新人賞の目指すもの
text 川本千栄
「短歌研究」9月号に短歌研究新人賞が発表されている。受賞者は田口綾子、昭和61年生まれの21歳の大学生である。
入賞者を含む上位者の応募作から幾首か引いてみたい。
あのひとの思想のようなさびしさで月の光がティンパニに降る
「冬の火」田口綾子(21歳 早稲田短歌)
フェルマータのような祈りは届かずにある花園を燃やしてしまう
片恋は片恋のまま二楽章すこし愉快な奏法にする
「地図の空白」川口慈子(24歳 かりん)
鍵盤を蜘蛛の形の掌が踊りメフィストワルツ魔への誘惑
湿原を歩む温度で図書館をひとびと歩むややうつむきて
「図書館異聞」原梓(23歳 所属無し)
地下一階集密書庫 地下二階書庫 迷っているつもりはなけれども
とりあえず無害だよっていう意味で転校生のような笑顔をつくる
「スピン」川島信敬(27歳 所属無し)
朝いけた鉄砲百合が夜ひらく 若さは武器だ、なんていえない
やはらかく背筋をのばし楽器持つ君とふた駅乗合はす朝
「麦」米田収(60歳 玻璃)
指揮棒を視界の縁に見る癖の上目遣ひのまなざしにあふ
上から受賞作、次席三名、候補作一名である。今年は若い作者が最終選考まで多く残っていた。選考結果
報告によると、20代とそれ以下の作者が占める割合は、全応募者中21%であったが、最終選考を通
過した24人では9人(38%)、受賞作を含む上位5人中では4人(80%)である。最終選考通
過者とその上位者における20代以下の割合をここ三年で比べてみた。(「20代以下」は「20代」と簡略に記した。)
2008年 最終選考通過者中の20代(38%)上位者中の20代(80%) 受賞者21歳
2007年 最終選考通過者中の20代(20%)上位者中の20代(42%) 受賞者20歳
2006年 最終選考通過者中の20代(21%)上位者中の20代(22%) 受賞者19歳
最終選考通過者中に20代以下の占める割合は昨年と今年でのみ増えたが、上位
者に20代以下の占める割合はここ三年で継続的にかなり上がっている。偶然、若い人にいい作品が多かったというのもあるだろうが、選考委員にも若い作者の作品を選びたいという意図があり、それは何度も言及されている。
「三位にしたのは、若くない作者では……と思ったんですね。(…)一位
に推さなかったのは、一首一首読んだら非常に巧い人で、(…)たぶん、かなりキャリアを持った人が、若い、というか今の気分を出して、一つの物語を作ったのではないかと思って三位
にしました。」(道浦母都子)、「どちらを一位にしようかずいぶん考えながら、結局この新鮮感のある、ちょっと荒削りで、率直で、素朴で、まだちょっと未完成の手法だけれども、学生として歌っていこうとする素人っぽいバイタリティ、それに賭けてみたいなという気がしてこちらを入れました。」(馬場あき子)、「要するに若さを採るか、ベテランらしいけど巧いなあと思うほうを採るかというだけのことで。新人賞だからなるべく若い人のほうが私はやはり基本的にはいいと思うんだよね。」(岡井隆)。
もっとも、石川不二子のように逆に「若い人の、それも女の人の歌が団子になって出てきて、いくら新人賞でも少しは年上の人がいないの?という感じがした」と述べている者もいる。
選考後の発言でも、若さとその可能性に期待する発言が多かった。馬場は、受賞作に対して、〈実に巧緻で、私はこんな年の若い人だとはとても思えなかったので、それで巧緻をとるか若さをとるかということだったのですが、年齢は逆で、「冬の火」が二十一歳というのはすごいですね〉と述べている。馬場は「未完成だけれど若い」と思えた作者を推したが、「巧緻だがある程度の年齢だろう」と思えた作者が受賞した、しかし蓋を開けてみれば、巧緻だと思った作者の方が実際の年齢は若かった、若くてしかも巧い作者で大変良い、という趣旨である。
やはり将来性が重視されるのだと思いつつも、そこまで若さを高く買わなくても、とも思った。また、前出の道浦の発言は「年齢以上に若い作者を演じるのは良くない」とも「若くない作者は推さない」とも取れる。新人賞の性格はあるにしても、ちょっと若さにこだわりすぎのような気がするのである。
あまり作風の若さにこだわると、受賞作に一つの傾向ができないだろうか。試験の「傾向と対策」ではないが、恋の歌などやはり選に入りやすい傾向ができる、というのは好ましくないと思うのである。
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新人賞全般において今までに、未成熟・未完成な部分に言及されながら、若さに重きを置いて選ばれた場合が多々あったと思われるが、こうした選択は、選ぶ側にも選ばれる側にも賭けであり、しかもリスクは選ばれる側に大きい。大げさに言えば、未完成の部分を多く持つ作者を選び、才能が大きく開花すれば万歳、方向性を見誤って歌壇から消えてしまっても自己責任、というのが賞を与える側の基本姿勢だからである。
新人賞が若さとその可能性を重視するなら尚更、賞を設けた総合誌に定期的に作品とその批評を載せるなり、歌集を出した時に複数の歌人の批評を載せるなり、今後を見通
してサポートする態勢が要るのではないだろうか。さらに言えば、受賞者にピンポイントでサポートするのではなく、次席などの上位
入賞者にも同様にサポートしていけば、歌壇としての厚みが加わるのではないかと思うのである。
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