雪が降っている。  しんしんと……  雪が降っている。  高層ビルの狭間で少年は空を見上げた。  立ち止まって空を見上げた。  灰色の空を……  周囲の人は一瞬少年を見るが、  その横をすりぬけると、  何事もなかったように歩いていく。  少年のことなど忘れてゆくに違いない。  記憶の片隅に残ることなく、  いつもの生活を送るだろう。  そんな世界……  愛がほしいと歌った歌人も、  世間が悪いと論じた論人も、  虚ろに流れる時間には逆らえず。  いつものように、  歌い、論じ、生きてゆく。  そんな世界で……  少年は空を見上げた。  角張った灰色の空は、  降り続ける純白の雪でさえ、  白く染めることは出来なかった。  戻ることの無い時間の中を、  無意味に生きていると、  少年を笑う人がいるだろうか。  笑うのだろう……  そんな世界であっても……  少年は夢見ている。  高層ビルの狭間から見上げた空に。  純白の雪が降る灰色の空に。  少年は夢見ている。  しんしんしんと……  雪が降ってくる。  無垢の、灰色の空から、  雪が降ってくる。  少年がいつもの生活に戻ろうとした時、  灰色の空に星が流れた。  灰色の雲の下に星が流れた。  舞い落ちる雪の中、  一条の星が流れた。    『サンタクロースの恋』  その日も雪は降っていた。  これで一週間も降り続けている。  道は凍りつき、昨日は三丁目の酒屋の前で車のスリップ事故があったばかりだ。  小さな町、伝統ある古い町だった。  海岸線から垂直に延びる大通りには屋根瓦の民家が続き、線路を挟んだ奥には幾つかの マンションが並ぶ。盆と正月には帰省で町をあける人たちよりも帰省で帰ってくる人が多 い古い町。それはもう少し先の話だ。  雪には馴染みの薄い町なだけに、ある地域では積雪何メートルを越えただとか、またあ る地域では戦後最大の降雪量だとかで新聞やマスコミが騒いでいる。  ここ双葉ヶ丘第二中学校でも雪の話題でクラスがあふれかえっていた。  二年三組も例外ではない。 「おい、優。聴いたか。なんでも俺たちの住んでる所、もう少しで避難勧告が出るらしか ったみたいだぞ」  冬休みに入る直前の月曜日。  ほとんどの生徒が登校を終えた頃だった。桜崎優が自分の席についてぼんやりと外をな がめていると、クラスメイトで、特に仲の良い森木真一が前の席に腰掛けながら話しかけ てきた。 「なんで避難勧告なんか出るんだ。たかが雪だろ」  もう一人の優の親友である敷島つとむが、優のとなりに並べられた机の上に座りながら 真一に訊ねる。 「馬鹿だなお前。雨だって避難勧告ぐらい出んだぞ」  真一は雪で濡れた靴下を脱いできつくしぼると、机の上に広げて置いた。そしてかじか んだ手をもみほぐすようにこすっている。 「だからなんでだよ」  つとむも濡れたズボンの裾をしぼった。  ぼたぼたと落ちた雫は、板張りの教室を濡らした。 「それはだな……それはー」 「それは?」  真一は目で優に訊いてきた。どうも出掛けに聞きかじった知識だったらしい。ニュース ソースの出所がTV番組なのか家族との会話なのかは分からないが、一つ分かるのは新聞 ではないという事だけだ。  優が首を小さく振ると、真一はなさけない目で優を睨むと観念したように言った。 「すいません、わかりません」  小さく頭をさげた真一につとむもなにか勝ち誇ったような顔をしていたが、問題の回答 は得られていない。だが、二人の間ではそれだけで十分なのだろう。  TVで言っていた事をたまたま聞いただけだろう、という事を薄々感じていて、その通 りだっただけ。  と、そこへ、 「バカ真一っ! あんた、なにしてるのよ!」  突然三人の間にに割り込んできた叫びに真一は、ビクッと体を震わすと恐る恐る振り返 った。 「あんた。人様の机の上に汚らしい靴下を置いてどうするつもり?」  真一の後ろに立っていたのは学級委員長の水沢恵理だった。授業中にこの席に座るのは もちろんこの少女。トレードマークのポニーテールは雪で濡れてしまっていて、いつもの ように軽やかに跳ねはしなかった。 「い、いや……別に……」  真一は冷や汗を流しながら立ち上がり、机の上から靴下を取り除いた。  その頃にはつとむも机の上からおり、普通に椅子に座っている。 「あんた達なんて呼ばれてるか知ってる? 三バカよ。少しは恥ずかしくないの?」  これに対して三人は文句を言おうとしたがやめておいた。  彼らの知りうる中で三バカ呼ばわりしてるのは恵理だけだった。仮に他の奴が呼んでい るとしても、最初に言い出したのは間違いなく、この目の前にいる少女である。 「それに、もっと勉強しときなさいよ。雨が降ったら洪水や、脆くなった地盤が危険だか ら非難勧告だって出ることもあるのよ。土砂崩れの危険だってあるし。……それぐらい知 っときなさいよ。三バカ」  三人はもはや何も言えなかった。  中学に入ってから知り合った四人だが、とんとん拍子に仲良くなり……最初のクラスの グループ分けで一緒になったのもあるが……特に男三人は一つのまとまりで考えられるよ うになっていた。 「三バカ」  事あるごとに言っているのは恵理だが、彼らと仲が良いのは誰もが知っている事だった。  恵理は自分の席に着くと思い出したように立ち上がる。  その際、優に一声かけた。 