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宇宙はなぜ存在するのか?          
宇宙は150億年にできたのか?        
我々のすむ宇宙は唯一の宇宙である       
多元宇宙およびビッグバン宇宙は間違いである  
宇宙原理について             
宇宙は無限か有限か             
宇宙は膨張することができない        

BACKMENUHOME  宇宙はなぜ存在するのか?

 「宇宙はなぜ存在するのか」これについて人類はいく世代にもわたり議論をおこなってきました。科学的に説明しようとした人たちよりも、どちらかといえば宗教家が信仰のよりどころとなる宇宙の真理として説明してきたことが多いのではないでしょうか。もっと科学者は真剣に、なぜ宇宙が存在しているのかという事について考えてみる必要があります。存在する理由について考えることによって、宇宙の真のあり方を理論として組み立てる上での指針が生まれるのです。
 私も宇宙のあるべき姿を考えているなかで、なぜ宇宙が存在するのかという問題についてある一つの結論に達しました。それは実にシンプルです。宇宙が存在する理由それは、「存在することが論理的矛盾を生み出さない」ただこれだけなのです。存在することそれ自体に矛盾があればもちろん存在することなどできません。存在することが論理的に矛盾しなければそれは存在してもよい。だから宇宙は存在しているのです。宇宙こそがあらゆる論理をそのなかに含みかつそれらが矛盾を生じない最大の存在なのです。
 このように考えれば、おもしろいことに宇宙がどうあるべきであるのかが、必然性をもって決まってきます。この考えを基にして、宇宙のあるべき姿をこれから実際に考えていきましょう。

BACKMENUHOME  宇宙は150億年にできたのか?

 ビッグバン宇宙論によれば、宇宙はあるとき(それは、150億年ぐらい前?)突然に無より生じたことになっています。点から始まったのか、それとも非常に小さな物からかわかりませんが、とにかく、小さいものから膨張して現在の宇宙ができあがったということになっています。
 実はこのビッグバンモデルは、宇宙がただ一つしか存在しないとすると実に都合が悪いのです。なぜならば、このモデルでは、どうして今から150億年前に宇宙が始まったのかという理由に、答えることができないからです。ここでいう理由とは、ハッブル定数のような観測的な理由ではありません。どうして今から150億年前なのか、昨日に宇宙ができてもよいし、逆に1兆年前でもよいではないかということです。偶然に150億年前にできたというのでは、必然性が全くなく、論理的ではありません。論理というものはつながりのあるものであり、決して非論理的なものが論理的なものに突然変化するはずがありません。宇宙の始まりに論理性がないと言うことは、その後の宇宙についても論理がないという事になってしまいます。このような事態を回避するための方法として生まれたのが、宇宙がたくさんあるという考え方です。
 もし宇宙が、たくさん存在するならば、ありとあらゆる時に、宇宙が次々と生み出されていると考えられますので、150億年前という時が特別な時でなくなります。そのために150億年前に何故この宇宙ができたのかという説明の必要性もなくなってしまいます。ビッグバンモデルから派生してきている現在の宇宙論を論じている人達が、多元宇宙論を最近持ちだしたのはこのような理由があったからだと思われます。

BACKMENUHOME  我々のすむ宇宙は唯一の宇宙である

 我々のすむ宇宙は、唯一のものでしょうか、それとも幾つもある宇宙の中の一つにすぎないのでしょうか。これは、非常に難しい問題であるように一見思われます。しかし、論理的に考えればこれほど明解で簡単な問題はありません。
 この問題を、考える前に、二つの自明な命題を確認しておきましょう。そのひとつは、原理的に存在することを確認できないもの、つまり他のものに対して、あらゆる可能性に於て、一切の影響を与えないものは、始めから存在しないと考えてよい、ということ。 二つ目は、お互いに影響し合うものは、同じ宇宙に存在すると考えてよい、ということです。この二つの命題は私にとっては余りにも自明であり、今更、確認をする必要もないぐらいであると思っています。
 この二つの命題から、直ちに宇宙は、唯一である事を証明することができます。まず、宇宙の外に別の宇宙が存在すると仮定してみましょう。その宇宙が、この宇宙に対して、一切の影響を与えないとしますと、これは一つ目の命題から始めから存在しないと考えてよいことになります。また、もし我々の宇宙の外に他の宇宙が存在するとして、他の宇宙が我々の宇宙に対して影響を与えるなら、我々の宇宙から、他の宇宙の影響を検出することにより観測することができる事になります。また不確定性原理でも知られているように、観測というものはその観測対象に影響を及ぼす事なく、観測することが不可能です。この事から、この二つの宇宙はお互いに影響を及ぼしあっていることがわかります。仮定では別の宇宙であるとしたのですが、二つ目の命題より、実はこれはひとつの宇宙であることがわかります。つまり、二つの命題より出発すると、我々の宇宙が唯一の存在であることがわかります。
 またこれらの考察から宇宙に存在する全ての物質はその他のありとあらゆる物質に対して影響を与えていることも分かります。遥か150億光年先の天体もこの瞬間に同時に我々と共に宇宙に存在している限り必ず我々に影響を与えているのです。

