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◆ 社名の歴史 ◆
「青磁社」という名の出版社は私たちで3代目となります。 第一次青磁社は昭和初期に歌集出版などを手掛けていました。 第二次青磁社は昭和40年代頃に詩集出版をメインに、やはり歌集も出版していました。 歌集出版にゆかりある社名を引き継いだ使命を、今後十二分に果たしていく所存です。


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◆ 週刊時評 ◆
川本千栄・広坂早苗・松村由利子の三人がお送りする週刊時評(毎週月曜日更新)

日常に影を射すもの
text : 吉川宏志

 高橋睦郎は、新歌集『虚音集(そらみみしふ)』のあとがきに、「日常詠のおもしろさが心に沁みるやうになつた」ため、「自分も試したくなつた。」と記している。一九八八年の『稽古飲食』では、食べることをテーマにした歌だけが集められ、「くちびるはしばしば陰部(かくしどころ)にてナプキンは食後失はるべし」など、エロティシズムが濃厚に漂っていた。しかし今回の歌集は、主題をあまり先立てずにさらりと歌われている印象が強い。

  町なかの家木深きに水あるか人絶えし晝を牛蛙鳴く
  わが好む夏とりわけて夕つかた假眠(うたたね)覺めていまだ暮れざる

 季節感が静かにさりげなく詠まれた歌である。何でもない歌のように見えるかもしれない。しかし一冊の歌集のなかで読むと、不思議にしみじみとした陰翳が感じられるのである。高橋の歌は旧漢字(「昼」を「晝」と書くなど)で印刷されている。その古風さの影響もあろう。表記の微妙な違いで、短歌の印象は全然違ってくるのだ。横書きのインターネットでそれを伝えるのは非常に難しいのであるが……。こうした歌のそばには、

  まひるまのKき受話器をあふれ來る訃をいふこゑは泉のごとし
  死に狎(な)れそ死に狎れそとぞ時の神しばしば奪ふ甚(いた)も夭(わか)きを

といった若い死を悼む歌が置かれている。日常が他者の死によって浸食され、自らの「假眠」にも死の影が射してくる。日常は、死の虚無が傍らにあることで、せつない輝きを持つのである。これは、いくつもの歌が重なり合うことで生まれてくる効果 であり、歌集全体を読まなければ得られない感銘なのだろう。

  ただ独りわがたどりゆく 山の辺のみちの秋草は 花穂みじかき
  雪ふれば 豆腐喰ひたくなるふしぎ。黒川能のまつり 近づく

 岡野弘彦の新歌集『バグダッド燃ゆ』も、何げない日常詠に、豊かな味わいがある。論理的には批評しにくい、オーラのようなものがあるのだ。岡野は戦争体験を強い執念で歌い続けてきた歌人であるが、イラク戦争が起きたことにより、国々への怒りはさらに厳しさを増した。この歌集には「名も知らず、女男(めを)を分かたぬ 骸いくつ。焼け原の土に 埋みゆきたり」のように、戦争の記憶をなまなましく歌った作品が多い。そして、戦争の影が濃くなるほど、日常の歌に不思議な奥行きが生まれてくるのである。一字あけや「。」などのある異質な歌の表記も、大きな役割を果 たしているのであろう。
 二人の歌集は、死や戦争を深く想うことにより、日常生活のはかなさや奇妙な明るさを、透かし絵のように描き出しているのである。

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【編集部注】上記引用歌について、お使いのパソコンによっては表記されない正字体(旧字体)が含まれておりますので、以下に新字体で表記しておきます。

町なかの家木深きに水あるか人絶えし昼を牛蛙鳴く
わが好む夏とりわけて夕つかた仮眠(うたたね)覚めていまだ暮れざる

まひるまの黒き受話器をあふれ来る訃をいふこゑは泉のごとし

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