「まったく、優もこんな奴らと遊ばないで、もう少しまじめに勉強でもすればいいのに」  成績で言えば三バカの中でも一番マシなのは優だ。それどころか、クラスの中でも良い 方に居る。  来年には高校受験も控えていて、おせっかいもあったのだろう。とはいえ、三年生の教 室前を通ってきた恵理も、まだ先の事だと思っている。 「……今は……皆といるほうが楽しいから」  優の返事にあきれたような、それでいて少しほっとしたような顔で恵理は黙って離れて いった。  クラス委員長の恵理が、先生に朝のホームルームの内容を確認しに行くため教室から出 ていったのを確認すると、真一は大きな声で、 「まったく、何が三バカだよ! そんなこと言ってんのあいつだけだぜ」  と二人に言った。  それとタイミングを同じにして教室の扉が建付けの悪い音を立てて開くと、教室のざわ ついた雰囲気が一瞬静かになった。 「そんなことないわよ。今日からは先生もそう呼ばせてもらうわね。三バカ君たち」  扉から現れた芳野先生の後ろに額をおさえた恵理が立っているのが見えた。  そんなことがあった日も無事に終わり、放課後になっても降り止まない雪を見ながら、 三人は遊びの計画を立てていた。 「じゃ、つとむの家でゲームってのは?」  真一は新しいゲームを買ったんだと、机の上に置いた。 「おっ、いいじゃん。これなら皆で遊べるしよ。どうだ、優?」  机の上にあったゲームを手に取り、まだ封も切っていないパッケージを見ていたつとむ はそれを優に渡した。 「いいけど……」  優は受け取ったゲームを少し見ると真一に返した。その口調からあまり乗り気ではない のを感じた二人は、 「いいけど、なんだよ?」  しっかりはもってそう言った。 「久しぶりに体を動かして遊びたいな……と思って」  窓の外の降り止まない雪を見ている。  二人も窓の外を眺めながら、小さくため息を吐いた。 「そうだな……」  つとむも真一もここ一週間以上、外で遊んでなかった。それを恵理なら「運動だけが取 り柄の三バカがねぇ……」と言うだろう。  ゲームの案は取り消して、何とか体を動かす遊びをすることにした。 「バッティングセンターは?」 「ゲーム買って、あんまり金が無い」 「じゃ、屋内スケートとかも無理だな。他っていっても、この辺何も無いからなぁ」 「学校の体育館で何か出来ないかな?」 「んー……無理だろ。クラブの奴がどうせ使うしよ」  三人は恵理に「運動しか取り柄がない」と言われている。ということは運動に関しては 取り柄と言って良いということなのだが、誰もクラブに入ってはいなかった。   さっきも優が言っていたように、 『皆といるほうが楽しい』  つまり、三人にとっては遊んでいる方が楽しいからであろう。  考えが煮詰まったのか、誰も案が出せないまま時間が過ぎている。クラスメイトの殆ど は帰ってしまったり、クラブ活動のほうに顔を出してして、教室にいる人数は数えるほど になっていた。その中には恵理もいて、女友達とおしゃべりに興じている。 「そうだ!」  真一はゲームを鞄にしまおうとしながら、何かひらめいたようで二人に耳打ちした。 「えーっ」 「面白そうじゃん」  優は難色を示したが、つとむのほうは乗り気だった。 「大丈夫、大丈夫。問題ないって」 「それに体を動かして遊びたいって言ったのはお前だぞ」  結局、二人に説得されて、真一の案で遊ぶことにした。  その三人のやりとりを、恵理は女友達と会話しながら、なにげに聞いていた。  一度家に帰った三人が再び集まる時には小降りになっていたが雪はまだ止んでいなかった。  集まったのは古びた工場。塀の向こうには使われていない建物があった。  真一は身長より少し高い塀を電柱を使って上手く乗り越えると、服についた雪をはらった。  多少の汚れや濡れる事は気にしない。きょろきょろ辺りを窺いながら建物に近づく。  敷地も思ったより広く、他の建物とは少し離れ、管理がいいとは言えない。  コンクリートで出来ているぼろい外壁は、所々にひびが走っている。窓は割れているも のがあり、中へ入るのは可能なように思えたが、枠のガラスも有り危険だろう。 「さて、どこだったかな……」  と呟きながら建物の周りの新雪を踏み締める真一だが、他の足音が続かない。  振り返ると、 「うーー、さみーよ。どこだよ、真一ぃ」  コンクリの塀の上に立って、寒そうに手を擦り合わせているのはつとむ。優は塀の内で 一人傘をさして真一とつとむを交互に見ていた。 「うっせーよ。……見つかんだろ。おりとけよ!」  大声を出すのもどうかと優は思ったが、言うのは止めておいた。  へいへいとつぶやき、そのままジャンプ、とはさすがに行かずに塀に手を着いて飛び降 りる。  まだ雪は止みそうになく、強く降ったり小降りになったりを繰り返している。このあた りは人が来ないので新雪の感覚が気持ちよかったが。脛辺りまである高い雪は靴に浸入し て、足下から凍えさせようとしているのではないかと思うほど冷たい。 「冷てー!」  真一は雪の下の溝に足を引っかけて転んでしまった。 「おーい。バカやってないで、早く見つけろよ」  優のさしていた傘に入りながらつとむは寒そうに手をこすっている。 「カイロぐらい持ってきたら良かったね」  優がそう言うと、つとむは心底その通りだといったふうに頷いた。 「おい! もういいから割れてる窓から入ろうぜ」  手をポケットに突っ込み、屈伸運動なんかをして、なんとか寒さをまぎらわそうとして いる。 