ぜえぜえ。
サクラ大戦。本当に、すばらしい作品で、私が今一番好きなゲームなのに、なのになのになのに、
満点をつけられない。
FFの第四作とかDQの第二作とか、私が満点をつけるゲームはいくつかあり、それよりもいいゲームなのに、
満点をどうしてもつけたくない。
まず、あのとってつけたような連続自己犠牲シーン。
そしてそれに続く、あまりにもあまりな復活シーン。
サクラ大戦は、お約束のゲームと言われるし、私も根本ではそれを否定しないが、
彼女たちの生命を冒涜するようなあんなシーンはないだろう!!
それから、それと前後して展開する、悪魔王サタン。そして天使長ミカエル。
ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!
以下は、私がとあるサクラ大戦ファン記録集に投書して没った文の一部です。これが本音です。
同意見多数を望む。いかがでしょうか。
サタンとミカエルの存在は、サクラ大戦の中で極めて邪魔である。
大神が(すなわち私たちが)、果たそうとしている正義は、神の掲げる正義ではなく、 人間の幸せとしての正義である。つまり神の栄光うんぬんとは無関係、かつ相反することさえある。 (ヨハネ黙示録など)
であるから最後の戦いで、天使に指図されるのは、それまでの大神たちの戦いを否定されている気分に なるのである。
かくして、ミカエルは邪魔である。
太古の、神と堕天使の戦いの代理戦争などする気はない。今帝都で、世界で生きる人々 のために戦ったのだ。
そして、サタンも邪魔である。
やるなら、神と戦っておれ。人間の罪がなんだ。
さくらが、すみれが、マリアが、アイリスが、紅蘭が、カンナが、そして大神が、我々が! 戦ってきたことが罪だったというのか。断じて認めん。
理不尽に罰を語ることは許せない。
「最後の審判」の後半、もはや自分を失った叉丹の、
「貴様ら人間の、罪をつぐなえぇぇぇぇぇっ!」
を、納得できなかった。
あの二人が、変わるのならば、どうして、あやめと真之介ではなかった・・・。
この、もう一つの第十話を、私はできるだけ理想を追求して書くつもりです。
できれば、気長に、末永くおつきあい下さい。