「夢織の帝都訪問」


二年ぶりの帝都はひどく暑かった。
まあ、格好が格好である。
一年を通じて涼しい欧州の制服をこの日本に持ち込んだ先人を恨みつつ、
私は赤煉瓦の東京駅から出て空を見上げた。
駅の前でさえ、空はどこか矩形に区切られたように映る。
巨大な塔が空に向かって幾千とそびえ立つこの威容は、
私が知っているころからあった。
地下鉄の切符を買い、丸の内線のホームに入ると、
帝都の地下鉄独特の匂いが鼻につく。
この変わらない匂いは、しかし不快ではなかった。
霞ヶ関駅からさらに歩く。
徒歩五分などという記述は以後信じないことになる。
暑さに負けて、近くの喫茶店でサンドイッチとアイスティーを頼む。
帝都の物価は高いが、まあ地価が地価だ。
これくらいはやむを得まい。
ストローから冷たい紅茶を含むと、汗が一息に引く。
店先でおすすめと書いていただけあって、なかなかおいしい。
落ち着いたところで、向かう官庁の案内を眺める。
緊張することはないのだ。
ここは、帝都東京。
浪漫の時代より変わろうと、あの帝都なのだ。

訪問を終えた夢織は時計を見やる。
そろそろ五時になるというところだった。
新幹線の時間を計算に入れても、まだなんとかなるだろう。
銀座線から丸ノ内線を使い、池袋に向かう。
物価の高い帝都で、地下鉄だけは安い。
これだけの人々が利用しているからこそだろう。
到底座れる気配のない車内で降魔戦争の記録を書き貯めながら、そんなことを考えていた。
池袋について、浪漫堂より送られてきた葉書を参考にしながら歩く。
しかし、地図は圧縮表記されていてなかなかわかりにくい。
三越が描かれている場所が、どうにも見た感覚と一致しないのである。
あと書かれている建築物はさくら銀行と、カメラ屋・・・。
銀行は他にも多く見られるが、この銀行を選んだことは粋に感じる。
が、駅正面からは見つからないので不便ではある。
十数分迷ったあげく、近くで巡回をしていた巡査に尋ねる。
まるで見当違いの方向に進んでいた。
まっすぐ行って・・カメラ屋の角を曲がる・・・と思ったのだがカメラ屋が見あたらない。
さくら銀行を見つけたので、おおまかに場所の見当をつけて角を曲がる。
若者向きの歓楽街であった。
自動車の入って来ない通りの両側に、食事屋、歌唱屋、遊戯場が立ち並ぶ。
看板でも立てているかと思ったのだが、通りを見通しても見つからない。
仕方無しに、一軒一軒正面に回って確認するしかなかった。
それにしても・・・。
街を歩いていて、私は壮絶に自分が浮いていることに気が付いた。
背広姿の男性は何人もいるが、それは少し年輩の方がほとんどで、
私と同年代前後と見られる男女は、それはそれは様々な服装をしていた。
服飾感覚というのは個人の自由なのだろうが、やはり奇抜な服装の人を見かけると驚いてしまう。
目を合わせないようにとはいうものの、
派手な格好をしているのは見られたいからではないだろうかと考え、
現代人の思考回路に関する論理的な袋小路に陥ってしまった。
通りの人をかき分けつつ、かなり進んでいく。
この通りではなかったのか、という想いを抱いた頃に、ようやくセガの看板を見つけほっとする。
建物は大きいが、通りを見通してわかる看板がない。
宣伝方法に一抹の不安を覚えなくもなかった。
地方から向かう人が迷うのも道理であろう。
ともあれここまで来たのだという想いと共に、震えながら昇降機のボタンを押す。
昇降機が来るまでに近くを通った年若い婦女子の方々の
涼しげに過ぎる格好に思わず目を背ける。
私はどうもこの街の感覚から十年は遅れているのではないだろうかという絶望的な想いを抱き、
昇降機に乗った。
五階。
昇降機を出るといきなり花組隊員の人形が入った景品機が迎えてくれた。
その角に、確かに「太正浪漫堂」の文字を認め、ようやくほっとした。
正直言って、思ったより小さい一角であった。
ここに数千の人が殺到しようとすれば、なるほど深夜までかかるのも道理であろう。
しかし一周年記念の宴の数日後とあって、店内は空いていた。
喜ぶべきか悲しむべきか、やや悩む。
買い込みたいところであるが、大阪まで帰る身分とあってはそんなに多くは買えない。
申し訳ないが、私は圧縮化された花組隊員たちの肖像はそれほど好きにはなれないので
缶バッチは買わないことにした。
米田中将閣下のものだけは、惹かれるものを感じたが。
というのも、対降魔部隊を感じさせるものがここにはほとんど無かったのである。
これは非常に残念であった。
後で、アンケートに新商品の希望として「対降魔部隊の集合写真」と書き込んでおく。
どうしても欲しかった奇跡の鐘公演のポスタアだけははずせない。
さらに、長野で頂いてから是非とも買いたかった駄菓子を四袋。
高価な振り子時計などは、かさばることもあって断念する。
重量を考えるとスプーンなど、小物がほとんどになった。
来客同士の交流帳、「桜の杜」にも書き込もうとしたのだが、
常連らしき方が長々と書いているのでなかなか書けない。
なるほど、皇帝陛下が嘆いていらっしゃったのはこのことかと思いつつも、
浪漫堂内でいさかいを起こしたくはなく、もう少し店内を回ることにする。
その間にかごに入った商品が二点増えていたが、
これが陰謀ではないかと言う可能性は考えないことにする。
店員さんに計算してもらうと、九千円に少し足りないということであった。
スタンプは千円単位らしい。
次に来られるのがいつになるか解らない私であるが、まあついでとばかり
もう一つ駄菓子を追加した。
そのあと、非売品展示棚などを見て少し時間を過ごしたが、
知っている人物には会えなかった。
常連らしき方々がいらっしゃったが、見覚えはない。
きっとどなたも名のある方々なのだろうと思いつつも、声をかけることなく浪漫堂を後にした。
次に来られるのはいつになるだろうと、少し感傷に浸りつつ。
この時点で六時であった。
悩む。
悩んだが、秋葉原に向かうことにした。
山手線に乗るのも久しぶりである。
人が多いことは相変わらずであった。
さて秋葉原に着いたものの、かさばる個人演算機の部品は買えない。
やむなく、伝説のラジオ会館三階を見つけだしそこで雑誌を数冊買い込んだ。
別に作業して作っているソードワールドの資料である。
平然と五桁の値札がついている非売品の電話前払い券に感嘆していると七時を回っていた。
後ろ髪を引かれる思いで、私は再び東京駅へ戻った。
土産物を買い新幹線に乗り込むと、暑さと歩き回ったことの疲れがどっと出た。
しかし、有意義であった。
官庁訪問の感触は悪くなく、その上・・・
浪漫堂の紙袋を眺めてから、私は夕食の弁当を広げることにした。
やがて、新幹線は走り出す。
夢の帝都より、私を現実へと連れ戻すために。




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