「危険だよ」  優はつとむを軽くたしなめた。 「おめーらも探せよ!」  一人黙々と探していた真一は二人に何か投げつけた。  カイロだった。 「持ってるんなら早くよこせよ」  カイロの袋を開けたつとむは、しゃーねえなと言い建物のほうへ近づいていった。  優も傘をたたみ、つとむの後に続いた。 「本当にあるのか。もう鍵かけられたんじゃねーのか」  つとむも優も一緒になって探し始めた。  どうやら鍵のかけられていない窓を探してるようだ。三人の中で一番背の低い優が中を なんとか覗き込める高さにある窓で、開いてたら入ることは可能だろう。だが、数は意外 に多く工場だけあって距離もあり見つけるのに十数分かかってしまった。 「さっみーー」 「びしょびしょだね」 「っかしーな。こんなにはじっこの方だったかな」  三人はなんとか開いてる窓を見つけ工場の中に入ると、持ってきたタオルで濡れた体を 軽く拭いた。  工場の中はまるで木造のような建物で、屋根は平らではなく木の梁が見えている。外壁 だけをコンクリートにしたような感じだった。  床には板が張ってあり、学校の体育館に似ている。もちろんそれほど綺麗な板は使われ ていない。所々で朽ちているのも見れた。  三人が入った所は工場の中の小さな倉庫みたいなところだった。倉庫と言ってもそれっ ぽい物は何も無く、埃しかつもっていない。壁に鍵の無い扉がついているので、そこが工 場のほうだろうと思った三人はそれを開けた。 「なんだよこれ!」  そこは確かに無人の工場だったが、中は外と同じく雪がつもっていた。 「これじゃ、外とかわんねーぜ」  それは言い過ぎだが、そんなには積もっていないものの、確かに雪は舞い込んでいた。 入ってきた部屋とは違い、足元は地面で、土が濡れて泥になっている所があった。  一瞬割れた窓から雪が入ったのかと思った三人だが、それだけにしては多すぎる。  真一は鞄に入れていた使い込んだサッカーボールを一応取り出していたが、手に持った ままでいる。 「何でだ? いくらぼろでもこんなに雪は入んねえだろ……」  真一も呆然としていた。  多少雪が入りこんでいようとも色々と出来る事があったのだが、多少と言えるかどうか は三人の表情が物語っていた。  それに、外の雪と違い、溶けてどろどろになっている。  今も、どこからか吹き込んでくる雪が三人の周りを舞っている。  辺りを見回していた真一は、 「ん、何だこれ?」  扉を開けたときにずれた雪の下にあった物を拾い上げた。 「どうした?」 「ビー玉かな……ちょっと重いけど」  泥をぬぐいながら真一はそう言うと、綺麗な赤い球をポケットに放り込んだ。 「もって帰ってどうするつもりだよ?」 「妹がこういうの集めてた気がしてさ」  その時優が天井を指さした。 「あれだよ」  優のさした先、塗炭のように波打った天井の一部に大きな穴が開いている。  直径3メートルはありそうな穴から、今も雪が舞い込んでいる。 「何だよ、あの穴は……」  真一もつとむも呆れたような顔をした。 「いくらぼろだからって、あんな穴ほったらかしにするかよ。ふつー」  雪の状態から一週間ほどはたってるだろう。ただ、おかしなことに踝ほどまでの雪は所 々に足跡みたいなものが残っていた。 「けっこー人が出入りしてんじゃねーか」  真一は更に呆れた顔で呟いた。  確かに新しいのから古そうな足跡がある。ついさっきというほどではないが、はっきり とした足跡が点々としている。 「まてよ、俺たちみたいなのがいるだけかもしれない。お前も兄貴に此処の事聞いて来た んだろ」  否定はしても、つとむの顔も同じような物だった。 「おい、どーするよ?」  真一の問いに二人は無言で答えた。「しかたない」といった顔で。 「じゃ、帰るか」  誰に言うでもなく呟いた真一だったが、つとむに腕を引っ張られた。 「お、おい……あれ……」  指さした先にある扉がゆっくりと開いた。 「やべっ、逃げよう」  真一はそう言って走り出そうとしたが、つとむは腕を離さなかった。  それどころか、優までが腕をつかんだ。 「……あれ見て……」  やっとのことで呟いたのだろう。声がかすれている。  振り返って見ると同じように声もでないといった感じで大きく口を開けた。  三人の視線の先には一人の女の子がいた。  赤いオーバーコートを身にまとった、三人と同じぐらいの年の少女。うつむき加減で三 人の事は気づいていない。  金髪で肌の白い、どこか外国の妖精みたいな容姿はとても美しいと言ってよかった。も ちろんそれだけでも驚くべき事なのだが、それだけではなかった。三人が驚いたのはもっ と別の所にあった。  その少女は宙に浮いていたのだった。 「んなっ!」  思わず声が大きくなった。慌てて自分の口をおさえた真一だったがもう遅い。  雪の上を数十センチほど浮いていた少女は、三人に気付くと驚いた様子で屋根の穴に向 かって飛んでいった。 「ま、待てよ」 「おい、ちょっと」 「ねぇ、待って」  興奮でわけも分からずと三人一斉に叫んだので相手にはもちろん伝わらない。そのまま 少女は穴から外に出てしまった。 「待てったら! 戻ってこいって!」  真一が大きな声で叫んだが少女は姿を現さない。 「なーんもせんから出てこーい」  つとむも一緒になって大声で屋根に向かって呼びかけている。  その呼びかけが効いたのか、少女はひょこっと穴から首だけを覗かせた。