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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第20回斎藤茂吉短歌文学賞受賞!!



書くよろこび、読むうれしさ
text 広坂早苗

 評伝を書くという仕事は、多大な労力を必要とする。歌人の評伝の場合、現在のものでさえ手に入りにくい歌誌の、バックナンバーに当たって初出を調べるなど、資料集めに骨が折れることは容易に想像がつくし、生い立ちや人生の転機を追って、実地踏査が必要になる場合も多いだろう。しかしまた、それは実に魅力的な仕事だとも言える。歌集となった作品を読むばかりでなく、歌人の生い立ちや生活の断片に触れ、作品が生まれてくる過程を共に味わう喜びがあるからだ。よく書かれた評伝や研究書を読むと、著者のそうした心の弾みを感じることができる。一昨年刊行された『岡井隆と初期未来』(大辻隆弘)を読んだときにもそれを感じたし、この欄の執筆者の一人である松村由利子さんが最近刊行した『与謝野晶子』にも、同様の感想を持った。
 与謝野晶子については、歌人に限らず様々な書き手が、子供向けの「偉人伝」のようなものから、作品論・作家論、評伝、そして晶子を主人公にした小説まで、多くの作品を書いている。無論研究書も多い。晶子は歌人ばかりでなく、詩人・小説家・エッセイスト・評論家・教育者・古典研究者など多くの顔を持っているから当然なのだが、松村さんは「ワーキングマザー」としての晶子に軸足を置き、オリジナリティのある晶子像を描いてみせる。歌人・松村由利子というよりは、「働く母」そして「新聞記者」松村由利子が書いたという印象が強い。
 同じ「働く母」として追った晶子の母親としての葛藤が、随所に著されているが、第2章「里子に出された娘たち」にはとりわけその色彩 が濃い。十三人の子を産み、十一人を育てた(一人は死産、一人は生後二日で死去)晶子だが、三女の佐保子・四女の宇智子・五女エレンヌは生後間もなく里子に出され、十代になるまで里親に育てられている。佐保子は実の両親になじめず、結局養家の子どもになったという。こうした事情を持つ晶子の心情について、松村さんは、

「不用意に多く子供を生んでしまった」という悔恨は、十三人の子を産んだ晶子の心の奥深くにあったと思われるが、そのことを読み解いた評伝や研究書はほとんどない

と記し、晶子の作品からその「悔恨」を読み解こうとする。例えば、のちに歌集『春泥集』に収められた〈五人(いつたり)ははぐくみ難しかく云ひて肩のしこりの泣く夜となりぬ 〉は、佐保子誕生の直後に発表された歌だが、この歌から「(また子が生まれるという)泣きたくなるような思い」を読み取り、また洋行の際、公園に遊ぶ雀を自分の子どもたちに見立てて作った「雀」という詩の、〈あれ、まあ、挙げた手に怖れ、/逃げる一つのあの雀、/お前は里に居たために/親になじまぬ 佐保ちやんか〉という一節について「一連最後の四行を費やした『佐保ちやん』への思いは、ひときわ深かったのではないか」「のちに養家の子どもになってしまった佐保子が、このころから『親になじまぬ 』子であったことには胸を突かれる」と述べている。不如意な育児に胸を痛める晶子をクローズアップすることにより、膨大な仕事と家事と育児をこなし、社会の評価も高かったこのスーパーウーマンに、新たなプロフィルを付け加えているのが手柄だと思った。
 また、六度目の出産にして、晶子が初めてまとまった出産の歌を詠った理由、平塚らいてうらとの「母性保護論争」の真の勝敗についての考察など、興味深い分析が重ねられている。あとがきから推察すると、松村さん自身もワーキングマザーのようだが、自分自身の持つ葛藤や問題意識に、晶子のそれを重ねて論じていく部分もあったのだろう。松村さんの「書くよろこび」を感じつつ、読むうれしさを味わった一冊だった。

 先月刊行された楠見朋彦著『塚本邦雄の青春』も、面白く読んだ一冊である。楠見は1972年生まれの作家で、塚本に師事したという。生前の塚本と、深い交流があったものと思われるが、「本書はいわゆる評伝ではない」と著者自身が書いているように、塚本自身が発表した文章を最優先し、そこから考察を始めるというスタイルが貫かれている。他の多くの歌人と違って、著作の散文にまで虚構が持ち込まれ、私的な情報が曖昧な塚本であるが、初期の作品をつぶさに追っていくことにより、風土や家族との関わり、戦時体験、影響を受けた詩歌や芸術、創作意識の変遷などをたどることができる。郷里の近江・五個荘をうたった青年期の伸びやかな一首〈闇ながら杉の新芽の匂ひたつ生れし家の門をくぐりぬ 〉(『水葬物語』以前の作を収めた『初学歴然』の巻頭歌)なども紹介され、塚本作品に近づく新たな小径を教えられたようなうれしさを感じた。


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