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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

第一歌集の豊饒
text 川本千栄

 2008年の年末にかけて、総合誌の新人賞や結社賞を受賞した歌人の第一歌集が多く出た。『銀河の水』駒田晶子(第49回角川短歌賞)、『神の翼』嵯峨直樹(第47回短歌研究賞)、『Starving Stargazer』中島裕介(2008年度未来賞)、『コントラバス』細溝洋子(第18回歌壇賞)、『つきさっぷ』樋口智子(第17回歌壇賞)、『心音〔ノイズ〕』柚木圭也(第44回短歌人賞)である。それぞれの歌集で惹かれた歌を紹介しながら、歌集単位 で歌を読んだ感想を述べてみたい。
 まず、作者の実人生に沿って歌集が編まれているタイプ。

恋人に会う日のわれは甘い水 勘のよい母の蛍がひかる
                          駒田晶子『銀河の水』
われはわれを失えぬまま安達太良の智恵子の空は澄みすぎている
葉脈を透かす光よてのひらをかざせば死後に音をもつ骨
ススキノは薄野である 真昼間を図書館行きの電車が出ます
                          樋口智子『つきさっぷ』
空満たす青色粒子いつの日も埋めたき場所は埋められぬまま
ずば抜けて媼に多し「右」だけは「C(シー)」と答えるランドルト環

 『銀河の水』は、作者が自分の育った家族から恋愛・結婚を経て離れていき、母や祖父母の死、自らの出産を経験していく過程を詠っている。私像がはっきりしていること、他者である家族が輪郭ゆたかに詠われていること、作者の住む「東北」を素材として取り入れていること等が特徴だ。一人の女性の内面 を描き出すと共に、他者の存在や人生上の出来事(家族の死など)が立体的に描かれ、風通 しの良い歌集となっている。また歌の技術も高く、一首一首の屹立性や連作としての緊密性などに見るべきものが多い。
 こうした作者の人生の出来事を背景に描き出す手法を使うことは、近代短歌の伝統の手法をわが身に引き受けることでもある。『銀河の水』はそうしたオーソドックスな手法を使いながら、全体の印象が軽やかで、素材の扱い方と技術力のバランスが良く、今回読んだ中で最も惹かれた。
 樋口智子の『つきさっぷ』にも駒田の歌集と近い印象を受けた。作者の生活、職業(眼科の検査技師)、家族、北海道という風土、などが素材である。後半の職業に取材した歌にいいものが多かった。ただ全般 的に(特に歌集前半)メルヘンチックな面があり、それが樋口の美点でもあり弱点でもあると思った。
 次に日常生活を素材にしつつ、歌の上手さで勝負するタイプ。

見られまいと枝の向こうへ回る蝉 震える腹がはみ出しており
                          細溝洋子『コントラバス』
雨の音は雨が何かにあたる音 ヒマラヤシーダに無数の葉先
畑中に梨の花咲く 人ならばきっと無口と思う白さに
ひとふりに大琉金はゆらめきて関町図書館閉館まぢか
                          柚木圭也『心音〔ノイズ〕』
強制はなかつた/あつた 黒鯛(ちぬ)群るるごとき真闇が地を覆ひ初む
チューニングときをり合ひて麦秋の路地吹く風に吾(あ)は響(な)りはじむ

 細溝と柚木は、第一歌集を出すには若干年齢が高く、そのせいか技術的には相当高いものがある。ここに三首ずつ引いたが、これ以外にも非常に上手く味わい深い歌が多数有り、どれを引用するか迷うほどである。一首一首の詩情も豊かにあり、おそらくこのように数首引用すれば、この二人の歌が最も強い印象を与えるだろう。
 この二冊に共通して言えることは、日常の小さな出来事を背景に作者の心の動きを丁寧に描写 している点と、他者の影が薄いという点だ。細溝は「子」、柚木は「きみ」、と自分に近い他者が登場することはするのだが、その輪郭は淡く、作者の心の中で「私以外の他者」として存在するだけである。そのため、一冊を通 して読んだ時、作者の心の動きを多く読むことになるので、いささか重く感じられる。
 最後に実人生から離れて、言葉で世界を構築するタイプ。

君の着るはずのコートにホチキスを打てば室内/ひどくゆうぐれ
                          嵯峨直樹『神の翼』
呼吸音微妙にずらし合いながらまひるま誰と隣りあってる
僕たちは過剰包装されながら受け入れられておとなしくなる
ベツレヘムに導かれても東方で妻らは餓える天動説者
Staring at the star of Bethlehem, she's a starving stargazer!
                   中島裕介『starving stargazer』
僕らにはドン・キホーテも神だった お茶とコーラを不味く混ぜつつ
The quartet playing quasar of queer quark quietly quits the quotation of Quixote.

 嵯峨の歌から感じるのは言葉の力への信頼であり、嵯峨はそれによって一首を練り上げている。作者の経歴や人物像、人生上の出来事を素材にすることは一切無い。一首一首で読むと興味深いのだが、一冊を通 して読むと、作者の心がひたすら言葉で描写されることになってしまい、やや観念的な印象を受けた。また性の場面 を描いた歌は、加藤治郎の影響を強く感じるためか、受ける印象が似ている。
 中島の歌は、英語の一行詩に日本語の短歌でルビを振る(残念ながら歌集ではルビには見えないが)という類を見ない形式を取っている。英語の詩は頭韻を踏んだものが多く、作者の言葉への執着度の高さに驚く。英詩と短歌は直訳ではなく、二重の詩情を味わうことができる仕掛けになっている。歌集後半はいわゆる普通 の形式の短歌であるが、どちらの形式を通しても中島の歌から感じられるのは、かつての旧制高校風の教養主義からサブカルチャーまでの幅広い文化的素養である。ある知的で感受性の強い青年の姿が一冊の歌集を通 して眼前するのである。

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