言葉は通じて いるようだ。  それならっとばかりに、二人は下りてくるよう呼びかける。少女も何か考えているよう だが、なかなか下りてこようとはしなかった。 「大丈夫。何もしないよ」  優も少女を見つめて説得に参加する。と、一瞬信じられないようなものを見るような顔 をした少女が戸惑いながら頷きを返した。その視線の先にあるのはあきらかに優一人だっ た。  二人は思わず優を見たが、優は黙って少女を見つめていた。それに答えるように少女も 見つめ返している。 「こいつ……」  二人とも釈然としない顔でその様子を見ていた。  少女はリアラと名乗った。  なんでも、サンタクロースをやっているらしく、その仕事先を見に来ていたそうだ。日 本語はまだ片言だが、世界中の言葉を覚えているらしい。今年の担当地域がこの地域で、 その関係でここにいる。五日間も。  普通ならバカにするか取り合わないのだが、さっきの、宙に浮いてる姿を見ている。 「信じがたいけど」 「でも……」 「そうだよな、浮いてたんだよな」  三人はもう一度少女を見た。上から下までよく見てみたが、普通の人間にしか見えない。 確かに、日本人とは言えないが。  リアラはその視線をくすぐったく感じたのか、少し身をひねった。 「でも、どうしてここに?」  優の問いにリアラは恥ずかしそうな顔で答えた。 「あ、あの……そりの……操作に慣れてなくて……初めてだから」  三人は思わず顔を見合わせた。 「つまり、落っこちたってことか?」 「上の穴も?」  また恥ずかしそうに頷いた。 「怪我は? 大丈夫だったの?」 「はい、幸い無事でした」 「それは良かったけどよ。それじゃ、となかいもいるのか!?」  興味津々に訊ねる真一に、苦笑して首を振った。そりは一人乗りの、スノーモービルみ たいな乗り物に連結した荷台のようなものがついている。荷台はそれほどの大きさは無く、 荷物を積んでいない状態で少女が丸まってようやく寝られるくらいしかない。  三人が入ってきた倉庫とは別の所に置いてあり、それを寝床にしていると言う。リアラ 自信も元々寒さには強く、オーバーコートも特殊な物であるため、気温で辛いと思ったこ とはないとも。 「そういや、食べ物はどうしてんだ?」  真一の当然の疑問とも言われる問には、 「長旅になる事は分かってたから、着替えや食料はいつもより多めに持ってきていたの」  と答えた。儚げな割にはしっかりしてるんだな、と思った三人だったが、 「でも、どうして五日間も此処に?」  優の問いかけには泣き出しそうな顔で三人を見た。 「それが、その……」  何か言い出しにくそうな顔だ。優がどうしたのかと訊くと思い切って打ち明けた。 「プ、プレゼントをみんな落としてしまって……」  今にも泣き出しそうな顔に、三人は顔を見合わせた。 「そういえば、さっき変な物を拾ったぞ。でもこんなのがプレゼントなワケ無いよな」  真一が先ほど拾い上げた小さなビー玉のような物をポケットから取り出すと、 「それですっ! そのクリスタルです!」  リアラは真一の予想とは裏腹に大きく食いついて来た。 「すいません、ちょっと貸してみてください」  そう言って受け取ると軽く指ではさんだ。するとビー玉みたいなものはクマのぬいぐる みに変わってしまった。それを手の上でクルクルと回すと、再び小さなクリスタルに戻る。 「すっげー!」 「ほう」 「すごい」  三人は感嘆した。もう一つ探し当てて──簡単には見つからなかったが──取り合いな がら面白そうに押してみる。  が、誰がどうやっても何の変化もない。  不思議そうにリアラに訊ねた。それも三人が一斉に。  リアラは思わずたじろいたが、苦笑すると優から赤い玉を受け取り、もう一度押してみ た。  今度は人形の姿に変わったそれを優に返した。  返してもらっても……と優に渡されて、今度は赤くなった。慌てて元に戻す。 「あ、あの……ごめんなさい。……そ、それは私にしか出来ないんです。それもちょっと こつが要って……そうじゃないと踏んでしまうと元に戻るから……」  リアラの説明に納得した様子で三人は頷いた。そしてまた顔を見合わせると、 「さて」 「そういうことなら」 「そうだね」  要領の得ないリアラに、真一は代表して彼女に伝わる言葉に直した。 「手伝ってやるよ。宝捜しを」  三人は手分けしてクリスタルを探し始めている。  リアラは恐縮したが、好意を受け入れ、何度も頭を下げた。こんな面白い経験なかなか 出来ないとか、どうせする事無いしとか、三人の方がよっぽど乗り気だったから。  ただ、雪の中からそれを探し出すのは至難の業で、しかも赤いクリスタルだけではなく、 半分は白いクリスタルだと言うのだ。  おまけに、天井付近でばらまいただけあって、この広い工場中に広がっているらしい。 奥にはここで使われていた機材やブルーシートが置かれている上に、その辺りの窓が割れ ていて雪が深く積もっている。踏みしめた雪は一部氷のようになっていた。  もちろん電気も通っておらず雲が空を覆っているため、ただ遊ぶだけなら問題ない工場 は物を探すには薄暗い。 「確かに一人で探してたら何日かかるか分からんな」  つとむは探す手を休めずそう言った。  真一ももっともだと言い、優もそうだねと頷いた。  と、つとむが不意に立ち上がってリアラに訊ねた。 「外にこぼれてはいないだろう?」  リアラは何のことを言っているのか分からず首を傾げている。 