声と定型
text :大辻隆弘
おそらく偶然なのだろうが、ふたつの総合誌の3月号が短歌における「音楽性」に関する特集を組んでいる。「音読して心に残る短歌」(角川短歌)と「一首の音楽」(短歌現代)である。
角川短歌の特集のなかで、興味深く感じたのは、自作を声に出して読むことによる作歌意識の変化を述べた証言であった。
たとえば岡井隆は、朗読を始めてから自分の歌に字余りの歌が多くなったと言う。彼は「郵便局へ至急のはがきを出しに行く娘がいま川で溺れてゐるつて」という自作を例にあげて次のように証言している。
しかしこれらは、朗読の時の、読み方の早口、おそ口の差で、大体は短歌そつくりに聞こえるのである。(略)「郵便局へ」と「至急のはがきを」もさうで、無理すれば五・七に近くきこえさせることができる。「溺れてゐるつて」は「溺れてるつて」とよめばよい(岡井隆)。
また、岡井同様、自作朗読を積極的に行っている田中槐は、「一首の屹立性をあまり意識しなくなった」と証言している。
わたしにとっていちばん大きく変わったのは、歌を連作で作るようになった、ただそれだけである。(略)一首の完成度よりは、連のなかにある歌がお互いに補完しあってひとつの作品になることを心がける、ともいえるだろうか(田中槐)。
これらの証言は、実作者の実感としてはとてもよく分る。多少の字余りは、声に出すことによって57577に近い形にすることができる。また、歌を声に出すことによって、一首一首の細部よりも全体的な印象を意識するようになる。それは、肯定的に見れば、肉声の力によって歌が生き生きとした表情を持つということに他ならない。
が、それは反面から見れば、定型意識の弛緩化にも繋がってゆくだろう。「字余りが多くなった」「一首の屹立性を意識しなくなった」ということは、本来、短歌定型の内部のなかに厳然として働いていた「五七五七七」や「一首の屹立性」という拘束性が、外部から補強された肉声の力によって、緩められてゆくということを意味しているからだ。
考えてみればこれは当然のことかもしれない。近代において、短歌は印刷され黙読されるようになった。それは肉声を伴っていた朗誦されていた和歌が、声を剥ぎ取られた無色透明な文字の連なりとして享受されるようになった、ということだ。黙読をする近代の読者は、その文字の連なりを心のなかで内面
の声に変換して歌を味わってきたのだろう。
小池光は「目で聴く音楽」(「短歌現代」3月号)のなかで、そのような事情を次のように言っている。
文字を得てから短歌はすべて紙の上に書かれ、紙の上に書かれたものを黙読して、鑑賞されてきた。文字にはすべて音が付随するが、聴覚に依拠する直接の音と切れたことで、目で見る音は複雑、緻密、純粋、精妙になり、ゆたかになった。(略)短歌の音楽は文字が主導する。それは耳でなく、目で聴くところの音楽である(小池光)。
そもそも声として文字の外にあった57577の音楽性が、「目で聴くところの音楽」となって印刷された文字のなかに内在化される。近代短歌を主導した厳密な定型意識は、そのように「聴覚に依拠する直接の音と切れ」ることによってはじめて生まれて来たのかもしれない。
近代短歌の成立期において、肉声と切り離されたことによって、研ぎ澄まされていった定型意識。その定型意識は、今、再び肉声と結びつくことによって弛緩しつつあるのかもしれない。ふたつの特集は、声と定型意識の間にある相補的な関係と、その関係の変化を、私たちにあらためて考えさせてくれるものであった。
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