BACKMENUHOME  多元宇宙およびビッグバン宇宙は間違いである

 先に示したように、宇宙が幾つも存在するというのは、間違いです。この考えが正しければ、ビッグバンモデルは苦境にたたされる事になります。それは、再び宇宙がどうしてある時に生まれたのかという、問題を説明しなければならないからであす。ビッグバンモデルを提唱する人々は、この問いかけに対して、答えるべき義務があります。
 かつて私は日本の宇宙論学者がその講演会において、「最近になって宇宙がたくさんあることがわかった。しかしその宇宙は原理的にも決して我々からは観測することができない。」と言っておられるのを聞きました。そこでその本人に対して、「原理的に観測不能なものが存在しているというのは、物理学の立場から言えば、おかしいのではないですか。」とその場で直接に質問したことがあります。その方は、正直な方で、自分の話したことがおかしい事を認め、そのうえ、「それでも他の宇宙が存在すると主張するのは宗教である」とまで言われました。その人の名誉のためにここでは名前を伏せておきますが、その人は大阪の国立大学の理学部教授で宇宙論では非常に有名であるとだけ言っておきましょう。
 私のような、彼らからすれば全くの素人によって矛盾を指摘されただけで、あっさりとその説の間違いを認めなければならない宇宙論とはいったい何なのでしょうか。この教授がその後出版された宇宙論の解説書には多元宇宙論に関してはまったく触れておられませんでした。おそらく私の質問によってその説を二度と口にすることができなくなったのであろうと思われます。
 ここでわたしの考えをまとめますと。まず、「宇宙は唯一この宇宙しかない。宇宙が無数にあり我々の住む宇宙が、その中の1つにしか過ぎないという考えは明らかに論理的にあり得ず、間違いである。それゆえに150億年前に宇宙が突然出現したということに対する、論理的な必然性を説明できない限りはビッグバン宇宙の理論としての正当性はない。」ということです。そしてこの必然性を説明できるような理論は論理的にあり得ないと思われます。論理的かどうかという観点からみれば、ビッグバン宇宙は完全に消え去らざるをえません。この宇宙を論理的に解きあかそうという物理学者としての立場をとる限り、ビッグバンは捨てなければならない理論なのです。

BACKMENUHOME  宇宙原理について

 宇宙原理は別名コペルニクス原理とも呼ばれています。この原理は、宇宙がどこでも、すべて同じ様な姿をしており、特別な場所というものが存在しないという考えです。観測的にも多少の揺らぎはあっても宇宙の姿がどこも大きくは変わらず、この考え方は、広く支持されています。ビッグバンモデルにおいても、その広がり方には中心と言うものが存在せず、風船の表面が広がっていくようなものであるというように表現されているのは、この宇宙原理によっています。定常宇宙論者は更にこれに空間の一様性だけでなく、時間の一様性も併せて、完全宇宙原理と言うものを考え出しました。つまり、空間だけでなく時間軸をとってもどこもが同じ様な姿を示すという考えである。この完全宇宙原理が正しいとすれば直ちにビッグバン宇宙は否定されます。なぜなら、ある時に突然宇宙が始まり、現在は150億年たっており、更に時間が建てば、更に宇宙の密度は減少していくという宇宙は時間の経過のとともに姿がかわっており、どこも、どの時にも同じような姿をしているというこの原理に合わないからです。完全宇宙原理を否定しない限り、ビッグバン宇宙は存在することが許されないことになります。
 相対性理論では、空間と時間とは同等に考えられています。宇宙原理自体が間違いであるのか、さもなくば相対性理論が間違っているのでない限り、完全宇宙原理は成立するはずです。つまり、すでに広く支持されている宇宙原理および相対性理論の理念は、ビッグバン宇宙とは矛盾するのです。宇宙原理も相対性理論についてもこれを支持するのであるならば、ビッグバン宇宙は否定すべき宇宙モデルなのです。

BACKMENUHOME  宇宙は無限か有限か?