「天井にぶつかったときばらまいたのなら、屋根の上とか外にこぼれ落ちてる可能性はあ るのか?」  一瞬言葉に詰まった。  みんな思わず顔を見合わせた。  外に落ちていたのなら大変なことだ。外はここより遥かに雪が積もっている。 「もしあれが外に落ちてたら……」  リアラの顔色は青い。 「クリスマスまでに間に合わない……」  泣き出しそうな顔で三人を見るが、優たちもどう答えていいのか分からなかった。 「とりあえずあと何個なんだ?」  真一はみんなの拾ったクリスタルをまとめた。リアラが集めていた物と足してその結果 をリアラに教えた。 「……あと三十五個……もうだめ、クリスマスまであと四日……間に合わない」  これで外に落ちてたらと思うとリアラは絶望的な気持ちに陥った。 「まだ間に合うよ。明日からはいろんな準備が出来るから」  優は落ち込むリアラの肩を優しく叩いた。 「そうだな、あと四日もあるから大丈夫だな。一日九個の計算だろ」 「ま、なんとかなるさ」  真一とつとむはそういうとさっさと探しに戻っている。  リアラは泣きそうな顔で二人に深くお辞儀をした。  優も探しに戻った。工場の隅に行き、あたりの雪を掻き分ける。  その後をリアラが着いてきた。飛べる自分が屋根の上を探すべきなのは分かっている。 けど聞いておきたい事がある。 「どうしたの?」  優しく微笑むと、リアラは赤い顔で見つめ返してきた。 「どうして、手伝ってくれるの?」  優は意外な顔をした。それには、どうしていまさらと言った意味もあるだろうし、どう して僕に訊くのと言った意味もある。それを分かっているのかいないのか、リアラはささ やくように呟いた。 「あの……あ、あなたが……似てるから」  声が小さくて後ろのほうは聞き取れなかったぐらいだ。 「何?」 「お兄ちゃんに、似てるの……」  少女は真っ赤な顔でもう一度呟いた。  優はそれがどうして赤面することなのかわからなかった。自分とこの少女は少しも似て いない。誰が見てもそう言うだろう。それなら、この少女の兄とも似ているとは思えない。  リアラはどうやら自分が兄に似ていると思っているらしい事はわかる。それでも、どう して照れることなのだろうかわからなかった。  分からないことだらけでもう一度首をかしげた。  ただ、リアラの話を聞くにつれ、彼女の気持ちが少しだけわかったような気がした。 「お兄ちゃんもすごく優しかったんだ。お父さんもお母さんもいないからかな。いつだっ て私の味方で。……なんて言うか……そう、目の感じがあなたにすごく似てるの」  優は探す手を休めて、ただ静かにその話を聞いている。その優しい瞳がリアラに兄のこ とを思い出させる。 「……ホント……よく似てる……」  うれしそうな顔で、でも少し悲しそうな声で呟いた。 「私がサンタクロースの仕事をする前からお兄ちゃんはこの仕事をやってたの。…もう5 年になるかな…でも…そのせいで……」 「……お兄さんは?」  一瞬静かになったその間は、優に口を開かせるに十分だった。  そしてリアラにもわかっていたのか、ほろ苦い顔で笑った。 「そんなに危険な仕事じゃないのに……どうしてだろう……」  泣き出しそうな顔で俯いている。  優は何とも言えずただ黙って少女を見ていたが、少女の手を取ると、その掌に小さな宝 石を乗せた。白いクリスタル。リアラが探しているものだ。先ほど見つけてポケットに入 れてあった物。 「頑張って探そ」  微笑んだ。  慰めの言葉も、詳しく聞く事も、どうしたいのか尋ねることもしなかった。  にじんだ涙を手で拭うと、リアラは少し笑った。そして探しに戻ろうとしたその手を不 意に掴まれ、驚いて振り返る。 「あっ」  握られた手が冷たかったこともあるが、それ以上にドキドキしていた。  手をゆっくり離すと、今度は優がリアラに話しかける。 「ごめん、少し……聞いて欲しいことがあるんだ……」  リアラは戸惑いながら頷いた。キョロキョロと真一とつとむを伺うが優が苦笑でそれを 止める。 「そんな大したことじゃないから」  一息入れるとクリスタルを探すように腰をかがめた。  リアラがその横に屈んだとき、優は小さく呟いた。 「僕は、この2学期が終わったら転校するんだ……正月は向こうで過ごすことになると思 う」 「転校? 2学期?」  生活が違うのかピンとこないらしい。サンタクロースが学校に通っているのかも疑わし いのだから当然だった。 「つまりね、あの二人と一緒に居られるのはもう少しだけってこと。そのことを言う勇気 が無いんだ」  触れる雪は冷たいがそんなことは気にならなかった。元からそれほど積もっている場所 ではないので、同じところの雪を何度もよけるたび、雪は溶けていく。  リアラは少しの間の後、小さく呟いた。 「……どうして私に言うのですか?」 「君が僕のことを誤解してるから……」  優は首だけで横にいるリアラを見る。一瞬真剣な表情だったが、それはすぐに砕けた笑 みになりサンタクロースの少女を安心させた。 「冗談。ほら、探そうよ」 「おーい! 二人で何してんだよ!?」  真一が立ち上がって声を上げた。手のひらで赤い玉を軽く跳ねさせている。 「見つけたんだ? 今そっちに行くよ」  優は立ち上がると、微笑み、リアラの手を取った。今度は冷たくはあったが、しっかり と体温を感じさせるくらいに。 「あ、あの! あの……」  途中、リアラは真剣な表情で優に告げた。 