自費出版書籍写真
トップページ
新刊案内

週刊時評

大辻隆弘ブログ

吉川宏志ブログ

好評既刊一覧

既刊書籍一覧

短歌キーワード検索
青磁社通信
バックナンバー

自費出版のご案内

短歌界リンク

掲示板


◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


ご注文の書籍は送料無料にてお送りいたします。
お電話・メールにてご連絡ください。



ご注文・お問い合わせは


〒603-8045
京都市北区上賀茂豊田町40-1

TEL.075-705-2838 FAX075-705-2839

E-mail
seijisya@osk3.3web.ne.jp


◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)




自らを鎧う悲しみ
text 広坂早苗

 関口ひろみの新刊歌集『ふたり』を読んだ。1961年生まれの作者の第二歌集である。繊細で傷つきやすく、不安に満ちた心の有り様が、一冊を貫くモチーフとしてあり、読んでいて痛々しく、苦しい気持ちになる。しかし一方で、歴史的仮名遣いが似合う端正な文体には、ごく淡い色調のパステルで彩 ったようなはかない美しさがあり、不安・淋しさ・孤独という主題を静かに訴えかけてくる。触れれば壊れそうな脆い心が、やっと立っている危うさ。その危うさに引き寄せられるように、読み進めた。

カーディガンを脱がば心が冷ゆるやうでカーディガンを着たまま眠る
日の暮れはいつもひとりなりアイロンをかけてなじます淋しさほのか
卵割りて卵の秘密こはしたりゆふべ淋しき手のおこなひは
かなしみに灯(ひ)を入れてひとり待ちてをり傘を傾(かし)げて帰り来るひと
手仕事はなにか祈りに似てゐたりこころの井戸をしんしんと降(お)る

 「カーディガン」「卵」のリフレインが効いているし、「アイロンをかけてなじます淋しさ」「手のおこなひ」「かなしみに灯を入れて」「こころの井戸」など、細部まで行き届いた表現が光る。作者の淋しさや不安が読者に手渡されるのは、言うまでもなく、こうした確かな技術に支えられているからである。その意味では、信頼して読むことのできる歌集であった。
 ところで、この歌集のタイトルは「ふたり」である。多くの作品が作者と夫の関係を下敷きにしたものなのだが、二人の関係を描くというよりは、作者一人で完結した世界を描いている感じが強い。夫婦でありながら、片恋の相手を遠くから眺めているような印象なのである。作者はガラスの箱の中にいて、その声は相手に届かない。

箸置きておいしかつたと言ふきみよ ありがたうわれを拒まないでくれて
厚き殻におのれ守ると言はれたりかなしき貌の鬼胡桃かわれ
きみのやさしさは知のやさしさと思ふとき樹を抱くごとくかそか淋しも
絶対に譲らざる孤を秘むる夫敬ひにつつ畏れてゐたり
やさしさうなご主人ですねと言はるるたびわが心処(こころど)のいづこか疼く

 傷つくことを畏れるゆえか、不安が大きすぎるからか、自らを鎧い、相手と強いて距離を置こうとしてしまう。その相手が夫であるという悲しみは深い。
 あとがきによれば、この歌集の制作時期、作者は摂食障害や疼痛性障害に苦しみ、入退院を繰り返していた。病ゆえの不安や淋しさだったのか、不安や淋しさに起因する病だったのか、その両面 があろうと思うが、人間関係におけるこの種の不安感や淋しさ、悲しみは、コミュニケーション力の低下が指摘される現代人に、程度の差こそあれ、共通 するものなのではないかと思う。そうした意味で、『ふたり』は優れて現代的なテーマを持った歌集なのだと言える。

疼痛の根つこには不安と緊張とそして怒りがあらむと主治医は
まつ白なあぢさゐの花風に揺れ不安はわれの疼痛をよぶ

 歌集の末尾近くには、自らの病の原因を静かに見据えようとする歌が見られる。不安と緊張に満ちた歌集であるが、さらに抑圧していた「怒り」が表現されるようになると、作品も、心の有り様も、また少し変化するのではないか。いっそう苦しい作業になるのかもしれないが、自らの「怒り」をも見据え、歌の中に解き放っていってほしいと思う。 

Copyright(C)2001 Seijisya.All Rights Reserved Warning Unauthorised Duplication Is Violation Of Applicable Laws.