
殉教者の如くに清く美しく君に死なばや白百合の床

 一読して感じるのは、明星派の影響である。「神」「星」「秘密」「扉」「黒髪」「清し」「白百合」などの語彙や、「寂しい」「泣く」「鏡にむかふ」「死なばや」などに見える嫋々としたポーズ。最初の結婚に破れ実家に帰ってきてからは、ほとんど幽閉状態で、『みだれ髪』など異母姉の差し入れてくれる書籍を読んで暮らしたというから、影響が大きいのも頷ける。ただし文体は整っており、『みだれ髪』のような難解さがないのは、佐佐木信綱に師事し歌の修練を積んだ成果 であろうか。

われといふ小さきものを天地の中に生みける不可思議おもふ
踏絵もてためさるる日の来しごとも歌反故いだき立てる火の前
吾は知る強き百千の恋ゆゑに百千の敵は嬉しきものと
骨肉は父と母とにまかせ来ぬわが魂よ誰にかへさむ
誰か似る鳴けようたへとあやさるる緋房の籠の美しき鳥
わがために泣きます人の世にあらば死なむと思ふ今の今いま

 これらの歌には、より白蓮の特徴が露わになっている。白蓮が見つめるのは、ただひたすらに「われ」と「われの心」であって、嘱目詠がほとんどない。読んでいて、息苦しいほどだ。幼い頃から狭い世界で暮らし、ひたすらに内省を強いられた生育環境によるものだろうか。『踏絵』一冊を貫いているのは、自分に対する極めて強い執着であり、自己愛である。「緋房の籠の美しき鳥」は華やかでかつ倦怠感を漂わせる自画像だが、このような「悩み苦しむ悲劇のヒロイン」として作られた美しさ・華やかさと、「華族出身の裕福にして美貌の妻」白蓮のイメージがぴったり重なり、世間にもてはやされたのではないだろうかと思う。
 しかし、『踏絵』のなかにある次のような歌に、私は心惹かれる。歌集の中では主流の歌ではないが、強いポーズや自己愛から少し離れた歌いぶりに安らぐのである。

年経ては吾も名もなき墓とならむ筑紫のはての松の木かげに
奈良の鹿は優しき目してもの古りし燈籠のかげに吾を見まもる
筥崎のみやしろの前に神鳩と遊べる人を吾とおもはせ

 今回の「白蓮展」では、晩年の白蓮の秀歌を知ることもできた。龍介との間に生まれた息子の戦死、あるいは失明などの不幸が晩年の白蓮を襲うが、白蓮は敢然と生き、81歳で世を去るまで、歌を読み続けた。晩年の歌、辞世の歌には、胸に迫るものがある。輝かしい処女歌集『踏絵』と華やかにしてスキャンダラスな生の軌跡ばかりでなく、晩年の歌により評価すべきものがあるのではないかと思った。

英霊の生きて還るがありといふこの骨壺の振れば音する
旅に来て秋のそよ風身には沁む筑紫はわれに悲しきところ
月影はわが手の上と教へられさびしきことのすずろ極まる
そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちに見つ(辞世の歌)
あひがたき天と大地と和田津(わたつ)海と極みのはてに相寄るを見る  


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