「ずっと会えないわけじゃないのなら……言った方がいいと思います……やっぱり、急の お別れは寂しいから」  優は黙って頷くと、静かに微笑みかけた。  それから、リアラは三人のそれぞれの所でいろんな話をした。真一とはたわいもない世 間話をし、思わず笑い話も聞かされた。つとむにはサンタクロースの仕事の話やどんな私 生活をおくっているのかなど聞かれた。  屋根に上る時は三人に心配されたりもした。  そうこうしているうちに陽は傾き、夕食時を過ぎていた。冬場で、明かりもない工場は 真っ暗と言って良いほど暗く、リアラがもういいからと言っても三人はもう少しと探して いた。8時を過ぎた頃、ようやくその日の捜索を諦め、工場の外で集まった。  工場の外の街灯からの光を一番得られる場所。星は見えないが、久しぶりに雪の降って いない空の下で集めたクリスタルを確認している。 「結局見つかったのは、えっと二十一個か」 「あと十四個だね」 「はいよ」  見つけたクリスタルを袋につめて渡した。  リアラは深くお辞儀をしてそれを受け取った。見つけた数も多く、これなら間に合うか もと期待も高まる。 「本当にありがとうございます。こんな時間まで」 「こんな時間まで残ったのは俺たちの勝手だから、気にすることないさ」 「それより、どうだい俺の家に来ないか? いくら寒さをあんまり感じないと言ったって、 寂しいだろ」  思い切ったことを言うつとむに、リアラどころか真一や優までが目を見張った。 「おい、抜け駆けかよ……それなら俺ん所に来いよ」 「真一んとこか? 兄妹にどういう言い訳するんだよ」 「それ言うなら、お前んとこだっていっしょだろ。おじさんやおばさんに何て言うんだ」  と、二人が色々言い合うのを見て、リアラは慌てて首を振ると、これ以上迷惑を掛けら れないと遠慮した。 「やっぱり優の所が良いのか?」  真一の呟きにリアラは真っ赤になった。 「わ、私は……ちょっと下見に行ってきます。み、皆さんお気をつけて」  そういうとすぐさま工場を越えて飛び去っていった。  残された三人は少し呆然とした様子でその穴を眺めている。 「……二人とも、ふられちゃったね」 「……」  呆然としていた三人だったが、背中から思わぬ人物に声をかけられて、驚いて振り返る。 「やっぱりあんた達ここにいたのね! こんなところで何やってるのよ! おばさん達が 心配してたわよ」  ご丁寧に靴を脱いで自転車のサドルに立った恵理が、塀から頭を出して三人を睨みつけ ていた。  三人は工場の外に出ると、キツイ視線を送ってる恵理の所へ行った。 「真一! あんた達いったい何してたのよ。こんなところで」 「何って言われても……なあ」 「ああ……」  本当のことを言えるわけもなく、お茶を濁した三人だった。  もちろん恵理は納得しなかったが、とりあえず家路に着くことにした。 「あした学校が終わったらな」  恵理に聞こえないようにそう呟いた。 「いや、一度家に帰ってからにしよう。少なくとも懐中電灯やカイロはほしいからな」  つとむはそう答える。 「だったら、学校に持ってきたら良いじゃないか?」 「優はどう思う?」  だが、ぼーっと何かを考えているようで、優は答えなかった。 「……なぁ、聞いてんのか」  そんな優を小さく小突いたが、恵理がそれに気づいて振り返る。ここに至っても蚊帳の 外であることに腹を立てている様子だった。 「あんたたち! さっきから何をこそこそしてるのよ!?」  だが、優は足を止めて真剣な顔で三人を見まわした。 「……話があるんだ」  次の日から三人は学校が終わると真っ直ぐにそこへ向かった。鞄の中には勉強の道具は 最低限しか入っていない。それでもいつもより膨らんでいた。  相変わらず雪は降ったり止んだりを繰り返していたが、降雪量としては些細なものだ。  恵理には詳しいことは言わず、親には少し遅くなることだけを言って。  それぞれの両親は三人で居ることをしってか、それほど強くは聞いてこなかったが、恵 理は最後まで一緒に来ようとした。  場所も知られている上に、好奇心旺盛な恵理の事だ。  もしかしたら一人でも行くかも知れない。  三人は言おうかと悩んだが、やはり隠し通すことにした。  おかげで深夜の外出や、遠回りなどと無駄な時間を過ごすことにもなった。  それに思わぬところで助け舟が入る。恵理の親戚が帰省でこの町にやってきたらしく、 三人には構っていられなくなったようだ。  結局、リアラを含めた四人が最後のクリスタルを見つけたのはクリスマスイブの夕方だ った。  雪は降っておらず、その日の終業式は多くの生徒が反感を感じる中、外で行われた。三 人は式が終わった途端、逃げ出すように大慌てで駆けた。  リアラは朝からずっと探しているはずだ。  息を切らして工場に着いたとき、立ちあがって三人に頭を垂れた彼女を見た。 「見つけたのか?」  真一が真っ先に訊ねると、リアラは微笑んだが小さく首を振った。 「でも、あと一つなんです」  広げた手には昨日の段階で見つけられなかった三個の内、二つがあった。どちらも白い クリスタルだ。 「へぇ! 二つも見つけたのか? じゃ、後一個だな! さっそく探そうぜ」 「わかった。俺たちは外をもう一回見てくるよ。真一、来いよ」 「げ、外かよ……まあいいや、中はそっちにまかしたぞ」  真一はぶつぶつ言いながらも、つとむの言いたいことを理解して外へ出た。 