近代都史研究室
青春の早き瀬



 顔写真から軍の手が及ぶことを察していたのだろう。
 渚は、研究室にあった全ての写真を持ち去っていた。
 唯一オレと一緒に写っていた二研究室合同写真まで。
 辛うじて手に入れることができたのは、銀座の街を逃げていたときに後ろから撮影された写真のみ。

 顔写真は、一枚も残っていない。
 ただ思い出の中にだけその姿がある。

 最後の記憶は、目の前で世界の狭間に消えた狩衣姿。
 哀しいまでに美しい泣き顔だった。

 あのときあと一歩でも早ければ、  捕まえることが出来ていれば、  もう、お前をどこにも行かさなかったのに。


 言いたいことが山とあった。
 言ってやりたいことが腐るほどあった。
 13歳の誕生日すら、祝ってやれなかったのだ。

 いや、それはきっと後付の理由。
 会いたかった。
 どうしても、会いたかった。
 泣き顔ではなく、輝くような笑顔に、もう一度会いたかった。





 水地と渚の残した研究室を守って、十年。





「そのために、その仮面まで被ったのですか」
「貴方にはわかってもらえるはずだ。
 四百年、愛しき人と会えずにいたという貴方になら……」
「よく、解ります。
 おそらくは、貴方以上に」
「ならば、通してください。
 私は、世界全てとひきかえにしてでも、渚に会いたい……!」
「でも、そのために犠牲となる世界は、誰のものでも無いんです!!」





青春の早き瀬

太正五年九月
塵都氏画





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