 宇宙をどんどん小さい方まで見ていくと、無限に小さくはできない事が量子力学においてわかっています。無限小が無いことが分かっているのに、宇宙全体の大きさを考えたときに宇宙が無限大であると考えるのは片手落ちではないでしょうか。宇宙というのはそんなに中途半端なものではないはずです。宇宙の大きさは有限でなければ一貫性がなくなってしまいます。
ここで、さらにこの問題を解く鍵として、一つの命題をあげたいと思います。それは数学者ゲーデルによって証明された「無限という概念を含む数学においては、無矛盾であることを証明するような公理系を作ることは不可能である。」という、不完全性定理という名前でよく知られた命題です。もし宇宙が無限であると仮定するなら、その存在が無矛盾であることは、有限回の手続きでは証明することができないことになります。宇宙が現在存在しているということは、その事実自体が宇宙が無矛盾であることを宇宙自体によって証明していることになるはずです。ゆえに宇宙は有限であると簡単に言いたいところですが、しかしここで、抜け道として、宇宙は無限回の手続きよってその存在を証明しているという考え方があります。ここで10秒間という時間を考えてみましょう。この時間宇宙が存在することにより、その間に一流短距離ランナーは100メートル走ることができます。もし宇宙が無限であるなら、この10秒間のランナーの走りの存在が無矛盾であることを証明するには、無限の手続きを必要とします。無限の手続きを有限の時間内に済ませるには時間を無限に刻まなければなりません。無限に細かく刻んだ単位時間の何倍あるかという事でこの10秒間を測定するなら、この10秒間は無限倍の単位時間を含むことになります。しかしその倍の20秒という時間も無限倍の単位時間を含むことになります。数学では無限と無限の2倍は本質的に同じであり区別することができません。10秒間に100メートル走るという行為が実は20秒間かかったという行為と区別できないというのは矛盾です。宇宙が有限であるならば、無矛盾であることを証明するのは、有限回の手続きによって可能です。ある有限の値の2倍の値は、当たり前のことですがやはり2倍として確かに存在します。ゆえに、宇宙が有限であるなら20秒は10秒の倍あることも証明可能となります。
 このような理由により、宇宙の状態や規則を数学的に記載するときに、無限の概念がその中に含まれていてはいけないことがわかります。これは、宇宙の広さが有限であるということを意味するだけにはとどまりません。たとえ広さが有限であっても無限に分割可能であれば、そこには無限の概念が含まれてしまうので、空間やエネルギーというものが無限に分割できるような連続性をもったものでないこともわかります。非連続性は物理学で既に量子力学として知られていますが、今までどうして物質やエネルギーが無限に分割できないのか、その理由が不明でした。しかし、実はこれは、「宇宙が無矛盾で存在するには無限が存在してはいけない」という数学的要請によるものなのです。

BACKMENUHOME  宇宙は膨張することができない

 ビッグバン宇宙論の提唱する宇宙について考えてみましょう。もともと、ビッグバン宇宙と言うものは、ジョージ・ガモフが原子爆弾の爆発する様を見てそれをイメージして考えだしたものとされています。まさしく爆弾が外に向かって広がっていくイメージなのです。これを宇宙に当てはめた場合、宇宙を有限な大きさと仮定すると、宇宙の大きさが大きくなるということになります。大きさとは長さで測ることは、だれでもが知っています。ここで長さを測るとはどういう事なのかということを考えてみましょう。長さを測る場合、必ず他の物と比べる必要があります。他の物と比べる事なく長さを測ることは絶対にできません。そして長さを測るには、一般的には物差しを使うことになります。宇宙全体の大きさを測るための物差しとは何でしょうか。その物差しを宇宙の外に求めることができるでしょうか。
 ここで宇宙は唯一つであり外には宇宙も何も存在しないということを証明したことを思い出してもらう必要があります。宇宙の外に物差しを求めることはできないのです。
これで宇宙の大きさを測定する物差しは、この宇宙の中に求めなければならないことがわかります。ここで何かを物差しとして使わなければなりません。わかりやすいものとして、水素原子の直径を使うことにしましょう。もちろん水素原子が壊れてしまうような場合においては、これを持ちいることはできません。あくまでも水素原子の存在する範囲内で考えることにしましょう。水素原子が存在する一番小さな時の宇宙の大きさ(宇宙の大きさをここでは曲率半径のことであると考えておきましょう)を水素原子の大きさのN1倍としよう。そして今の宇宙の大きさをN2倍とするとN2>N1となります。これは宇宙が膨張していると考える限り自明です。
ここで注意してほしいのは、宇宙の大きさはあくまでも水素原子との比率でしか表わされないことです。ビッグバン宇宙の場合どんどん膨張する宇宙をイメージしてきました。しかし、水素原子との比率でしかあらわされないということは、水素原子を一定の大きさと考えて、宇宙の大きさが、水素原子のN1倍からN2倍に膨張することと、宇宙の大きさを一定とし水素原子が1/N1倍から1/N2倍に小さくなることとは全く等価です。つまり、宇宙が膨張するイメージばかり頭に描いていましたが、これは宇宙の大きさが全く変わらずに中に存在する物質がどんどん小さくなっていくことと同じなのです。 少なくとも宇宙が膨張していると表現することは正確ではありません。膨張とはあくまでも外から眺めたときに使う言葉です。宇宙の大きさが一定で中の物質が小さくなるとは何を意味するのでしょうか。従来宇宙の膨張と表現してきたものは、物質の縮小化と表現してもよいことになるのです。いったいこれはどう理解すればよいのでしょうか、極めて小さな泡のようなものが無からでき、それが急激に膨張したという宇宙の始まるイメージなどは馬鹿げたものなのです。
 宇宙の始まりを、爆弾にたとえて考えることや、小さな泡が水から生じるように無から生じるというような、安易で日常的な事象を宇宙に適用するのは間違いです。厳密に論理的に宇宙を考えなければいけません。 BACKMENUHOME