「それじゃ、あと一個。頑張って探そう」  優はリアラを見つめ、リアラは少し照れたような顔で微笑み返した。  ポケットに突っ込んであったカイロを手にすると、柱の陰や扉の付近の雪を慎重によけ 始めた。リアラは優と少しの距離をおいて壁際を探している。  雪は舞い込まなかったが、時折吹く風が梁などに積もった雪を舞わせた。  暫く作業に集中していた二人だが、 「きゃっ」  突然リアラが声をあげて雪から手を離した。  指先から赤いものが滲んでいる。優は慌てて駆け寄ると、手を取った。傷は小さく、し ばらくすれば治るだろうが、指先を咥えた後取り出したハンカチで軽く拭いた。 「ガラスでちょっと切れたみたいだね。大丈夫? 痛くない?」 「あっ、だだ、大丈夫です!」  真っ赤になって手を引っ込める。 「あ……ごめん」  優も小さい子供に接する時の癖が出てしまったことに照れると顔を背け、 「雪でガラスが見えにくくなってるから気をつけないとね。あっ、こっちは僕が探すから」  慎重にガラスをわけて探し始める。確かに手で触っていると危険だと思ったのか、懐中 電灯の後ろで雪をかく。  ぼーっと指先と優を交互に眺めていたリアラも思い出したように探し始める。まだ顔は 赤く、心ここにあらずといった感じだ。  何度も探した場所を探している。  優はそんな少女の様子に気づいた。といっても、多少理由は違ったようで、心配そうに 言葉をかける。 「もしかして、昨日寝ていないんじゃないの?」  サンタクロースとはいえ、同い年くらいの少女だ。今夜のことを考えるときっと体力的 にも睡眠不足はまずいだろうと思っている。プレゼントを探す事が本来の目的ではない。 「少し休んでいたら?」  倉庫の中にあるそりで仮眠をしろと促したが、リアラは慌てて首を振った。しかし、優 の言う通り昨夜はほとんど寝ていなかった。  懐中電灯を貸したのがいけなかったのか、夜中になっても一人で探していた。ガラスで 指を切った時も注意力が落ちていたのだろう。  それでも今日中に見つけださないといけない。  出来れば自分の手で探し出したかった。足りない色は分かっていたから。 「あ、でも……休んでる暇無いから……」  他の場所を探しに行こうとしたリアラを優が呼び止める。 「やっぱり寝たほうがいいよ」 「でも……」 「いいから。30分でも休んでいた方が楽になるよ。それに、今晩が本当のお仕事だよね。 それまでに僕たちがきっと見つけてあげるから」  優に微笑まれると、顔を赤くして小さく頷いた。少しだけと、何度も振り返りながらそ りの置いてある倉庫の方へ向かうと、よほど疲れていたのか意に反してすぐに寝息を立て 始めていた。  そんな様子を外から見ていた二人は小さくため息をもらした。 「一瞬いい雰囲気になったと思ったんだけどなぁ、何してんだよ……人がせっかく……」 「まぁ、あいつはいつもあんなもんだろ?」 「だから、恵理も苦労すんだろうなぁ……」 「はっ? 何言ってるんだ?」 「何って……つとむ、気づいてないのか? 恵理もきっと優のことが好きなんだぜ」 「お前ねぇ……もういいや」  さっきまで止んでいた雪が降り出していた。  少女が小さな寝息を立てている間、三人も必死になって探したがいっこうに見つかる気 配はない。屋根にぶつかった時に大きく跳ねたかもしれないと外の塀のあたりも探し回り、 塀の上に乗っていた真一が近所の人に注意されもした。それでも一向に見つかる気配が無 く、焦りは大きくなっていった。  冬の日没は早く、時折雪が降ってくる空模様の所為もあって4時近くになると夜とそう 変わらない暗さになる。 「ちっ! 見つかんねぇ!」  真一はいらだたしげに泥のような雪を蹴り上げた。  あと一個だからこそ容易には見つからない。そんな事は分かっていたが、今日がクリス マスイブで、時間がなかった。 「そうだ真一! おまえがこの間買ったゲームあるだろ! あれをリアラちゃんにわたし てやれよ」 「こないだのか?」 「そうだよ、まだパッケージも開けてないだろ? それを誰かのプレゼントにするんだ」  確かにこっちの事が気になって家にいてもゲームをする気にはならなかった。 「でも……違う気がする」  優が呟く。 「……そうだよな……そんなことで済むんだったらリアラちゃんの努力がなぁ」 「でもよ……いざって時のことを考えとかないと」  つとむも本気でそう思っているわけじゃない。その証拠に探す手を休めることなかった。  優も真一もだ。  工場内は溶けた雪でびしょびしょになり、手や靴は泥で汚れている。綺麗な雪などどこ にも残っていないのに探すことはやめない。  そこへ目をさましたリアラが申し訳なさそうにうつむいてやってくる。  三人に探してもらっておきながら自分がこんな時間まで寝てしまった事、その三人の泥 と雪だらけの姿に頭を下げる。 「ごめんなさい……みなさんに迷惑をかけて……」 「いいって、気にするなよ」  同じように少女に微笑む少年達。 「でも……もう時間が無いから……」  申し訳なさそうに小さく呟く。見上げた先の、屋根に開いた穴から入る光は弱くなり、 まるで吸い出されている様にも思える。  期限と言うには切実だった。 「ごめんなさい……私の責任なのに……」 「また……そんな事言ってる前に探そうぜ」 「そうだね」 「まだ少しは時間もあるからな」  リアラは再び深く頭を下げた。  