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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

師風の継承について
text :吉川宏志

 内田樹の講演録である『下流志向』(講談社)に、師弟関係について論じているところがあり、とてもおもしろかった。

 「人の師たることのできる唯一の条件はその人もまた誰かの弟子であったことがあるということです。それだけで十分なんです。弟子として師に仕え、自分の能力を無限に超える存在とつながっているという感覚を持ったことがある。ある無限に続く長い流れの中の、自分は一つの環である。長い鎖の中のただ一つの環にすぎないのだけれど、自分がいなければ、その鎖はとぎれてしまうという自覚と強烈な使命感を抱いたことがある。そういう感覚を持っていることが師の唯一の条件だ、と。」

 あたりまえのことのようだが、私には新鮮に感じられた一節であった。敗戦後、短歌における師弟関係は厳しい目で見られてきた。たとえば近藤芳美は『新しき短歌の規定』(昭和二七年)の「短歌の封建性」という章で、「先生」の言うことに疑いもなく従う態度を激しく批判している。戦時中、上からの命令に唯々諾々と従ってしまった歌人たちに対する怒りが根底にあったのであろう。戦後の短歌はそうした反省から出発したために、師を持つことや結社に属すること自体が、文学的でないことのように考えられることさえあった。そこまで極端ではなくても、師に従うのではなく、いかに師を超えるか、いかに師とは異なる歌を作るかという面 が重視されてきたことは否定できない。短歌の世界では「エピゴーネン(模倣者・追随者)」という非難の言葉が、しばしば用いられることがある。
 私自身も、師の影響からいかに脱するか、ということを考えながら歌をつくってきた気がする。また、近藤芳美が書いているように、師に易々と従うことが、閉鎖性を生み出しやすいことも、理解しているつもりである。だから内田樹の述べていることに全面 的に賛成するわけではないのだが、やはり考えさせられるところがあった。現代では歌をつくる一人一人が、さらに孤立してきている感がある。師をもたず、だれにも継承せず、自分の歌・自分らしい歌だけつくればいい、という風潮も生まれてきているように思う。けれども、そのような〈自我〉のあり方は危険なのではないか、というのが内田樹の指摘なのである。

 秋葉四郎の歌集『新光』を読んだ。初めは取り付きにくい感じがするが、味わいのある歌集だと思った。秋葉は師である佐藤佐太郎の継承を非常に重視している歌人である。たとえば、

  かがり火の薪(たきぎ)の音があるときは謡の声をしのぎ聞こゆる

には、佐太郎の「冬の日の眼に満つる海あるときは一つの波に海はかくるる」(『開冬』)の影響が感じられる。しかし、佐太郎の一首は視覚の歌だが、秋葉は聴覚の歌に変えている。そして「しのぎ聞こゆる」という結句に力強さがあるために、薪能の夜を印象深くとらえた歌になっているのである。

  海近き家の庭にて青き葉の多くまじれる冬草を刈る
  さながらに寒の沈みてゐる街はあひだあひだの道さへ暗し
  霜解けの庭はふたたび弔問の人らの痕をとどめて凍る

 こうした歌も、特に新しいというわけではないが、じっくりとした落ち着きがあって、歌を読む楽しみを感じさせる。短歌の歴史につながっている〈我〉の強い存在感が伝わってくるからであろう。
 評論、特に時評では、どうしても新しい動きをとらえることになりやすい。逆に言えば〈静〉について書くことが難しいのである。師風を継承した歌は、だからなかなか話題になりにくい。けれども短歌の豊かさは、見た目の新しい歌だけにあるのではないのである。評論の中で、どのようにして静かな味わいのある歌を評価していくか、私たちはつねに考えていかねばならないように思われる。

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