散り散りになるそれぞれを急かすように、雪を伴った冷たい風が工場を吹き抜ける。窓 ガラスが割れていて、天井に大穴が開いているため中は暖かいとは言えない。それでも三 人は制服の上を脱いでいて、額には玉の汗。  もう一度、ヒュッとひときわ大きく冷たい風が吹いた。  コンッ……  少女の頭に何かが落ちる。 「いたっ」  頭を抑え、落ちてきた物を確認しようと視線を落とす。その顔に一気に朱がさした。  どうしても見つけたかった物がそこに有った。 「これです! ああ、やっと見つかった!」  優の手を握りしめて嬉しそうに跳ねる。  頭を跳ね、足下に落ちた白いクリスタルは偶然にも梁に乗っていたらしく、先程の風に 煽られ落ちてきたようだ。  すべてのクリスタルが揃った時、雲の上の空はオレンジの時を終える頃だった。  そりは外に出している。さっきまで探していたクリスタルを入れた袋を積んで。  今日はクリスマスイブ。小さな町でもイルミネーションは施されている。いつもより少 し空が明るい。 「これからは君の仕事だよ」 「頑張れよ!」 「もうドジるなよ」  三人は順番に握手を求めた。汚れた手をかまわずに服で拭う。しかも、上着こそ脱いで いたが、学校の制服のままで。まるで小学校のころ、何もかも気にせずに遊んでいる子供 のような姿だった。 「……みなさん……ほんとにありがとうございます」  少女はそれぞれの手をきつく握ると、涙を浮かべて頭を下げた。  手は冷たかった。  三人の手も、リアラの手も。  さっきまで雪を触っていた手だから当然だ。それでもゆっくりと惜しむように長く握手 を交わす。  夕焼けは無く、薄暗い世界に静かに雪が降っている。  そして、リアラは白いクリスタルを三つ手にした。 「これを……」  その内の一つを指で軽く押し、クルリと手のひらの上で回す。すると小さな音を立てて 形が変わった。 「お、おい!?」  真一に渡されたのはサッカーボール。次のワールドカップで使うレプリカモデルだった。 「いいのか?」  つとむには腕時計だ。デジタルの物で、カラフルな色をしている。 「それは、元からみなさんの物ですから……受け取って下さい」  そして、最後に優に向かった。手にしたクリスタルは、最後に見つけたものだろう。ま だ雪が溶けたもので濡れている。  それは日記帳だった。茶色い革製の表紙で、最後の方にアドレス帳とメモ帳がついてい る。  優にはその日記帳にある意味を深く感じることができた。 「……ありがとう」  手を差し出すと、リアラは照れた表情でそれを握った。  つとむと真一も明るい笑みをつくり、手を握る。  四人はしばらくの間心地よい感触を楽しんでいたが、誰とは無しにその手を離した。 「そろそろ……行かないとね」  リアラは微笑み、頷いた。 「優!」 「えっ? あっ!」  真一とつとむは優を突き飛ばすように荷台に載せた。優とリアラが驚いて声を上げるが、 二人はお構いなしに笑っていた。 「リアラちゃん! 頼んだぜ」 「優も、もうちょっとつき合ってやれよ。そこに乗れそうなのは一人だけだからな」 「でも……」 「でもじゃないって! 早くしないと時間がなくなるぞ」  真っ赤な顔でリアラは優を見つめた。困った顔。優はそれに苦笑で答える。 「君が迷惑じゃないなら」  小さく頷く事で返答した。  はやし立てる二人をよそに、そりはふわりと宙に浮く。  雪は降り止まず、この雲なら明日もまた降るだろうか。  それは、四人にとってこのクリスマスの思い出を強く印象づけるものだろう。  それは、雪の日の思い出となって心に残る物だった。  雪降る冬の夕刻。  少年を載せたそりは、危なげなく空に浮かぶ。  そして、地上に残る者たちにいってきますと言うように二回ほど旋回すると、西の方へ その姿を小さくしていった。  少年は角張った空を見上げた。  灰色の空に流れる一条の星を見た。  雲の下を流れる流れ星に、  同じ空の下、  どこかで見ているかも知れない友人のことを思い、  少年は優しい顔で微笑んだ。     fin 「行っちゃったね」  陽光も無いのに両手で庇を作って西の空を眺める少女。遠く、ずっと遠くを探す視線。 「恵理!?」 「お、お前どうしてここに!?」  同時に振り返った二人の少年にゆっくりと視線を下ろした。 「何言ってるのよ。あんたたちが此処で何かしてるのは知ってたはずでしょ」 「……じゃあ、手伝えよ」 「それこそ何言ってるのよ、よ。邪魔しないであげたんじゃない。あんたたちバカだけど するべきことはちゃんとするって知ってるのよ。それに、おばさんたちにフォローもして おいてあげたんだけどな」  とても落ち着いた声と、今までに見せた事の無い優しい笑顔。  確かに毎日遅く帰ってもあまり深く聞かれなかった。毎日泥だらけでもだ。二人は何も 言えなくなり、ついには話題を変えた。 「優、明日の昼頃立つって?」 「らしいな」 「……さみしくなるね」 「……そうだな」  静寂。  少女は肘に下がるコンビニの袋から少し冷えた缶コーヒーを二人に渡すと、自分もと手 にとった。袋の中にはまだ二本余っている。  コーヒーを飲み終わった少女がよし、と立ち上がると、明るい口調と表情で二人の背中 を叩いた。 「何なら、あたしが入ってあげよっか?」 「?」 「三バカによ」  何度目かの沈黙。少女は吹き出して笑った。 「ほんと馬鹿ね、冗談よ」  雪が一つ。笑顔の頬に乗ってゆっくりと溶けていった。